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第十話 分隊長たちの夜

「おーい。杉野はいるかー?」

 海軍の陣地構築を手伝った夜、部屋で分隊員たちと雑談に興じていた杉野に廊下から呼び声がかかる。

「杉野です」

 戸を引いた先には、西山軍曹、飯田軍曹、酒田伍長の三人が立っていた。

「おう、杉野。たまには分隊長同士、飲み交わそうや」

 そう言って西山は右手の一升瓶を軽く掲げた。もちろん、中には酒がたっぷりと入っている。

「久しぶりですね。わかりました。酒保で飲むんですか?」

「おお。無論、そのつもりだ」

 杉野の質問に飯田が頷いて答える。

 酒保とは、いわば食堂のことだ。酒やアンパンといった嗜好品のほか、手拭いや石鹸、歯磨き粉といった生活必需品まで扱っていた。さすがに前線に近いサイパンの酒保は、本土のものよりも品ぞろえが豊富ではなかったが、それでも酒保は普段食べれないものが食えるため、それなりに賑わっていた。



 酒保に来た杉野ら四人は適当な座席を見つけて腰を掛けた。

「じゃあ自分らが湯呑み取ってきます」

 西山と飯田より階級が下の杉野と酒田が立ち上がって湯呑みを取りに行く。西山と飯田は同時に軽く相槌を打ってから姿勢を崩して座りなおした。

「さぁ、開けるぞーぅ」

 二人が四人分の湯呑みを取ってくると、西山が気分よさげに一升瓶の栓を開ける。そして、四人の湯呑みへトクトクと酒を注いでゆく。



「じゃあ、三井小隊分隊長の日々のがんばりに乾杯!」

 飯田が音頭を掛け、四人は一斉に酒をそれぞれの口の中に広げた。

「ふぃー! やっぱ酒はうまいなぁー」

「そうだな」

「ええ」

「はい」

 西山の感想に、三人が口々に同意した。

 連隊がまだ本土にいた頃、この三井小隊の四人は、階級こそ違えど同じ分隊長同士ということで、時々集まっては酒保で酒を飲んだり、夜に街へ繰り出したりしていた。サイパンへ来てからの三日間はそんな暇などさすがになく、ようやく落ち着いてきた四日目の今日、四人で久々に酒の栓を開けたのだった。

「そういえば、俺らの武器なんだがな、どうやら独混四七旅団の予備が回ってくるらしい」

 飯田が酒を一口飲んでから、思い出した様に言った。

 輸送船が沈められたとき、船に積んでいた連隊の装備はほとんど海没してしまった。生き残った連隊の将兵は丸腰でサイパンに上陸するしかなかったのだが、丸腰は上陸してからも変わらず、今まで武器の支給が行われたとは聞いていない。一向に武器の配備が行われない事に、不安を抱き始める兵士が出始めていた。

 西山が上官がいないかと、辺りを軽く見渡してから言い放った。

「やっとかよ。今日の応援と一緒で、上の連中は馬鹿ばっかなんだよ」

 殻は、今日行われた気軍部隊への応援任務の件を合わせて上層部を非難した。この時の”上”とは三井や中隊長などの事ではなく、司令部を指しての事である。

「本当ですよ。俺はてっきりツルハシとスコップでアメ公と殺りあうのかと思ってましたよ」

 飯田は西山の意見に同意しながら、たちの悪い冗談を言う。

「ぎゃはははは。冗談が下手だぜ酒田ぁ」

 もう酔いが回ったのか、西山が酒田に絡む。下手だ、などと言っているのに笑っているあたり本当は笑いのツボに入っているのかもしれない。

「いや、でも、よかったですよ。小銃を撃っての歩兵ですからね」

 杉野もひと安心といった感じで頷きながら言う。

 小銃とは歩兵の命であり、歩兵が歩兵たらしめている、一番の相棒だった。それが無いというのは、体の一部が欠けているも同様だ。

「それでよ、譲渡されるのは九九式小銃らしいぜ」

 飯田が赤い顔で、酒を注ぎながら続きの情報を伝える。

「ほう、三八じゃないんだな」

 西山が考え込むような姿勢を見せて言う。

「ううむ、せっかく貰っておいて文句は言いませんが……」

 杉野は譲渡された身なので、文句は言うまいとその先に続く言葉をあえて濁した。

「贅沢言えば三八がよかったな」

 しかし、西山は真顔になって杉野の濁した先の言葉を引き継いだ

「それは仕方無いだろう。九九式は悪くない銃だ、全体で見れば三八よりもいい。訓練するしかないさ」

 二人に比して飯田の方は特に気にする様子もなく言った。

 なぜ、西山と杉野が難色を示したのかというと、装備変更による分隊員の混乱を予想したからだ。

 三八式歩兵銃の後継として開発された九九式小銃は、威力向上を狙って銃の口径が大きくなっており、それに合わせて発砲時の反動も増加している。そのため、三八式の反動に慣れた兵士がいきなり九九式を使用すると、まったく手ごたえが違うので射撃精度が落ちてしまうのだ。それは経験の浅い兵士ほど顕著になる。実戦経験のある兵士が少ない部隊では、気にかかる問題だった。

「とりあえず、武器が手に入るというのは、ひと安心ということでよいではないですか」

 今まで聴き手に徹していた酒田が、場を取り持つように口を開いた。

「そうだな。この際不安材料は酒で忘れちまおうぜ」

 そう言って、西山が全員の湯呑みに酒を注ぎなおす。


 分隊長たちの酒盛りは消灯ラッパギリギリまで続いた。

 

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