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八月の砂糖水  作者: 猫介
2/6

蝶1

 セミの鳴き声を気に留めることもなくなった夏休みのある日、私は小学校に来ていた。勉強やスポーツ活動の目的に限り、担当の先生に予約票というのものを提出すれば夏休みの間でも教室や体育館を借りることができる。手続きは大変だが、申請が通れば校庭で遊んでも問題がないのだ。私はというと夏休みの宿題の工作が難航していたので、借りた教室にクラスメイトのカナとリコを呼んで課題を手伝ってもらっていた。

 工作の課題についてカンタンに説明すると、担任の木村先生から渡されたこの薄い木の板を切ったり貼ったり好きに加工してひとつの作品に仕上げようというものだ。基本自力での作業だが、大変な場合は友達や大人に手伝ってもらってもOKだ。ただし、友達との合作は禁止。ちなみに、板以外の素材も使っていいそうだ。

 なんかこの課題ザックリしていて、木村先生手抜きしたっぽいよな……。

「ねぇ、この工作ってさ、『男子』の仕事だよね。私たちには将来的にも必要なくない?」

 やる前から戦意喪失気味の私に対し、机に半分腰掛けていた女の子はポニーテールをしゅるりと翻し、振り向きざまにこう言った。

「えー、なんか意外。ミナコはこういうの得意そうじゃん」

 彼女は酒倉さかくらカナ。転校してきた私が最初に仲良くなった女の子だ。そのきっかけを思い出すとなんだか複雑な気持ちになるのだが、カナは「話し相手がタカジたちしかいない私を見て不憫に思った」そうだ。転校生ということで面白がったタカジが一方的に話しかけてきただけで、友達でもなんでもない、と一応訂正しておこう。

「ちょっとそれどういう意味?」

「そのまんまの意味よ。へっへっへ……」

「んもぅ!」

 今ではこれぐらい言いあえる仲だ。カナが私の机に腰掛けていたとしても怒るまい。

「たしかにぃ~、ミナコって野球とかサッカーとか男子と混じってやってるからか、男の子っぽいイメージあるよねぇ~」

「リコにまで言われた。ショックぅ……」

 つい忘れがちだが、この子は見かけによらずすごいことを言う。

 間延びしたしゃべりの彼女は横峰リコ。カナの幼馴染で、私も仲良くなった。おっとりとした性格で、クラスでも一際背が小さい。ふわふわとやわらかいショートボブの髪に、色白でほのかに赤く染まる頬。女子たちからも「かわいい」と抱きしめたくなる存在だ。時折かます爆弾発言は、カナと私しか知らない事実だ。

「はいはい。そこ、うなだれない。でもさ、実際タカジたちとよくつるんでるから、そう言われても仕方ないんじゃない?」

「そうだけど……。そんなことより、一緒になに作るか考えてくれるっていう約束でしょ」

「なんでもいいけどさ、ミナコ。作るものを考えるところから決めなきゃいけないのよねコレ?」

「それが一番の難題なんだよ。リコはなに作ったの?」

「私はねぇ、宝石箱にしたよ。ペンダントとか入れるんだ~。カナは?」

「あたしのは、今カバンにぶら下がってるやつ。前からキーホルダーが欲しいと思っていたからさ、丁度よかった」

 見てみると二人ともなかなかの力作であった。

 リコの作った宝石箱は彼女の両手に収まるぐらい小さなもので、箱の四隅を丁寧に丸く削ったり、工芸用の小さな石でさりげなくデコレーションされていたり完成度が高い。それをちんまりしたリコが抱えるもんだからますますキュートに見える。

 カナが作った方は鳥のキーホルダーなのだが、造形がリアルでまさに生き生きとしている。けれど、くちばしの作りなんかはぽてっとしていて女の子らしい作品。運動神経がいいカナを投影してか、今にも大空へ飛び立ちそうである。

「あー、迷うな。リコのはかわいいし、カナのはかっこいいし」

「言っとくけどミナコ、あたしたちのもろパクリは駄目だかんね!」

「えっ、そんな……」

「あはは、カナはきびしいねぇ~」

 カナ曰く、夏休み明けに男子たちが持ってくる作品はろくでもない物ばかり。これには前例があって、男子たちは船とか、ロボットとか、そんな役に立たないガラクタ(カナ主観)を量産してくるらしい。そんなものに負けるような作品を二学期に学校へ持っていくことは、女子全員のメンツに関わるとのことだ。

 というわけで、私への指導もかなり厳しい。作るだけで精一杯なのに課題のハードルは上がる一方だ。

「問題はね、なにを作るかっていうこともそうだけど、この板一枚をどう使おうかって考えると、頭が止まっちゃうんだよ」

「私は箱の形だったから、この板ほとんど使ったけど、カナはだいぶ余ったんじゃない?」

「そんなことないよ。あたし、おんなじ物、あと二つ作ったから。それは練習用っていうのかな。できたのは、お父さんとお母さんにプレゼント。一番最初のいびつな出来の鳥は、お父さん用にしちゃったけどね。へへへ」

「そっか。一枚全部使い切らなくてもいいんだ」

 二人の話を聞いて、ようやく頭の中の整理ができた私は、コースターを作ることに決めた。足りない道具はカナのお父さんが借してくれるそうなので安心した。

「コースターかぁ~。いいね、それ。普通のコップもおしゃれなグラスに見えるよねぇ~」

「なんか絵とか入れられないかな?」

「うちに彫刻刀もあるから、それで下絵を彫って、色塗りすればいいと思うよ。ちょっと作業は難しくなるけど、大丈夫?」

「うん、がんばってみる」

 その後も二人は細かい部分までアイディアを練るのに付き合ってくれた。カナもリコも最後まで課題を手伝ってくれるそうで、次からは作業場や道具があるカナの家に集まることになった。

 これで私の夏休みの課題にようやく兆しが見えてきた。

「じゃあまた日曜日に!」の号令の元、今日の打ち合わせは無事終わり、私たちは解散した。

(チョウ)1 続


登場人物

ミナコ

酒倉(サカクラ)カナ ミナコのクラスメイトで友達。さっぱりとした性格のスポーツ万能少女。細かいことは嫌いな反面、意外に図画工作が得意。髪はいつもポニーテール。

横峰(ヨコミネ)リコ ミナコのクラスメイトで友達。カナとは幼馴染らしい。こちらは対照的におっとりとした性格で、運動は苦手。稀に周囲が驚くほど大胆なことを言う。ちっこい体でミナコからはよく可愛いといわれている。髪はショートボブ。

木村(キムラ)先生 ミナコたちの担任。国語と図エを担当している。性格は大雑把な所だが、気さくで生徒たちからも好かれている。

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