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9 舐められたら負け、価値観の違いを見せつけろ 4



 この世界ではサクラちゃん、バイリンガルなので、日本語を『』で表記します。





「サクラ・トゥアクヮファシ様、並びに前宰相、シュヴァイツ・フルツ・ラジル老公爵!」



 誰か知らないが声を張り上げた。続くファンファーレ。しかしわたしの名字、大変な発音をされている。

 思わず、ぼそりと悪態が口から出た。

『K‐1選手じゃないっつーの』

「サクラ様、いかがなされた?」

 シュヴァイツさんの怪訝な顔に、慌てて取り繕う。

「い、いえ、なんでもありません」


 眼下へと伸びる大階段。その先に待ち構える、ざわめく貴族たち。

 舞踏会のイメージを外しませんね。皆様の注視のなか、シュヴァイツさんとゆっくり階段を降ります。そして国王陛下の御前でご挨拶、振り返り皆様へ軽く礼。 にこやかな顔の方々から温かい拍手。

 本当に心から温かい拍手してるのかは、定かじゃないけどね。



 でも、映画みたいにきらびやかな印象を受けないのは、灯りの暗さが大きく影響してる、うん、絶対そうだ。


 シャンデリアって蝋燭差すんだー。蝋が垂れないように計算された構造だ。壁にもぐるりと取り付けられた燭台。ゆらゆらと炎が揺れる。消防法がうるさい国の民には、怖すぎる光景だけど、石造りの城だから良いのかな。




 まあ、これはこれで見応えある景色だ。吸血鬼が似合いそう。あと、オペラ座の怪人?そんなムード。





 陛下が貴族たちを前に、演説してるのを、王族と同じ壇上で聞いた。



 ああ、やっぱり三択で王妃確定は冗談じゃなかったんですね。昼も民の前でぶちあげてたもんなぁ。

 それさえ言わなきゃ、堂々とした佇まいや、朗々とよく響く声で、惚れないまでも、ファンになれそうな、渋いイケメン国王さまなのに。

 わたしにとっては、優しい顔で厳しい運命を指し示す、魔王、そう、心のなかで魔王と呼んでやるちくしょー。



 ようやく、国王陛下が話を終え、手の中の杯を高く上げる。皆それに習い、杯をあおる。うげ、けっこう強いよこの酒。


 あ、シュヴァイツさんが迎えに来てくれた。陛下の元を離れて、広間の中程へ。



…………たくさんの方々から挨拶をされて、賛辞を受け、笑顔を返しました。

 全く、褒め殺すことが実際に出来るなら、今日一日でわたしは軽く百回は死んでます。よくもまあ、それだけ美辞麗句を思い付くこと。


 でもさ、目は口ほどにモノを言うってホントなんだねー大概のお貴族さまよりちびっこなわたしを見下ろす視線が、もう、値踏み値踏み値踏み。ここ重要だから三回言った!


 ダンスについては、真っ先に申し込んできた王子二人に、キモノでは踊れませーん残念ですとお断り。王族断れば、それでも手を取ろうとする強者もいない。

 果実水を飲みながら、貴族の話に相槌を打ちながら、見学に徹します。


 ワルツに似ているな、と、ダンスを見て思いますが、元の世界で社交ダンスなんかしたことないんで不明。曲によっては軽やかに跳ねるような元気なのやら、なに見つめあっちゃってんの、身体密着し過ぎでしょ、と思う官能的?な、ものやら。何種類かあるのは良くわかりました。



 ダンスの合間に視線を投げてくる王子たちに微笑みを返す。

 やっぱりと言うか、当然のごとく、フィリップ殿下は踊りの名手でした。合間合間にアドリブを入れて、パートナーだけじゃなく、壁の華のご令嬢たちの視線も釘付けです。

 エドモント王子だって、あそこまで華やかさは無いけど、軽やかに優雅に踊ってます。うん、さすが王族。ちょっと表情が堅いのが難ですが。



 一方わたしは、音楽が始まっても踊らない方々に囲まれています。今は、お嬢様方、奥様方に、キモノの解説をたんまりと。質問の嵐嵐嵐、どの世界でも、セレブ系女子の興味は同じようです。



「サクラ様は我が国の王子に嫁ぐ為に神が連れてきてくださったのですね」

 やっぱり来ました直球攻撃!投げたのは確かどこぞの伯爵令嬢。恋に恋するお年頃っぽいぞ。

 ここは言質とられないよう、曖昧に微笑むのが上策か。

「羨ましいですわ。あのフィリップ殿下に嫁ぐことが出来るなんて」

「あら、エドモント殿下だって、真面目で誠実で、素敵な方よ。私ならエドモント殿下」

 お嬢さん方、両王子がどれほど素晴らしいか、あつく、蒸し暑く語ってます。

 リオネル殿下は存在すら語られません。たぶんお嬢さん方の脳内で、論外認定なのですね。




 しかし疲れました。

 愛想笑いも半日で一生分し尽くした感があります。それに、何より我慢ならないのが、に お い。

 初日の湯浴み後、塗りたくられそうになって激しく抵抗したんですが、この世界の、髪にも使うボディローション『香油』とやら。 たぶん花の香りなんだけど、激しい濃縮仕様。それを、ぬるぬるするほどコッテリ使うのが、高貴な淑女らしいです。

 当然拒否。今は持ち込みの基礎化粧品使ってますが、使いきり予定の二ヶ月後にはどうしようかお悩み中。


 気合い込めて塗り込めた香りが、この人数分まざると、もはや暴力。なにこの破壊力。

 手持ちの扇子でぱたぱた扇いでもね、別方向からスメルテロ(苦しみのあまり言葉作ってみた)



 耐えきれないなーと思ってたら、シュヴァイツさんが助け船を出してくれた。「サクラ様、顔色がお悪いですな。少し風にあたりますか」

 GJさすが年の功!素晴らしいフォローをありがとう!



 と、いうわけで広間の開け放たれた窓から、テラスへ出ました。外へ出てすぐ、深呼吸を繰返し、肺のなかを浄めます。ふう。


 石が敷き詰められた辺りには、何人か貴族たちが語らっていて、会場の延長らしい雰囲気ですが、庭方面へ歩くと、たちまち闇に包まれそう。

 暗がりにいる気配は、恋人たちあるいは禁断の関係ってところかな。



 あ、獅子顔。



 リオネル殿下は室内の光が届くぎりぎりの場所で、庭に向かってひとり立っている。

 鬣だけが見えるぴんと伸びた背筋の後ろ姿は、ただ金茶の髪をもつひとにも思えるのだけど。



 ホント顔だけなんだなあ。何のためにあんな顔に変えたのか。神様に会えたら聞いてみたい。

 いや、その前に、なんで私がこんな目に遭わされるのだ。ふざけるなこのやろうと、襟首掴んで問いただしたいんだけど。



「リオネル殿下、こちらでしたか」

 シュヴァイツさんの声にリオネル殿下が振り向く。

「昼間の警護は難儀でしたな。あれほどの数の民が集まるのを、この爺、初めて見ましたぞ」

「そうか」

「夜も警戒を?」

「ああ、宿はどこも満杯で、酒場は馬鹿騒ぎ、野宿している者も多いので気が抜けぬ」

「ほう、なるほど」


 リオネル殿下がわたしの前で、こんなにたくさん話すのは初めてだ。低く響く声は、内容とはうらはらに、柔らかく穏やか。シュヴァイツさんに心を開いているのが、よくわかる。確か教育係って言ってたから、子どもの頃からの関係なんだよな。



「そうじゃ、サクラ様。先程の話、直接お訊きしてみては」

「はぇ?」

 シュヴァイツさんにいきなり話を振られて、変な声が出た。リオネル殿下がこちらに向き直ったので、余計慌てる。


「わたしに訊きたいこととは」

 落ち着いた声が僅かに尖る。そんなに警戒しなくても良いのに。

「あの、昼間のことで」 リオネル殿下の首が傾いだ。人間の顔なら、眉根を寄せて渋い表情でもしているのだろうか。

「昼間、何かありましたか」

「いえ、あの、あれだけたくさんの民が、長い間待たされたのでしょう?子どもやお年寄りの姿も見えたので、怪我や病人が出なかったか気になって」



…………何かおかしな事を言ったかな?じっと見つめられたまま、時が過ぎる。 


 窓からの光に照らされる片側しか見えない獅子の顔。何を思うのか本当に解らない。ていうか、このひと笑えるのかな?



「…………小競り合いでの怪我や、押されて転んで擦りむいた、などの小さなものばかりだったように記憶している。そのなかに子どもや年寄りがいたかどうかは知らぬ」

 そうか、大きな事件はなかったんだ。良かったと思ったら、ほうっと、息が身体から出た。


 こんな世界の兵士さんとか、軍隊って、平民に冷たかったり、略奪とか暴行働くイメージあったけど、そうじゃ無いんだ。強い上に優しいのかな。なんだか、ちょっと嬉しい。

 それはそれとして。

 リオネル殿下は、まだわたしを見ている。睨み付けているのでは無いことはわかるが、あまりに不躾な視線が気になった。



「あの、何か?」



 いや、とリオネル殿下が目を逸らした。



「ここの兵士さんたちは、そのような事も上官に報告するんですねぇ」

 振り返ったら、いるはずのシュヴァイツさんがいない。

 あれ?どこ?



「今夜の主役が、いつまでもこのような所にいては、皆が心配する」

 きょろきょろしているわたしに、中に戻れ、とリオネル殿下が仄めかす。確かにその通りなんだけど。



 シュヴァイツさんを探せば良いのか、ひとりで戻っても良いものか、それとも?と考えているときに、開け放たれている窓に人影が現れた。

 背後からの光で誰か分からないが、シルエットは確か。


「ああ、彼に着いていくと良いでしょう。ではわたしはこれで」

 こちらの返事も待たずに、リオネル殿下は闇に溶けるように姿を隠した。




「サクラ殿」

 駆け寄ってきたのは、エドモント殿下だ。

「お姿が見えなかったので探しました」

「申し訳ありません。人混みに酔ってしまって、風にあたっておりましたの」


 もう大丈夫です、と微笑みを向けると、すっと片手が差し出される。

 指先をそこに乗せ、ゆっくりと会場内へ戻る。 また貴族たちとの、意味が分からない褒め合いに、うんざりしながら調子を合わせる。






 疲れた。もう限界。



 この日ばかりは、何もする気になれず、ベッドに直行。朝、目覚めたら元の世界、なんてことも考える隙さえなく、枕にダイブして秒速で眠りについた。

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