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8 舐められたら負け、価値観の違いを見せつけろ。 3





 固まるわたしに、国王陛下が首を傾げた。ずらりと並んだ王族たちも振り返る。


 端に立つリオネル殿下と、何分の一秒かだけ目が合った。なんの感情も映さない、薄緑に焦げ茶の眼。なぜだろう、気持ちがすっと落ち着く。



 十年前。

 突然顔があのようになったとき、このひとは何を思ったのだろう。呪いだとも囁かれ、周囲も一変したに違いなくて。

 それでもなお、リオネル殿下は王族として、この場に立っている。背筋をぴんと伸ばし、誰もが異形と思うだろう顔を、そのまま晒して。民の様々な視線を受け止めて。



 凄い精神力だ。



 それに比べて。

 今のわたしのまわりは、喜びの顔ばかりだ。重くはあるが痛くはない。 うん、大丈夫。


 深呼吸をひとつ、微笑みをつくり、足を踏み出す。差し伸べられた国王の手をとり、膝を曲げ、わずかに首を傾けて目を伏せ、挨拶とする。


 水を打ったように静まり返る眼下に、怯えるこころを無理矢理抑え込んで、笑顔でゆっくり顔を上げた。


 手すり越しに、広場を埋め尽くすひとびと。明るい金、銀、赤毛、茶色、色とりどりの髪。視線は全てわたしに向けられて。

 沈黙が、無限の長さに感じられた。






 地鳴り?

 いや、広場を埋める民が上げた歓声。すごい。鼓膜がビリビリする。

 野外フェスのクライマックスかと、のちに思い返したが、このときはそんな余裕もなかった。


「皆、喜んでいるぞ。応えてやってはくれぬか」

 耳元で囁く声に、ハッと気を取り直し、左手で袖を押さえて右手を顔の高さまで上げた。

 やんごとなき方の真似をして、お手振りをしてみる。歓声がひときわ高くなる。


 夢かもわからないこの世界で、初めて「もしかして現実?」という考えが頭をよぎる。



 城の前庭いっぱいの群衆、数千人、いや軽く一万は超えてる。まだ外にもいると、ちょっと前にリオネル殿下が話していたのを思い出した。

 王都じゅうの民だけでなく、近隣からも来ていると説明された時には、ふうん皆ヒマなのね、と思ったけど、失礼な話だ。


 丸一日、舗装も無い道を歩いて、奇跡の娘を仰ぎにやって来る。まっすぐに神を信じる、純朴なひとびと。

 王都の住人だって、仕事の手を止め、子どもや年寄りの手を引いて集まっている。

 わたしに向かい、祈るひと。肩車の上でぐらぐら揺れながら、両手を振り返す子ども。涙を流す老婆。


 これが現実だとしたら、とてつもなく巨大な、何かの企みに巻き込まれている、きっと。

 微笑みをを貼り付けた顔が強張り、背中を冷や汗が伝っていった。






「お疲れになられましたか」

「いえ、大丈夫です」

 ソファーに座り込むわたしを、王女が気遣ってくれた。あれから一度民を帰し、あぶれてもなお待ち続けるひとびとに、改めて顔見せしたのだ。

 予定より時間をオーバーしたので、舞踏会の時間が迫っている。





 仕度を急ぐ女官長にうながされて、いったん部屋に戻り、着物の着付けと化粧を直した。帯をほどいて結び直すのを、言われなくても淡々と手伝う女官長は、プロフェッショナルだと思う。


 軽食を取る間に侍女が髪をセット。頭がぐいぐい引かれるので、首に力を入れながら、胡桃入りのビスケットをもぐもぐと噛みしめ、隙をみて紅茶で流し込む。


 舞踏会に招かれた貴族たちの気配が、開いた窓から感じられた。馬車が着く度にラッパが響く。そのたびに、ピクリと身体が動いてしまう。



 侍女が気遣わしげに見ているのに気が付き、慌てて笑顔を作った。

「良いですねこれ。衣装にも合ってます」

 アップに纏められた髪を鏡で確認。桜の造花をあしらった簪を、刺して完了。


 可愛らしい、お綺麗ですと、出来映えを褒めそやす侍女たちに口元をあげて応えるが、周りをみてツッコミを入れる気にはならない。

 ああやだ。なんか弱ってるわたし。



 「サクラさま」

 女官長が上げた声に振り向く。誰か訪れたようだ。告げられた名前が意外だったので、ぽかんと口が開いた。


 ドアの前に立つ、痩身に据えられた首が悪戯っぽく傾ぐ。


「ラジル公……」

 白髪を揺らしながら、にこやかに現れたのは、宰相パパ。

「爵位は息子に譲ってしまいましたのでな。ラジル公ではなく、シュヴァイツとお呼びくだされ」

 舞踏会でのエスコート役で揉めましてな、この爺にお鉢が回って来ました、とからから笑う。


 なるほど、王子の誰か、とすると、周囲にはそれで相手確定、と思われる。妻を亡くしていて、わたしと接触があり、しかも仲を疑われない。


「サクラ様には申し訳なく思いますが、老いぼれの冥土の土産話にお付き合いくだされ」墓の下で妻が呆れてますな。若い娘に鼻の下伸ばして、と、気遣いを表にださず、あくまでも軽い口調で話すシュヴァイツさんに、少しだけ肩の力が抜けた。



「お疲れでしょうが、もうしばらくご辛抱を。なに、どうせ皆、お追従を言ってくるだけだろうから、聞き流せばよろしい」

「ならば先程より、ずっと気が楽ですね」 返す言葉に、シュヴァイツさんは、おや?と言いたげな顔をした。



「あれほど歓迎されていたのに、辛かったのですか」「歓迎されていたから、辛かったのですよ」

 ふむ、とシュヴァイツさんは頷いた。



「そう、あの騒ぎで、民に怪我人などは出ませんでしたか?」

 ぎゅうぎゅう詰めで興奮していたのだから、何があってもおかしくない。将棋倒しとか、興奮して倒れたり。子どもも高齢者も、あの人混みで長時間待たされてたんだから。思い付いたとたんに、不安になった。


「……特段聞いてはおりませぬが。お知りになりたいのでしたら、リオネル殿下にお訊きになるとよろしい。警備を担当していたのは、彼の副官ですからな」

 頷いたわたしに、シュヴァイツさんは目を細める。

「さて、魑魅魍魎の前に姿を現さなくては」

「ちみもうりょう……」

「いやなに、善きこころをお持ちの方々もいることはいるのですが、貴族はどこも一緒ですよ。褒め合いながら腹の探り合い」

 ならば、と寝室にひとり戻り、トランクからソレを引きずり出す。動作確認して、胸元に忍ばせた。キモノ良いよキモノ。ブツの隠し場所は事欠かない。


「お待たせしました」

「なに、少しくらい待たせておいた方が、有り難みも増すというもの」


 腕を組んで廊下を進む。騎士に囲まれて、周りが見え辛いが、出会うのは使用人らしきひとばかり。貴族たちは会場でお待ちかねか。


「緊張しましたか」

「いいえ」


 さっきの民たちの純粋な期待に比べたら、見定めようとする視線や、私利私欲を隠した笑顔の方が、どれだけ気が楽か。

 小娘だと侮ればいい。簡単に思惑には乗らないぞ。

 と、考えが顔に出たかも。頼もしいとシュヴァイツさんが笑う。


「では、参りますよ。神のくだされし姫ぎみ」

 芝居がかった口調に笑みがこぼれた。




 騎士が巨大な扉を、重々しく開く。


 昼間よりははるかに気軽に、シュヴァイツさんの腕に自分のそれを絡めて、背筋を伸ばし前を向いた。







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