7 舐められたら負け、価値観の違いを見せつけろ。 2
騎士たちを引き連れて、王族の待つ控え室へと廊下を歩きます。
すれ違う方々の反応が、半端ない。一瞬呆けて凍りつき、それから慌てて端に寄り最上級の礼をとる。
そのなかを、軽く頭を下げつつ、楚々と通り抜けるのは、ちょっとだけ気持ち良い。
先導する騎士も、エスコートの様子が昨日とまるで違います。少しの段差にも神経を尖らせ、事ある毎に手を差し伸べる。通り一辺倒だった昨日と比べると、あからさまにも程があるだろう。
目が合うと、挙動不審だしさ。
控え室の重厚な扉が開かれ、一歩足を踏み入れた時の反応も、予想通りに楽しかった。 こちらを見た王家の方々が、たっぷり五秒はフリーズ。真っ先に口を開いたのは、さすがの国王陛下。
「サクラ殿……だな?」
疑問形なのが失礼すぎるぞオイっ
てな怒りはおくびにも出さず、はいと答えてご挨拶。
女官長直伝の作法は、衣装の都合でまるっと無視。きっちり日本式のお辞儀九十度。開店直後のデパガさんをイメージして、顔を上げたら優雅に微笑め。
うん、本日も猫皮は標準装備。ここ二三日で、すっかり身に馴染んでます。
「今日は我が儘を言って、故郷の装束で参りました」お城の洋裁師さんには、悪いことをしてしまいました。素敵なドレスを、徹夜で作ってくださいましたのに。と、一応フォローは忘れない。
「いやいや、そのようなことを気に病む必要はない。神の遣わした娘が、見たこともない類い希れなる姫だと、集いし者たちが語り合うさまが目に浮かぶ。大陸の隅から隅まで名が轟くであろう」
のう?皆の者?と、振り向く国王に、王族だけでなく、そこに居た全てのひとが、深く頷く。 ジャパニーズキモノの威力、留学前に大学関係者にはしつこく説明されたが、世界が違っても有効とは恐るべし。
ソファを勧められ、お茶を頂きながら、窓の向こうが次第にざわついていく様子に耳をすます。
ここはちょうど、城正面の広場に面している部屋で、窓の外は広く張り出したバルコニー。戴冠や立太子、王族の結婚などを民に広く知らしめる為に造られたと、上機嫌な国王が教えてくれる。
微笑みつつそれを聞いていると、話が切れたとたん、違う方向から声がした。
「サクラ様の御召し物に描かれているのは、ピルシアの花ですね」
ザ・優男フィリップ殿下。この国の王子様の服は、基本的に騎士と同じ形。生地と刺繍、飾り物で差別化をはかってはいますが、このひとなら、かぼちゃパンツもギャグにならずに着こなせそうです。
あ、返答返答。
「はい、わたしの名、サクラは、里の言葉でピルシアのことなのです」
無難な答えなのに、聞いた優男の目がすっと細まり、綺麗な唇が弧を描く。うわ、これがフェロモンというヤツですね先生。妖しいオーラが放出されてます。
「なるほど、春の盛りを歌うように咲き誇り、人びとを魅了する。匂い立つような美しさを誇る貴女にこそ、まさに相応しい花だ」
先生!ここに、今まさにここに、乙ゲーキャラが実在しています!
眼差しは甘いわ声は深みがありありで腰に響くわ、背後に花が飛び交っていそうです。
発言主のフィリップ殿下、おそらく国中の貴族令嬢のハートをきゅんきゅんさせているに違いありません。赤子も泣き止み、間際のおばあ様まで蘇生しそうな、素晴らしいアプローチです。でもね。
いやもう、なにもかも綺麗過ぎて現実味に欠けてます。だいいち王位狙いと解っていて、こんな台詞に浮かれるほど純情でもありません。
友達と「ありえねー!」と叫びながら、ちょっぴりハマったゲームに感謝。耐性がついたのだねアレで。実用性があるとは、当時気付きもしませんでした。
さてと。
ここはやはり、さらりと流すべきでしょう。誘惑なんて、簡単にのるもんか。
「お世辞がお上手ですのね、殿下」
にこりと笑顔を返すと、優男は一瞬驚きを顔に出しました。そんな無防備な表情のほうが好感もてるかも。でも愛は芽生えませんが。
周囲に目を遣れば、王妃さまがエドモント殿下にアイコンタクト中です。お前も負けるな、仕掛けろ、と、必死に促す姿に、清楚な美しさがちょっとだけ剥げかけてます。ぷぷ。
あ、エドモント殿下が話しかけてきました。小首を傾げて聴く姿勢をとってやるわたしは、優しい子だと思うんだ。
「本当に。今日のサクラ殿は花の精のごとく美しい。昨日までの姿とは見違えるようだ」
あああああ、前半は良かったのに後半のセリフで台無しです残念すぎるぞエドモント殿下!昨日は貧相でちんちくりんだったと、行間で語ってるようなもんじゃないですか。ビンタ張られても文句言えませんよ。
恐らく同じ思いを抱いたのでしょう、王妃さまの肩も落ちている模様。昨日の意気込みを覚えているだけに、落胆ぶりが痛々しい。
なんだろうクールビューティーなのに、この残念親子。
フィリップ殿下とは真逆に、口が巧くないタイプなのかしら。ちょっぴり可愛く見えてきました。
もちろん愛は芽生えませんが。
つつ、と、背後から、キャロリーヌ王女が近寄ってきました。
「サクラ様の御召し物、とても素敵。まるで絵画を身に纏っているかのよう」ため息混じりに言う姿は、わたしの何万倍も綺麗です。「キャロリーヌ殿下にお褒めいただけて嬉しゅうございます。殿下のドレスも素敵ですよ。青空を切り取って作られたような」
そう、彼女のドレスは秋の始まりを告げる、今日の空のようなコバルトブルー。洋裁師が命削って仕上げた、どピンクドレスと同じくらい、フリルやレースで盛り盛りです。
それに負けないあでやかな美しさが眩しすぎる。
やっぱ人種が違うよな太刀打ちできないや、という心の声が恥ずかしくなるくらい、人懐っこいお姫様です。好奇心一杯で、着物に興味津々。帯を見たそうにしてるので、立ち上がってしっかり見てもらいました。
国王陛下は、その様子をニコニコ眺めています。たった一人の、血を分けた姫。さぞかし小さい時分からメロメロだったことでしょう。言われなくてもバレバレです。
さっきまで、エドモント殿下を気にしていた王妃さまは、陛下の横でこちらに目を向けていますが、彫像のようにぼんやりしている感じ。
見るからに御召し物関係こだわりある風情だから、こちらで一緒にファッション談義でも、と思うのですが、近寄る気持ち無さげなんで、放置。
母ではないから絡み辛いのか、姫を目の敵にしているのか、いまひとつ謎。
そしてリオネル殿下。やはりこちらに無反応。そこまで一貫していれば、凹む気にもなりません。
時々窓の外を眺め、入り口近くの黒服の騎士?を呼びつけ語り合ってます。あ、言われた騎士が外へ。
中のことには興味ない様子。会話に入るなんてあり得ないって体で。
獅子顔なので、表情がまったく読めません。機嫌を推し量るのすら、無理。 気にしなければ良いのだとは思うけど、わたしが現れたことで、一番影響を受けるひとだし。
どう接したらいいものか掴みかねているこの状態が、ほんの少し気持ちわるい。
未知の衣装に興奮する王女さまを微笑ましく見つめながら、窓の外を窺う獅子を視野の端にちらちらと映し、時が来るのを待つ。
「まだなのか」と、痺れを切らした陛下に、リオネル殿下が答える。あ、牙すげえ。
「押し寄せた民たち全員が収まりきらず、門で小競り合いが起きている様子で。しばしお待ちを」
そのうち、外のざわつきが少し鎮まった。いよいよ民への御披露目。先に王族たちが出ていくと、ぴたりと音が止む。
国王陛下が、声を張り上げ、言葉を述べている。しかし。
神より賜りし姫、とか、救国の乙女、とか。
誰のことなのさ、ねえ?
ヤバいよ震えてきた。舞台度胸が自慢のサクラちゃんだったのに。
窓際のカーテンにすがるわたしを、陛下が振り返る。足がすくむ。
室内から見える空が、やけに眩しい。見えるであろう光景が怖くて、視線を下げられない。
産まれて初めて、神様助けて、と願った。信じたこともないくせに。