6 舐められたら負け、価値観の違いを見せつけろ。1
朝です。
そしてやっぱり、王宮内の豪華客室、天蓋つきベッドのなか。
夢から覚めてもまた夢。入れ子状態で脱出不可能かと思わされます。これが無限に続いたりして。
朝が嫌いになりそう。っていうか既に嫌い。
長い一日がまた始まるんだな。
昨日、女官長にパーカー姿をダメ出しされました。バルコニーに男装で出ることまかりなりません、だそうで。
代わりに分厚いガウンがベッド脇のスツールに置かれていた。自分的には、ユルユルな寝間着の上にこれ一枚で窓の外に出ることの方が抵抗あります。おばば様にだらしないと叱られそう。
まあでもいいかと、ガウン羽織って朝日鑑賞。
本日、口から出るのは流行りのJ‐POPより、学校で習った曲。カラオケや伴奏なしでも、耳に心地好い。そして結構、しんみりした曲が多い。
こうやって歌ってないと、日本語忘れてしまいそう。何かにとりつかれたように、自分の耳にかろうじて届く囁きにも似た微かな声で、思い付くままに何曲も歌い続ける。
朝日が昇るタイミングで、また今朝もリオネル殿下が姿を見せた。庭園を縫うように一人歩いている。時折遠くを眺め、緑の濃いあたりをさ迷うように、鮮やかな花には目もくれず。
『カッコ良いよな』なんて呟いたとき、殿下がこちらを振り向き、タイミングのよさに驚いた。
でもこの距離なら聞こえるはずもないし、第一、歌と独り言は日本語仕様だ。
案の定、こちらに視線が定まることもなく、リオネル殿下退場。
夫婦になることはおろか、友好関係も必要ないらしい。
おっと朝の鐘。
身支度と朝食後すぐに、御目見え用ドレスが運びこまれた。
…………昨日のモノより装飾部分が、さらに五割増し。YOU盛ってるね、そうなの目一杯♪キャハって声は幻聴ですかね。
しかも御色が、青みがかった、どピンク。わたしの一番似合わないパターンを外さないのは、嫌がらせかなんかですか?
ひきつるわたしの顔を見て、侍女達が慌てています。
「なにしろ急なことで、デザインも生地も、キャロリーヌ様のものを流用させて頂いたものですので。サクラ様が納得のいくドレスは後日必ず」
「これが今、我が国での最新流行のものでございます。どこに出しても恥ずかしくございませんわ」
部屋の隅では、ドレスを作ったらしき洋裁師さんが、わたしの顔色を伺っている。おお、ハンカチを持った手が、ぶるぶると震えています。
気に入らないなんて言ったら、この人どうなっちゃうんだろうな。まさか首切られるなんてこと……ありそうで怖い。
震え続ける年配の女性に、駆け寄って臭いくらいオーバーに褒め称えてみた。「こんな短期間に!このような素晴らしいドレスを仕上げたのですか!シャトルリューズの洋裁師の腕は凄いのですね!」
あなた一人で?と、尋ねると、いいえお針子を何人も使って徹夜で仕上げましたと、か細い声で答えがかえる。
「まあ、わたしのためにそのようなご苦労を。感謝します」
頭を下げると、洋裁師は、膝を折って這いつくばった。
「何をおっしゃいますか。こんなこと、神が遣わしたお方には当然のことでごさいます」
「ジルダ、控えなさい」
女官長の叱責が飛ぶ。恐らく、直接口を聞ける身分ではないと咎められたのだろう。
「いいのです女官長。わたくしが、直に話しかけたのですから」
今度は、今にも泣き出しそうな顔を見せる洋裁師。さて、どうしたものか。
「でも、申し訳ないことをしてしまったわ」
洋裁師も侍女も、女官長も、何を言い出すかと、こちらを見詰める。
「諸侯や民に姿を見せるときのために、国の衣装を持参しておりますの。まさかこんなに早く、立派なドレスを用立てて頂けるなんて、夢にも思わなくて。最初にお話ししておけば、皆さまのお手を煩わせることもなかったのに」
悲しげに眉を寄せてみた。聞いた皆さまも、微妙な表情だ。
「あの、それはどのような」
女官長が言いにくそうに切り出す。初日の服装から想像しているようで、顔つきが果てしなく苦い。
「着るのに手間の掛かるものなので、早めに仕度いたします。その上で、相応しくなければ教えてくださいますか?」
返事を待たず、寝室へ向かう。姿見はあるので、一人で着られる筈だが、念のため、女官長と洋裁師に手助けしてもらおう。
トランク一つは、丸々着物と帯、小物で埋まっている。交換留学に選ばれたのが、茶道と日本舞踊のパフォーマンスを期待されてなのだから、仕方ない。
まさかこんな事に役立つとは。
浴衣も訪問着も入っているが、ここはやはり、日舞にも使える華やかな大振り袖だな。おばば様渾身のチョイス。名前にちなんだ、黒地に金糸銀糸の刺繍と、桃色の濃淡の染めが描く、桜の花吹雪。
金銀の織りが眩しい帯は、一人でも結べるように、少し幅を絞った特注品だ。昼間は文庫。夜は変わり結びで小物を変えれば、夜会も大丈夫。
まずは、髪とメイク。使い慣れた自分の道具で、手早く仕上げる。髪は半分下ろして日本人形を意識。アイラインは筆ペンタイプでしっかり切れ長に、繊維入りのマスカラもこってり、唇は淡い色味でも、グロスを重ねて艶やかに。
足袋と肌襦袢を身に付け、女官長と洋裁師を呼ぶ。補正用に縫ったタオル、長襦袢なんて、慣れてる身にはお茶の子さいさい。着物を身に付け、ここ押さえてこれ持ち上げててなんて言い付けながら、何本もの紐や豪華な帯で仕上げられた和の芸術を、二人は呆気にとられて眺めている。
「どうかしら。わたくしの国では、王室への謁見も許される格式ある装いなのですが」
「え、ええ。申し分ないかと」
このことは先にお伝えしなくては。と、侍女にあとを任せて、女官長は慌ただしく部屋を出ていった。
食い入るようにわたしを見つめていた裁縫師も、退出を促されている。
「本当にごめんなさいねジルダさん」
わたしの言葉に洋裁師が振り向き、また平伏した。「とんでもございません姫さま。見たこともない美しいドレスを間近で拝見させて頂き、光栄です」
「参考になるのでしたら、日を改めて、またじっくりご覧になって」
嗚咽を上げながら洋裁師が帰って行きました。あの様子だと、今後はいろいろ要望を聴いてもらえそうです。
まずはシンプルなドレスを作ってもらおうっと。自分一人でトイレが使えるくらいの。
…………イヤまじ切実な問題。健康なのに他人に拭いてもらうのって、ひととして大事な何かを捨てている気持ちになるんだから。これ最優先事項です。