21 嫌われて当たり前とは思うけど凹むのです
この世界に来て、はや一ヶ月。
あ、こちらでは一月一律三十日。一日は二十四時間ですが、厳密な区切りは無くて、太陽の動きを見てつく鐘がおおよその目安になってるくらい。分や秒も存在しないので、待ち合わせはたいへんらしいです。
エドモントとフィリップとは、友好的な関係を確立しています。二人ともそれぞれ、国王の補佐的役割を任され始めたので、毎日長々と会うわけにもいかないようですが。
なのでわたしはちょっとヒマ。シュヴァイツさんからの講義も一段落ついたようだし。
「サクラ殿。今日は王宮から出てみませんかの」
「え?いいの」
「軍を見学するとしましょう。陛下の許可は出ておりますれば」
ああ、なるほど。そういうこと。
国王とシュヴァイツさんがリオネル殿下贔屓なのは、言葉の端々から感じとることが出来る。他の王子を貶めてまで薦めないので、つい忘れがちだけど。でもなあ。
「気が進みませんかの?」「いえ、そのような事は。ただ驚いただけです」
予告無しに王宮外に出られるのに、面食らっただけだ。
「お城の外は初めてなので、わくわくします」
「待ってくださいラジル卿。そのような話、隊長のニコラス伯からは聞いておりませぬ」
シュヴァイツさんとの会話に、近衛の方が渋い顔を見せた。珍しい、近衛さんが口を開くの。
「陛下の許可に不満があるとでも?控えよガルス」
「いえ、滅相もない。ですがこの人数では、サクラ様をお守り仕切れないので、隊長に指示を仰ぎませんと」
「必要ない。リオネル殿下に迎えに来るよう、遣いを出した」
「なんですと?」
「そなたは隊に戻れ。いいな?」
隠しきれない怒りで、近衛さんの顔が赤黒く染まる。あーあ。
軍と近衛隊の間に隔たりがあることは、シュヴァイツさんの講義の合間に、余談として聞いていた。貴族の子息で構成された近衛は平民主体の軍を小馬鹿にして、軍は近衛を戦に出ない癖に威張りくさると嫌っている。
「近衛は戦に出ないのですか?」
「王族をお守りする為に、以前は出ていたのだが、先の元帥が足手まといだと言い出しての。リオネル殿下も同じ考えなものだから」
ああ、それで近衛さん達はリオネル殿下派が皆無なのね。あんなに入れ替わり立ち替わり、毎日違う人が来るのに、フィリップやエドモントだけを褒めるから、ちょっと不思議だったのだ。
「足手まといという事は、実力が無いと?」
書庫の学習室で、小声で訊いたら、シュヴァイツさんも声を潜めて教えてくれた。
「正直、剣の腕は」
実戦経験の少なさは否めないらしい。そんな人たち、いざという時にはどうなのよ。
ノックに女官長が反応して暫し。
リオネル殿下が軍の幹部っぽいひとを一人連れて入ってきた。四十代くらいの、前からてっぺんキラリとハゲ頭。横は短く刈り込んであり、頭頂部がバーコードではない潔さを高く評価。
個人的趣味でついつい頭に注目しがちだけど顔面偏差値は高いぞ。軍人にしては小柄ではあるが、知的な印象。むむむ、参謀タイプか。
「待たせてすまない。これはわたしの副官でチラベルトという者。サクラ殿に同行する」
「チラベルトです。以後お見知りおきください」
チラベルトさんが綺麗に礼をとる。輝きの範囲をチェックしつつ、それに応えて丁寧に貴族風ご挨拶を、サクラは返す。
あれ、チラベルトさんが目をパチクリさせている。なんでだ。
「……チラベルトさん?」「いえ、何でもありませなんだ」
驚いてるらしいのは、ちょっぴりへんてこな受け答えでわかる。なんだろか?まあいいや。
西門をでてすぐ、軍本部の建物があった。これじゃ王宮の外に出た意味ナッシングだよ全く。リオネル殿下と接点を持たせようと画策したらしいけど、当の本人はその気無し。軍の門をくぐるなり、副官のチラベルトさんに丸投げして、自分のお部屋にこもっちまいました。
シュヴァイツさんもチラベルトさんも肩透かし。明らかに困惑しています。
「ではお願いします、チラベルトさん」
獅子顔さんの事情なんか知ったこっちゃない、ここでごねたら王宮へお帰りコースかも知れないなら、きっちり見学してやるさ。
鍛練場は学校のグランドみたいに地面剥き出しのだだっ広い空間。そこで沢山の男達が練習用の剣で闘っている。ああ、槍とか長い柄のついた斧とか、武器も色々なのね。
「戦いは剣が中心なのですか?」
「騎士は馬を操りながら剣や槍ですな。歩兵もたくさん投入しますので、そのもの達は槍が中心かと」
「他の武器は?」
「弓矢や投石機も使いますよ。興味がおありでしたら武器庫に行かれますか?」「ぜひ」
こちらに気づいた兵士や騎士さん達が、直立不動の姿勢を取り一斉に頭を下げた。うわーすごい統制が取れてるな。
こちらも丁寧に礼を返したら、またもや皆さん固まるし。
「なんで?」
シュヴァイツさんを振り返ると、困ったように微笑んでいる。
「貴族たちは普通、平民に挨拶などしないのですよサクラ殿。なので皆が驚いているのです」
「なるほど。ここでも価値観の違いが」
「どこがどう違うので?」「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」
「は?」
「中身のあるひとほど、周りに礼節を尽くすモノだという、わたしの国の言葉です」
「ほう」
深く感じ入った様子のお二方を見て軽くガッツポーズ。よーし決まったぜ、ジイ様の口癖。ことわざ大好きだったんだよなジイ様は。
武器庫にはずらりと剣が立て掛けてあった。予備の物が中心で、基本武器は、個人で手入れするのが基本なのだとか。
チラベルトさんが手に取った剣を見せてもらう。両刃で重そうな、三銃士の映画に出てきそうな感じのヤツ。振り回すのは私にはムリムリ。槍も斧も、鎖鎌みたいな物も、わたしの手には負えそうにない。
「わたしが使えそうな物はありますか?」
……なぜそこで沈黙するのだ二人とも。
「女性が戦に出ることはありませんし、第一に守られるべきあなた様が、武装することなど有り得ませんよ」
チラベルトさんの意見には異論を唱えたい。護衛とはぐれたら危険じゃないか。
「命を産み出す者が武器を持つべきではないという、神の教えなのですよ」
あの和顔、余計な教義を作りやがって。あ、決めたのは神官と国かも知んないけど、いちゃもんはつけてみたいぞ。
「そうですか」
まあ一応、長いものには巻かれろで引き下がるのさ。
「サクラ殿の世界とは、違っていますかの?」
シュヴァイツさんの質問に、どう答えるべきか。
「サクラ殿?」
「ああ、ちょっと考えごとを」
銃とか、爆薬とかは無いのかなこの世界って。
「わたしのいた世界では、ここにある武器はすべて昔話の中のものです。戦い方が根本から違うと言って良いかも知れません」
「え?」
チラベルトさんが目を丸くしている。
「それはいったい、どのような」
なんと言おうか、少し考えてから口に出す。
「例えば、子供でも人を殺める事が出来るくらい簡単に使える武器もあります。この王都を、指一本で消し去るような爆弾も」
二人とも言葉も無いといったお姿だ。
「そんな武器が……」
チラベルトさんは、想像もつきませんと言う。
「わたしも話にしか知らないです。わたしの国は、六十年以上も前に、世界の大半を巻き込む戦争で、沢山の人を亡くしました。一瞬で焼け野原になった都市もあります。今は、そんな武器を一般人が触らないよう決められていますから、わたしは見たこともないんです」
武器が進化すると、死者が増える。戦だけではない悲劇も、世界中に溢れていた。ちょっとした勘違いで撃ち抜かれたひと。たった数ドル欲しさに見知らぬ人を殺すひと。家から持ち出した銃を乱射する事件は留学先の国で聞く話で、忘れた頃に新たな犠牲者を出すようだ。
この国の武器を、わたしの知識で進化させるのは怖い。知っていても教えたくなんかない。
あ、そういえば。
呆然とする二人に、話題を変えて尋ねた。
「聖剣は、どんな形なのですか?これと似ていますか?」
ああ、とシュヴァイツさんが応えてくれた。
「基本型はそうでしょうな。街に行けば、模造品を売っている店がありますぞ」 なんだ、西洋式か。神様が和顔だから、聖剣も日本刀かも知れないなと思ったのに外れたか。
「軍を見に行ったのだろう?」
またしても突然のお呼ばれで、国王陛下とご飯食ってますなう。
「はい、まあ」
お前の差し金だろうがと言う返事は心の中だけにしておく。
「リオネルの剣さばきはなかなかであろう」
「見ていませんので」
迎えに来てすぐにお仕事に戻られましたと言うと、あからさまに項垂れた。分かりやすすぎだコラッ。
「伴侶の件はもう少し時間が欲しいです」
「まだ決めかねておるのか」
「はい」
「エドモントやフィリップとは仲が良いようだの」
「はい、それなりに」
「リオネルとは話をせぬのか?」
「わたしはこだわっていないのですが」
フォークを置いてこっそり息を吐く。
リオネル殿下が嫌いとは思っていないが、あれだけ避けられたらさすがに気づく。顔が戻るかも知れない神事で、神はリオネル殿下のことをスルーしてわたしを出現させた。
さぞガッカリしたことだろう。
嫌われて当たり前だ。
あ、考えただけで軽く凹んだ。この世界で初めて見たひとに嫌われてるという事実は、ちとキツいようです。
「少々疲れが出てきたかの」
国王に労られちゃってるぜわたしってば。
「大丈夫ですよ」
「シュヴァイツの話では、講義はほぼ終わっているそうだのう。気晴らしに茶会でも開くが良い」
好きな輩を招くが良いぞと、国王は微笑む。美形中年って何気に目の保養。
「では女官長と相談しながら」
気は進まんが、国王のご配慮を立ててみた。
しかし気分転換ね。問題解決に突き進んだほうが、猪突猛進サクラちゃんらしいのですが。
思い付いちゃった。
国王からの言質は取ってるから、不参加はなしの方向で。ははは。




