20 恋してるふりって失礼過ぎですよ
久々の更新になってしまいましたすみません。次はこんなに間があかない……はずです(汗)
王女さまのお茶会は庭園が綺麗に見えるテラスで行われました。屋外でホッとします。乙女達も香油使いが激しいので、花の香りなのか、お嬢様方からの匂いなのか判別付きかねますが、まあ許容範囲、それとも慣れた?
あーお茶がうまい。王女付きの侍女さん、良い仕事するわ。
こちらでもやはり始まりは褒め殺し。笑顔でスルー技術が日に日に向上している自分が虚しい。きゃっきゃうふふと明るく笑うお嬢様方を見ている分には目の保養ですが。
しかしこちらもか。
フィリップ殿下について語るお嬢様方は凄いものがありました。なんというか、あの、そうそう、J系芸能人のファンコミュニティに迷い込んだわたし、みたいな。
おそらくは貴族子女の中で、フィリップ殿下はそれに似た位置づけだったのかと思われます。ゆくゆくは後継ぎのいない公爵位を譲り受け、王弟となる王子さま。人当たりが良く教養にあふれ、しかもあの容姿。そりゃお嬢様方が憧れるのも頷けるというもの。
「正直、サクラ様が羨ましいですわ。フィリップ殿下の花嫁になれるのですもの」
「賢く美しいサクラ様を伴侶になさるフィリップ殿下だって幸せですわよ」
「本当にお似合いのお二人ですこと」
お嬢様方が瞳をキラキラさせて話すのが怖いです。既に脳内で確定なんでございますね。若さ故の暴走にも程がある。
「まだフィリップ殿下と決めたわけでは」
あ、一気に周囲の気温が氷点下に。J系芸能人のコミュニティで、うっかり「どれも好みじゃ無い」と口が滑ったあとの様な居たたまれなさ。
「でも他と言いましても……ねえ?」
「そうですわサクラ様。よくお考えになって?」
「エドモント殿下はお身体が弱くていらっしゃるし、王妃さまの言いなりでご苦労は目に見えておりましてよ」
おお、エドモントへの評価としてはなかなか的を射ているかも知んない。わたしにとっては、お勉強大好きな理系オタ王子さまだけどな。
「まさか……リオネル殿下はありませんわよね」
「それはいくらなんでもサクラ様に失礼でしょう?」
「そうよそうよ、リオネル殿下をお選びになるなんて、ありえませんわ」
リオネル殿下への評価は王妃さま取り巻き連中とほぼ一緒。顔がアレなだけでここまで言われるなんて、不憫極まりないな獅子顔さんも。
「リオネル殿下ではいけませんか?」
あ、つるっと口が滑った。
「…………」
うわー沈黙が痛いですう。
「サクラ様……なんて慈悲深いことでしょう」
「リオネル殿下にも平等に接する心がけ、感服いたしますわ」
「でもここには私たちしかいません。近衛たちは秘密を洩らさないことも任務のうち。素直にお話になってもよろしいのですよ?」
「そうです、誰が好き好んであんな獣と」
「リオネル殿下は獣ですか?」
ああまた怒りにまかせて発言しちゃった。
「はあ?」
凍りつく皆々様、ええいままよと覚悟を決めた。
「顔は確かにあのようになっていますが、首から下と中身は人間ですよね。じゃあ獣でなく、人でしょう?」
「あ、はあ」
なんで皆、口をぽかーんと開けっ放しなんだ。
「例えば先日、王宮から出入りを禁じられた男爵とその息子。逆らえない弱き者をいたぶるあの者たちの方こそ、ケダモノだとわたしは思いますが?」
あ、ガラにもなく熱くなってるよわたし。
「そそそ、そうですわね」 正論に怯むお嬢様方にさらに言いつのった。
「仮にもダガイルから国を守ってきた王子にそのような言われ様、酷いと思います」
本来、王族にあのような口を聞く者は、容赦ない処分があって然るべきじゃないのか。昨日の王妃さま方といい、なぜそこまで言われていて、誰も庇わないんだ。
「サクラ様は怖くないのですか?あのような顔が」
言われっぱなしは性に合わないと言いたげな、ちょいキツメ美人な御令嬢が訊いてきた。
「うーん。怖い、と思ったことは無い、かな?」
「確か初めてお出ましになられてすぐ、リオネル殿下をご覧になられたのですよね。あの時もでございますか?」
あーあの時ねと、苦笑が漏れた。
「サクラ様?」
覗き込むように尋ねられ、あの時を思い出しながら軽く笑んで答える。
「よく出来た作り物だと思って、触ってみたら温かいので驚きました」
…………一同絶句。
思いきり引かれた気がします。価値観は違って当たり前だとは思っていたけど、このアウェイ感はちょっと辛いかも。
でも、王太子妃問題さえ突っ込まれなきゃ、そこそこ楽しいお茶会ではありました。年が近い皆様と、他愛ない話をするのは楽しいものです。侍女さん達は職務に忠実過ぎて、今一つ話が盛り上がらないので、たまにこのお嬢様方と会うのは気分転換になりそう。
「あら、お兄さま」
そんな楽しい時間も終わりなんですねフィリップ殿下の登場で。皆様が色めき立つなか、一人テンションだだ下がりなわたしです。「皆様お揃いで。楽しいお茶会になりましたか?」
「「「「はい、それはもう」」」」
素晴らしいシンクロ加減。皆様目がハートですね。
「サクラ様にも楽しんで頂けましたでしょうか」
ここは空気を読んで、微笑みつつ頷いておく。
「そうですか、良かったなキャロル」
キャロリーヌ殿下へ向けた微笑みが、一番自然と思うのは、前知識に影響されてるな、と思うけど致し方あるまい。
フィリップ殿下がいらして間もなく、お茶会はお開きになりました。帰るお嬢様方に挨拶しつつ、さてわたしもと近衛に目をやったところで甘い声が。
「サクラ様。お部屋へお戻りになる前に、少し庭の散策でもいかがですか?」
「……はい」 この王子とは出来る限り二人きりになることを避けてきたつもりだが、今回に限り頷いた。ダメ元だったらしく少し驚いたようだが、それでも躊躇いなく差し出す手がさすがだなと思う。
夕方近くの庭は人の気配が無い。ゆっくりと歩き、やがて東屋に据えられた椅子に腰を落ち着けた。
「疲れましたか」
「そうですね、少し」
うう、一歩近づいて囁く魅惑の声。油断してたら流されそうなフェロモンビームに耐えるわたしはかなり意思が強いと自画自賛。
「サクラ様、髪が」
風に乱れた後れ毛に延びてきた王子の指を、やんわりと押し返す。
「フィリップ殿下」
怪訝な顔に話しかけた。「やめませんか?こんな茶番劇」
「……なにを」
言いかけた声を止めるように畳み掛けた。
「国王になる覚悟は、キャロリーヌ殿下のためなのでしょう?」
ソツの無い笑みが常の殿下の顔が、歪むのを初めて見た。そしてその顔のほうが、わたしの好みかも知れないな、なんて緊迫感もなく思った。
「……サクラ、様」
ようやく出された声が掠れているフィリップ殿下に、小さく笑いかけてから話を続けた。
「同腹の兄が立太子すれば、キャロリーヌ殿下をダガイルの後宮に差し出すなんて案は簡単に潰すことが出来るから?」
フィリップ殿下は視線を落とし、頷いたのか俯いたのか判断しかねる動きで頭を下げた。
「お気づきでしたか」
「偶然、噂を耳にしたので」
「ですが」
「フィリップ殿下」
言い訳は聞きたくないので封じた。
「わたしの世界でも政略の為の結婚が全く無いわけではありません。いきなり三人から伴侶を選べと言われて、納得できない感情はあるけれど、この国に身を守って頂いている以上、受け入れなくてはならない事も頭では解っているつもりです。でも」
話を切って一回だけ深呼吸、沈黙に顔を上げた殿下の目を見据えてハッキリと口にする。
「わたし自身に恋しているかのような振りをされるのは、不愉快です」
この綺羅綺羅しい殿下が、どうしても気に入らないのは、いかにも口説きますって態度にイラつくから。
あの超美人な妹を日常的に見ていて、なんでこのちっちゃい生き物を女と認識できるのだ。
わたしの持ってる知識に夢中なエドモントや、完無視するリオネル殿下のほうが、まだまともな対応だと思う。その態度に嘘はないから。
三択なんだから、そのなかでより相性の良い人間は選びたいけど、相手が心にも無いことを囁いて誘惑してくると思ったら、そいつはまず除外、と思ったって良いよね。
「お気を悪くさせてしまいましたか」
フィリップ殿下が肩を落として、呻くような声を上げた。
「決して騙そうと思ったわけではありません。貴女を伴侶として慈しむつもりでいましたから」
軽く睨んだままのわたしに、フィリップ殿下は力無く微笑んだ。
「貴女はご自身が思っているより、遥かに魅力的ですよ。今そう話してもお心には届かないと思いますが」
確かに。今は何を言われても、神の遣いを手に入れたいが為の口先三寸と感じている。
「貴方が王位を次がないと、キャロリーヌ殿下は確実にダガイルに嫁がされてしまうの?」
フィリップ殿下は綺麗な顔をまた歪めて答えた。
「嫁ぐ、というより生け贄の意味が強いですね。あの国は戦も非道ですが、国王の婦女子に対する扱いは外道ですから」
後宮に多数の美女を囲うダガイル国王が、他国にも名高いキャロリーヌ殿下を望んだのは、まだ王女が十にも満たない年だったそうだ。成人までは婚約をしないと突っぱねているうちに、戦が始まり話は一旦立ち消えた。
事実上休戦中の今、その話が蒸し返されたのは、王女の絵姿があちらの手に渡ったためらしい。
「大陸一の美しさ、でしたっけ」
わたしに面と向かってキャロリーヌ殿下の美貌を讃えるような強者はいないけど、小耳にはしてる。そこに目を付けたダガイル国王が、是非にと望んでいることも。
「まあ、どんな大国の王でも、節操の欠片もないスケベにはやりたくないよね。兄としては」
「スケベ……」
わたしのぶっちゃけトークに引きつつ、フィリップ殿下は話を続けた。
「確かにそれもありますが」
「他にもなにか?」
頷く顔はいつもの甘い笑みを消した、妹を心配する兄のものだ。
「ダガイルに敗れて逃げ延びた他国の貴族が申していましたが、国王が寵愛した姫は、みな短命なのです」
「短命?」
「国王に精を抜かれる、と言う者もいます。敗れた国の呪いだとも囁かれております。でも、後宮の規模からして、側室同士の争い、あるいは飽きた寵妃を……」
「それはやだね」
「正妃はダガイルに次ぐ大国の第一王女でしたから、王宮内で大事にされています。しかし側室、しかもこの程度の国の庶子ならば、末路は見えています」
「そっか」
そんなところに妹を送る話などとんでもないのは、まあ解る。なんだ良い兄ちゃんだなフィリップ殿下。
「わかった」
わたしの声で、俯いていたフィリップ殿下が、弾かれたように顔をあげた。目が合ったのでにっこり笑うと、怪訝な顔が返される。
さすがにあんたの嫁になってやるとは、いわないけどさ。
「要は、キャロリーヌ殿下をダガイルに嫁がせなきゃ良いのでしょう?」
「……その通りです」
「方法はひとつだけじゃないよ」
「は?」
うん、素の表情でも間抜けな反応でも、美形は美形なんだな。愛は一向に芽生えませんが。
「別の方法で行きましょう。たぶんそっちの方が確実」
「おまたせーキャロル」
「ごきげんよう、お姉さま」
フィリップ殿下との密談以来、わたしはキャロリーヌ殿下、もといキャロルとの時間をなるべく毎日作っている。人目があるところを意識して。そして気安くきゃっきゃうふふと語り合い、仲の良さをアピールするのだ。
神殿にも一緒に詣でる。携帯についていた、世界的に有名な純国産の白い猫付きストラップは、キャロルが持ち歩く扇に無理くり付けられて、わたしからのプレゼントだと言い触らしてくれている。
「どの王子と結婚しようが、キャロルは妹になるから」と公言したとたんに、ダガイルへの話を進める貴族がいなくなった様です。凄いね神の遣いの発言力。
「キャロル、サクラ様とまた一緒だったのかい?」
「お兄様」
「サクラでいいよ、フィリップ」
色気を出さないフィリップとは、随分話しやすくなりました。元々話題豊富なひとなので、語り合うのは楽しいです。
貴族の顔と名前を一致させるために教えてもらったウラ情報は、とても人には話せません。綺麗な顔して毒舌だったのね第三王子様。




