19 年長者との会合は、気疲れするので避けたいところなのですが
だからどうして晩餐の前に湯浴みして磨かなきゃなんないのだ。相手は既婚者なのに。
「待ちかねたぞサクラ」
「お待たせして申し訳ありません陛下」
お前の誘いが唐突過ぎるせいだアホ。
王宮生活も半月を過ぎたころ、陛下から晩餐のお招きがあった。もちろんわたしに拒否権はない。
いつも通りにシュヴァイツさんや王子様たちと過ごして、部屋に戻り、さて晩ごはんまでに少し本でもって肩の力抜きかけたとこだったのにー!
風呂+エステ並みのお手入れ攻撃で身体はピカピカ心はへとへとですよもう。
しかも国王陛下と差し向かい。ワイルドに渋味が増したお顔がド迫力。
「サクラは酒が苦手なのか」
「あまり量が飲めないので」
嫌いじゃないですむしろ好き。でも、初心者だから呑みすぎてどうなるか解らないのが不安なの。酔って取り返しのつかない発言すんのやだもの。
「王宮の暮らしには馴染んだようだの」
「まあ、それなりには」
本音なんか言えるかよー。何するにも近衛の兄さんがついてくるのがウザいとか、風呂くらい一人で入りたいわとか、どこにいても注目されていて気が休まる暇もないとか。
そんな心の声を全部胸に納めてアルカイックスマイル。伊達に二十年も日本人やってませんってば。
お料理美味しいわーでもそろそろ醤油が恋しいなあ。和食食いたい、すしてんぷらすきやきみそしるーぅ。
「時に、王子達とはどうじゃの」
「はあ」
なんだその超大雑把な質問は。
「どう、と言われましても」
「誰が良いかの?」
今度はストレート過ぎだっつーの。
「まだ決めかねておりますが」
「エドモントやフィリップとは、ここのところ毎日逢っているだろうに」
「そのとおりではありますが」
催促か。
「皆様ご立派すぎて、気後れしてしまいます」
あ、不審な目付き。
「まあ良いか。時に」
「はい」
「フィリップやエドモントとは、どんな話をしているのか、この父にも教えてほしいがのう」
「あーフィリップ殿下とは、芸術方面の話が主で」
昨日はノートに書いたパラパラまんがに感銘を受けていたようですが何か。
「ほう」
「エドモント殿下とは、今はほぼ計算関係ですね。あっ」
「如何した」
「エドモント殿下が、計算の練習用に、政務で反古になった紙を持ってきて下さったんですけど」
この国に限らず、大量生産出来ないから紙は貴重なのだ。新しい紙を練習用にまわすなど、とんでもないそうです。
「計算の合わない文書がたくさん出てきて」
保存期間が過ぎた昔のものがほとんどだけど、ちょっと酷いねーと、エドモントも呆れていたのだ。
「ほほう。サクラは計算が得意なのか?」
「わたしの世界では、小さな頃から習いますからある程度は。でもエドモント殿下には、敵いません」
だってわたしが六年かけて学んだ小学校の算数、こちらのやり方は知っていたにしても、違いを確認しながらほぼ四日で小数点付きから分数、簡単な統計までマスターしやがりましたよ理系殿下。脱帽ですが教えるの疲れた。
そして今の興味はソロバン。足し算引き算把握して、細工師に試作品作らせようとしています。その勢いは誰にも止められない。
「ほうほう」
「意欲も素晴らしいのでしが、やはりご本人の才能かと」
「そうかそうか。エドモントがのう」
嬉しげに顔が緩んでます陛下ってば。息子が褒められてにまにま喜ぶパパ。普通に父親なとこもあるのね。
「それはそうと、王宮の文書はそなた達が呆れるほど計算間違いだらけなのか?」
あ、国王モード。切り替えはやっ。
「だからこそ反古になった書類だとも思いますが」
「ふむ」
国王は眉を寄せたが、それ以上深くは訊いてこなかった。
「明日は王妃に招かれているそうだな」
「あ、はい。お茶会に」
ちょっと、いやかなり憂鬱。嫌いとまではいかないけど、前の晩餐で苦手意識はバッチリついたから。
今完全に、顔に気持ちが表れたのだろう。そうか、とわたしを見た国王が、少し気弱な声を出す。
「あれは難しいところがあるが、心根は悪くない。よろしく頼むぞ」
「はあ」
「お招きありがとうございます」
「ようこそサクラさん。楽しんでくださると嬉しいわ」
そんなわけでお茶会。
王妃専用のティールームがあるんですね。壁とか窓の装飾が、まじベルサイユって感じです。
テーブルを囲むのは、王妃とわたし、高位貴族のご夫人方。そして昼でもキツいんですよ香油の匂い。鼻の奥が攻撃されまくっています。
簡素なドレスが新鮮で素敵とか、黒髪が神秘的とか、下々の者にもお優しくて素晴らしいですわだの相変わらずの見事すぎる褒め殺しっぷり。
あらそんなこと、いえいえ、恐縮ですわと返すことにも厭きてきました。うーストレスたまるぜ。
「サクラ様は最近エドモント殿下と仲睦まじいとお聞きしましたが」
ご夫人のひとりが、にこにこと切り出してきます。
「エドモント殿下はわたしの国の学問が興味深いご様子で。熱心に学んでいらっしゃいます」
「あら」
「まあ」
皆様そんなあからさまにガッカリしなくても。
「フィリップ殿下とは、サロンでお話しているのをお見かけ致しましたわ」
「フィリップ殿下とキャロリーヌ殿下には、詩や絵画や音楽についてご教示頂いておりますの」
仲が良い、とか楽しいとか、そんな言葉は使わないほうが良さそう。
「リオネル殿下とは?」
「は?」
誰だったっけこの人。鼻を向けると匂いに噎せそうだから、なるべく見ないようにしてたのに。名前言っただけでも、リオネル殿下に対して良い感情がゼロって判る。
「いやですわナターシァ様。あのような怖い方にサクラ様がお話しできるわけが無いでしょう」
こいつらもか。
「そうですわよ、ねえ」
「ええ、本当に。王子といえど獣の首を持つ男を伴侶になど。私なら耐えられませんわ」
ねえ王妃さま?と取り巻き達が一斉に王妃を見る。
「王妃さま?」
「え?ええ、ほんに」
取り巻きに悪口をお任せしていた王妃さま。どこかぼんやりしてる。周りにつつかれて、慌てて相槌打ったあと、傍らに立つ侍女にちらりと視線を流した。
王妃さまよりだいぶ年上の、無駄に威圧感漂うひとだなあ。応える目線まで偉そう。
わたしもちょいちょい女官長には叱られるけど、王妃さまもそうなのかしら。
一度気になると、そこだけどうしても目についてしまうのが当然で。
王妃さまが何か発言するたびに、控えている偉そうな侍女を見るのが気になって仕方ない。
侍女の手から王妃さまを操る糸が出ているような感じ。
そして周りも、似たようなモノなんだけど。なんとかして王妃さまとわたしに、リオネル殿下の悪口言わせようとしているのが丸わかり。小学生のいじめグループかよ。
今、お茶会メンバーの仲で、わたしと王妃さまだけが積極的に参加していない。なのに会話がヒートアップしてる。
「あのように成り果ててからは軍ばかりに入れ込んでろくに社交もせずに」
「あら、でも来ていただいても困ってしまうわ。あの方とダンスを踊ろうなんて御令嬢がいるとは思えなくて」
「そうよね。近づいただけで、頭から喰われてしまいそう」
「ああ解るわ。骨ごとバリバリと」
「かと言ってフィリップ殿下もねえ。妾腹の生まれらしく社交に長けすぎるのもちょっと」
「誰にでもお優しくていらっしゃるから、伴侶にするには、ねえ」
わーっと叫びたくなるくらい、うざったい物言いだな。要はエドモント推しなんだろうけど、ライバルのネガティブキャンペーン中心のお話は、反発心煽るって解らんのかな。
「ねえサクラ様?」
ここで頷いたりしたら、エドモントに確定が既成事実化する。相手はそのつもりで攻めてきてる。
「ごめんなさい。皆様がおっしゃること、よく解らなくて」
「え?」
皆様ぽかーん状態。ふふん、陰口なんぞに同調するサクラちゃんじゃないのですよ。
「王子様方は三人とも、それぞれに素敵です。でも一生の事ですから他人の意見に惑わされずに、時間を掛けて見極めて行かなくてはと思っておりますの」
ねえ王妃さま?と話を向けると、ぼんやりしていたのか慌てて頷き、ハッとして侍女に助けを求める様に視線を飛ばした。
侍女は全く動じずに、無表情だ。それを見て王妃さまは、顔色を無くして少しだけ俯く。
周りの奥様方は、呆れたようにわたしを見ているので気づかずにいるご様子。エドモント殿下の美点、人付き合いは苦手だけどもお優しいとか、サクラ様がいらしてから溌剌として、深く愛しておられるのが判ります、など。
猫かぶりながら、言質とられまいと攻撃をかわし続けて疲れました。
むせかえる様な匂いにも酔ったのでゲッソリ。
「それは難儀でしたな」 翌日シュヴァイツさんにお茶会の首尾を訊ねられて、愚痴ったら苦笑が返された。
「周りばかり盛り上がるのも辛いものです」
「全くそのとおり」
もののついでに、例の侍女について訊いてみた。
「アビゲイル殿の事ですかな」
シュヴァイツさんの覚えもめでたいってことは、さては大物?
「彼女は元々王妃さまの乳母でしてな、お輿入れの際に生国から唯一付き従ったお方で」
ふうん、じゃあ親代わり。でも毒親っぽいな。いまだに顔色伺う王妃さまもどうかと思うけど。
ああでも王妃さまの印象が変わったな。
晩餐会の時は高慢なひとかなと思ったけど、あれも侍女からの指図だったのかも。王妃さまの生国からしたら、エドモント殿下が国王になってくれたら万々歳だろうしな。
王族ってやっぱたいへん。なりたくないモノ断トツ首位だよ今現在。
「そういえば、今日も茶会に呼ばれておるようですの」
「ああ、はい。キャロリーヌ殿下の」
「キャロリーヌ殿下のご友人は、サクラ殿とも年が近いでしょうから、楽しんでいらっしゃい」
「……はい」
でも今度はフィリップ殿下推しの嵐だろうし、昨日気になる話を聞いて落ち着かない。
「シュヴァイツさん」
「なにか?」
「昨日のお茶会で小耳に挟んだのですが」
その件は未だ確定ではないとシュヴァイツさんは言った。
「なにより陛下が嫌がっておいでなので、あらゆる回避策を練っておるところです」
「でも国力からみて、無下に出来ませんよね」
シュヴァイツさんは重々しく頷く。
「キャロリーヌ殿下は御存じですか」
「どうでしょうかの。しかし王妃さまの耳に届くくらいでしたら、フィリップ殿下は確実に把握されているかと」
なるほどな。これで疑問がひとつ解消。
やっぱりと思った。
恋愛する回路が標準装備されていないから、傷つきはしなかったけど。