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17 眼鏡と白衣がここにあればと。



 こちらに落ちて?引っ張られて?十日が過ぎた。

 王宮の生活にもだいぶ馴れた。馴れたくない気持ちは多少あるが、選択肢がないので順応せざるを得ない。


 夜明け前の自由時間は、音楽を聴いたりiPadで小説を読んだりして過ごす。前日シュヴァイツさんに質問されたことを保留して、電子辞書内蔵の百科事典で調べてみたりもする。

 窓の外が明るくなると、ガウンを羽織りバルコニーへ。

 最近はリオネル殿下に会う機会が全くない。他の二人は嫌でも毎日顔を見るのだが。

 なので朝日を浴びながら歩く金茶を、ここから眺めて生存確認をする。目が合えば手を挙げるのに、あちらはチラリと見て、無視。

 軽くムカツクが気にしない。


 だいたいこのタイミングで、朝の鐘。そして侍女さん達にドレス着せられて朝食。

 フリフリてんこ盛りドレスは、かなり改善されました。シンプルにカッティングで身体のラインを生かすデザイン。スカートの長さは変わらなくても、中のパニエが薄くなって動きやすく、お手洗いもなんとか独りで可能に。何度も言いますがここ大事。



 そうそう、塩分強めの味付けが、わたし好みの加減に変わりました料理長さんありがとう!やっぱ働くひとに感謝する心は大事だよね。


 シュヴァイツさんが来たら、まずは神殿に。和顔の神様にご挨拶。御神体?の像に向かっての祈りの中身は『さっさと帰せよこの野郎。いい加減にしないと、そろそろマジックで愉快な鼻毛でも書いちゃるか』です。

 祈りのあとは軽く神官達とお天気の話などします。うっかり誰か、神事の秘密なんか洩らさないかしらと思いながら。



 お勉強は、王族用の書庫で。

 自室だと訪ねてくるお貴族様を断ったり、贈り物が届いたり邪魔がはいるのだ。そして書庫には、なんとガラスで仕切られた学習室があるのです。シュヴァイツさんと貴族の悪口言っていても、護衛の近衛さんに聞こえない処がポイント高し。



「ではわたしはこの辺で」 元宰相のシュヴァイツさんは、わたしのお守りだけが仕事ではない様子。陛下のご相談役とか、宰相閣下の指導とか、そのほか諸々。

 わたしは書庫に残って、面白そうな本を探したり、ノートを整理したり。最近増えた日課は。



「サクラ様。エドモント様がご一緒なさりたいと」

「はい、どうぞ」




 この書庫を使い出してすぐ、エドモント殿下が訪れるようになった。

 初めはこちらを思いきり意識しながら本を選び、ちょっと離れた席についての読書タイム。のフリして観察されてた。視線が刺さること刺さること。

 気にせずノートを纏めていたら、話し掛けられた言葉が。

「それは……文字なのか?」

「ごわっ!」

 背後から聞こえた声に顔を上げると、いつの間にか約五センチの超至近距離にクールビューティーな青い眼がありました。

「近いし!」

「し、失礼」 思いきりのけぞるわたしに、あわててエドモント殿下も下がります。


「あーびっくりした」

「す、すまぬ」

 たぶんわたしが出した人ならぬ声に驚いたご様子です。普通なら何かのフラグでも立つのかも知れないけれど、そんな感じはありません。だってエドモント殿下がガン見してるの、わたしじゃなくてノートだし。

「見せてもらっても?」

「どうぞ」


 殿下はノートを撫で回しながら眺めて、首を捻る。「全く解らない文字だ」

 この世界、大陸共通語をどの国も使っているので、言葉の壁初体験の殿下。ううむと唸りながらページをめくり。


「ぶっ!」


 噴いた。


「あ、それは」

 夜会の後に作った貴族の一覧。えぐい似顔絵付き。

「ぐ……ふはっ」

「いや我慢しなくても。ならいっそ爆笑してくれたほうが」

 あははははっ!


 クールビューティー殿下が大口開けて笑っています。声が聞こえなくてもさすがに気づいた近衛さんが、ぎょっとした顔でこちらを見ています。


 くくくと腹を押さえながら殿下は話し出しました、声を震わせながら。

「いや失礼。単純な線で書いてあるのに、誰なのかすぐわかる。これは素晴らしい」

 特にこの、と指差す顔は、渾身の力作。

「生え際の描写には自信がありますよ」

「ぶほっ!止めてくれ!今度からズグル侯爵をマトモに見られなくなる」


 くくくっく。


 笑うと今までの印象が一掃された。王族だからと構えていたけど、なんかこう。

「どうかしたか」

「いや、なんとなく似た人思い出して」

 顔じゃなくてね、反応が。


 高校の同級生でバリバリの理系。一年の最初に隣の席になった奴。結構イケメンな癖に女が苦手で徹底的に避けられたけど、ある日宿題見せてもらったら、案外良い奴だった。物理と数学の師匠として、三年間面倒みてもらいました。ちなみにソーラーバッテリーは、彼が発案で高校の仲良しチームからの餞別です。

 そいつと、この殿下、どこがってハッキリ解らんがちょっと似てる、かな。


「ああ、すまぬ。気を悪くしてはいないか」

 笑いすぎの涙を拭いながら、エドモント殿下は謝る。

「いいえ全然。かえって今みたいに話してくれた方が、気が楽」

 エドモント殿下は、目を見張り、次に子どもみたいな笑顔を見せた。わたしも、心からニッコリと笑った。

 一度笑い合えば、年も近いし砕けた物言いになる。そうしたら、相手も構えず話してくれた。

「いったい何種の文字があるのか、ざっと見てもわからないぞ」

「わたしも全部は知らないけど、数千?くらいかな」「覚えるだけで気が遠くなる。合理的じゃないな」

「ふふん。それがなんと、全然真逆なのさ」

 日本語は確かに、漢字の種類が多いから読めるまではたいへんだけどね。スペル覚えなきゃいけないから、結局は英語もこの大陸語もたいして変わりないというと、なるほどとエドモントは頷いた。

「一つ一つの漢字に意味があるから、読めなくても感覚でわかったり、慣れると速く読めるのは絶対こっちだよ」

「なるほどな」

「せめて数字は違くても良くない?この国の文字って英語感覚でよめるけど、それだけはマジ不便」

 アラビア数字っぽいものが無いので、数はマジ解りづらい。123が、one two three なのだ。万単位を超えると、ややこしいことこの上ない。

「数字?」

 教えてあげましたエドモント殿下に、アラビア数字123。そうしたら見事にハマった。夢中です。




「サクラ!サクラ!割り算は完璧だ!次は分数とやらを教えてくれ!」

 満面の笑みで眼をキラキラさせながら、今日もエドモント殿下は学習室に駆け込んできます。

 彼にとってわたしは楽しい学問の師となったみたいです。小学生レベルの算数の。


 お勉強の合間にぽつりぽつりと自らのお話をするエドモント殿下。

 小さい頃から、季節の変わり目に息が苦しくなって、外に出ることのない生活だったらしいです。小児喘息?

 本ばかり読んで日がな一日過ごしていたとか。

 なので限られた人としか話すことなく育ってしまい、大きな(なり)でコミュニケーション能力に難が。特に対女性。 自覚していてもどうしようも無く、今回、周りに急かされて本当に困り果てていたと。


「サクラが話しやすくて、助かった。わたしはどうも女性を怒らせるのが得意だから、近づいても裏目に出そうで」

 頭を掻きながら語るエドモント殿下。あまりに彼が素直なので、こちらも本音で訊いてしまう。


「…………ねえ、やっぱなりたいもんなの?王様って」

「なりたいとは思っていない。ならなくてはとは思う。でも」

 エドモント殿下は硝子越しの近衛に目を遣り、またこちらを見た。


「剣も人あしらいも苦手な私に、国王が務まるとは思えない。だから兄上が元に戻ってくれないものかと、密かに願っているのだ」 こんなこと、母上や取り巻きに聞かれたら、怒られてしまいそうだと、力無く笑う。

「こうやって、新たな事を学んでいるのが一番楽しい」

 エドモント殿下は笑顔を作ってまた数字に向かう。計算式はこちらの国にもあるけれど、合理的なサクラのやり方は、楽しくて仕方ない、と。


 文系脳には理解できないな、算数が楽しいなんて。

 きっとこいつ魂から理系人間だ。わたしの持ち物も、隙あらば分解しようとするし。ボールペンとかマーカーとか。ペンケースのファスナーも、小一時間開け閉めしてたもんな、嬉しそうに。


 アメリカあたりに生まれてたら、MIT(マサチューセッツ工科大学)で、宇宙工学でもやっていそう。

 日本に生まれてたら、はやぶさとかイカロスに萌えてたり。学生時代はロボット制作に命賭けてるとか。



 似合うかもな眼鏡と白衣。なのに王様か。政治家には一番向かないタイプだと思うけど。



「サクラ、どうかしたか?ここが合っているか見てくれないか」

「おっけー」

 王子様もいろいろタイヘンそうだなあと、ちょっぴり同情してみた。

 ほんのちょっぴりね。






 ちなみに高校時代の理系くん。話していて楽しいサクラちゃんを密かに思っていて、大学は同じで別学部。サクラにPC関係の師匠として、体よく使われてたりする。

 まわりは皆、理系くん→サクラに気づいているのに、本人には全く通じない不憫キャラだったりします。

 そして文系脳のサクラちゃんは、理系イメージがおおざっぱで、理学部と工学部の違いも良く解っておりません。作者同様に(笑)

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