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16 【閑話】 不遇の王子と神からの娘 4




 夜会から七日。

 サクラは次第に生活のペースを作りつつあるようだ。


 朝食後、神殿に詣でるのを日課としているが、それが心からでは無いことをシュヴァイツは知っている。 自らが神と関わりが深いと知らしめるため。そして神官に近づき、神事の仔細を訊き出すため、出来れば帰る方法を、との企みが透けて見える。

 サクラは神に怒っている。

 形通りの祈りのあと顔を上げた時に浮かぶのが、神への敬愛ではなく、喧嘩を売りたいのに我慢している少年の如き表情なのは、シュヴァイツだけが気づいている。

 おそらくそれを見られているとサクラは思っていないのだろう。すぐにいつもの微笑みで、感情を隠す。


 それからシュヴァイツと、王族のための書庫で国内外の情勢について学ぶ。但しそれは、シュヴァイツが一方的に与えるのではなく、サクラの質問によって話が進むことが多い。

 予め本を読むのは、効率的だとサクラは言うが、シュヴァイツはそれが、真実を歪めて教えられるのを危惧しているからと解っている。

 王族用の書庫より、広く門戸が開けられた図書館を始めに希望した時に悟ったのだ。


 微笑みを誰にでも向けるサクラは、実は誰をも信じてはいない。



「じゃあシャトルリューズには、後宮はないのですか」

「そもそも後宮とは、陛下のお血筋を残す為のもの。子が成されぬ時に、側室の一人二人王宮に迎えれば宜しい。美女を何十人抱えても、陛下はお一人。国費を浪費して、女達の無益な争いが起こるだけです。第一我が国では、王妃の承認なくば側室は立てられないと定められて折ります故」

 サクラはふむふむと頷き、また複雑な、自分以外は読めぬ文字をノートに書き付ける。

「このあたりは国によって様々です。王妃を三人立てて、国務と権限を分担させるところもあり。後宮に何十人もの側室を抱える国もあり」

「それは余程の大国なのでしょうね」

「一番規模が大きいものはダガイルでしょうな。元々は同盟の人質として他国の王女や高位貴族の子女を留め置くために増えたらしいのですが、その意義は既に廃れていても、規模は広げているようです」

「うわ好色スケベ王!」 

 うげっと嫌そうに顔をしかめる姿に苦笑すると、騎士までもが笑いを堪えている。さらにサクラが軽口を叩き、部屋にいた皆が笑い合う。

 サクラとの時間はこうして和やかに過ぎていくことが多い。表面上は。


 サクラのトランクの中身は、あの装束と簡素な衣服程度と思っていたが、そうでも無いようだ。

 大陸共通の金銀銅貨を見せた翌日、生国の通貨だと見せてくれた数種類の紙には、驚かされた。紙を通貨になどと思う心を、一目で打ち砕く。

「恐ろしいまでの細密さですな」

「日にかざすと、この部分に透かし絵が」

「おお!」

 専用にすかれた特別な紙と、サクラの国最新の印刷技術を駆使して作られるらしい。これなら偽物を刷るのは難しい。混ぜ物をしている某国の金貨よりは遥かに信頼できる。

 印刷方法は具体的に解らないと濁された。



 今まで見せてくれた物の製造法のほとんどを、サクラははっきり知らないと言う。人口が多く、物を作る職人は細分化していて、何よりそれらは大掛かりなキカイというからくりと、デンキという動力が必要なので、この国では不可能、と断言された。


「デンキというのはどのようなものですか」

「文系脳にそれを訊きますか……うまく説明するのは難しいのですが、雷と同じものと習いました」

「雷?なんと……」

 雷を使いこなすとは、まるで神のごとき技。

「その反応は、いろいろ誤解されている気がするんですが」

 サクラのいた処が、そもそも神に近い場所なのではと話すと、そんなことは無いと一笑された。


「文明は進んでいますが、問題も多い、(せわ)しない世界です。悲惨な戦争も不幸な人々も、なくなることが無い」

 サクラはこの『セカイ』という言葉をよく使う。生国と、こちらに来る前に居た国を含む広い範囲を指すらしい。

 わたしの世界、と話すとき、サクラはいつも視線を外す。宙を見詰める目が、儚げに細められる。

 シュヴァイツは気付かぬ振りを決め込み、話を進める。

 国策のためなら容赦なく何でも切り捨ててきたはずの心が、僅かに軋むのは年を取ったからであろうか。だがサクラは、既に王宮に必要な存在なのだ。



 このところ王宮の中が、明るく、風通しが良くなった。サクラにスープを褒められたと料理長が張り切り、薄味の野菜料理を研究している話。洋裁師とお針子が、サクラに似合うデザインを作り上げるのに夢中との評判。

 下男下女が、自らの役目を嬉々とこなすので、それを使う者達に余裕が生まれる。行き交う者達の顔が明るく希望に満ちているのを、清々しい思いで眺める。


 サクラが洗濯女のためにと薬師に依頼した軟膏を、貴族の女が先を争うように求めているという噂も聞く。屋敷の下女に菓子をあげたり感謝の声をかけるのが、最新流行なのだそうだ。

 年端もいかない子どもをやむ無く働かせていた孤児院への寄付も、この二三日増えていると、文官から聞いた。


 サクラに話すと、喜ぶと思ったのに、顔をしかめたのは意外だった。

「善き事と思われますが」

「ブームってだけなんじゃないかな」

 サクラの話では、流行りものはいつか廃れる、上の気まぐれで始まったことなど、すぐに飽きられる。

「弱いものを気遣い守るのが、当たり前にならないと駄目なの。気まぐれで優しくして、飽きたら元通りなんて、貰う方が振り回されるだけ」

 そしてサクラは考え込む。目を伏せると、黒く長い睫毛(まつげ)が作る陰で、幼く見え勝ちな顔が鋭く変わる。

 声を掛けると大概、ぼうっとしていた、などと誤魔化されるが、この国の政を量られているようで、空恐ろしく感じる時もままある。



「どうじゃ、サクラは」

「は、恙無くお過ごしかと」

「下々の者達に、慕われているようだの。我の耳にまで届いておる。貴族たちは男爵の二の舞にならぬよう身を律しているらしく、民が喜んでいるそうではないか」

 先日の洗濯室の件は報告済みで、監督役の男爵が勝手に庶子を使い、下女達をこき使うでなく賃金の中抜きや時には凌辱もしていた事が、監査を入れ明らかとなった。

 近いうちに沙汰が出るが、神からの娘の不興を買ったことで男爵家は侮蔑の渦中に置かれ、没落は必須と噂されている。


 聞いた貴族達は、皆がサクラの逆鱗に触れぬよう、細心の注意をもって近づこうと模索中だ。

「貴族達からの面会の申し込みが殺到しておりまして、女官長が頭を抱えております。特にお話相手と称して、年頃の娘を使って近づこうとする者が多くありまして」

 爵位を持つ者の失態は咎められても、娘たちなら幼いからと言い訳がたつ。保身第一の貴族が思いつきそうなことだ。


「ああ、我にも意見してきた者がおるぞ。サクラの息抜きにと」

「一度茶会などでも」

「それが良かろう。抜け駆けしようと蠢く輩も、少しは落ち着く。王妃や王女に催させてはどうかの」

「では近いうちに」

「うむ。ところで」

 話題は王子達の動向となる。下の二人はサクラの行動パターンを調べ、何かと接触しているのを、シュヴァイツは目の当たりにしているのだが。


 ここ二三日のことを告げると、国王は目を丸くした。

「意外、じゃな」

「同感です」

 朝は早いうちから城を出て、日がな一日軍で過ごし、日が暮れてから戻るリオネル王子は論外。

 数多の貴族令嬢が心踊らせる美貌と手管の持ち主、フィリップ王子も意外な苦戦。

 今サクラに最も近づき、笑顔を引き出しているのは。

「まさかあの、女に不調法なエドモントとはな」

 そう、ここの処サクラは。

「それが却って良かったやも知れませぬ」



 毎日エドモントと、堂々と逢瀬を重ねているのだ。







 シュヴァイツさんはサクラにかなり入れ込んでいて、リオネル推し。

 でも一筋縄でいかないサクラに苦戦中(笑)


 閑話、予定より長々と続いてしまいました。今後は自重します話が進まないし。

 次回からはサクラ目線に戻って、王子達との攻防戦?

(軽く予告してみました)

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