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12 常識が違うといっても、許せないことはある。



 思わず駆けよって、汚ならしい男から引き剥がし、そのまま抱き締めたら、ミリアが小さく呻いた。

「大丈夫?」

 弱々しく頷きながらも、ミリアはすぐにまた頭を下げ、身体をそっと離そうとして、うっと声をあげて屈み込む。

「……顔だけじゃないんだ」

「お前が直接、罰したのか」

 今までになく冷やかな声のシュヴァイツさんだが、それに気付かず、トマスと名乗った男は自慢話のように胸を張った。

「それはもちろん。怠け者を叱るのがわたくしどもの役目にございますから」

「確かめもせず惨いことを」


 わたしが男を睨むと、モゴモゴとはっきりしない言い訳を重ねる。少し聞いてみたが、子どもに何もかも押し付けようとする姿勢に、虫酸が走る。



 そんなことより、まずは手当てをと、シュヴァイツさんにお願いしたら、王宮にいる医者の所へ案内すると言われた。


 付いてきていた護衛の騎士に運んでくれないかと言うと、明らかに後込みする。はっきり言わないが、なんで俺がと思っている様は、お貴族様的でかなりムカつく。



 鬼畜ぶよぶよ男には触らせたくないし、シュヴァイツさんはご高齢。 ええい、じゃあわたしが担いじゃるわと身体を支えると、反対側からミリアさんを奪われた。

「ヘレナさん?」

「あたしが運ぶから」

 しっかりと姫抱っこしてもふらつかないヘレナさんを見て、そのままミリアさんをお願いした。



 シュヴァイツさんに先導されて医務室っぽいところへ急ぐ。



 ドアを開けたら、中にいたひとがわたしを見て固まってる。


「この子を診てください」 躊躇する様子はあったけど、若い医者らしきひとが立ち上がり、診察用のベッドに通してくれた。



「鞭ですねこれは」

 血が滲む服を脱がせて、細く赤い線が幾筋も走る小さな背中を見てひとこと、医者は言った。怒りの感情で全身の毛が逆立つ。

 酷い。こんな子どもに鞭なんて、人間のすることじゃない。日本じゃまだ小学生くらいなのに。

 ベッドに力なく置かれた小さな手。毎日の水仕事でひび割れ、血が滲んでる。カサカサの指先が切なくて、涙が出た。



「あたしが悪いんです」

入り口近くに立っていた、ヘレナさんがぽつりと言った。

「見たこともない物を洗えと持って来られて、どうしたら良いのかも分からないのに、自分が触りたくないから、気立ての良いミリアに任せてしまって。綺麗なレース付いていたし、ツルツルした肌触りだから、上等な絹なんだろうって出任せ話して」と、ヘレナさんは絞り出す様に言って、頭を下げた。


「ミリアは陰日向なく働く良い子なんです。クビになったら家族も干上がっちまう。どうか許してやってくださいませんか」

 深く頭を下げたヘレナさんの、かさついた手を握った。弾かれたようにヘレナさんがわたしを見る。

「あれは熱に弱い生地だと伝えなかったわたしのミスです。ミリアさんには罪がないし、ヘレナさんが謝ることもありません」


 ベッドの上でぐったりしているミリアさんの腫れ上がった顔を見たら、声が震えた。


「ミリアさん、ごめんなさい」

 ぼんやりしていたミリアさんが首を振りながら、なにか言おうとした。でも言葉にならなくて嗚咽が洩れる。




 診察を終えた医者がこちらを向いた。

「かなり痛め付けられていますね。今夜あたり熱を出すと思いますから、薬を渡します。四五日は安静に、栄養状態も良くないので滋養をつけて」

「はい」


「この子はここに置いてはおけないのですが」

 目上らしき医者が、申しわけ無さげに切り出す。

「シュヴァイツさん?」 意味がわからず振り返ると、シュヴァイツさんは小声で耳打ちした。

「この子の身分で、ここの医者にかかったと知れると、あとが面倒なのですよ」

「そんな……」

「大丈夫。あたしが寝床まで連れていく、面倒もみる」

 でも、と迷うわたしに、ヘレナさんは胸の前で腕を重ねて頭を下げた。神に祈る時のように。


「姫様、あたしたちごときに、もったいないお言葉をありがとうございます。これ以上はバチが当たりそうだ、では」 医者からの薬をエプロンのポケットに受け取り、ミリアさんをおぶって、ヘレナさんは立ち去ろうとする。


「ヘレナさん!」

 二三歩踏み出した足を止めたヘレナさんに、わたしは叫ぶように言った。


「ミリアさんが治ったら、またわたしの服をお願いします。扱いはあとでお知らせしますから!」


 ヘレナさんはぽかんと口を開け、それから意味がわかったのか、顔をくしゃっとさせて笑った。




 シュヴァイツさんに促されて廊下に出ると、さっきのぶよぶよ男が、おどおどと立っていた。わたしを見て、口を開いたが、視界にいれたくないので立ち止まらず通りすぎる。



 子どもが労働力になる国は、わたしのいた世界でもまだあったはずだし、今まで当たり前にしてきた事が、すぐに止められるとは思わない。

 でもでも、同じ建物の中にいる子どもが、暴力を受けているのを、知らんぷりなんて嫌だ。

 止めさせることって出来るのかな。とにかく考えることだ。その為には、やっぱり情報、知識だと思う。何も知らずに喚いたところで、どうにもならない。うん。



「シュヴァイツさん、このまま図書館へ行きませんか?」



 女官長とは、廊下の途中で分かれた。きっと部屋に戻るとお説教の嵐だろう。




 図書館は、一言でいうと、有名な魔法学校の映画に出てくるものに似てた。高い天井まで、壁一面に本がぎっしり。でも魔法が無いので、長梯子がたくさん置いてある。うーん司書さん命懸け。そして人は思っていたより少ない。




 近づいてきた司書に、国の地理や歴史について書かれた本を選んでもらい、ついでに宗教関係の本を訊ねた。

「わたしの国では、神の行ったことや、信じる者が成すべきことが書かれた本があるのです。似たようなものがあれば読んでみたいのですが」

 それに近い本はあったが、字を読めるのは貴族と商人の一部なので、広まってはいないらしい。取り敢えず借りた。あと、法律についての本。子ども関係だけでも、早く知りたい。


「たくさん借りましたな」

 借りた本を、シュヴァイツさんが半分持ってくれた。

「はい、シュヴァイツさんに教えていただく前に読んでおいた方が、理解が早いかなと」

「ほう?」

「今までそんな風に学んできましたから。この国の字が読めて助かります」



 さて、部屋に戻るかと踵を返すと、

「うわおっ」

 鈴なりに貴族たちがいた、いつの間に?実は隠れてたのかGのように。

 しかもお互いに牽制しあって遠巻きに見られてる。珍獣感ありあり。



 その中に、あの男に良く似た奴がいた。

「カスラ男爵?」

「おお、わたくしの名をお呼びになられましたか?神の御遣いの姫様!」

 呟きなのに、鋭く反応した本人が近づいてきた。顔だけじゃなく、体形もそっくりだ。はっきり言って気持ち悪い。

 眉間に縦じわ寄せて、後退りすると、シュヴァイツさんが盾になってくれた。ありがたい。


「カスラ男爵は、確か今、下男下女たちの総監督のお務めをしていましたかな?」

「はい、そのとおりでございますが」

 にやけた表情まで似てるなあ。やっぱり親子かも。 あんたの息子はゲロゲロの外道だよ。と、大声で言ってやりたい。でも、今のわたしの立場で、それを言って許されるのかな?


「サクラ様?」

 シュヴァイツさんに、声をかけられハッとした。

「ああ、ごめんなさい。またぼんやりしていました」


 顔を上げると、たくさんの貴族に注視されていた。

 この中で仕掛けたら?

 うん、効果なくても良いから、やってみよう。珍獣の影響力を試す良い機会だ。


「カスラ男爵?」

「は、はい!いかがされましたか姫様」

 名前呼ぶだけで天にも昇らんばかりの反応。そのまま昇って勢い良く落ちろ、とは言わずに心に留めておく。

「カスラ男爵は、女や子どもに躊躇なく手をあげて、鞭をふるう男を、どう思いますか?」

 予想外のことを言われて、首を捻る姿から、まだトマスの件は耳にしていないと見える。でも、あのぶよぶよの製造責任者だたぶん。子の不始末で恥を掻けば良い。


「あの、いったいなんの」

 カスラ男爵の言葉を遮り、周りに聞こえるように、声を張り上げた。

「わたしの故郷では、どんな理由があろうと、女子どもに暴力をふるう男は、軽蔑されますの。鞭なんて振るったのなら、即、牢獄行きなのです」

 この国ではどうなのか気になりましてと、ニッコリ笑って返事を促した。

「は、はあ。そのとおりで」

「ですよねえ。自分より明らかに弱き者をいたぶるなど、人間のすることではありませんよね」

「はあ」


 ねえ?と周囲を見渡すと、目が合った貴族たちは、皆こくこくと頷く。たぶんあれ、条件反射だ。


「こちらでも、同じ考えなのですか、安心いたしました」 では失礼、と返事もまたずに歩き出した。シュヴァイツさんが並び、護衛たちが慌てて先導に入る。



 戸口の前で、女官長仕込みのご挨拶、ごきげんようを披露したときにチラリと目を向けると、カスラ男爵は、狐に摘ままれたような顔をしていて、笑えた。







後日、カスラ男爵が罷免されて、替わりの監督役が、笑えるくらい下女たちに気を使っていると、ヘレナさんが教えてくれた。もちろんあの、鞭をふるうぶよぶよ男も辞めて行ったそうだ。


 ミリアも元気になり、にこやかに働く横で、ふうんと相槌を打ちながら、わたしは内心でガッツポーズを決めた。





 でもちょっと、この世界に関わる事に抵抗がある。

 いずれ覚める夢なのに、なにやってるんだか、とも思う。


 いや、起きた時、嫌な夢より気分が良い夢の方がいいに決まってる、うん。

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