1 すっとんきょうな現実は、簡単に理解できない。
初投稿です。更新速度はまったりかと。
ライオンだ。
目を開けて、まず思った。
怖い、とか、喰われる、と感じなかったのは、ライオンなのは首から上だけ。黒地に金の刺繍も鮮やかな、西洋の王子様か騎士のような出で立ちだったから。 良くできたコスプレだな。なんのアニメキャラかは、その道に詳しくないので判らないけど。
濃い金茶の鬣、短い毛に覆われた顔、低く、平たい鼻の下は、牙が覗く大きな口。中には本当に湿った粘膜が納まっていそうに見えるほどだ。薄い緑がかった白眼に焦げ茶の瞳が、鋭くわたしを見据えている。
…………ずいぶんリアルな被り物だな。流石ものづくりの国ジャパン。
え?待て待て。ここ日本の筈がない。だってわたしは、大学の交換留学で、さっきまで半日以上かけて飛行機の中で、入国審査を終えてトランク引きずりながら空港ロビーへの自動ドアを…………抜けようとしたら、突然人にぶつかって、肩を押さえられて…………
なんでギリシャ?
わたしがいたのはJFK空港じゃなかったか?
あ、いやギリシャと思ったのは一面大理石のこの部屋と、獅子顔の隣にやって来た白い衣の男のせい。
「神が遣わしたに違いありません!」と言う顔が、興奮で赤らんでいる。ごく普通の外人顔だ。アングロサクソンな金髪碧眼。
そいつが振り向いた先には、豪華絢爛な皆様。ベルサイユへようこそって誰か言って。
ベルサイユじゃなくてもいい。
だって絶対夢だろコレ。そうそう、今はきっと、エコノミーの窮屈なシートの上で映画鑑賞中。最近の3Dって凄い。触れそうなくらい。
「力一杯つねるな」
…………痛覚まであるのですね獅子顔さん。
それからのことは、本当にいろいろありすぎて、ぼんやりとしか思い出せない。
王族はじめ、宰相さまやら貴族の皆様やら、その場にいた方々の紹介を受けたが、はあ、へえ、ほう、位の妙な相づちしか打てず、思考停止状態。
お疲れの様なので、詳しい話は後程、と、客室に通されて、やっと一息つけた。
のも束の間。
お召し物を用意する都合上と、見るからに侍女な皆様に身体を剥かれ、あちこち計られ、そのまま湯浴みをと、浴室に連れ込まれ…………人に身体を洗われるのは、拷問になることを知りました。
その結果、やたらフリフリヒラヒラしたドレスに身を包み、猫足ソファーで紅茶を頂くわたしがいます。 ロココは身に馴染みません。なんの罰ゲームですかコレ。
「晩餐をご一緒に、と陛下からご招待を受けておりますが」
女官長さんが、話し掛けてきました。リアルロッテンマイヤーさんと心の中で呼ばせて頂きます。
「お疲れのご様子なら日を改めてとも」
「是非そうして下さい」
「ではこちらに御夕食を用意致します」
…………助かった。
夕食は、フレンチフルコースって感じで、いちいち給仕されたので、晩餐ほどではないが肩が凝った。マナーを侍女に尋ねたが、身分上お教え出来ませんと這いつくばる。はあ。
ゆるゆるの夜着に着替えさせられ、巨大な天蓋つきベッドに身を横たえた。
食事した部屋も、リビングもコンセントが無い。灯りも、燭台だ。
なので半端なく暗い室内。自分の手すら、輪郭がぼんやり分かる程度だ。
携帯のディスプレイを頼りに、持ち込んだトランクを苦労して開けて、掌に握り込める位小さなLED懐中電灯を取り出した。
スイッチを入れたら、刺すような光が目に沁みた。 潤む目を擦りながら、トランクを閉めて、ダブルロック。チェーンキーでトランク二個と、手荷物用バッグを纏め、ベッドの足に通して鍵を抜いた。
鍵をライトについている紐に繋ぎ、ベッドに戻った。
ふかふかのリネンも、柔らかな枕も落ち着かない。鍵のついたライトの光を消して、すがるように抱き締めながら、目を瞑る。
ふと思い出し、枕の下に入れた携帯を開ける。八時三十分。はやっ。
それでもベッドが温まると、眠気が訪れる。
起きた時は空の上。今は夢か妄想か壮大な悪ふざけ。
そう信じ込みながら意識を投げ出した。