第一話 最悪の依頼
よろしくお願いします。
闇夜に代価を置いていこう
代価はあなたの1番大切なもの
月に祈りを捧げよう
月光はあなたの道を示すもの
現実は全て捨ててこよう
現実はあなたの枷となる
ここは「最果ての森」なのだから…
月の光がかすかに射し込んでいる以外はほとんど明かるいと感じられるものはない。
背の高い木が所狭しと生い茂り、風に揺られて、ざざっざざっと不気味な音をたてている。
何処かから聞こえてくる叫びは獣の咆哮だろうか、もしくは弱者の…
この森を少しでも知っている者は口を揃えてこう言うだろう。
あそこにあるものは死だけだ、と。
この森に入ろうとした全ての者は感じたはずだ。
自分の本能がこの森に一歩でも足を踏み入れることを拒否してることを。
そう、ここは魔の森。
食物連鎖の限りなく頂点に君臨する圧倒的強者達が生きる場所。
魔の森を越えた先に何があるか知る者はいない。
何故なら魔の森の先にある何かを求めてここを訪れた者は誰も帰ってこないのだから…
カーテンの隙間から朝日が射し込んできて、少し遠くからは街が動きだした音が聞こえる。
「…ん…朝か…」
朝特有の体の気だるさを感じながらも青年は起きあがった。
そして彼は眠気をこらえながら日課をこなすために庭に向かった。
彼が剣を振るう度に桜が舞う。
漆黒の刀身に散っている少しピンクがかった美しい桜が。
剣舞と錯覚してしまうほどの美しい動き。
しかし、玄人が見れば彼の動きが剣舞のそれではないことに気づくだろう。
だがそれでも彼の動きは人の目を惹きつけるものだった。
「ふぅ…」
舞が終わり、一息つく。
「相変わらず見事なものね、桜威。」
彼は人のよさそうな笑みを浮かべながら振り返る。
「お久しぶりです。桃花さん。
桃花さんもお元気そうで。」
彼の目の前にいる、この綺麗な女性は音無 桃花。
彼女は仲介屋と呼ばれる職に就いている。
仲介屋とはギルドに所属していない自分が専属契約している冒険者の代わりに金銭交渉や内容確認などを依頼者と行う者を指す。
また、ギルドに所属している冒険者を騎士、所属していない冒険者を傭兵と呼び、基本的に実力も信用も兼ね備えていないと傭兵にはなれない。
この2つがないと自分への依頼が来ないからだ。
一方、ギルドに所属している騎士はギルドが依頼された仕事をS~Gにランク付けして、その中から自分の実力に応じて依頼を遂行していく。
ギルドは国が運営しているものなので騎士は冒険者であると同時にその国の兵士である。
よって、騎士は通常、自分の国内の中でしか活動できない。
そして、彼女は彼、柊 桜威の専属仲介屋というわけだ。
「それで桃花さんが僕のところにいらっしゃったということは仕事ですか?」
桜威はタオルで汗を拭きながら桃花に聞く。
「あら?
デートのお誘いの方がよかったかしら?」
と悪戯っぽく笑うと、桜威は苦笑しながらも用件を尋ねた。
「まぁ、桃花さんからお誘い頂けたら嬉しいですけど…
それで依頼はどのようなものなんでしょうか?」
すると今までのふざけた態度を一変させ、真剣な表情をして答える。
「実は今回の依頼は厄介なのよ…」
「桃花さんがはっきりしないなんて、珍しいですね。
一応、そこそこ実績のある傭兵のつもりだったんですけど。」
いつもとは違う桃花の雰囲気にあえておどけてみせる桜威。
「あなたが世界最高の傭兵の1人であることは、あなたの仲介者である私が1番わかってるわ…」
「そんなにやばい仕事なんですか?」
しかし、桃花の変わらない態度に嫌な雰囲気が流れる。
「ええ。
でも仕事だし言わなきゃダメよね。
依頼者はライコート帝国皇帝アルフレッド7世で…」
「ちょっ…
えっ?
皇帝⁉」
動揺を隠せない桜威。
そもそも各国にはその国のギルドがあるので、国内の問題は自国で解決するのが基本である。
傭兵に来る仕事は騎士の人手が足りない、騎士の手に負えない、公にはできない依頼が来るのだ。
そして今回の依頼は皇帝からである。
ということはかなりやばい仕事であると考えられる。
桜威的には難易度高そうだし、失敗したら大変なことになるだろうしで勘弁させてもらいたい、というのが正直な感想だった。
「断るっていうのは…?」
「大陸最大の帝国のライコート帝国皇帝の依頼を断れると思う?」
「…無理…です…ね…」
がっくり肩を落とす桜威。
「私も今回ばかりは本当に同情してるわ。」
そう言って桜威の肩に手を置き慰める。
桜威は慰められながら、はー…と溜息を1つつく。
「…依頼内容は?」
「ある場所の調査、及び突破よ。
期間は3年以内。」
調査と突破でやばい場所…
ゲラン火山?マリョカ渓谷?コレッグ洞窟?
S級エリアを思い出しながら考える。
「あれっ?
突破って何ですか?」
桃花は顔をしかめる。
「1つあるでしょ。
1度も突破されたことのない森が…」
「森?
えっ…
まさか!?」
桜威は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「そう。
依頼された場所は…最果ての森よ。」