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聖女は檻の中で祈る ~守護騎士という名の支配者~  作者: そらのことのは


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第1話 守護騎士と依存の始まり

この作品は、優しさの皮を被った支配をテーマにした異世界ファンタジーです。 精神的DV・支配的表現が含まれますので、苦手な方はご注意ください。

 「ユウト・カミシロ騎士。あなたが誇ってきた『守護騎士』という称号は、王国法では『精神的支配者』と呼ばれます」


 魔力を封じる銀の枷が、手首に冷たく食い込んだ。王宮法務院の地下審問室。石造りの壁に囲まれたこの場所で、法務官ソーマが冷徹に下した宣告により、俺の築き上げた、彼女を中心にした完璧な世界は、静かにひび割れた。


 審問卓の上に積み上げられたのは、三年分の羊皮紙。本来、神への祈りを記すはずの『聖女の日記』が、今や俺の罪を告発する証拠として、法廷の冷たい光に晒されている。


 俺は羊皮紙の束をめくった。そこには、俺が「彼女のため」と思ってやったことのすべてが、冷徹な事実として記録されていた。


『私は、彼の前で少しずつ消えていく』


ふざけるな。

俺はただ、危険な世界から彼女を守っていただけだ。


「ユウト・カミシロ騎士」


ソーマ法務官が、冷徹に告げた。


「あなたの行為は、保護を名目とした『精神的支配』に該当します」


その一言で、俺の築き上げた完璧な世界は、音を立てて崩れ去った。


 ◇


 三年前―――


 王都アルテリアの大神殿。年に一度の「聖女見習い披露の儀」。天井まで届く白い大理石の柱が整然と並び、色とりどりのステンドグラスから差し込む光が床に虹色の模様を描いている。香の煙が細く立ち上り、冷たい石の空気にかすかな甘さを混ぜていた。


 儀式を終えた後の懇親会。貴族出身の騎士たちと聖女見習いたちが、緊張と高揚の入り混じった声で談笑している。金糸をふんだんにあしらった礼服、宝石で飾られた聖衣、笑い声、杯の触れ合う音。


 カミシロ子爵家の五男。継ぐべき爵位も領地もなく、自らの剣と才覚だけで騎士位を勝ち取った俺にとって、この場は息が詰まる空間だった。


 兄たちは家督や領地を継ぎ、親の威光で社交界を闊歩している。俺には何もない。ただ、自分の力で掴んだ騎士位という証明だけだ。


 その喧騒の輪から、彼女だけが外れていた。


 祭壇近くの長椅子、陽の差し込まない柱の陰。肩までの淡い金髪が顔の両側にぱさりと落ち、白い聖女見習いの衣装が華奢な身体をさらに細く見せている。


 だが、彼女はただ怯えて俯いているわけではなかった。その淡い青灰色の瞳は、周囲の人々の動きを追い、誰が誰と話し、どの派閥がどう動いているのかを観察しているようだった。眉間に微かな皺を寄せ、唇を小さく動かしながら、まるで頭の中で複雑な計算式でも解いているかのような表情。


 エリナ・ノーヴァ。今年選ばれた聖女見習いの一人。平民出身。


 この子は、頭の中でどれだけ考えていようと、行動に移すのが遅すぎる。一人でこの世界を渡っていくには不器用すぎる。放っておいたら、貴族社会の駆け引きに巻き込まれ、利用されて捨てられてしまう。


 胸の奥で、そんな確信にも似た感情が静かに膨らんでいくのを感じた。


「おい、そこの君。少し顔を上げないか?」


 不意に、下品な声がエリナの静寂を破った。顔を赤くした若い貴族の騎士が、酒の入ったグラスを手に彼女の前に立っていた。ライネル・ヴァロック。大貴族ヴァロック家の三男坊で、素行の悪さで有名な男だった。


「せっかくの披露の儀だというのに、そんな難しい顔をしていては神の恵みも逃げてしまうぞ。どうだ、俺が少し魔法の稽古をつけてやろうか?」


 男がエリナの手首を掴もうと手を伸ばす。エリナは身を縮め、口を半開きにした。何かを言おうとしている。おそらく、角が立たない断り文句を必死に頭の中で組み立てているのだろう。だが、言葉が出るよりも先に、男の手が彼女に触れようとしていた。


 俺は、迷わず二人の間に割って入った。


「失礼。彼女は少し体調が優れないようです」


 俺は男とエリナの間に滑り込み、男の視線を遮るように立った。


「なんだお前は。カミシロ家の……領地も持たぬ五男坊が、俺の邪魔をする気か?」


 その言葉は胸に刺さったが、表情には出さない。


「滅相もありません。ただ、神聖な儀式の場で粗相があっては、由緒正しきヴァロック家の名折れになるかと危惧したまでです」


 平坦な声で、しかし明確な拒絶の意志を込めて告げる。ライネルは舌打ちをすると、「つまらん」と吐き捨てて去っていった。


 俺は振り返り、震えているエリナを見下ろした。


「大丈夫ですか?」


「あ……はい。あの、ありがとうございます……」


 消え入りそうな声だった。エリナが顔を上げ、初めて俺と目を合わせた。怯えた小動物のような目だったが、確かな安堵の色が浮かんでいた。


 その瞬間、俺の中に奇妙な充足感が広がった。誰かに頼られること。誰かの危機を救うこと。それは騎士としての本懐であると同時に、俺自身の存在価値を強烈に肯定してくれるものだった。


「俺はユウト・カミシロ。騎士団第三部隊所属です」


「カミシロ、様……先程、あの方が、貴族だと……」


「子爵家の五男です。ですが、継ぐべき爵位も領地もありません。俺は己の腕だけで騎士位を得ました」


 俺は彼女の隣に腰を下ろした。適切な距離を保って。威圧しないように。


「ここは、身分や派閥で空気が決まってしまう場所です。平民出身の聖女見習いには、なかなか息苦しいでしょう」


 エリナの目が、わずかに見開かれた。また、頭の中で何かを考え始めているようだった。三秒、四秒と沈黙が続く。


 彼女は言葉を探している。だが、この世界は、そんなに待ってはくれない。


「エリナさん。よければ、今後の護衛は、俺に任せてもらえませんか」


 彼女の瞳が、わずかに揺れた。


「護衛、ですか……? でも、私のような見習いに、専属の護衛なんて――」


「見習いとはいえ、聖女候補です。しかも、平民出身で、王都に親しい知り合いも少ない」


 俺は淡々と事実を並べる。


「立場に不慣れで、周囲との距離感も分からない。だからこそ、誰か一人、責任をもって間に立つ者が必要です。……俺は、貴族社会の仕組みも、平民としての感覚も、どちらも理解していますから」


 彼女は、言葉を探すように視線をさまよわせ、それから、そっと俺を見た。


「ユウト様は……その、私みたいなのを、守る価値があると、思いますか」


 妙な聞き方だと思った。自分自身を「守る価値があるかどうか」の対象にする発想。それは、相当長い間、誰からも無条件に守られてこなかった人間のものだ。


「価値、という言葉が、あまり好きではありません」


 俺は少しだけ首を振った。


「守るかどうかを決めるのは、価値ではなく、俺の意思です。……俺は、守りたいと思いました。それで十分でしょう?」


 エリナは、驚いたように目を見開き、次に、戸惑いを押し殺すように微笑んだ。その笑顔は、さっきよりも、少しだけ自然だった。


「……はい。もし、ご迷惑でなければ……お願いします」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「迷惑だなんて、とんでもない。エリナさんのことは、俺が守ります。王都のことも、神殿の空気も、少しずつ教えますから。困ったことがあったら、何でも俺に相談してください」


 口にしながら、自分でも、これは「申し出」というより「宣言」に近いと感じていた。だが、彼女は、それに疑問を挟まなかった。むしろ、安堵したように肩の力を抜いている。


 守られることに、彼女は慣れていない。だからこそ、最初に差し出された「庇護」に、全体重を預けてしまうのだろう。


 その瞬間、自分が重要な役割を与えられたような感覚があった。彼女の安全と安寧は、俺にかかっている。彼女の行き先、会う相手、身に着けるもの――そういったものを、一つひとつ確認し、危険から遠ざけるのは、俺の責務になる。


 それは、ひどく誇らしいことだった。

 俺がいなければ、彼女はこの世界でまともに呼吸もできない——そう思えることが。


 ◇


 翌日、俺は騎士団長のもとを訪れた。


「エリナ・ノーヴァ見習い聖女の、専属護衛騎士に志願します」


 騎士団長は、書類から顔を上げた。


「カミシロ、お前は第三部隊の優秀な騎士だ。わざわざ専属護衛に回る必要はない」


「彼女は平民出身です。貴族社会の中で、適切な保護が必要だと判断しました」


 騎士団長は、しばらく俺を見つめた。


「……お前の判断を信じよう。だが、専属護衛は責任が重い。彼女の安全は、お前の双肩にかかる」


「承知しています」


 書類に署名が為された。その瞬間から、俺はエリナ・ノーヴァの専属護衛騎士となった。


 ◇


 専属護衛騎士としての仕事は、翌週から始まった。


 エリナの一日は、早朝の祈祷から始まる。俺は扉の外で待機し、誰も彼女を邪魔しないように見張る。午前中は魔法の訓練。俺は訓練場の隅で見守る。昼食は、聖女見習い専用の食堂で。俺は同じテーブルで、彼女の向かいに座る。


 毎日、同じリズム。俺は、エリナの全ての時間を把握していた。


 一ヶ月が過ぎた頃、エリナに友人ができそうになった。


 マリア・フェルナンド。侯爵家出身の聖女見習いで、明るく社交的な少女だった。


「エリナ、一緒にお茶しない?」


 訓練が終わった後、マリアがエリナに声をかけた。


「え……でも……」


 エリナは、俺の方を見た。その視線には、許可を求めるような色があった。彼女は少し目を伏せ、おそらく「マリア様は侯爵家だから、どういう言葉遣いで受けるべきか」「その後の祈祷の時間に間に合うか」を頭の中で計算しているのだろう。


 俺は、内心で警戒した。マリアは悪い子ではないだろう。だが、侯爵家の令嬢だ。エリナを利用しようとしているかもしれない。あるいは、エリナの純粋さを面白がっているだけかもしれない。


 エリナが口を開きかけた瞬間、俺は穏やかに言った。


「エリナさん、今日は祈祷の時間が早まっています」


「あら、そうなの?」


 マリアは残念そうな顔をした。


「じゃあ、また今度ね」


 エリナは、小さく頷いた。俺たちは、祈祷室へ向かった。


「カミシロ様」


 廊下を歩きながら、エリナが言った。


「今日の祈祷、本当に早まっているんですか?」


 一瞬の沈黙。彼女は俺の顔を見上げている。その瞳には、疑問の色があった。


「ええ」


 俺は嘘をついた。


「神殿長からの連絡がありました」


「……そうなんですね」


 エリナは、それ以上何も言わなかった。でも、その横顔には、何かを考え込むような表情があった。


 エリナが俺の言葉に安心したように微笑むのを見て、俺も嬉しくなった。無理に周りに合わせて疲れるより、俺の用意した正解の中で心地よくいられる方がずっといい。


 彼女のこの純粋で、思考ばかりが空回りする脆い性質は、俺が適切に先回りして答えを与えてやらなければ、すぐに悪意に潰されてしまう。


 だから、俺が守る。ずっと、そばで。


 ◇


 その時の俺は、本気でそう信じていた。

 彼女の世界が俺を中心に回り始めていることに、まだ気づいていなかった。


 ――いや、正確には「俺の用意した小さな箱の中」でしか、彼女が息をできなくなっていたことに。


 それを証明する、三年分の記録。

 あの日、俺が「守護騎士」になったと歓喜していたまさにその夜、彼女は羊皮紙にこう綴っていたのだ。


 ◇


 ――エリナの祈りの日記より


『王暦1525年、夏の月、第15日


 今日、私の人生が変わった。


 ユウト・カミシロ様。子爵家のお生まれでありながら、ご自身の実力で騎士になられた立派な方が、私の専属護衛になってくださることになった。


 披露の儀の懇親会で、ヴァロック家の騎士に声をかけられた時、私は頭の中で必死に返事の言葉を組み立てていた。失礼のない断り方、角の立たない受け答え――三通りくらいの返答を考えて、一番良いものを選ぼうとして。


 でも、考えている間に、あの方の手が私に伸びてきて。

 その時、カミシロ様が間に入ってくださった。


「大丈夫ですか?」


 その声が、どれほど心強かったか。


 私はいつもこうだ。考えてばかりで、行動が遅い。

 適切な言葉を選んでいるうちに、状況が進んでしまう。

 だから、カミシロ様が先に動いてくださったことが、こんなにもありがたかった。


「守りたいと思いました」


 そう言ってくださった時、涙が出そうになった。

 私みたいな、何の取り柄もない見習い聖女を、「守りたい」と思ってくださる方がいるなんて。


 神様、ありがとうございます。

 カミシロ様のような方に出会わせてくださって。』


『王暦1525年、秋の月、第2日


 カミシロ様が私の護衛になってくださってから、一ヶ月が経った。

 まだ王都の暮らしにも慣れず、毎日があっという間に過ぎていく。


 今日、マリア様からお茶に誘われた時、カミシロ様が「祈祷時間が早まっている」と教えてくださった。

 私がすっかり忘れていたことを、代わりに覚えていてくださって。


 後で確認したら時間変更はなかったけれど、きっと私が身分差に混乱しているのを見て、優しい嘘で助けてくださったのだと思う。


 カミシロ様に、私のために嘘までつかせてしまった。

 私がもっと早く、はっきりと返事できる人間だったら、カミシロ様に罪のない嘘をつかせるようなご迷惑をおかけしなくて済んだのに。


 ありがたくて、嬉しくて。

 それなのに、胸の奥が少しだけきゅっと締め付けられた。

 きっと、自分の不甲斐なさが情けなかったからだ。


 明日からは、もっと早く返事ができるよう練習しよう。

 カミシロ様の期待に応えられる、立派な聖女になりたい。』

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


たくさんある作品の中からこの物語を手に取っていただけたこと、さらに第1話の終わりまで付き合っていただけたこと、どちらも当たり前ではないと感じています。


「読んでみよう」と思ってくださった貴重な時間を無駄にしないよう、この先も丁寧に積み上げていきます。


もし少しでも続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや感想などで応援していただけると、とても励みになります。


本当にありがとうございました。次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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