お父様の書斎~王家の結婚について~
「ねぇお父さま!」
「なんだい私のお姫様?」
「あのね、えっとえっと、お父さまってなんのお仕事しているの?」
「……今日はいい天気だね? たしか庭の薔薇が見頃だって庭師のジョンが言ってたから見ておいで?」
「…………」
なんか笑顔でめっちゃはぐらかされたんですけど……。
まさか聞いちゃいけないことだった?
「お父さま、薔薇はあとで見ます。いまはお仕事の話……」
「うーん。リディはまだ七歳だろう? 大人の仕事はね……説明が難しいんだ」
「むずかしくない言葉では言えないの……? 悪いこと?」
「交渉上手になったねえ……リディは賢いなぁ」
お父さまは私を抱き上げるとソファ端に腰を下ろして、指先で私の髪をくるくると弄ぶ。そして少し考えてから、私の目線まで屈んで、やわらかく微笑んだ。
「リディの年齢で聞いて楽しい話じゃないんだ。だから、今は『言えない』が正直かな」
「言えない……」
「うん。けれど、怖い仕事じゃないよ。パパの仕事は、たくさんの人のお話を聞いて、また別の誰かにお話をすること。怒ってる人たちの言葉を並べ替えて、同じテーブルに座れるようにする。——そんなところ」
なんともふわっとした言い方。なんじゃそりゃ。
私は何とか話を引き出そうとわざとらしく頬をぷくっと膨らませて、クッションをぎゅっと抱えた。
「……でもね、お父さま、どうしても知りたいことがあるの」
「うん、なにが知りたいんだい?」
「えっと妖精王に会うにはどうしたらいいの?」
部屋が一拍、静かになる。庭の噴水の音が遠くで丸く跳ねた音が聞こえる。
お父様は目を大きく見開き、私の顔をまじまじと見つめる。
「妖精王? いきなりどうしたんだい? そんなのどこで知ったの?」
「えっと……本! 本で読んだの!」
数日前に家を探検した時のことを思い出す。
たしかうちには書庫があったはず! あんなに沢山の本があるんだから一冊くらいは妖精王の事が書いてある本があったっておかしくないよね! さすがに「ゲームの推しです」なんて言えないし……。
お父さまは私の手を包んで、ゆっくりと口を開く。
「なんだ、だから知りたかったんだね。最近のリディは勉強熱心だね。そうだね……妖精王に会う方法か……たしか、妖精王は精霊庁に所属していて、王家の人が婚約や結婚した時に『王家縁結び』に見届け人として現れたはずだよ」
「せいれいちょう……おうけえんむすび?」
「ちょっと難しかったかな?」
お父さまは卓上の皿からクッキーを二枚、そしてそしてそれを指先でつつくとふわりと空中に浮かべる。
これはまさか魔法……?
「見ててね。このクッキーが二つの家。結婚するとね、このクッキーが糸でつながるんだ」
お父さまはそのクッキーを魔法で作った綺麗な銀色の糸で結びつなげる。
「普通だったらただクッキー同士を自分たちだけの責任で結べばいいんだけどね、王家のクッキーは特別なんだ」
「とくべつ……」
「そう。特別に美味しくて高級なクッキー。そんなクッキー、誰しもが欲しがるよね? だから悪い人がクッキーを独り占めしたり、毒を入れたりしないように、この王家のクッキーに相応しい、別のクッキーを見極める人が居るんだ。それが精霊庁。精霊庁には特別な力を持った人が沢山居てね、沢山の仕事があるんだ。その仕事の一つが『王家の縁を視ること』。王家が別のお家と正式に結ばれるとき、『この縁を国の縁として認めます』と鑑定し結ぶ役目なんだ」
お父さまは銀糸がかかったクッキーを一つ解き、私の口元に持っていく。
私はそのクッキーをパクリと食べ、口の中いっぱいに甘さが広がっていくのを感じる。
「でも、ただ結べばいいわけじゃない。糸がねじれていないか、この結びで森の結界にひびが入らないか——そこを点検し管理するのが精霊庁の見届け人。森や川の橋守みたいなものだよ」
「はしもり……?」
「うん。橋守は、川の流れが荒れていないか、板が抜けていないかを見て『渡ってよし』の札を出す。王家縁結びは、その色んな人が同じ場で「良いご縁」としてうなずく大事な式なんだ。王家っていうのは希望であり、みんなで守っていくものでもあるんだ。お父さんはその王家を守ることにちょっとだけ関わってるんだよ」
お父さまはそう言うと、魔法でお父さまのデスクの封蝋箱から小さな印章を取り出し、紙片と共に私の目の前に持ってくると、紙に赤い印を押した。
「そして、その最終確認に、妖精王が見届け人として立つ。精霊庁に所属していて、橋守の一番えらい人、みたいに思えばいい。『たしかに良い縁が結ばれた』って印を置いて帰る。それが王家縁結びの儀式での見届け人のお仕事」
「……じゃあ、妖精王は、その時に来るの?」
「そう。王家の婚約や結婚のときだけね。式は王家が門を開く、精霊庁が橋を確かめる、そして妖精王が最後の印を置く——そんな関係だよ」
お父さまは印章をしまいながら、私の顔をのぞきこんだ。
「大丈夫かい? 子供に話す内容じゃないかもだから難しかったかな? ……でも安心しなさい、妖精王に会う方法、ちゃんとあるよ。いま言った王家縁結びに見届け人として現れる。精霊庁と王家は、そうやって一緒に『良い結びだけ』を国の記録に残すんだ。リディが将来、アルベルト様と結婚したときにも会えるし……」
「アルベルトさま?」
「……おっと、この話はまだ気が早かったね? リディは結婚なんかしないでずっと家に居てくれていいんだよ? それに、もう少し大きくなって魔法学園に行ったらそこで会えるかもしれない。魔法学園の隣には妖精王が統治している森もあるしね。あぁ~でも、こんな可愛くて賢いリディをお嫁になんか出したくないよ……学園に行けば男の人も沢山居るだろうし……でも大丈夫、リディにつく悪い虫はお父様が消してあげるからね……社会的に……」
何やらブツブツと唱え始めたお父さまを無視して。私はテーブルの上に置かれたクッキーについた銀糸の結び目を指でそっとつついた。
精霊庁に王家縁結び……たしかゲームでも聞いたような聞いてないような?
とりあえず、精霊庁に接触することが推しのルーファスに会うのに一番手ってとり早いってことだろうか。
「ありがとうございます、お父様! せいれいちょう、調べてみます!」
「うん、自分で調べるのはいい事だ。私の仕事も聞いた事を自分で調べて真偽を見極めることが大切なんだ。将来はこの家業をリディにも継いでほしいからね。沢山調べてみなさい。必要な本があったら使用人に言ってね」
「はい! わかりました! お仕事の邪魔してごめんなさい! 失礼します!」
「またいつでもいらっしゃい」
相変わらずスマートで紳士でカッコよすぎるお父様に教えてもらったことをさっそくまとめようと、私はお父様の部屋を後にしたのだった。




