スキル:記憶共有
白光の中、少年が立っていた。
目の奥に好奇心と少しの怯えが混じる、十代前半くらいの年頃だ。
「……またお前か、選ばれたのは」
威厳ある声が響く。
神である私は、今日もひとつの魂に転生の機会を与える。
「わ、わたし……いや、僕……?」
少年は戸惑い、光の中で足を踏みしめた。
だが、その瞳に希望の光がちらつく。
「よかろう。汝、次の世界で欲しい力は何か?」
私は掌を広げ、魂の前に差し出す。
少年は少し考え、やがて小さく息をついた。
「人の気持ちや記憶を、分かる力がほしいです」
「……なるほど。では授けよう」
掌から淡い光が伸び、少年の胸に吸い込まれる。
その瞬間、彼の瞳が一瞬だけ世界を映すかのように輝いた。
「汝に与えるは《記憶共有》
他者の記憶を読み取り、共有することができる力だ。
だが注意せよ——人の過去を覗くことは、喜びと悲しみの両方を背負うことになる」
少年は小さく頷き、拳を握る。
胸の奥で何かが確かに芽生えた。
「行け。新しき世界へ。
他者の記憶を知る者よ、その心が世界を動かすだろう」
光が弾け、少年は消えた。
私は背もたれにもたれ、同僚神に向かって言う。
「さて……どこまで人の過去を背負えるか、楽しみだな」
同僚神は肩を竦め、コーヒーを一口。
またひとつ、新しい物語が始まった。
異世界の街に足を踏み入れた瞬間、少年——ユウリの胸に、微かなざわめきが走った。
人々のざわめき、笑い声、怒鳴り声——
耳に届くはずのない声が、彼の頭の中でひとつずつ立ち上がる。
(これは……僕の力……?)
目の前の少女が泣いていた。
理由も分からず、何かに怯えているようだ。
「どうしたの?」
ユウリが声をかけると、視界の端で少女の記憶が鮮明に映る。
家が火事に遭い、大切な人を失ったこと、孤独な夜、そして恐怖。
そのすべてが、彼の心の中に流れ込む。
「……大丈夫、きっと、助けられる」
無意識に手を差し出すと、記憶の流れに沿って小さな奇跡が起きた。
少女の涙が止まり、肩の力が抜ける。
目に見えないけれど、彼女の心が軽くなった感覚が、ユウリを満たす。
町を歩けば、出会う人々の思いが波のように押し寄せる。
喜び、悲しみ、怒り、恐怖、愛……
すべての記憶を共有し、その感情を理解できる。
便利で、温かく、同時に……重い。
夜、宿屋でユウリは膝を抱えた。
(人の記憶って……こんなに重いんだ……)
胸に、知らず知らず涙が滲む。
喜びも悲しみも背負うこと——それが、《記憶共有》の力の本質だった。
だが、同時に確かな実感もある。
——誰かを理解することで、世界を少しだけ変えられる。
ユウリは小さく頷き、翌日も歩き出す。
町のざわめきは、彼の力を呼ぶ鐘の音のようだった。
ある日、ユウリは街の外れで老人に出会った。
その老人は静かに涙を流しており、口を開いた。
「若者よ、どうか……私の孫を助けてくれ……」
ユウリの胸に、老人の記憶が雪崩のように押し寄せる。
孫の事故、孤独な夜、絶望、後悔……
どれもが痛みとなって彼の体を貫く。
(……こんなに……重い……)
彼は手を伸ばすが、光は出ない。
頭の中にあふれる膨大な記憶の渦が、体を縛る。
助けたい、でも――力が届かない。
「ごめん……ごめん!」
声を上げても、老人の悲しみは消えず、ユウリの胸は押しつぶされそうになる。
夜、宿屋の一室で膝を抱え、彼は震えた。
誰かを助けるために力を使えば使うほど、
背負うものは増え、疲弊は増す。
幸せな記憶も混ざるが、それ以上に苦しみが重い。
それでも、諦めない。
ユウリは目を閉じ、深呼吸して再び立ち上がる。
力の本質は、他者の願いや痛みを理解すること——
そして、そこから希望を生み出すこと。
明日もまた、誰かの声が彼を呼ぶだろう。
喜びも悲しみも、すべての記憶が、彼の世界を揺らす。
ユウリは小さく頷き、痛みを胸に刻みながら歩き出した。
記憶は重い、でも——それが、人を救う力になるのだ。
観測室の水鏡に、異世界の光景が映る。
町の片隅で、ユウリが老人の手を握り、微笑む姿。
その背中には、数え切れぬほどの記憶の重みがのしかかっている。
「ふむ……また一人、苦悩と希望を背負ったか」
隣の同僚神が、興味なさげに肩を竦める。
「力は便利なのに、結局は本人が一番大変ってやつか」
「うむ。記憶を共有する力は美しいが、危うい。
人の痛みも喜びも、全部引き受けなければならない。
それを理解して歩けるかどうかが、成功の分かれ目だ」
水鏡の中、ユウリは再び町を歩き出した。
疲れた顔、でも確かに希望の光が宿る。
人の心を知る者の強さと苦悩——それこそが、《記憶共有》の真髄だ。
「結局、彼もまだ始まったばかりだな」
同僚神が肩を竦め、コーヒーを啜る。
私は玉座にもたれ、微笑む。
転生者の人生は、今日も私の観察下にある——。
喜びも悲しみも、力と共に歩む者たちの物語は、まだ続く。
光がひとつ弾け、次の魂が静かに光の中に消えた。
また新しい物語が、静かに始まる。




