能力:他人の願いを叶える力
白光の中、少女が立っていた。
ふわりと舞う銀髪、まだ子供のように小さな肩。
瞳は澄み、同時にどこか深い哀しみを湛えている。
「——よかろう。願いを言いなさい」
威厳のある声が響く。
神である私が、今日もひとつの魂を転生させる瞬間だ。
これから先、彼女の運命は——彼女の力は——すべて、ひとつの選択で決まる。
「わ、わたし……」
少女の声は震えていた。
しかし、瞳の奥には決意の光があった。
「……誰かのために、強くなりたいです」
私は静かに頷き、掌を差し出す。
「汝に授けよう、《他人の願いを叶える力》
他人が望むこと、祈ることを、汝の意思で現実にできる力だ。
ただし、注意せよ——力の使い方次第で、幸福にも破滅にもなる」
少女の胸に、淡い光が吸い込まれる。
その瞬間、小さな手が光に包まれ、握りしめた。
力が、魂に刻まれた。
「行け、新しい世界へ。
他人の願いを叶える者よ——その心が、世界を映す」
光が弾け、少女は消えた。
私はため息をつき、背もたれにもたれる。
「さて……この子は、どこまで人の望みに応えられるかな」
同僚の神が横で肩を竦め、コーヒーを一口。
またひとつ、新しい物語が始まった。
異世界の空は高く、光は柔らかく降り注いでいた。
少女——ミレナは、草原にひとり立つ。
足元の草に触れるだけで、世界が微かにざわめく感覚。
力が、まだ温かく胸に残っている。
最初の出会いは、道端で泣く少年だった。
手にした木の実を落として泣いている。
「どうしたの?」
ミレナが声をかけると、少年は顔を上げ、涙を拭った。
「お母さんに食べ物を届けたかったのに……全部落としちゃった」
胸がぎゅっと締めつけられる。
少年の小さな願い——それを叶えたい、と思った瞬間、手のひらに光が集まる。
光は少年の落とした木の実を空中に浮かべ、手元に戻す。
「……え?」
「ほら、もう大丈夫」
少年は目を見開き、にっこりと笑った。
その笑顔を見て、ミレナの胸も熱くなる。
――これが、私の力。
その日から、ミレナは小さな町を歩きながら、人々の願いに応え始めた。
病気の人に薬を届け、壊れた家の屋根を直し、迷子の子を家まで送る。
人々の望みを叶えるたびに、光は強く、世界は少しずつ柔らかくなる。
「ありがとう……ミレナ様!」
「私、うれしい……」
笑顔が、希望が、どんどん広がっていく。
力は確かに奇跡を生み、彼女自身も少しずつ自信を持ち始めていた。
だが、胸の奥で、微かな不安が芽生える。
(……この力、私、全部使いこなせるのかな?)
他人の願いを叶えることの尊さを知る一方で、
責任の重さもまた、胸を押しつぶすように感じられた。
ミレナは小さく深呼吸して、また歩き出す。
世界のどこかで、誰かが願いを口にするたび、彼女の力が呼ばれる——。
ミレナが旅を始めて数か月が経った頃、問題は一度に押し寄せた。
小さな町で、二人の子供が喧嘩をしていた。
「僕の剣が一番だ!」
「いや、私の方が強い!」
それぞれの願いは、互いの勝利。
叶えようとすると、光が交錯し、衝突する。
目の前の世界が揺れ、地面の砂粒さえも跳ねる。
「だ、だめ……! ど、どうしたら……」
力を使えば使うほど、願いが干渉し合い、予期せぬ変化を起こす。
壊れた屋根は修復されたが、隣の家の窓が割れた。
病気が治った人の家族は、別の町で困窮している。
ミレナは膝をつき、泣きそうになる。
(全部の願いを、叶えられるわけじゃない……!)
その夜、森でひとり、涙を拭う。
自分の力は奇跡を起こせるけれど、同時に、世界を乱すかもしれない。
小さな命の願いが、彼女の肩に重くのしかかる。
「どうして……こんなに、難しいの……」
その瞬間、胸の奥で、微かな声が響いた。
――助けを求める声、笑顔になりたい声、怒りと悲しみの声。
すべてが混ざり合い、彼女の頭の中に押し寄せる。
ミレナは深く息を吸い、涙を拭う。
「……わたし、諦めない」
力の重みを感じながらも、彼女は立ち上がった。
他人の願いを叶えるというのは、ただの奇跡ではない。
それは責任であり、苦悩であり、覚悟でもある。
その夜、森に一筋の光が漂った。
明日もまた、どこかで誰かが願いを口にする——
ミレナの力は、その声を受け止め続けるのだった。
観測室の水鏡に、異世界の光景が映る。
森の中、ミレナが膝をつき、涙を拭う姿。
力を使い、願いを叶えようとするたび、世界は少し揺れた。
「ふむ……あの子も、順調とはいかないか」
隣の同僚神が肩を竦め、コーヒーを啜る。
「叶えたい願いが多すぎると、こんなもんさ。善意ほど危ういものはないね」
私は微かに笑う。
ミレナの小さな肩にかかる重荷、喜びと挫折、すべてが映し出されている。
「力そのものは美しい。誰かの望みを、叶えられるなんて、羨ましい限りだ。
だが、人間の願いは複雑だ。互いに干渉し、時に矛盾する——そこが面白い」
同僚神がふと顔を上げる。
「結局、あの子はどうなるんだい?」
「うむ、まだ始まったばかりだ。
願いを叶えることで笑顔を作るだろう。
だが、どこかで挫折も味わうだろう。
それこそが、力を与えられた者の“真実”だ」
水鏡の中、ミレナは立ち上がった。
顔は涙で濡れ、でも瞳は輝いている。
「……さて、次はどんな魂が来るかな?」
同僚神が肩を竦め、またコーヒーを啜る。
私は玉座にもたれ、微笑む。
転生者の人生は、今日も私の観察下にある——。
光がひとつ弾け、また新しい物語が、静かに始まった。




