スイーツ少女
キーンコーンカーンコーン。
朝のホームルームが始まる時間。友達のマリエとおしゃべりしていたあたしは、そそくさと席に着く。
あたしはナツキ。今現在、ケータイ小説にはまっている、高校二年生なのだ。ケータイ小説といえば、やっぱり激甘スイーツ系の話が定番で、甘く切ない恋が主流となっていて、あたしも、その虜になっている一人でもあった。
あたし、スイーツ大好き。朝ご飯はショートケーキに、昼ご飯はガトーショコラ。そして、夜ご飯にはフルーツパフェを食べ、夜食にはモンブランを平らげる。
そう、あたしは食生活から、スイーツに染まってるの。スイーツ脳と言われたって、全然へっちゃら。だって、なんでも「形から入れ」っていうじゃない。
そして、いずれはあたしもケータイ小説の世界のような、恋愛をしてみたい。白馬に乗ってなくてもいいから、素敵な王子様が目の前に現れるのを夢見て、今日もあたしは、スイーツを読みながらスイーツを食べる。
「えー、転校生を紹介します」
教壇に立つなり、シゲルはそう言った。シゲルとは担任のあだ名で、日に焼けていて歌が上手いから、そういうあだ名になったらしい。その意味が、あたしにはわからなかったが、みんながシゲルと呼んでいたので、あたしもシゲルと呼んだ。
「転校生のパオくんだ。仲良くしてくれ」
「パオパオ」
パオくんの第一声だった。というより、パオくんは「パオパオ」としかしゃべれないらしい。
パオくんは、インドネシア出身。浅黒い肌に、白い歯がキラリと光るイケメンだった。
そんなパオくんを見た瞬間、あたしの小さな胸は、はち切れそうなほど大きく鼓動していた。
ヤバイ、どうしよう。あたしパオくんに恋しちゃったかもしれない。早くこの想いを伝えないと、パオくんは誰かに取られちゃう。 そう思ったあたしは、パオくんが転校してきた初日に告白をした。
「付き合ってください」
「パオーン」
そして、その日のうちに、あたしはパオくんに抱かれた。
それからも、あたしとパオくんは、登下校はもちろん、お昼休みにも一緒にお弁当を食べた。毎朝、あたしが早起きして作ったお弁当を食べるのだ。
題して「スイーツ弁当スペシャル」。基本的にバームクーヘンを弁当箱に詰めただけだが、パオくんの健康のことも考え、生クリームとフルーツをトッピングした。たぶん、あたしって、いい奥さんになると思う。
しかし、幸せな反面、辛いこともあった。パオくんの彼女という定位置に居座っているあたしは、当然のことのように、イジメの標的になってしまっていた。
上履きを隠され、机の中にはゴミを入れられ、そのイジメは陰湿なものだった。でも、あたしは大丈夫。だって、パオくんがいるんだもの。
そんなある日のこと、いつものようにパオくんと下校していると、帰り道の途中に、マリエが立ちはだかっていた。
「ナツキ、パオくんとラブラブのようね」
嘲笑うかのように、マリエはそう言った。マリエとは友達で、パオくんとの交際も応援してくれている、無二の親友だった。そう思っていたのに、なぜマリエは、そんな言い方をするのだろうか。
「マリエ、どうしたの?」
あたしはマリエに問う。するとマリエは、これまでに聞いたこともないような高笑いをし、あたしではなく、パオくんにこう言った。
「もう、いいんじゃないの?」
マリエのこの言葉を皮切りに、あの優しかったパオくんの顔が、みるみるうちに邪悪なものへと豹変していった。そしてパオくんは、あたしにこう言った。
「ヘッヘッヘッ! けっこう楽しかったぜ。ナツキ」
「パ、パオくん?」
どうして? パオくんは「パオパオ」としかしゃべれないんじゃなかったの。いや、それより、マリエとどういう関係なのだろうか。あたしは、それが気になった。
「ナツキ。パオくんはねえ、あたしが本命なのよ」
マリエの言葉が、まるで五寸釘を打ち付けるかのように胸に突き刺さる。まるで、パオくんが、あたしとマリエと二股をしていて、あたしは遊びだったっという風に聞こえる。あたしは、パオくんに問いただした。
「パオくん、嘘よね? 嘘だと言って! ねえ、パオくん!」
しかし、パオくんの言葉は、あたしの期待には応えてはくれなかった。
「お前さ、重いんだよねー」
あたしの頭は真っ白──。今までの幸せな時間は、まやかしだったというのだろうか。
「パオくん、最後にナツキに、いい思いをさせてあげたら?」
マリエがそう言うと、パオくんはあたしの肩を掴み、制服をビリビリに引き裂いた。
「イヤー!」
あたしは必死で抵抗を試みたが、パオくんに押さえ付けられ、どうしようもない状態。マリエは、タバコをふかしながら、パオくんに汚されていくあたしを見下していた。
とその時──、
「待てーい!」
どこからともなく、声がしたかと思えば、凄い衝撃音とともに、あたしの視界から、パオくんの姿が消えた。
「ナツキ、大丈夫か?」
そうあたしに声を掛けたのは、シゲルだった。
そのままシゲルは、パオくんに馬乗りになり、殴り続けた。あたしは、何が起こったのかわからずボー然とし、マリエがパオくんを置き去りにして走っていくのが見えた。
ひとしきりパオくん殴り終えると、シゲルは振り返り、あたしを抱きしめた。シゲルの胸の中で、瀕死状態のパオくんが見えた。
「シゲル、ありがとう。あたしホテルに行きたい」
そしてあたしは、シゲルに抱かれた。
シゲルは、教師という立場にもかかわらず、生徒のパオくんに暴行を働いた。あたしを助けるために。
あたしは、そんなシゲルが好きになった。そしてそれは、シゲルも同じ気持ちだった。教師と生徒の禁断の恋。やっぱり、これもスイーツなのかしら。
その後、シゲルはあたしにプロポーズをし、あたしの卒業を待って、結婚してくれると言ってくれた。そう、あたしの王子様は、実はシゲルだったのだ。
しかし、幸せな日々も長続きはしなかった。予想だにしない事態が、あたしとシゲルに襲い掛かってしまったのだ。
突然、シゲルが不治の病で入院してしまった。病名は、メソポタミアドリアン病。なんでも、一千万人にひとりという割合で発症する病気で、かかったら最後、命はないらしい。
当然のように、あたしは入院しているシゲルに付き添う日々を送った。
病院のベッドに横たわるシゲル。あたしは、そんなシゲルを見つめ、こう言った。
「あたしを抱いて」
そして、あたしとシゲルは一夜をともにし、翌朝、シゲルは逝ってしまった。
それから数ヶ月が過ぎた──。
愛するシゲルを失い、あたしは生きる気力というものを完全になくし、死に場所を求め、さ迷っていた。
シゲルがいない世の中なんて嫌だ。生きていても仕方ないと思っていた矢先、誰かがあたしのお腹を、内側から蹴った。
「シゲル? そこにいるの?」
そう、シゲルはあたしに、新たなる命を宿していたのだ。
あたしは生きる、この子の為にも生き続ける。そして、産まれた子には、男だろうが女だろうがシゲルと名付け、あたし一人で育ててみせる。
あたしはそう胸に誓い、この話をケータイ小説に書いた。
(了)