ドラゴンの恩返し
生きることに意味を見出せない社会人と、そんな彼女に命を救われたドラゴンのお話。
空井 空璃:会社がブラックのため、お休み?何それおいしいの状態に加え、上司からのパワハラに傷心気味の社畜。
ヴィヴィ:ヴイーヴルという額に宝石が埋め込まれているフランスのドラゴン。額にはガーネットが埋め込んである。その宝石がとられ、もう死んでしまうというところで空璃に会い、空璃の誕生石を貰ったおかげで生き延びた。
※ こちらはPixiv企画「Your Wings」に投稿させていただいたものをそのまま投稿しています。
「そーらをじゆうに、とーびたーいなー」
はい!どうぞ!
誰もいない崖のふちに立ち、空気の上に足を踏み出す。
そのまま足は何もとらえるものがなくなり、体は重力に従い落ちていく。
あーあーあー、とってもだいきらい、このせーかいー。
頬に、体に当たる風が気持ちいい。
そのまま真上を見ると、空は暗かった。星も月も見えない。最期くらいはちゃんと見たかったなー。
まあ、もうどうでもいいか。
風を感じながら、ゆっくり目を閉じる。
ビュオッグンッ
「お?」
「な、に、してんですかー!!!」
突風が来たと思ったら、服が上に引っ張られる感覚。
そして頭の上から響く誰かの怒った声。
目を開けて声がした方を見ると、ずらりと牙が並んだ口が目の前にあった。
驚きからか恐怖からかわからないが、あたしの記憶はそこで途切れた。
ピピッピピッピピッピピピピピ
ガチッ
レトロな音の目覚まし時計を止める。
「…………あれ?」
なぜあたしは自分の家で寝ているんだ?
昨日、あたしは何もかもが嫌になって崖の上からフライアウェイしたはずだ。
服装は昨日のジャージのままだったが、寝ているのは自宅のベットの上だ。棺桶の中ではない。
「ああ、起きられたんですね!朝食を作ったので、まずシャワーを浴びてはいかがでしょうか?」
「え、あ、はい」
パタパタとリビングの方へ尻尾が生えた少女が去っていく。
「………………………………え、誰!?」
寝起きの頭が一気に覚醒する。
え、今の子だれ!?なんであたしの家にいんの!?てか尻尾!?え、幻覚!?まだ寝ぼけてる!?朝食!?もう訳わからん!
「……………………とりあえず、シャワー浴びよ」
まずは現実逃避、あたしの得意なことだ。
まず現実なのか?
グイッ
「痛い」
頬をつねってみると痛かった。
どうやら私はまだ生きているらしい。
シャワーを浴びてさっぱりした後リビングに行くと、本当に朝食が用意されていた。パンとコーヒーとソーセージ、ちょっとしたサラダとフルーツヨーグルト。絵に描いたようなちゃんとした朝食が、テーブルの上にセッティングされていた。
「おはようございます」
「……おはよう。所でさ「それは後で、ご飯冷める前に食べちゃってください」………………うす」
うん、見間違いじゃなかった。
爬虫類の尻尾が生えた女の子が、今私の目の前にいる。
彼女はあたしが食べ終わらないと話を聞いてくれそうにないので、素直に食べ始める。
あ、普通においしい。パンはさくふわ、なんか焼きたてっぽいからわざわざ買ってきてくれたのか?サラダもシャキシャキだ。ソーセージも噛むとパキっと音のするやつ。最後にヨーグルト、うん、程よい酸味がいいね。
「ご馳走様でした」
「おいしかったですか?」
「うん、こんな朝食久々だったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
いつもはバタバタしてて、正直何を食べていたか覚えていない。そういえばご飯をおいしいと思って、ゆっくり食べたのはいつぶりだろうか?
「それで、君は誰なの?」
「申し遅れました、ヴイーヴルのヴィヴィです!今は魔法で人型になっていますが、貴方に助けていただいたドラゴンです!」
もう一度、これは夢だろうかとほっぺたをつねる。
「痛い」
「現実ですよ!まさかあの夜のこと、忘れちゃったんですか!?」
「待って待って、その言い方は誤解を招く気がする!」
「この額の宝石!これ見ても思い出しませんか!?」
「額の宝石?」
彼女がぐっと身を乗り出して、額を見せてきた。すると額部分が盛り上がって、加工されていない赤い石が露出した。
あれ、この原石——————————————。
「もしかして、あたしが原石あげたドラゴン?」
「そうです!そのドラゴンです!」
————————————————————————————
そう、あれは数週間前のこと。
残業がやっと終わりトボトボと自宅に帰る途中、必ず通る河川敷がある。
いつもはそのまま通り過ぎるのに、その日は何故か近くで河を見たい気持ちになり土手から河川敷に降りた。
春も近いというのに、まだ夜は肌寒く息を吐くと少しだけ白くなった。
ガサッ
普段は風で草が揺れる音と、川の流れる音しかしない河川敷に草がかき分けられる音が響く。猫か何かかなと思って其方に目を向けると、うろこが生えたトカゲのような尻尾が見えた。
こんなところにトカゲ?
珍しいと思い、ちょっとした好奇心でその尻尾に近づいた。
『返して』
声が聞こえた。当然自分の声ではない。
聞き間違えでなければ、目の前に横たわっている大蛇?から聞こえた。
『返して、私の宝石………』
よく見ると体は蛇のようだが、翼が生えていていわゆるドラゴンという感じの風貌だった。大きさは馬くらいで、ファンタジーでよく見かけるドラゴンよりは幾分か小さい。
何故かボロボロだったが、目を引いたのは額のくぼみ、そしてそこから流れる赤黒い液体。恐らくそこにドラゴンが言っている宝石があったのだろう。
「誰かにとられたの?」
『とられた……あれがないと、わたしは、もう…………』
段々と声のボリュームが下がっていく。もうの後ろの方は、何を言っているか聞こえないくらい小さかった。
このままでは本当に死んでしまうのでは!?でもどうしたらいい!?
「待って!どんな宝石だったの!?」
『ガー……ネット………』
ガーネット、あたしの誕生石だ!
だったらと、ごそごそと鞄の中を探す。小さな袋を探し当て袋を開く。その中には、石ブームが来た時に買ったガーネットの原石が入っていた。
「あった!それって原石でも大丈夫!?」
『た、ぶん……?』
「これ、どうすればいい!?」
『ひ、たい、に「近づければいいの!?」ん』
言われた通りドラゴンの額に近づけるが、何も起きない。
『もっと、ちかく』
「え、こう?」
『ん。それで、そのままおしこんで』
今度は額のくぼみに原石を押し付け、指ごと奥に押し込む。
温かい肉の感触と、ぬるっとした血の感触がする。
『あッ……っ!』
「ごめ!痛かった?」
『ううん、もうすこし、おくまで』
先ほどより少しゆっくりめに原石を押し込む。
『………んぅ!』
「わわっ!やっぱり痛かった?」
『違う。石はそこで大丈夫』
よかった。原石は然るべきところに収まったみたいだ。
原石を収めて指を引き抜こうと思ったが、ここから血が流れていたことを思い出しなるべくゆっくり痛くないように引き抜いた。
ドラゴンはまだだるいのか、首を少しだけ此方にあげてあたしの顔をみつめる。
『……ありがとうございます。貴方は命の恩人です』
「あたしは石をあげただけだよ。今度は悪い人に奪われないようにね、それじゃあ」
『ま、待ってください!せめて名前を!』
命の恩人と言われて急に照れ臭くなり、そそくさと帰ろうと思ったらドラゴンに呼び止められた。
名前?まあ、もう会うことはないだろうけど教えるくらいならいいかな。
「空井空璃」
『ソラリ……ソラリさん!この御恩は近々お返します!』
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「まさか本当に来るとは」
「言ったじゃないですか、御恩はお返しますと」
言ったけど本当に来るとは思わないじゃん?
それに、あんなタイミングで来るなんてさ。
「じゃあ、これでお相子だよね」
「何がですか?」
「何がって、あたしの自殺を止めたじゃん」
「…………やっぱり死のうとしてたんですね」
やっぱりってことは少なからずそう思ってたんだよね。
「変だと思ったんですよ。翼もない人間があんな崖から飛び降りるなんて……でも、助けられてよかったです!」
「………なんで止めたの?」
あのまま落ちていれば、あたしはこの大嫌いな世界からいなくなれたのに。
「ソラリさんは生きていることが嬉しくないんですか?」
「嬉しいわけないよ。こんな世界で」
毎日遅くまで仕事して帰って寝る。何のために生きているのかわからない。
休日があってもやりたいことがないから、ただ寝て過ごして終わる。会社でも仕事をやればやるほど増えていく。仕事を押し付けた上司は笑って話をしている。そのくせあたしが少しでも失敗すれば、すぐに叱責する。
もう疲れたんだ。死んだって何も変わらないけど、それはそれでいい。この世界から逃げられるなら、それでいい。
「ソラリさん、私の恩返しはまだ終わっていません」
「え?」
「こんなんじゃ全然足りないです。私は、貴方に命を救われました。ヴイーヴルという種族は力も弱くて、他のドラゴンみたいになんでもできる訳ではありません。それでも、私は貴方の力になりたいんです」
「そんな、こと、言われても………」
頭が混乱している。自分の目をまっすぐ見て、言葉をかけてくるヴィヴィから目をそらせない。
うまく言葉が出てこない。
「ソラリさん」
「……ッ!」
「今は私の恩返しが終わるまで、生きていてくれませんか?」
「…………………ヴィヴィは、あたしに生きていてほしい?」
「はい!当然です!」
この世界が大嫌いでも、生きてて、いい?
死ななくても、逃げなくても、いい?
ブーブーブー
スマホから聞きなれたバイブの音がした。
本当は出たくないけど、反射的に手を伸ばし震える指で通話開始をタップする。
「はい、空井です」
『とっくに出勤時間は過ぎているぞ。何してるんだ?』
焦って時間を見ると9時を過ぎていた。
「も、申し訳『謝るだけならサルでもできる』あ………」
『大体お前は仕事に対する熱意が足りんのだ。ミスをしても謝るだけ、改善しない。俺の若いころはお前のような奴は即首だったぞ。全く——————————』
ああ、また始まった。
もうこの人の言葉はただのノイズにしか聞こえない。何も言えなくなる。
この声を聞くだけで震えが止まらない。吐きそうになる。
頭ではちゃんと聞かなきゃって思ってるのに、体が拒絶する。これ以上真に受けるな、もう限界なんだって。
『大体な「ちょっと言いすぎなんじゃないですかぁ?」誰だ?』
「え?」
「空璃のか・ぞ・くです!彼女は体調が悪いのでお休みします!あ、もう二度と其方の会社にはいきませんので、これで失礼いたします!今までお世話になりました!」
『はぁ!?おいちょ』
ピッ
「あ、え?」
今起こったことに頭が追い付いていない。
状況的には、ヴィヴィが私のスマホを取り上げて上司に退職宣言をした。うん、飲み込むまで時間がかかりそうだ。
「もー何ですか、あれ!」
「え?あー、あれが日常茶飯事」
「………ちょっと絞めててきます!」
「待って!絞めるって何を!?」
「決まってるじゃないですかぁ、あのクソ男をです♪こう尻尾で首をきゅっと♪」
「死んじゃう死んじゃう!」
「大丈夫ですよ~。ちょっとステュクス川を渡るくらいですから」
「聞いたことないけど、多分大丈夫じゃないやつ!」
あーもう、次から次と!とりあえずヴィヴィを止めないと!前科持ちになってしまうのだけは阻止しなければ!
引き留めようと裾を引っ張ってもズルズルと引きずられるだけ。
さすがドラゴン、力強いね!じゃなくて!
「そんなことしたら、あたしに恩返しできなくなるでしょ!?」
「え?」
「ヴィヴィがいてくれなきゃ、あたし死んじゃうから!」
あたしが叫んだあと、時が止まったみたいに静かになった。
ようやく聞こえたのは自分の荒い息と、困惑したようなヴィヴィの声だった。
「ソラリさん、何で泣いてるんですか?」
「ハッ…ハッ…ハッ………?」
言われて下瞼を触ると水滴がついた。
何でか分からないけど、その水滴はいくつも出てきて止まらなくなった。
いつの間にかあたしの目の前まで来ていたヴィヴィにふわりと抱きしめられた。
「今までよく頑張りました」
「ぅ………っ…………!」
「今は思いっきり泣きましょう」
声は出なかったけど、嗚咽が出るまで泣いたのは久しぶりだった。
あたしが泣き止むまで、ヴィヴィはずっと離れなかった。
「ごめん、服濡らしちゃった」
「いいんですよ。それより、落ち着きましたか?」
「うん、ありがとう」
あー、なんか恥ずかしいところ見せちゃったな~。
後さっきさ、めっちゃメンヘラっぽいこと言ってなかった?いや、あかんでしょあれは。撤回した方がいいよね。
「あ、あのさ」
「ソラリさんは私がいたらもう自殺なんてしないんですよね?」
「え、あ、いや」
「違うんですか!?」
「しないしない!てか、そんなこと言う奴重くていやだよね?」
違うよ!こんなこと言いたい訳じゃないんだよ!?メンヘラ宣言を撤回したいんだよ、あたしは!
脳内で慌てていると、不意に額に柔らかい感触がしてすぐ離れていった。
「いいえ。むしろ私の方が重いかもしれませんから」
「え、さっきの「さぁ、まずは正式に会社を辞めましょう!何か書類を用意しないといけないんですよね?」え、あ、うん」
はぐらかされた?
まあいいや。今は退職代行を探して電話しよう。一つ一つ片づけていこう、そうしよう。
あれから退職代行を使って、前の職場を正式にやめた。
しばらくは失業手当をもらいつつ、転職活動をした。
再就職先の給料は前より低いが、週休二日をきっちり取れて残業は月20時間未満と前職より全然いい。それでも疲れるものは疲れるけど、前の生活よりは遥かに充実している。
「そーらを自由に、とーびたーいなー」
『はい、どうぞ!』
ドラゴンに戻ったヴィヴィが、翼を広げて待っている。
『今日は少し肌寒いので、上着を着てきてください』
「ん、大丈夫だよ。ヴィヴィあったかいし」
『もう、そいうことサラッというのだめですよ~?』
「事実でしょ?」
実際ヴィヴィは体温高いと思う。普段の人型でも、ドラゴンの時でも。
ドラゴンって体温高いの、と聞いたことがあったけど、炎を吐く種族は高いけどヴイーヴルは出せないから体温は人間と変わりないかむしろ少し低めだと言っていた。結局、ヴィヴィが種族関係なく体温が高いってところに落ち着いた。
『さ、さぁ行きますよ!しっかり掴まってください!』
「うん」
ヴィヴィの首の付け根辺りに腰を下ろして、長い首に抱き着く。やっぱりあったかい。
ベランダに立ってバサッと翼を羽ばたかせると、一気に空へ飛び立つ。
頬に、体にあたる風が気持ちいい。
『今日は月も星も綺麗に見えますね』
「本当だ」
見事な三日月が真正面に見える。周りにはその月に負けじと光る星。
あたしが見たかった景色がそこにある。
「ヴィヴィ」
『何ですか?』
「あたし、あの時死ななくてよかった」
死んでいたらこんなきれいな景色は、一生見ることができなかった。
「遅くなっちゃったけど、助けてくれてありがとう」
『…………此方こそです!』
前を向いて飛んでいるからヴィヴィの顔は見えないけど、声色的に笑ってくれているんだろう。
あたしも嬉しくなってテンションが上がってしまったんだろう。掴まっているヴィヴィの首に、軽く唇を当ててすぐに離す。
『ソ、ソ、ソラリさん!?』
「なーにっかなー?」
『い、今私の首に、キ、キ「さぁさぁ、ちゃんと前向いて飛んでねー」……ウー』
あの時のお返しだ。
珍しいヴィヴィが見れて満足した!
『mon bijou』
「今なんて言ったの?」
『なんでもありません』
「そう?」
『もうちょっとお散歩しませんか?』
「いいよ」
貴方となら、私はどこまでだって飛んでいける。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回はpixiv企画で羽や翼を連想される作品ということで、そのテーマから翼→飛べる→ドラゴン!となりました。翼があるやつなら他にもあるだろ!となるかもしれませんが、ドラゴンと人間の話を書きたかったんです、すみません。
当初の予定ではギャグ路線の押しかけ女房的な感じにしようと思っていたのですが、どうしてこうなった?主人公、いきなりフライアウェイしてましたね。まあ、思いついてしまったものは仕方がない、とそのまま書き進めたら形になったので結果オーライです。
ところでヴイーヴルってなんぞって思ってる方もいると思うので、もう少し補足します。ヴイーヴルはフランスに伝わるドラゴンの一種で、額の中央に宝石がはまっているという特徴があります。姿は有翼の蛇で、ワイバーンに似ており性別は雌しかいないとされています。また、額の宝石を盗めたら世界一の権力者になれるなど、額の宝石は常に狙われていたが、額の宝石が盗まれたヴイーヴルを見たものはいないと伝わっています。それゆえ不死と言われていましたが、一方で宝石を奪われたら絶望してまもなく死ぬや、力を失い衰弱して死んでしまう、干し草を食べすぎて腹がはちきれて死ぬなど不死ではない描写も伝わっているので不死ではなかったと思われます。今回は宝石を奪われて衰弱死するという部分を引用しました。
蛇足感たっぷりなあとがきでしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。




