魔法使いシルフの所感 その①
「絶対っ絶対!騙されてますよ!ダグさん!!」
魔法使いのシルフはパーティーのリーダーであるダグラスが「新しい仲間だ」と紹介した人物を見て拒絶の声を上げた。
駆け出しの頃の……まぁ、ほんのつい最近だが……自分だってもう少し「ちゃんとしていた」という自信になるくらい、ぼうっとした様子の新人。黒い髪に男なのか女のかわからない、けれど整った顔の人物。歳はシルフより少し若そうな、まだ十代くらいだと言われればそうも思うし、二十代だと言っても納得してしまいそうな、顔立ちは幼いが大人しく落ち着いた雰囲気。
どう見ても冒険者に憧れ、あるいは冒険者しか道がなく、というような「覚悟」を決めて冒険者になった様子が欠片もない人物だ。
「騙すってもなァ……今更何をだ?」
「うっ……そ、それは……」
反射的に「怪しい!」と思っての反論だった自覚はあるだけにシルフは言葉に詰まる。
だが、うちのリーダーは基本的に人が良い。もちろんランクに相応しいだけの慎重さや冷静さは任務の際に発揮され、シルフは幾度となく彼によって命を救われてきた。だがこと、任務以外の時はちょっと抜けているところがある。
シルフの所属するパーティーは、先日あんなことがあったばかり。もう一人の仲間のガルマは僧侶ということもあってどこか浮世離れしているところもあるし、自分がちゃんとしなければならないとシルフは思っていた。
「け、結婚詐欺とか……?」
「いや、それならもう俺が告白してフラれてる」
「はぁああ!!?」
いやぁー、恥ずかしいな、とダグラスが頬をかく。
「ってことはダグさんの前からの知り合いってこと!?人手不足だからって元カノを連れてくるとか……」
「いやいや、違うんだって。さっき初対面で、そこで告ってフラれた」
「はぁあああぁああ!!!???」
パーティー内で面倒くさい恋愛沙汰などやめて欲しいとシルフは思ったし、ダグラスが女性にモテるのは知っているが、人間性を疑う。だがダグラスが告白し、フラれたという事実だけでも驚きだが、その上……初対面!?
ばっと、シルフは新人のヨグと紹介された人物を背に庇う。
「ちょっとあなた!騙されてるわよ!!」
「おい」
「騙されている。それは初めての経験だ。対象が私ということは、私は何かしらを無自覚に搾取されるということかな。それともこれからされるんだろうか」
「どっちもよ!ダグさん、見損なったわ!気に入ったひとを自分がリーダーをするパーティーに連れ込むなんて!新人で他に行くところがないからって職権乱用よ!」
「はっ……た、確かに……!!!!!す、すまねぇヨグ……!俺はそんなつもりじゃ……!!!!!!」
リーダーであるダグラスが白状するには、ヨグは身寄りもなくこの街も初めてだという。右も左もわからない人間に甘い声をかけて「うちで働かないか」と親切そうな顔で寄ってくるのは人買いや娼館の男くらいだとシルフは力説した。
ダグラスはショックを受けたように目を見開き、がくっと、その場に崩れ落ちる。
「俺はただ……!せめて友人から始められればと……!!ついでに俺が守ったり背中でいいところを見せたりなんかして「ダグさんかっこいい♡」なんて思ってもらえたらって……!!」
「ごめんねヨグさん。うちのリーダー、確かに等級は高いし、面倒見もいいし男前なんだけど、男だから下心のある狼なのよ」
「彼は人間種に見えたが。獣人種でもあったのか」
「えぇー、違うわよ。知らないの?男は皆狼なの。えっと、ヨグさんは女の人でいいのよね」
リーダーの性的趣向はたぶん異性のはずだから(たぶん)この新人は女性ということでいいのだろう。
「雌雄については重要ではないので、私はどちらでも構わないよ。ただ私は狼の用意はしていなかったから、男性体になる際は場合はアップデートが必要になると思う」
「え、何それ??」
確かに冒険者に性別は関係ない。種族も色々あるため、冒険者登録の欄に男女の記載欄は設けられていなかった。
そういわれると男にも見える。とびきり顔の綺麗な。
だがシルフは彼、あるいは彼女に対して異性に感じる嫌悪感はなく、かといって同性に対して感じる親近感もなかった。まぁ、どちらでもいいかと結論付ける。
新人のヨグさんはまだ職業も定まっていない本当に新人らしかった。
得意な武器や、特技らしいものもないという。
「ふぅん。それでも冒険者になりたいの?」
「私のような立ち位置にいる者の多くの選択肢の中で選ばれやすいものだと聞いている。君も冒険者を選択している」
「まぁ確かに。冒険者に条件ってないようなもんだし。あたしは魔法の才能はあるけどどっかのお抱えになるほど優秀じゃなかったからって情けない理由なんだけどね」
建前上の理由を話すとヨグが首を傾げた。
「君は確かに平均以下の魔力の保有者のようだが、容姿が平均値を上回っている。その場合、君が比較的若い女性体ということを考慮すると、この世界では平均的な冒険者ではない選択肢が追加されるのではないだろうか」
「……えっと、つまりそれって、あたしが可愛いって言ってくれてるの?」
「生物の美醜の判断は難しいのだけれど、美しいものというより君は愛らしい個体だと思う」
シルフはどういう表情を浮かべていいのか判断に困った。
これまで可愛いという言葉はそれこそ物心ついたころから雨のように浴びてきた。だが下心も好奇心も嫌味もなくこうも自分の表面的な魅力についての表現をされるとは……。
「パーティーに入るなら、ヨグさんはあたしの後輩になるんだから、あたしのことは先輩って呼ばないとだめだからね?」
「先輩」
「そうそう。あたしは先輩だからヨグさんに色々教えてあげる!」
どこかぼんやりした新人だが、シルフは段々と彼、あるいは彼女が気に入ってきた。多くの男のように自分を値踏みするような目を向けないし、多くの女のように自分とシルフを比べてどちらがどちらかという判定もしてこない。
「冒険者に必要なのは事前の準備なのよ。ヨグさん、装備はちょっと……うーん、新人感丸出しだけど……地図は読める?それに冒険に必要な道具の使い方とかどこまで知ってるの?」
「観てきたからある程度は問題ないはずだよ」
「みてきた……?もう、いるのよね。お店で見て知った気になったり、人が戦ってるのを「あんなくらいなら自分もできる」って思いこむ人。新人にありがちな無謀っていうのよ」
「観ていただけじゃ駄目だろうか」
「駄目に決まってるじゃない。ちょっと待ってね」
ひょいっと、シルフは屈んで自分のブーツの紐をほどいた。
「見てて」
そしてひょいひょいっと、複雑な結びを披露する。これは魔法使いの術式の一つで、こうして結ぶと足が疲れにくい魔術がかかる。
「ほらこれ。今見てたでしょう?できる?」
「……」
ふむ、とヨグは考え込み、そしてシルフが再び解いた紐に手をかけた。
「おそらく、これで合っていると思う」
「あはは、そんな簡単にできるわけ…………できてるぅううううう!!!!!!!!!!」
ぐぬぅ!
なんで!!!!嘘でしょ!!
シルフは慄いた。だが魔法使いではないので、魔力こそ籠っていないが、確かにシルフが結んだ通りの結び目が出来ている。
「なんで!?知ってたの!?」
「いいや。観察するのは得意なんだ。とても長い経験値がある。おそらく私が何かを観察していた時間というのは、君たちが想像するよりずっと長い時間に値するだろう」
「そ、そう……」
よほど辺鄙なところの出身なんだろうな、とシルフは思った。
牛や鳥や雲を観察し続けるくらいしかやることがなかったに違いない。
目が良い、記憶力がいい、注意深いというのはとても良いことだ。特に冒険者なら。
「だが、君の言葉が理解できた。私は今とても感動している」
「あたしの失態を?」
「君の言う通り、観ていただけのものを自分で行うと、面白い」
ふぅん、とシルフはそこでうかつにも顔を上げてしまった。
「……」
先ほどからずっと抑揚のない声で、無表情で話していたヨグなので、きっと今も同じような顔をしているのだろうと、面白いという単語をその顔で言うのかと揶揄ってあげようと思って顔を上げてしまった。
だがそこには、ふわっと、花が咲いたのを初めてみて喜ぶような、柔らかく優しい笑みを浮かべた、変わり者の冒険者ヨグがいた。
「好きだ!!結婚してくれ!」
「ダグさん煩い!!!!!!!!」
二人のやり取りを見守っていたリーダーのダグラスがすかさず二人の間に割り込んでくる。
パコォン、とシルフは魔法でハリセンを取り出し、リーダーの頭を叩いた。