二話 とりま目標出来た
——《災神》クエスト。
とは、向こうの世界で一時期、ミリオンセラーにまで輝いた、正しく一世を風靡したRPGゲームの名前だ。
名前の通り、このゲームでは《災神》という8つの神を倒すのを目的としたオープンワールドゲームで、その自由度の高さと斬新なゲーム性から人々の人気を集めた。
俺も、そんな災クエの1プレイヤーだった。
かなりやり込んだ。上位ランカーだけが乗るTOP50ランキングの1位に、『賢者』という名前を見ない日はなかったくらいには。
だからこそ、俺は知っているのだ。
「現実世界に、このゲームはあかん」
そう、あかん。かなり、滅茶苦茶、あかん。
何があかんってこのゲーム、難易度が鬼なのだ。
まず第一に、強くて面倒なモンスターが多過ぎる。
物理無効、魔法無効の、目が合ったら倒すかデスするまで追いかけて来る奴。
産まれた瞬間から殺戮兵器と化し、殺した敵を取り込んで力を吸収、無限に強くなる奴。
攻撃すれば増殖し、時間経過と共に広範囲の爆発を起こす奴。
と、訳も分からない攻略難易度のモンスターが多い。
第二に、アイテムの需要度が高過ぎる。
これが無ければ倒せません。
これが無いと作れません。
これが無いと入れません。
これが無いと回復出来ません。
等の、アイテム需要度が半端ない。
第三に、単純に《災神》の攻略難易度がバグである。
災クエのリリースから8年、その長い年月を掛けて倒せた《災神》がたった3体という事実が、何よりもその難易度の高さを物語っている。
攻略難易度MAXのSSS+。8体全部が、普通には倒せないのだ。
物理無効、魔法無効、状態異常無効は当たり前として、時間停止、地帯性質変化、継続状態ダメージも当たり前の様にして来る。
倒す方法が時間経過やアイテムなのに、その時間経過もアイテムもジャストのタイミングじゃないと1ダメージも受けない。そして、ジャストのタイミングだろうとさほどのダメージも受けない。
完全にバグである。厄介さの極である。
だが、そんな《災神》で一番厄介なのは、普通にいる事だ。
普通に荒野を歩いていたり、普通に街の中を歩いてたりする。
なら、何も問題はないんじゃないか? と思う人もいるだろうがこいつら、気に触った事があれば街一つ簡単に滅ぼしてしまう。
やれ肉が硬いだの、やれ小石が足に触れただの、やれ人が鬱陶しいだの、やれ眠いだのと、そんな訳の分からない理由で街一つが消し飛ぶ。
そんな世界が今、現実で展開しているのだ。
まじ、あかん、である。
「てなると、生存第一とか言ってられないぞ、これ……」
此処が災クエの中の世界だとすれば、生き残る為に命を掛けなくてはならなくなる。
何せ、災いの神が普通に街中に出る様な世界だ。
どこに居てもエンカウントする可能性はあるし、《災神》だけじゃなく、強くて厄介なモンスターだってこの世界にはごろごろいる。
「流石にスローライフは厳しい、か」
俺は、自分の手を見下ろした。
傷だらけの、豆の出来た手だ。
ズキズキ。ちゃんと痛い。
現実なのだ。
ゲームでもなく、夢でもなく、ひたすらに。
「なら、やる事は一つ……レベリングだな。取り敢えず、この森にいる奴くらいには負けないくらい強くならないと」
拳を握り、俺は決意する。
脳裏を過ぎるのは、赤毛の熊——レッドベアーを微塵切りにして見せた、あの首なしデュラハンだ。
「打倒デュラハン! 攻略難易度A+! 上等だ!」
俺は意気込みを叫んだ。
だけど、そう簡単な話ではない。
目標は高いに越した事はないとはよく言うが、虫Vs虎では相手にもならない。
罠を仕掛け、隙を突き、それでやっと倒せたレッドベアでさえ攻略難易度はDだ。
今の段階でLv10程度のレッドベアーと真っ当に戦って1撫でで昇天する様じゃ、長期的に見たとしても、攻略難易度A+、Lv70オーバーのデュラハンには到底叶わない。
「俺のLvは恐らく3……そう言えば、こういう時って……」
異世界物の王道として、自分の能力値を見る事が出来る魔法の言葉があった筈だ。
確か……あぁ、思い出した。
「ステータスオープン」
手を突き出して、それっぽく俺は唱えた。
すると、あら不思議。
俺の目の前に、文字と数字が書かれたウィンドウが出現した。
こういうのワクワクする。
なになに……。
~~~
《Player Status》
Name 賢者 Lv.3
HP 120
MP 60
STA 12
VIT 10
DEX 6
AGI 9
《Skill》
・剣技Lv.1
《Resistance》
・苦痛耐性Lv.1
~~~
「っし、ビンゴ! レベルが導入されてるんだったら、当然スキルや耐性も導入されてると思っていたが、どうやら当たりだったみたいだな」
俺は、ガッツポーズする。
スキルがあるのなら、話が180度変わって来るのだ。
「レベル差は、スキルで幾らでも覆せる」
そして、レベル差を覆す事が出来るのは何もスキルだけじゃない。
「ステータスがあるなら、勿論あるよな?」
俺は手を突き出し、口を開こうとして、止めた、
同じアクションはなんか違う。いまいち気分が乗らない。
何よりカッコよくない。
戦隊モノで皆同じアクションで変身されたら萎えるだろ? なんか、そんな感じだ。
……よし。なら、これで行こう。
「マップ展開!」
俺は手を突き出し、それから思いっ切り横に振った。
すると、大画面のウィンドウが俺の目の前に現れた。
「よしよし、ちゃんとあったな。どれどれ……」
ウィンドウを覗き込む。
世界地図の様だった。
隕石が落ちたかの様な大穴を空けた大陸を中心に、三つの大陸がそれぞれ海を挟んで点在している。
この構図に、俺は身に覚えがあった。
「当然っちゃ当然だけど、災クエと瓜二つの世界の様だな」
並び、配置、奇妙な大陸、自他共に同じ。
災クエの世界構成と、まるきり一緒だ。
となると、俺が今いる森はあそこという事にある。
ぐにゃぐにゃの木があって、レッドベアが出て、デュラハンが出ると言えばあそこしかない。
地図の中にある赤い光点。現在地を示すマーカー。
そこが指し示す場所は、大穴が空いた大陸——エルディンの東に位置する大陸——フェルドゥンの蒼の森。
ずばり、危険地帯。攻略難易度とは別の、フィールド探索に振られた危険度に置いて脅威のA+を誇る危険地帯である。
「まぁ、そこはいい。この森をA+たらしめているのはあのデュラハンだからな」
此処が何処かなんて、デュラハンがいた時点で把握済みだ。
マップを展開して俺が欲しかったのは確証。マップが使えるのかどうかと、この世界が災クエと同一の物なのかどうか。
結果は花丸。デュラハンを倒す最後のピースが、間違いなくこの森にある。
「レベル差は覆せる。幾らでもな。だけど、レベリングもある程度は必要だ。その為に……」
既に息絶えたレッドベアーの頭からぐにゃぐにゃの枝を抜いて、俺は立ち上がる。
陽の落ち始めている森の中を、草木の間を抜けて生暖かい風が吹き抜けて行く。
鼻の奥を、凄まじい獣臭が劈いた。
顔を上げて、正面、俺は茂みの奥を睨んだ。
「俺の糧になりなぁ、レッドベアー」
ぐにゃぐにゃの枝を構えて、茂みから姿を現したレッドベアに俺は啖呵を切った。
俺という獲物を見つけて、レッドベアーが吼える。
俺も負けないぐらい、大きい声で吠えた。
地面を蹴って、俺はレッドベアーに飛び掛かった。
(全裸で)