プロローグ 異世界転移ってま?
俺は星乃賢者(26)。
ニート兼、引き籠もり兼、廃人ゲーマーだ。
別に理由なんて物はない。
学生時代に虐められて部屋から出れなくなったとか、社会に出て上司からのいびりに気が滅入ってしまったとか、大事な家族が亡くなって病んでしまったとか、そんな事はない。
極々普通の学生生活を過ごしたし、社会には出ていないが、家族は父も母も妹もペットのポチもご存命だ。
ただ、好きな事を好きなだけやって来た結果、俺はこうなった。
自分でも、どうしようもない奴だとは自覚している。
朝昼晩のご飯と風呂に入る時だけ部屋の外に出て、両親と妹と顔を合わせても「お」とか「うん」とか、それだけ。
お金が欲しい時は父に媚びへつらい、お菓子やジュースが欲しい時は母に強請る。
完全に、都合の良い相手だった。
妹にはもう人としても扱われない。
顔を合わせても目も合わせてくれないし、言葉も掛けられない。俺という存在そのものが抹消されていた。
子供の頃は、あれだけお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろを着いて来ていたと言うのに……。
まぁ、自業自得である。
働きもしないで一日中部屋でゲームして、食べるだけ食べて、ゲームして、風呂入って、ゲームして、寝る。
そんな兄を、お兄ちゃんお兄ちゃんといつまでも慕う妹なんていない
妹だけじゃない。
気がついた時には、同じペースで隣りを歩いていた友達も、一歩前で手を引いてくれた恋人も、気づいた時には誰もいなかった。
残った物と言えば、後ろも隣りも前もないひたすらの暗闇だけ。パソコンに向かってニヤニヤと笑う廃人だけ。
かつては、もう何処にもない。
「………………」
パソコンも、汚ったない部屋も。
「………………」
世界すら。
「………………」
気づけば、俺は鬱蒼と草木の生い茂る森の中に一人立っていた。
「いや、訳わかんねぇ……」
ちなみに、全裸だった。
***
気がついた時には、俺は全裸で森の中に立っていた。
「全裸で森って、ターザンでも布切れ一枚は腰に巻いてるぞ……」
字面的にも、絵面的にも、完全にアウトだった。
見下ろせば、立派な息子がちゃんと付いている。
蚊に刺されないか心配だ。息子が痒いとか、致した事もないのに勘弁願いたい。
「ここだけは絶対死守だな。……て、現実逃避すんな俺! どうしてこうなった?」
確か、俺はいつもと同じ様に部屋の中でゲームをしていた筈だ。日課のデイリークエストを熟し、いつもの様にモンスター狩りをして、その後は、アイテムを整理しようとアイテムBOXを開いて、それから……。
「……ない……」
何処にも、それからなんてない。
「記憶が、ない」
【火龍の雫】を捨てた、そこから先の記憶がなかった。
真っ黒に塗り潰されている。
まるで、ぷつりと携帯の充電が切れた様に。
「もしかして……。いや、ありえないだろ……」
今、俺の頭の中で荒唐無稽な考えが渦を巻いている。
妹に聞かせれば、馬鹿馬鹿しいと鼻で一蹴され、「現実見ろよ」と凍てついた目を向けられそうな、そんな考えが。
だけど妹よ。これはある意味、現実を見ていると言えるのではなかろうか。
ぷつりと途切れた記憶。気付いた時にはいた森の中。そして、全裸……は関係ないか。
それら、集めた現状証拠から察するに……。
「俺、死んでね?」
しかも、その場合。
「俺、転生してね?」
最近のアニメや漫画、小説なんかで流行りの異世界物、その中に転生物というジャンルがある。
多分それだ、何度か小説を読んだ事がある。
確か、事故か病気で亡くなった主人公が、真っ白な世界で神様に「新しい人生をやろう」とチート能力を授かり転生した異世界で俺TUEEEEする、そんな話だった気がする。
いや、だとしたらおかしい点が幾つかある。
俺、真っ白な世界に行ってないし、神様とも会っていないし、チート能力だって貰っていない。
何よりおかしいのは、どう見ても成人した男の体で……。
「……待て。これ、俺の体じゃねぇな……」
腹筋バキバキだった。一つじゃなく、六つに割れていた。
良く見れば、腕の筋肉も凄い。力こぶボコってしてる。
全体的になんか、筋肉凄い。
思わず、ポージングしたくなる。はい、チャイドチェストー。
「て、やってる場合じゃないな」
我に返って、恥ずかしくなる。
ポージングはまた別の機会にするとして、状況把握に戻る。
若干、目線も高い気がする。
高校三年生の時に測った身長が、確か168センチぐらいだった筈だ。
比較する物がないからあれだが、見下ろした時の足元までの距離が少し遠い……170センチ以上はある気がする。
さっきは気付かなかったが、息子も心なしか大きい。2センチ増って感じだ。期待が膨らむ。
まぁ、使い道があるかは分からないが……。
「転生物じゃないなら、転移物か。後はまぁ……顔か」
そこに関しては、体が成長しただけで俺本人って線もまだ有り得る。
異世界物、なんて超常現象もまだ確定した訳じゃない。
この体の持ち主が俺本人と分かれば、『隕石衝突!人類滅びて何やかんや生き残っていた唯一の生き残り俺生還!』とか、『宇宙人に攫われて肉体改造?別の惑星に飛ばされた俺!』みたいな展開も十分有り得るかもしれない。
どれに転んでも、超常現象なのは変わりはしないが。
「よし、考えるのやーめた! 後々分かって来る事、ごちゃごちゃ考えても仕方がないしな」
両手を打って、俺は思考を破棄した。
今はもっと別に、考えなくちゃ行けない事があるのだ。
「とりま、森の探索だ。今日の目標は食材の調達と安全な寝床の確保。今日生きるのもままならないってんじゃ、何も分からないままだからな」
そう、今は何より生存第一だ。
今の俺の置かれている状況を例えるなら、無人島に流れ着いたただ一人の漂流者。現在、お天道様は真上に来ており、時間的には12時くらい。タイムリミットは約6時間、といった具合だ。
決して、優先順位を履き違えてはならない。
「On your marks」
とは言え、少し胸が高鳴っているのも事実だ。
もしかしたらと、考えなくはないのだ。
「Set」
もし、異世界に来れたのなら。もし、あの間違えてばかりだった人生にやり直しが効くのなら。
と。
だから、俺はそんな期待を足の裏に乗せた。
「Lady Go!」
スタートの合図と共に、俺は元陸上部(県大会出場経験あり)の見事なクラウチングスタートを切った。
森の探検に出掛けた。
(全裸で)。