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ハッピーエンドの定義

 金髪の少年は図書館の窓際の席で本を読んでいる。少年が呼んでいる本の表紙には『マッチ売りの少女』と書いてあった。



 気がつくと、少年は雪降る夜の街にいた。オレンジに灯る街灯が立ち並び、道には様々な店が並んでいる。飲食店であったり、雑貨屋であったり。ほのかにチキンの焼けた香りも漂ってくる。

「なんだか、いつもよりリアルに感じるな。」

そんなことを考えてぼぅっと立っていると、街を歩く人と肩がぶつかった。

「ぼけっと立ってんじゃねーよ!」

ぶつかった肩には痛みがある。

「おかしいな。物語の中の人と接することなんてできないはずなのに。」

少年は街を歩き出した。街は人で賑わっている。街ゆく人々の顔は少し嬉しそうな、楽しそうな、そんな表情をしている。すれ違う人々の声が聞こえてくる。どうやら、話の内容から察するに今日は大晦日らしい。少年もなんだかわくわくした。街中を歩いていると、正面に大きなクリスマスツリーが見えてきた。少年はそのツリーに向かって歩いた。すると、ツリーの下でうずくまっている茶髪の少女がいた。少女は裸足だった。少年は少女の側に立ち、声をかけた。

「足、大丈夫?」

少年の声に反応し、少女は顔を上げた。少女の顔は真っ青で、唇は紫色になっていた。

「あの、マッチを買っていただけませんか?これを売らなければ家に帰れないのです。」

そう言い、少年に差し出したマッチを持つ少女の手は、寒さに震えていた。そんな少女を見て、少年は断ることができなかった。

「……も、もちろん、いいよ!そんなにたくさんは買えないけど……。」

少年はポケットに入っていた小銭を握り、少女の目の前でその拳を開いた。手のひらに乗った小銭を見た少女は言った。

「これは、どこの国のお金ですか?このお金をもらっても私は何も買うことができません。」

「え……?ご、ごめん。この国のお金持ってなくて……。」

「いえ、大丈夫です。こちらこそごめんなさい……。」

「とりあえず、僕の靴を履きなよ。足、冷たいでしょ?」

「……ありがとございます。」

少女は弱弱しく微笑んだ。少年は少女に靴を履かせる。少女の足は木の枝のように細く、氷のように冷たかった。生気がない少女を見て、少年は言った。

「お腹空いてない?何か食べ物を探してくるよ!」

少年は少女を置いて走り出し、チキンのにおいが漂って来る店に飛び込んだ。

「すみません!チキンを売ってください!」

「なんだ?これは金か?こんなんじゃ売れないよ!」

店員は少年を追い出そうとする。

「そんな……待ってください‼店の手伝いでも何でもしますから、お願いです!食べ物を恵んでください!」

「とっとと出ていけ!」

店を追い出された少年は、雪が降る中、街中を走り回った。しかし、食料は手に入らなかった。少年は少女のもとに戻った。すると、少女はマッチの燃え滓と一緒に倒れていた。少年は駆け寄り、少女を抱き抱えた。

「ねぇ!起きてよ‼寝たらダメだよ‼」

少女は目を開けない。

「誰か‼誰か医者を呼んでください‼お願いします‼」

行き交う人々は足を止めない。みんな少年と少女を横目に通り過ぎてゆく。

「なんで……どうしてっ……お願いだよ‼誰か‼」

すると、少年の肩に誰かの手が触れた。少年は振り返った。そこに居たのはハイネだった。

「ライブラリアンのお姉さんっ……」

ハイネは静かに言う。

「駄目よ。彼女を助けては駄目。」

「なんで……どうして⁉」

少年の悲痛な顔を見て、ハイネも苦しくなった。それでも、ハイネは少年に言った。

「これが、物語だからよ。」

ハイネがそう言うと同時に、雪が強くなり、少年の目の前が真っ白になった。視界が開けると、少年とハイネは図書館に戻っていた。

「あれ……あの子は⁉」

少年はハイネに訊ねる。ハイネは少年が持っている本のページを指差した。そのページには天使と一緒に天国に登る女の子の絵が描かれていた。女の子は幸せそうに微笑んでいる。

「優しい天使と一緒に、大好きなおばあちゃんのところに行ったのよ。」

少年は本の挿絵を見つめる。

「これってハッピーエンドなの?バッドエンドなの?」

「さぁ。あなたはどっちだと思う?」

「どっちなんだろ……でも誰も助けてくれないあんな街でこれからも生きていくより、こんな嬉しそうな顔で過ごせる場所に行った方があの子は幸せなのかな。」

少年は悲しそうにそう言った。

ハイネは物語からオリジナルのハイネの記憶を回収した。ハイネの記憶は少年を物語の世界に引き込んでいたらしい。デリゲートのハイネにオリジナルのハイネの記憶が流れ込んできた。


*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*


「ただただ可哀想な話ですよね、マッチ売りの少女って。」

ジアンは本のページをめくりながら、隣にいたハイネに声をかけた。

「僕が近くに居たら、お金でもなんでもあげて、女の子を助けてあげるのに。ハイネさんだってそうでしょう?」

ハイネはいつもの落ち着いた声で答えた。

「そうですね……ジアンさんのような素敵な人が現れて、彼女が死なないハッピーエンドを読みたかったです。」


*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*-*+++*


ハイネは窓際の机に伏して眠っていた。目をこすりながら前を見ると、向かいの席にジアンが座って本を読んでいた。ジアンはハイネが起きたことに気付いて、笑顔で言った。

「おはようございます。ハイネさん。仕事中にうたた寝ですか?」

「す、すみません、起こしてくださればっ……」

ハイネの肩にはジアンの上着がかけられていた。

「あんまり気持ちよさそうな顔で寝てたので、起こすのが申し訳なくて。ハイネさんが眠っている間にこれ、読ませてもらいました。マッチ売りの少女……どうして街の人たちは女の子を助けてあげなかったのかな……僕は、それがとても悲しいです。」

ジアンは本の表紙を見つめながら言った。

「この物語の時代は、きっとどの家庭も生活を切り詰めて暮らしていたのではないでしょうか。」

ハイネはジアンの顔を見ずにまくし立てる。

「他人の家に施しを与えるほどの余裕はなかったのかもしれません。ジアンさんも、とーってもお腹が空いていて、明日のご飯の心配をして生活していたとしたら、この少女に食料を与えますか?」

ジアンは黙ってハイネの顔を見ていた。

「このような出来事はきっと、この世界の至る所で起こっています。誰かの人生だって物語なんです。名前も知らない、話したこともない、会ったこともない、存在すら知らない、そんな他人の人生はフィクションと変わりありません。用は他人事ってことです。」

「ハイネさん?」

ジアンはいつもと違うハイネの様子に困惑しているようだった。

「あ、な、なんて!ちょっといつもと違う解釈をしてみただけで……」

ジアンは少し考えてから言った。

「確かに他人事かもしれません。でもこの物語を呼んで、誰かの力になりたいと思ったこの気持ちは嘘じゃありません。遠いところにいる人を救うことはできないけど、手の届く範囲だけなら、たとえ、僕の明日のご飯がなくても、今日のご飯をちょっとくらい分けてあげることはできます。僕はそうしたいです。」

ジアンは笑った。ハイネはその純粋な笑顔を見て思った。


もしこの物語のアクターが、最初から私だったなら、彼は『ハイネ』という登場人物に惹かれることはなかっただろうと。

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