抗えない物語
「わ、私がデリゲート……?」
「そうですよ。消失したハイネさんの模造品です。」
「そんな……。」
「あなたは、本物のハイネさんじゃない。」
ハイネはトーカの言葉に耳を疑う。
「通常はちゃんと記憶を引き継ぐんですけど、なぜかあなたには記憶が引き継がれていなかった。不思議なんですよね。ハイネさんが何か仕組んだのかな。サーバーからもハイネさんの記憶は消えていました。バックアップも取っていたはずなのに。ですが、記憶は完全に消すことはできません。恐らく別のタリナに忍び込ませているはずです。」
トーカは動揺したハイネを横目に話し続ける。
「あーあー。隠れているバグって探すの大変なんですよねー。面倒だな……っと、それは置いといて、どうしましょうか。あなたの記憶をリセットして初期状態に戻すか。新しいデリゲートを準備するか。僕としては初期状態に戻す方が手っ取り早くて助かるんですけど。」
初期状態という言葉に、ハイネは背筋が震えた。あの日の目を覚ましたとき、自分が誰かも分からなかった恐怖が蘇った。そして、何よりジアンのことを忘れることが耐えられなかった。
「……初期状態に戻しても、私が物語通りに動くとは限りませんよね?」
「確かにそうですね。」
「リセットせずとも、私が物語通りに事を進めればいいんですよね。消えた記憶を探して完全な彼女になれば。」
トーカは真剣なハイネの眼を見つめる。
「なるほど?僕の代わりに探してくれるんですか?」
ハイネは黙って頷く。トーカはにこやかな笑顔で答える。
「では、そうしていただきましょうか。僕としては仕事が増えなくて助かります。」
「それでは、教えてもらえませんか?この物語の結末を。」
「それはできません。」
トーカはハイネに顔を近づけ、笑って言う。
「物語の結末を知っている登場人物なんていないでしょう?」
「ですが……それでは私はどのように行動をすればいいのか……」
「特別なことは何もしなくていいです。いつも通りライブラリアンの業務をしていただければ……ああ、でも、ひとつだけ……」
「なんですか?」
「彼への好意は忘れてください。」