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その光に泣く時  作者: 夏草枯々
二章 血が二人を別つまで
9/15

4

翌朝、昨日目覚めた時と同じくらい早朝の事だった。


「カゲルくん」


と、玄関の方から声がして扉を叩く音が続く。

ベッドの上で一瞬、夢か聞き間違えかと思った。

それを否定するように扉をノックする音がうっすらと目を開け体を起こして尚、続く。嘘だろ、と思いつつ走って扉を開けた。


「こんな朝早くからごめんね。朝食持ってきたし眠いならまだ寝てて良いよ」


そう言いながら扉の前に黒いドレスを着て髪を上の方で結って丸めたヒカリがいた。

手には皮で作られた大きめの鞄を持っている。

俺はそんなヒカリの姿に扉を押さえたままポカンとしていた。


「…迷惑だった?」


ヒカリは俺の本当に起きたばかりの姿を見てか、少し寂しそうな顔をしながらそう言った。

もちろん、会えたのは嬉しい。ただまさか昨日からこんなにも早く再開するとは思わなかった。


「大丈夫。起きる」


俺はそう言ってから背を逸らし手をグーッと天井に向けて伸ばす。体に電流が走ったような感覚が起こる。


「おはよう」


「おはよう、カゲル、髪すごいよ?」


そう言ってヒカリは少し笑いながら鞄からヘアブラシを取り出した。

俺はそれを受け取り髪に当てつつ自室へと戻る。ガシガシと髪に櫛を入れながら「今日もどっか行く?」とヒカリに聞いた。髪が櫛に絡まり痛い。


「どこか行きたいところあるの?」


俺は「うーん」と唸る。ヒカリと一緒に行きたい所はまだまだあったけれど、今日は少しゆっくりしたい気分だった。昨日たくさん歩いたせいかもしれない。

ヒカリにはそのまま「今日はゆっくりしたい気分かな」と伝えた。


「うん。わかった。ご飯食べる?」


食べようかな、と応え水差しからコップに移して水を飲んだ。その後、窓を開けに向かう。開けた途端にフワリ、と涼しい風が部屋へと入ってきた。窓の外を見上げると水色の空に端を赤く滲ませた雲が浮かんでいる。


「いい風だね」


そう言いながらヒカリが窓の方へとやってくる。

手には水筒と紙袋を持っていた。


「はい、これ。コーヒーと朝食。足りなかったら市場に買いに行こうね」


俺はありがとう、と言いつつヒカリから朝食を受け取る。白いパンに胡椒のかかった焼けた肉と目玉焼きが載った朝食だ。それからまだ暖かいコーヒーをコップに移した後、窓の縁に手を置いて外を眺めた。


「朝から豪勢だね」


「せっかくだから」


そんな話をしながらコーヒーを片手に二人で早朝の街をしばらく眺めた。家々の屋根が光って見えるし白い壁は一層白く輝いて見える。そんな朝だった。

それから二人でダラダラと話しながら朝食を食べ終えた。その後、俺は絵の続きを描いていた。しばらくヒカリはそれを眺めていたけれど飽きたのだろう。鞄から本を取り出してベッドで読んで過ごしていた。


「昼食買いに行こうか」


昼過ぎ頃になり俺は椅子から立ち上がってそう声をかけた。ヒカリは真剣な表情で本を読んでいて、声をかけるとハッと顔を上げた後「ちょっと待って」と言って鞄の方へと向かった。


「これを着なさいって」


ヒカリが身に纏っているのは頭をすっぽりと隠す茶色のフード付きの上着だ。騎士団団長の娘が街を歩いている事がバレるのはまずいらしい。身代金目当ての誘拐なども起こりかねない。用心に越したことはなかった。


「行こっか」


そう言ってヒカリはスルリと腕に手を回す。側から見れば仲のいい夫婦に見えるかもしれない。

そんなありもしない未来を考えて少し寂しくなった。

ーーもし、ヒカリが何でもない生まれだったら。

…きっと領主が目をつけて終わりだな、と悲しい結論が出る。

だったら俺は今、隣にヒカリがいるこの瞬間を楽しむしかなかった。


そこから俺たちは酒を飲んでいないのにも関わらず酔ったようだった。実際、服屋の店主から「こんな昼間っから飲んでるのか?」と聞かれて、二人でキョトンとしながら顔を見合わせた後、笑い飛ばした。俺たちは手を繋いだまま子供みたいに町中を駆け回った。


「見て見て!結構変わってるね」


ヒカリが指座す先には城壁と門があった。壁の周りにあったはずの石畳の道路のはもう見えない。その上に石が敷き詰められているからだ。上を歩けば転けそうだ。

城壁の上にも木箱が積まれていて門の辺りも杭と壁が置かれていた。

多分、あの日の城壁も同じように変わっている。俺たちはどうやら知らないうちに随分と街の中心から離れたようだ。


「ゴブリン対策か。すげぇな」


「私たちが休んでるうちに頑張ってくれたんだね」


「ほんとっ長いこと休んですいませーん!」


「ごめんなさーい」


二人でそう言って笑いながら城壁から街の中心の方へと引き返す。

その後、花屋へ寄ってお互いに花を渡し合い、市場へと向かい蜂蜜がたっぷり染みたワッフルに舌鼓を打った。


「美味しー!」


「あっまーい」


俺は「なんて贅沢な」とわざとらしく言ってそれに隣でヒカリが笑っていた。

ふと、懐かしい香りがして俺は何気なく足を止めて周りを見渡した。


「あ…」


近くの店で甘い香りを漂わせた野菜のパイが売られていた。店頭には湯気の立つ茶色のパイが並んでいて、フラリと近寄った。


「これ美味しいよね」


そうヒカリが隣で言って俺はあぁ、と頷いた。


「まぁな。ただ帰ってきたら食い飽きるくらい買えるさ」


「あぁ給料、比べものにならない位高いしよ」


そんな懐かしい会話が店の前に立った時、ふと脳裏に浮かぶ。そうだな…だけど二人が居なくなったら何の意味もないだろ。ジッとひとつのパイを見つめていると、じんわりと鼻先が濡れていくのがわかった。


「カゲル?」


と、隣から朝会った時と同じような声色が聞こえてくる。この数時間、そんな声がヒカリから出せる事すら忘れていた。


「ごめん。ちょっとね」


ヒカリはそれ以上特に聞いてくる事なく、うん、とだけ言って俺の背中を摩った。

小さく長く息を吐き、うっすらと濡れていた目を指で拭う。摩られているから背中はじんわりと暖かい気がした。


「これください」


俺は鼻を軽く啜りパイを一つ指差しながら女将さんに声をかける。


「じゃあ私も同じのを」


「あいよ!」


そう言ってテキパキとパイを袋に詰める。渡す時に「新婚さん?仲がいいねぇ。羨ましいわぁ」と言われ、俺は軽く笑いながら「どうも」と頭を下げた。ヒカリは笑って流すかと思ったけれど見ると俯いたまま黙っていた。フードで隠れているがうっすらと微笑んだ口元だけは見えた。


「家、戻ろっか」


そう言った後、買ったパイを頬張りながら俺たちは家への帰路についた。


「久々に食べたけど本当にこのパイ美味しいね」


「10個は食えるな」


「それは食べ過ぎじゃない?」


「流石に無理か」


そんないつも通りくだらない会話をして笑いあった。

自分の家に着き、俺はいつも通り出る時に締めた窓を開けに向かう途中だった。


「カゲル」


と、背後から声がして背中に人肌の熱が伝わってきた。

俺は後ろに振り返ろうとして途中でやめた。その代わり前の方に伸びてきた白い腕をそっと握る。

しばらくそうした後、「行きますよー」と窓の方までゆっくりと歩く。歩いていると背後から一緒について来ているヒカリのンフフフと上機嫌な笑い声が聞こえてきた。

窓を開けるとまだ暗くはなっていないものの太陽が少し傾いている。


「ちょっと休憩」


そう言って俺はヒカリの腕を外しベッドへと倒れ込んだ。


「結構歩いたもんね」


と、言いながらヒカリもベッドの縁に腰掛ける。その後、ベッドで倒れている俺の胸に頬をつけて体を倒した。なんだか少しくすぐったい。


「眠い」


「寝るか」


そんな短い会話をした後、俺はストンと眠りに落ちた。

目が覚めると部屋はぼんやりと明るかった。開いたままの窓から夕暮れの空が見える。


「起きた?」


と、先に起きていたヒカリがベッドに腰掛けたまま振り返りそう言った。

俺はあぁ、と返事をしながらヒカリの背中に抱きつき額をヒカリの首元に置いた。ヒカリから甘い香りがする。瞼が重く、まだ眠い。目を瞑ったまましばらくそうしていた。


「毎日、こんな日が続けばいいのに」


「本当にね」


そう言って俺は首元から額を離して立ち上がりキャンバスの前にある椅子に座った。今日も楽しかった、と俺が言う。


「いっぱい笑ったね」


と、ヒカリは小さく笑っている。

俺も少し笑って頷いた。


「今日、俺たちは世界中で誰よりも笑ってるかも」


「それくらい笑ったね。本当…楽しかった」


「楽しかったって…」


俺はそこで言い淀んだ。なんだか楽しい日々が終わるような言い方で、ヒカリの表情もどこか暗い。

俺は明日も休みだ。明日ヒカリには何か仕事があるのかもしれない。それでも小さな時間を見つけて二人で過ごせばいい。そしたらきっと今日みたいに笑えるはずで…


「きっとこの幸せはいつか終わる」


「それは…」


そうだけど、と言いかけてグッと喉の奥に押し込んだ。ヒカリの血はどこまで言っても騎士団団長の娘であり、それは切ることのできない縛りだ。騎士団団長と繋がりを持ちたい多くの人達がヒカリとの婚約を持ちかけるだろう。いずれ断ることのできない条件が出されるかもしれない。ヒカリが求婚を躱し続ける事に疲れるかもしれない。


「じゃあ逃げよっか。二人で」


それもヒカリとならば悪く無かった。

だけど、今逃げるという事は…パイを売っていた女将さんもガラス工房の職人さんも教会の方も多くの学友も見捨てる事になる。逃げる道中、俺たちが逃げたせいでゴブリンに襲われているかもしれない、と考えながら過ごす。それは俺たちが望んだ未来なのだろうか。

しばらく二人の間に沈黙が続く。


「私たちは騎士だよ」


そう言いながらヒカリは曖昧に微笑み首を横に小さく振った。

俺はその決断に小さく無言で頷く。きっとその未来では今日のようには笑えない。

突然「カゲル」と名前を呼ばれる。ヒカリの輝く水色の目がこちらを真っ直ぐ見ていた。


「ん?」


「この前、好きって言ってくれてありがとう」


俺は突然のことで目を丸くする。咄嗟に「ん、あぁ」と曖昧な返事が出た。


「私も好き。本当は昨日言いたかったんだけど」


「そっか、嬉しいよ。本当に」


そう言いながら俺は何度も頷いた。胸の辺りが熱くなっていく。やがてうっすらと自分の口角が上がっているのが分かる。


「血が二人を別つまで一緒に居ようね」


そう言ってヒカリは照れ臭そうに笑った。


「血に別たれないよう貴族から守れるくらいの男になるよ」


「ならなくていいから…カゲルに生きてて…欲しい」


そう言ってヒカリは首を小さく横に振る。その表情は今にも泣き出しそうで、俺は慌てて椅子から立ち上がりヒカリを正面から抱きしめた。過去のことを思い出したのかもしれない。


「ありがとう。もう帰らなくちゃ」


しばらくそうしていた後、離れていくヒカリに俺は頷き、その後一緒に持って来たものを鞄へとしまい屋敷の近くまで送った。


「じゃあまた明日」


ヒカリが手を振って屋敷の中へと入っていったのを見てから家に帰り眠りについた。昼間に少し寝ていたけれどぐっすりと眠れた。そんな俺が翌朝、飛び起きるほど扉を激しく叩く音が聞こえて来た。


「何事ですか」


そう言って扉を開けると軍服を着た人がいて「カゲルだな、着替えてすぐに詰所へ行くように、仕事だ」と言われた。どうやら先輩の騎士たちは一軒一軒家を回っているようでそれしか伝えられなかった。俺は訳もわからず言われるがまま詰所へと走る。

やってきた詰所で上官から知らされたのは援軍は来ない事、そして国王からこの都市を死守せよ、撤退は国家に対する反逆である、との命令が降ったと言うことだった。俺はそんな命令に唖然とする。俺たちに国王は死ねと言っているのか。表面上では平静を装いつつ奥歯を強く噛み締める。ついギリリと音が鳴っていた。

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