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その光に泣く時  作者: 夏草枯々
二章 血が二人を別つまで
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2

「やぁやぁカイくん」


俺は聞こえてきた声の方を向く。

細い目をした男がこちらに手を振りながらやってきた。来ている服は黒く質感に高級感がある。見るに教会の人間だろう。

カイちゃんはそんな彼に「お、来たか」と言って軽く手を上げた。


「知っていますか?今、都市に残る人を数えているそうです。本格的な防衛戦の準備ですよ、これは」


彼は人差し指を立てながらスラスラと話した。

やはり教会で教えを説いているだけあって話し方がどこか堂に入っている。


「あっ失礼しました。お話し中で?」


そう言いながら彼は薄い笑みを浮かべカイちゃんと俺を交互に見た。

俺は首を横に振って「いや、大丈夫。この後仕事?」とカイちゃんに聞く。


「あぁ、教会の意向を知りたくてな。わざわざ来てもらった」


予想通り教会の人間らしい。それからカイちゃんが彼を紹介してくれた。

俺も軽く挨拶する。


「えぇ都市の緊急事態ですからね。教会も騎士様と手を取り合ってこの困難を乗り越えましょう」


俺の挨拶にそう答え彼は何度も小さく首を縦に振った。


「あれ?君、たまに教会に来ていないかい?絵を見ていただろう?」


男の目が若干開いて俺を見た。

俺は「えぇまぁ」と軽く頷き濁す。確かに何度も教会には行ったけれど、覚えられると若干、気恥ずかしいものだ。


「まぁ、ごゆっくり。私たちはもっぱら神の奇跡。その再現の研究をしていますから。貴重な寄付をありがとうございます」


そう言って男は深々と頭を下げた。


「いえ」


俺も好きで見ているだけだ。仕事の邪魔をするつもりはない。

カイちゃんは「実際どうだ、魔法の研究の具合は」と腕を組んで聞いた。


「各地で素晴らしい研究の成果が聞こえてきます。何やら過去の遺物や、古びた神殿なんかが関連しているそうです。そういえば簡易祭壇無しで魔法が成功したとの報告もありました。えぇすごい事です」


カイちゃんは「そうか」と頷く。


「魔法…ね。ゴブリンを消し飛ばす魔法なんてものはありませんか?」


「ありませんねぇ。いつだって神の試練は人の手で解決するものですから」


彼は相変わらず薄い笑みを浮かべながら言った。


「まぁ今回は少し試練、過酷すぎますけどね」


彼が戯けるようにして言ったので俺もハッと鼻で笑い「本当に」と頷いた。


「この未曾有の災害でここが棺桶になるか箱舟になるかはいつも上次第です」


彼はそう言いながら天井に向けて指を立てている。

そんな時、作戦指令室から彼を呼ぶ声がして彼は「はい。すぐに」と言いながら走って向かった。

俺は部屋へと入っていく彼を見送りつつ「上ね」と繰り返す。彼の立場的に上は神様なのだろうが、俺の立場からすれば領主の顔が思い浮かんだ。


「あいつじゃないけどさ、騎士はいつだって上の奴隷だよ。戦えと言われたら戦うしかない」


カイちゃんは苦々しい表情で吐き捨てるように言った。俺は「そうだな」と頷く。

その後、カイちゃんも彼と同じようにまだ仕事が作戦司令室にあるらしい。俺は特にないのでカイちゃんを見送ってから町をぶらぶらしてゆっくり家に帰るつもりだった。

ふと扉に手をかけていたカイちゃんが振り返り


「当分忙しくなりそうだけど落ち着いたらまたみんなで飲もうよ」


俺は何気なく「はーい」と返事をして騎士団の詰所から出た。それからどこに寄ろうかと考えて、せっかくだから騎士の発表がされているらしい広場へと向かう事にした。


向かった広場には前からあった掲示板の他にさらに二つの掲示板が立っていた。

片方の掲示板の前では笑いながら飛び跳ね騒ぐ軍服を着た人がいて、もう片方の掲示板の前には人が居なかった。

とりあえず俺も恐らく騎士団の見習い期間を修了した人々が集まっている掲示板の方へと向かう。


「カゲル…」


俺の名前は先に聞いていた通り、あった。やはり何度見ても喜びより今後の不安の方が勝る。青い空の下、喜ぶ集団の中で一人だけ影が差し込んでいた。

そんな時、新しく後ろから来た軍服姿の青年と肩がぶつかった。彼は笑顔のまま「すいません」と軽く頭を下げて掲示板に視線を向ける。

ーーここに相応しくないんだ。

俺は人混みの間を縫うようにしてもう一つの掲示板の方へと向かう。


「あ」


その掲示板は新兵になったあの日からゴブリンによる村襲撃までに出た戦死者を記載していた。初めの犠牲者である彼の名前が一番上にある。

淡々と名前と日時だけが掲示板に記されている。表の一番上に戦死者の総数が大きく掲げられていた。結局俺たちは上にとって数字なのだと示されている気がしてため息が出た。

それから順に戦死者の名前を追っていく。同じ野営地で過ごし仲間達だけあって俺は何人もの知り合いの名前を見つけた。

ふと、一つの名前に目が止まる。さらにその下にあった名前も同時に捉えた。言葉に詰まった。ただカッと熱くなる目頭を慌てて強く指で抑える。強く食いしばった歯が震え、その隙間から不自然に息を吸う音がする。体がその場で引き裂かれそうな気がした。

そこにあった名前はあの日、最高に笑った友人二人のものだった。


「カゲルは騎士団に入ったら参謀って感じがするよな」


学校の長い机、前の席から振り返り友達はそう言った。

俺は「チェスのイメージだけじゃねぇか」と鼻で笑う。


「確かに、参謀は無理か。馬鹿だしな」


「そこまでは言わなくていいだろ」


友達は笑いながら「ごめん、ごめん」と言った。俺も笑う。


「で、俺は馬で先陣切って突撃する方だな」


「じゃあ俺もその後を追うから」


前の席で座っている友人二人が先に突撃するらしい。

俺は確かその時「いいじゃん。俺は参謀だから後ろから指示出して見守ってるよ」と言って頷いた。

ーー勝手に突撃してんじゃねぇよ。


「俺は騎士だー!」


背後から突然、そんな叫び声が聞こえてきた。俺は抑えて尚、溢れてくる涙を腕で強く拭う。その後、振り返った。掲示板の前では相変わらず軍服姿の人々が浮かれて騒いでいる。ギリリ、と歯が擦れる音がする。俺は掲示板に背を向けて駆け出した。そうしなければあの集団に食ってかかりそうだ。

走れば走るほどに嗚咽と涙が溢れてくる。どうしてあいつらなんだ、と見上げた空は嫌味なくらい青い。


「…ここ」


俺はノソノソと階段を上がってたどり着いていた城壁の上で(うずくま)った。

瞑った目から涙が溢れて落ちる。拳で強くレンガを叩いた。ゴブリンが憎くて憎くて堪らない。クッソォ、と震えた声で(なげ)く。あの日の笑顔はもう二度と見れないものになってしまった。頭にはずっと彼らとの思い出が巡る。それがこんな形で終わるなんて。額をレンガに擦り顔を振る。今でも信じられない。

その後もずっとスンスンと鼻を鳴らしながら蹲り続けた。

しばらくして日が落ちてきて篝火に火を灯しに回る騎士団の先輩が俺の横を通り過ぎる。そこでようやくゆっくりと立ち上がり城壁に体を預けて手を暗闇に垂らす。息を吐くと胸の辺りが震えていた。ちょうど鼻を啜った時、背後から「これ使いな」と声をかけられ見ると先程通った騎士団の先輩が水差しを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


先輩は視線を逸らし無言で頷く。

顔を洗って水差しを返す。そのまま先輩は水差しを受け取って去っていった。

城壁に尻と手をつき足を伸ばして座り夜空を見上げた。どこかで聞いた神話には戦いの神が空に英雄を集めているらしい。死んでいった仲間たちが神の軍勢に加わり光りながら空の上から見守ってくれるというものだ。あいつらも見守ってくれているのだろうか。

俺はそんなことしなくていいからさ、と大きくため息を吐き出した。


「他にもいるんだろうな」


あの掲示板を見てあの場から離れた人がきっといる。

ふと、ヒカリが教会で言っていた言葉を思い出した。


「全くだ」


今になって分かった。その言葉の重さ。

ヒカリはどれだけの別れを経験したのだろうか。

立ち上がってまた城壁に腕を乗せて今度は街の方を見た。家々に淡く白い灯りがついていて、そこではきっとそれぞれの生活を送っている。


「寂しい…ねぇ」


視線を壁の真下に落とす。暗い石畳の道が家の漏れ出た灯りに照らされて見える。

そのまま魂が抜け出していきそうなため息を吐き出した。


「…明日」


そんな言葉と共にヒカリの顔を思い出す。

壁に手をついてグーッと腕を伸ばした。早く帰ろう。そして寝よう。


「カゲル!」


「え」


目を丸くして声のした方向を見る。

ヒカリが光沢のある青色の肩口まで大きく空いたドレスを身に纏い笑いながらこちらに手を振っていた。今日は髪も後ろで束ねられ丸く纏まっている。ドレスに付けられたレースが篝火に照らされ輝いていた。

俺は思わず駆け出していた。

ヒカリが手を広げている。俺は走り寄って手を広げるヒカリを抱え少し背を反って勢いに任せ回った。顔をヒカリの鎖骨に(うず)める。回りながらヒカリが「わー!」と声を出す。俺たちに煽られて篝火が火の粉を上げ大きく揺らぐ。その後、星空の下でしばらく額を合わせて意味もなく微笑んだ。


「どうしたの?」


「探した!これを見せたくて」


そう言ってヒカリはドレスの縁を上げて揺らす。青いシルクの上にレースで多彩な装飾が行われている。


「すごく綺麗だ」


俺はドレスを見ながら思ったことをそのまま口にした。

ヒカリが「んふっ」と小さく笑う。俺が顔を上げると「ありがとう」と少し顔を逸らしニヤケながら言った。


「探したにしてもよく見つけたね。相当歩き回ったんじゃない?」


ドレェスダンスはかなり広い。その中で俺を見つけ出すのは至難の技な気がした。

そんな疑問にヒカリは横に首を振りながら「教会を見に行って、その後城壁に来たからそんなに大変じゃなかったよ」と言った。

俺は一度瞬きをした後「俺の居そうなところを探したのか」と頷く。


「流石に家は知らなかったから。ここにカゲルがいなければ帰ろうと思ってたけど会えて良かった」


「家は教えるよ。いつでも来ていいし」


ヒカリは「良いの?」と言って首を傾げる。

俺は茶化した調子で「良いよ。家にいるかは保証しないけど」と言う。


「昼間は多分、騎士団の仕事になると思うし」


「それは私も一緒。騎士団、当分は忙しそうだね」


俺は頷く。騎士団は当分かかりきりで籠城戦の準備だ。

ヒカリが「でも」と言って表情を明るくする。


「当分私も籠城の準備が主な仕事内容になるから」


「じゃあ一緒に仕事する事になるかもね」


「うん」


そんな時だった。グゥと俺の腹が鳴る。

俺は腹を摩りながら「そういえば今日何も食べてなかった」と呟いた。


「どっか空いてるお店に行く?」


「そうしよう」


その後、俺たちは近場の酒場に寄った。

扉を潜り席に向かう中で気づいたがヒカリの格好は大衆酒場ではとても浮いていた。俺はそんな人と共にいれる事が少しだけ自慢に思う。

お腹が空いていたのでお酒もあまり飲まず飯ばかり頼む俺とは対照的にヒカリは酒場に入ってからスルスルとお酒ばかりを飲んでいた。ヒカリの食べたものと言えば俺の食べていたご飯を摘んだ位だ。

途中、大丈夫か、と眉を顰めたもののヒカリがあまりに美味しそうに飲むので心配するのも野暮かと俺も同じように合わせて飲んでみた。


「結局、今日のお見合いはどうだったの?」


それまでご飯に集中して話に受け身だった俺はある程度腹が膨れたのでそう話題を振ってみる。

ヒカリは顔をクシャリと顰め「本当に最悪だった」と言った。


「ずっと喋り続てるの、それも自慢話ばっかりだし。私はニコニコ聞いてるだけ」


「可愛い子が来ておじさん、張り切っちゃったか」


実際、おじさんかどうか俺は知らないけど。

まぁどちらかと言えば話していたい方のヒカリとは相性が悪かったのだろう。

お酒が入ったせいか、舌が滑らかになったようだ。確かに酔っているようで少しヒカリの顔が赤い。


「途中からお相手の方、お酒入っちゃって「手ぇすっごく綺麗だね」とか言い出して触ってんの。綺麗だからって触るな!」


俺はクックッと喉を鳴らして笑い「大変だったね」と頷いた。

「それにぃ」と続けヒカリはしばらくこの三日間の話をした。会合から始まりあまり楽しい日々では無かったらしい。随分と愚痴が溜まっていた。


「カゲルは何してたの?」


と、聞かれ真っ先に友達の顔が頭をよぎった。ただお互いの雰囲気は明るいものだったし、俺もここで悲しい話をしたい気分では無い。俺は記憶から楽しかった思い出を探した。幸いヒカリは俺のくだらない冗談にもケラケラと笑った。笑い合っているうちにいつの間にか間に店を閉めるからと言われるような時間になっていた。


俺は不安定な足取りでそのまま家に帰る。

その間、ヒカリとは酒場と変わらない調子で喋り笑い合った。変な駆け引きもなく自然とそうなっていた。


「やばい。水」


自分の家の壁に手をつきながら水差しの元へと進む。

背後から「お邪魔しまーす」とヒカリの声がする。


「明日、行けるからぁガラス工房ー」


「まぁ大体やってるしいつでも大丈夫でしょ」


そう言って俺は水差しを取ってコップに移した。頭の中は色々なことが混ざり合って混乱していた。とりあえずとベットに手をついて座る。


「カゲルの部屋だ」


ヒカリは初めて軽業師を見たような調子で俺の部屋を見ていた。それを俺は水を飲みながら見る。

と、言ってもこの部屋にあるのは描きかけの絵くらいだ。ヒカリはしばらく絵を見た後、隣に座った。驚いたのはその後、ヒカリが服の裾を引っ張ってきた事だった。

引かれるがまま、なんてそんな強く引っ張られていないけれど俺は顔を向けて潤んだ水色の目を見つめる。俺は体の奥から湧き出てくる流れに身を任せてそのまま体を倒しキスをした。

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