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俺が異変に気がついたのは魔法を見たあの日から一週間が経った日のことだ。
最近はずっと業務の合間に医療用テントの外で救護の手伝いをしていた。救護班の人員が怪我人に対して常に不足している。
「カゲル、最近休んでないだろ。休憩入って良いよ。今のところ人手はあるし」
救護班の仲間からそう声をかけられて、俺は手を止めて顔を上げた。
ここのところの睡眠時間はどれも一時間とかそこらだ。毎晩、ゴブリンどもが野営地に襲撃してくる。恐らく今日も来るだろう。
額に流れた汗を拭いながら「本当、休んでないね」と呟いた。
「まぁどうせまた呼び出されるだろうけどな」
「だな」
せっかく久々に時間ができたので俺は村に向かった。眠ろうかとも考えたけれどどうせ起こされるのなら体を動かして起きていた方が楽だと判断した。
曇り空の下、久々にやってきた村は静かだった。いつも聞こえた子供の騒ぐ声や酔っ払いの怒号は無く、村の広場には腰の曲がった老人が椅子に座りジッと地面を眺めていた。あまりに静かすぎて土を踏みしめる音が聞こえてくるほどだ。
少し前まで騎士団の人間で繁盛していた店のどれもこれもが戸締まりをしていた。店の中に人の気配は無い。ヒカリとよくチェスをした酒場の前に立って声をかけ扉を何度、叩いても返事が返ってくることはなかった。
「…何があったんだ?」
俺は扉に拳を置いたままそう呟く。
村人がいない理由は分かる。ゴブリンどもが来ているから逃げるように騎士団から言われている。ただそれにしても人が少なすぎないか、と首を傾げた時、背後からガタガタと音がした。振り返ると村人が馬に荷車を引かせている。荷車には雑貨や家具が載っていた。
「引越しですか」
俺は近寄ってそう聞いてみる。
村人は俺を見ると笑顔を作り頷いた。
「あぁ騎士様、はい。村はもう危ないと勧告が出されましたのでまだ道が使えるうちに西の国の都市へ引っ越そうと思いまして」
「西の国…といえば最近の統治は迷走していると聞いたが」
俺はそう言って頭の中で地図を思い浮かべる。
位置関係で言えば国境を越えるより我が国で二番目にデカい都市の方がここからならば近い。西の国よりも我が国は栄えているし習慣や文化も同じだ。お金の種類も違うため両替の手数料だっている。
まぁ統治の迷走は我が国も同じではあるけれど。
「それでも、です」
そう言った村人に真っ直ぐ目を見て返された。
俺はその気持ちに頷き「無事を祈っている」と言った。
「えぇ、騎士様もご無事で」
ご無事…か。
俺は村人の言った言葉を復唱しながら灰色の空を眺めた。肌にはじんわりと湿気を感じる。もうすぐ雨が降りそうだ。
その後、野営地に戻るか迷ったものの俺は本隊の野営地に向かうことにした。ヒカリにまた会おうと約束をしたかった。あの酒場が無くなったら俺にはどこで待ち合わせをすればいいか分からない。いや、単純に一眼見たかっただけだったのかもしれない。
「え」
道中、一匹だったがゴブリンと遭遇するという事態が起きた。目を疑ったが確かにそいつは木の皮を剥いで口に詰めていた。変に膨らんだ腹、細い手足。いつもの飢餓状態にあるゴブリンだ。俺を見るや飛び掛かってきたものの慣れた動きで切り裂いた。ふと去っていった村人の事を思い出して村の方へ振り返る。見えるわけもなく暗くなっていく空を見上げつつ先を急いだ。
「嘘だろ」
本隊の野営地があった場所になんとか辿りついて、俺はそう声を出して目を疑った。そこには何もなかったからだ。
囲われていた柵はなくなり堀は軽く埋め立てられちょっとした凹みが続いている。テントは一つも無かった。最近までいた痕跡はある。焚き火の後や馬の糞がそうだ。俺が魔法を見た場所に生えていた木も見つけた。ただ本隊の先輩騎士達やその他馬や犬は居なくなっていた。
「…ヒカリ」
俺は本隊の野営地後で立ち尽くし地面を見ながら呟いた。
ふと肩に何かが当たり、やがて頭、鼻先とその感触は起こった。雨だ、と空を見上げる。雨の匂いが香り、サーッと地面を打つ音がした。
俺は走って自分達の野営地に戻る。道中鼻を啜った。涙は出ていただろうか。俺には雨に混じって分からない。ただ心に穴が空いた気分だった。
「結局の所、俺たちは置いていかれたのかね」
野営地に戻り体を拭いてからテントの中で友達に先程のことを話した。
俺は「どうだろう、置いていく意味がないと思うけれど」と口にする。
「捨て駒とか?」
「それはやりすぎな気がする。まだゴブリンの食糧として生贄の方が納得がいくけどな」
「いかねぇよ!」
友達はそう口調荒くし机を叩いて言った。
俺も「そりゃそうだ」と頷く。ただ心のどこかで俺の知らない何かがあるのだろう、という漠然とした予想があった。
ふとチュチュ、と声がしてテントに入ってこちらを見つめる灰色のネズミがいた。ネズミは不吉だ。騎士団でもネズミ対策に戦場へわざわざ犬を連れて行くほど嫌われている。
「雨で逃げてきたのか」
ネズミは俺たちに気がついていないのか、堂々と両足で立って濡れた毛を手で拭っている。
街で見かければ気色悪かったネズミもここの野営地で暮らすうちにすっかり見慣れてしまった。ベットやバックの中、机の下、至る所で目にするからだ。
「失せろ!」
友達が声を荒げながら立ち上がって剣を振りネズミを追い払う。
「そんな事したら夜中に噛まれるぞ」
「じゃあ切っておくべきだったな」
フッと鼻で笑った時、あくびが出る。
「今日もまた眠れないのかな」
「今日こそは、ゆっくり寝たいぞ」
そう言って友達も同じようにあくびを噛み殺した。
ただその日の夜は少し違った。
突然、村がゴブリンに襲われたとの知らせが野営地に届いたのだ。村が襲われるのは初めてだった。夜中に起こされた俺たちは武器を持って兎も角村に向かって走った。周りを見ると皆口々に何があったのか、村は今どのような状況なのか、と近くにいる人に聞いている。ただ聞かれた人も「分からない」と首を横に振った。この先に何があるのか誰もわからない真っ暗闇の中、それぞれの持っているランプを頼りに走った。
「うわああああああ!!」
俺の近くから突然そんな声がしてランプを向ける。黄色く光る目がこちらを見ていた。倒れた仲間に喰らいつく数匹のゴブリンの背中も同時に照らされる。俺はすぐさま剣を振った。周りの人も仲間に噛み付くゴブリンを蹴り飛ばし急いで倒れていた仲間を道のほうに引きずる。
「大丈夫か!?」
剣を構えた俺の背後からそんな必死な声が聞こえてくる。その声に返事は無かった。俺は逃げ出すゴブリンの背に剣を突き立てる。その後、肩で息をしながらランプで照らし辺りを見渡した。大丈夫そうだ。辺りにゴブリンは見えない。
振り返ると仲間の腹には恐らく人間が生きるために必要な所が喰われていた。軍服が赤黒く染まっている。その仲間の元で蹲り泣いている仲間がいて恐らく同じチームのメンバーだったのだろう、となんとなく悟った。
「行こう」
誰かがそう言って俺は自然と頷き村へ向かった。
近づくと村は明るく見えた。燃えているのだ。雨に打たれ炎に照らされた白い煙なのか湯気なのかを吐きながら燃える村。
誰もがそれを見て一度立ち尽くし口を開けた。俺も例外ではなくしばらく呆然と赤く染まった村の姿を見ていた。
「行くぞ!」
誰かがそう叫び、俺もハッと顔を上げて再び走る。
村に近づくとすぐにゴブリンとの混戦が始まった。焼け落ちた黒い家屋の中、燻っている瓦礫の影、そんなあらゆる物陰からゴブリンが飛びかかってくる。
雨の打つ音の中、水を跳ね上げる足音と叫び声が村のあちこちで起こっていた。吐き気を催す肉の焼ける匂いと生暖かい火の熱を頬で感じながら俺は剣を振る。
一匹また一匹と屠っていく。戦果だ。
「もっと…早く貴族になるために」
ここで俺がグンと戦果を伸ばせば新兵達の中で一番も目指せる位置にいる。
次々に襲いかかってくるゴブリンを狩りながら俺は辺りを見渡した。
数匹のゴブリンが周りの狂騒に目もくれず倒れた馬を食らっているのが見える。こいつらは楽に狩れるだろう。その周りにも数匹の通常通りのゴブリンが見えるので、まずは周りのゴブリン共から処理をする。俺は剣を構えて駆け出す。
ちょうど同じタイミングで物陰から新兵が走ってきた。俺は走りながら新兵の顔を見る。それからアッと声が出た。
「カゲルか。伸ばすぞ」
友人だった。同じように走りながら俺の方へ視線を向けている。
「あぁ今回の騒動で戦果一位を狙うから」
いや、俺が一位だ、と言って友達はニヤリと笑い、大きく踏み込んでゴブリンを切り裂いた。
「勝手に二人で競ってろ。俺はゴブリンの襲撃から村を救った英雄として名前を轟かせるからよッと!」
あの最高に楽しかった夜を共にしたもう一人の友人が俺の前にいたゴブリンを切り裂きながら合流してくる。
「俺の戦果!」
俺は声を荒げて抗議する。あいつは平然と「早いもん勝ちだろ」と鼻で笑う。
「英雄…か。確かに!おい!天才だろ!」
鼻息を荒くしながら隣を走るあいつが叫ぶ。俺は興奮しすぎだろ、と苦笑いを浮かべた。そういえば前にも「俺たちは明日から英雄だぞ!」って叫んでたな。そんな昔でもないのに街を思い出すだけで、もう懐かしい。
そんな事を考えながらこれだけ俺たちが騒いで尚、馬に群がるゴブリン共を一匹残らず始末した。
その後、俺はそれぞれのゴブリンを追う為、二人から別れた。そちらの方がより戦果が稼げるはずだ。
「騎士様」
崩れかけの家屋の前を通り過ぎた時、しわがれた声が聞こえてきて耳を疑った。家屋の窓の小さな隙間から目が見える。一瞬、幽霊か何かに見えてビクッと体が跳ねた。
「窓が開きません。助けてください」
そう言って中からガタガタと木製の窓を揺らしている。
「あぁはい。離れてください」
俺は近くにあった瓦礫を掴み留め具を破壊し窓を開く。
その窓から村人が出てきた。
「ありがとうございました。助かりました」
そう言って腰の曲がった老婆は村の出入り口の方へと歩き出した。
流石に無茶だ。ゴブリン共はまだ村の中に残っている。
「戦果、なんていってる場合じゃないよな」
俺はクシャリと頭を掻いてから村人に話しかけた。
俺は村人を背負ったまま村の外へと向かう。道中やはりゴブリンに絡まれ片手でなんとか斬り払いながら走った。
「あ」
村人を背負っていると仲間の騎士に「こっちだ」と村のはずれまで案内される。そこは城塞都市ドレェスダンスに続く道の途中で、柵に囲われた小さな陣地が構築されていた。最近までこんな所にこんなものは無かったはずだ。
中に入るとすぐに「村人の護送はこっちだ!」と声をかけられる。俺はそこにいた担当の人に背負っていた村の人を預けた。
「騎士様、ありがとうございます。大変、助かりました」
すぐに剣を握りしめて出て行こうとする俺の背後から声がかけられた。
その言葉で立ち止まる。戦場とは遠い場所にある礼儀。日常では当たり前のそれを俺は忘れかけていた。俺の頭はただ一点、ゴブリンを狩る事だけに支配されていたらしい。いつからこうなったんだ。
振り返ると手を合わせて拝まれた。
「いえ、私はこれで。後は担当の人が引き継ぎますので」
なんとか笑顔を作りお辞儀をする。
ふと、そこでやってきた担当の人が新兵ではない事に気がついた。恐らく本隊の人だ。
本隊なら、と俺はすぐに辺りを見渡した。目的はただ一人、ヒカリを探す。けれど結局ヒカリの姿はその陣地を軽く歩き回っても見当たらなかった。
しばらく歩いてから俺は立ち止まりため息をつく。
陣地で俺を憂鬱にしたのはヒカリが見当たらなかった事ともう一つ。
怪我をしていないにも関わらず休んでいる新兵の多さだ。地面にしゃがみ込んで、剣を抱えたまま項垂れている。
そうやっているうちにあの日、夢見た英雄への道が遠ざかっているというのに。
俺はそんな彼らから目を逸らして再び村へと戻った。
「うああああああ!」
村について早々、両手を一匹ずつゴブリンに噛みつかれ、生きたまま食われそうになっていた騎士が叫んでいるのを目にした。
村はあれ以上ないと思っていた惨状からさらに悪化していた。いつだって現実は俺の想像を超えて残酷らしい。
剣を振り、彼に喰らい付いたゴブリンを切り離す。
「ああ!ああ!ああ!」
ボロボロになった両手を見て彼は何度も叫ぶ。
そんな彼に俺は呆気に取られた。その隙をつかれ後ろからゴブリンが俺の太ももに喰らい付いてきた。激痛が走り膝付きそうになりながら剣でゴブリンの脳天を叩き潰す。
すぐに傷口に手を伸ばし比較的傷が浅い事を確認する。
「あ」
振り返ると崩れ落ちた彼がゴブリンに喰われていた。
ーー何なんだよ。
戦い続けるうちにやがて村の火は消えて雨が上がり藍色の空の端を赤色が塗る。それでもゴブリンの攻勢は止まらない。
「グッ」
俺の腕にゴブリンが噛みつき思わず声が出た。すぐさま斬り払う。これでゴブリン病の可能性がある咬傷が三箇所になった。体のあちこちに傷と青あざが出来ている。長い事戦っていたせいか集中力が切れているような気もする。
「イテェ」
そう噛まれて血が滲む腕を摩りながらつぶやいた時だ。
焼け落ちた家の影から出てきたゴブリンが俺の腹に飛びかかってくるのが見えた。なんとか体を捻って噛みつきは回避したものの鋭い爪が体に食い込んでいる。しかも飛びつかれた衝撃で体勢を崩し地面に倒れてしまった。
咄嗟に考えたのは一点だけ、絶対に噛み付かれてはいけない。
「くっそ!」
剣を離し両手でゴブリンの顔を力いっぱい抑えた。なめした皮みたいな感触に若干の生温かさを感じ気持ちが悪い。
ゴブリンは顔を抑えられて尚、目を光らせ腹だけを見つめていた。ギッギッと時々口から声を出して顔を向きを僅かに変えながら俺の腹に開けた口を近づけようとしてくる。頭に一瞬、仲間の喰らわれた腹の光景が過ぎった。
ふと、俺の近くから駆けるような足音がした。見ると新たなゴブリンが口を開けて長い舌を伸ばし涎を振りながら四足歩行で駆けて来ている。
ーーまずい。
俺は片手を離し肘打ちでゴブリンの鼻先を砕く。地面に叩きつけられたゴブリンの歯が飛んでいく。そのまま空いた片手で剣を掴み飛び掛かってきたゴブリンを横薙ぎにする。ゴブリンは顎と舌を切られて仰反るような姿勢で倒れた。すぐさま地面に手をついて立ち上がる。
「いって!」
見ると足にゴブリンの爪が食い込んでいた。地面に伏して尚喰らいつこうとしているらしい。
さらに数匹のゴブリンたちがこちらに走って来ているのが視界の端で見えた。
喰い込んだ爪を外し、地面で伏していたゴブリンを力強く足で蹴り上げて飛ばす。
「来いよ」
そう声に出して肩で息をしながら剣を構える。
ゴブリンの数は六匹、そこらに死体が転がっているにも関わらずまだいる。ふと、剣を持つ手が震えていた。カタカタと歯も鳴っている。雨に打たれて冷えたのか、体の限界が近いのか。まずいな、なんてこの戦場で何度目かの呟きを口から出ないようにグッと奥歯を噛み締めて潰す。髪から滴った水滴を乱暴に拭い足を一歩前へ踏み出した。本当に虫のように湧いてくる。
「意外だ」
突如俺の耳にそんな声が聞こえた。低く太い声。どこからか聞こえたその声はどこかで聞いた事があった。
その直後ゴブリンの群れに落雷のような爆発が起こった。雨でぬかるんだ泥が跳ね上がり、その爆心地には鉄の甲冑をきた大柄な騎士がいた。地面に振り下ろされた大剣がゴブリンたちを一閃したらしい。崩れ落ちるゴブリンや逃げ出そうとするゴブリンたちの姿が泥の飛沫が治った後で見えてくる。その騎士は振り返り様に大剣を振り残ったゴブリンの頭を全て薙ぎ払った。
「最後まで残っていたのが新兵とは」
そう言ってから甲冑の男は俺の方を向いて兜から目を見せた。
俺はハッと姿勢を改めその場で跪く。そこにいたのは騎士団団長だった。
「新兵、都市に撤退だ。村人たちの避難は終わった」
「はっ!!すぐ撤退します」
その後、騎士団団長は頷いて馬に乗り走り去っていった。
村人たちの避難はいつの間にか終わっていたらしい。村を出て行く途中、彼方此方で火の手が上がっている。うっすらと煙を上げながら黒く積み重なって焼けたゴブリンが見えた。
飢餓状態のゴブリンが暴れているのなら焼く必要は無いのではないか。あいつら仲間も喰う事だし。
一瞬、そんな事がよぎったもののこれ以上ゴブリンに襲われてはキツいと走ってその場を後にした。
その後、陣地に戻るとほとんど解体が終わっていた。俺は体の状態を確認され街に戻り病院に行くよう言われて紙を渡された。紙の内容は軍人であることの証明とそれに伴う医療を受けられるようにする手配書だった。
街までは何台もの馬車が送迎用にあてがわれていた。
それに乗って街に向かう。同じ馬車に十人ほど新兵も本隊の人も混ざって乗っていた。皆比較的傷は浅いようだ。
街に着くと人生で見たこともないほどの出迎えを受けた。街の人々が行く馬車、全てに笑顔で手を振っている。時折大声で賞賛の声が上がり、同じ馬車に乗っていた人たちはそれに応えるように立ち上がって手を振っていた。俺は寝てしまわないように気を張っていて軽く手を振るに留めた。
「母さん!」
馬車から一人の仲間が飛び降りてそう声をあげながら家族の元へと走った。俺は嬉しそうに家族と抱き合う仲間の姿を馬車に揺られながら眺めた。俺の両親は他の都市にいる為、迎えはない。俺は家族に囲まれ泣き出した彼の姿を見ていられなくなり、そっと視線を外し小さくため息を吐き出した。
やっと着いた病院の前も混雑していて同じチームだったであろう者や友達たちと笑い合っている姿が多く見られた。
「…」
あの最高に楽しかった日、共に飲んだ友達やカイちゃんの姿をそこでしばらく探したけれど、居なかった。薄っらと希望を胸に抱きながら人混みの中で探すうちにやがて人々の笑い声が空っぽのまま立ち尽くす俺の中で響く。初めの方は浮かんでいた薄い笑みもその頃にはすっかりなくなっていた。肩がぶつかるような距離にいるのにも関わらず、周りの人々がどうしようもないほど遠くにいるようだ。
ーーここから離れよう。
俺は素早く繰り出されていく左右の足先を見ながら扉を目指し飛び込むように病院へ入った。
「カゲル!!」
中に入ると同時にそんな声がして体に衝撃が走った。
俺の胸に飛びついた白く輝く髪を見ながら「ヒカリ!?」と声に出す。
「心臓の、音がする」
ヒカリはそう言って俺の胸に耳を当て目を瞑っている。
「さらに早くなりそう」
俺はそれを見ながら軽く笑いそう言った。
それからヒカリは腕を離し真っ直ぐ立ってニコリと笑い「おかえり」と言った。そう言ってくれた。俺は目を瞑り軽く上を向いたまま「ただいま」と震えた声で口にする。
その後、俺は病院の人に早く治療を受けるようにと診察室に連れて行かれた。




