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その光に泣く時  作者: 夏草枯々
一章 心臓の音
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1

その後、連れられて入った酒場は三分の一程のスペースに同年代の若者たちが集まっていた。何かの集いの後なのだろうか。丸いテーブルを囲み談笑している者もいればゲームに勤しむものもいる。カイちゃんのお祝いに来ていた人もいた。俺たちも早速、とエールと摘む用の川魚の揚げ物を頼む。幼馴染同士話題は自然と昔の話になり思い出話に花を咲かせていた。


「カゲル、こっち来いよ」


ふと、酒場に入りそれなりに時間が経った頃、どこからか俺を呼ぶ声がした。顔を上げるとチェスをしている所が俺を呼んでいる。その周りではゲームの対局を観戦している人々が集まり野次を飛ばしたりその勝敗で賭け事をして賑わっていた。

俺は半袖を腕まくりしながらニヤリと笑い「おー任せとけ」と勇んで立ち上がる。後で行きたかったし、こちらもちょうど話がひと段落したのでちょうどいいタイミングだ。


「やっぱりチェスは、強いんだな」


「馬鹿なのに」


チェスの結果は二勝一敗の勝ち越し。俺は奢ってもらったブランデー片手に席を立ちながら「負けた側がうるせぇぞ」と言って笑った。それから先程座っていた席に戻ろうと振り返ると席にはもう既に見知らぬ女の子が座っていて友達達と乾杯していた。この店から飲み始めたカイちゃんはもう既に酔っていて赤い顔で気持ちよさそうにお得意のヴァイオリンを弾く真似をしている。

よく見ると席に座っている女の子は美人だ。これならば立たない方が良かった。

まぁそうはいっても座る椅子もないし仕方ない。もう一戦くらいチェスでもやるか、と襟足に手をやりながら振り返るとゲームの卓にはもう既に次の対戦相手が座っていた。思わずため息が出た。


(うまくいかねぇなぁ)


俺は手持ち無沙汰の為、仕方なく酒場を見渡す。ふと見えた人物にあいつも来てんのかよ、と口を尖らせた。

俺の視界の先で男は端の席に座り複数の女の子に囲まれ(おだ)てられて笑っている。この都市の騎士団に所属した学友だ。一々キザったらしい話し方が鼻につく。俺は今に見ていろ、と胸の奥で舌打ちをしながら顔を逸らした。

逸らした先にいたあの子との出会いはそんな偶然からだった。

女の子が集まっているテーブルの端で気まずそうに木のコップを両手で抑えながらジッと中身を見ている子にふと、目が止まる。透き通るシルクの様な白く長い髪が顔を隠しているものの着ている服の質だとか座り方とかだけでもその気品の高さと育ちの良さが分かった。なぜそんな子が放って置かれているのだろう、と一瞬そんな疑問が頭をよぎったものの俺はあっという間に忘れて浮かれた調子で近づいた。


「隣いい?」


「大丈夫ですよ」


見上げた表情やそう言った声の調子、横に少しズレる仕草は落ち着いていた。どうやら酔ってはいないようだ。隣に座ると酔っているどうかより小柄な体と容姿の良さの方に目がいった。大粒の宝石みたいな水色の目と滑らかな陶器のような肌をしている。俺はラッキー、と心中で笑い星々の巡り合わせに感謝しながら酔いに任せて口を開こうとした。


「チェス上手いんですね」


俺の言葉が出る前にそう言って遮られた。予想外な話の振り方で言葉詰まり「見てたの?」と毒にも薬にもならないような返しをしてしまう。


「暇だったので」


思わず「あー」と間抜けな声が出た。なんとか笑ったけれど反応に困った所までは隠せていないだろう。手に持っていたコップに視線を移し一旦失敗かな、と思った。相手はシラフだしな、と酔った頭で言い訳する。仕方ない、と切り替え顔を上げて「チェス、分かるなら一戦する?」と誘ってみた。何か賭けてやりたかったが乗ってくれなさそうだったのでそれは辞めた。

彼女はしばらくの沈黙の後どこかをチラリと見てから「一戦なら」と頷く。俺はじゃあ、と言ってさっさと立ち上がり手を差し出してみる。彼女は俺の手を一瞥した後、手を添えて立ち上がり照れたり笑ったりせずやけに手慣れた動きでゲームをしている卓に行く。「何者なんだ」と苦笑いしながら俺は遅れて彼女を追った。


「これでチェクメイトです」


しかも、対局は結局俺が負けた。なんでもなさそうな態度で「参りました。強いね」と笑って握手の為に手を差し出した。心中では「俺って良いとこ無しだな」と呟きながら頭を掻いている。途中から水を頼んで酒を抜こうとしたけどズルズルと悪化していく戦局をどうすることもできなかった。そもそも今更水を飲んでも手遅れだろ。


「ありがとうございました」


そう彼女は言って一度、深く礼をした後で手を握った。

彼女が手を離したタイミングで「やるじゃん」と言いながら背中を叩かれ振り返る。そこには久しぶりに見た学友がいて、なに、と返事をした。


「あんたがヒカリちゃんに舐めた事したらぶっ飛ばすつもりだった」


そう言ってニッと笑って拳を見せた。可愛くない事を言う学友だが実際俺はぶっ飛ばされたし彼女がぶっ飛ばそうとするのをなんとか宥めて止めた事もあった。あの頃からかなりの月日がたっていたが多分、本当にするつもりだったのだろう。

変わってないな、とため息をつきつつ「彼女、何者?」とヒカリというらしい女の子を眺めた。

彼女は次のゲームを始めた二人の対局を横から見ているようだった。


「団長の娘さん。知らなかったんだ…まぁ知ってたら話しかけないか」


「えぇ…あっぶな」


俺は学友の方を見て思わずそう言った。

団長の娘ってこの街の相当な権力者じゃないか。俺は相当舐めた態度を取ったが大丈夫だろうか。いや、そもそもチェスでもし勝ってしまったらどうなっていたんだ。最悪火炙りでもおかしくなかった。だいぶ冷めていた酔いがその事実だけで完全なシラフに戻った気がした。


「そんな怯えなくても大丈夫よ。優しいし。ヒカリちゃん滅多に家の敷地から出ないからせっかくと思ってね」


呑気な調子でそんな事を言う。

俺は「それでも普通ここに連れてくるかよ」と苦笑いをしながら返した。


「懐かしい友達と話してたら居なくなってた時は流石に肝が冷えたけど」


そう言って高らかに笑っていた。

俺はそんな学友を見ながら町の権力者に楯突くとはどういう事か本当に理解しているのだろうか、と苦笑いする。その後、学友がどれほどヒカリちゃんが団長に大切にされているか、そしていかに自分が団長の信頼を得ているかを高らかに語りだしたので適当に相槌を打ちながらヒカリちゃんの方を眺めていた。こちらを見て笑いかけてくれる、みたいな事は無く真剣な表情でずっとチェス盤を眺めている。

俺は仕方なく自分の元いたテーブルの方に余っていた椅子を持ってきて再びそこにいた人たちと飲み直した。


「「かんぱーい!!」」


そんな音頭を高らかにとって互いのコップを打ち鳴らし酒を勢いよく呷った。

その後、そこで再び酔いが戻るまで大いに飲んだ。

俺たちは店を閉じるからと店主に追い出されるまで大騒ぎしていたものの結局、あの酒場にいた女の子の殆どは帰ったか騎士団所属の野郎に持っていかれた。ヒカリちゃんも探したけれど店を出る時には既に居なかった。学友もいなかったので共に先に帰ったのだろう。そう考えるとなんだか無性に腹が立ってくる。俺は帰り道友達達と肩を組んで歩きながら「今に見てろー!」と叫び空に拳を突き上げた。


「俺たちは明日から英雄だぞ!」


同じように肩を組んだ友達が夜空にそう叫んだ。そうだ。俺たちには明日から始まる英雄譚があるんだ。


翌朝、目が覚めるとベットにいてジンジンと頭痛がする。俺はイテェとぼやきながらベットの横に置いていた水差しを取り直接水を飲んだ。木に囲まれた小さな部屋にはベットと小さな机、後は借り物のキャンバスが置かれている。絵はまだ未完成で木炭を使って下書きを終えた所で止まっていた。今日から遠くの地で寝起きするので当分絵は完成させられそうにない。俺はしばらく下書きを眺めた後そっとキャンバスの縁を撫でてから部屋を出た。目的は騎士団の詰所だ。


「待った!?」


ここまで走ってきた俺は先に騎士団の詰所で待っていた友達にそう声をかけた。「おせぇよ」と言われながら合流し手続きをしてから門を潜り中庭へと進む。中庭には同じくらいの歳の人々が何人かもういた。ここにいるのは無事試験を突破した人だけで今日から同じ軍人として仕事をする仲間達だ。

近くから「俺たち騎士だぜ」「夢みたいだ!」と浮かれた声が聞こえてくる。皆、ここから始まる自分達の英雄伝に目を輝かていた。

俺たちも既に騎士称号を貰った後、貴族になった後の話を語り合う。


「将来はワインで有名な土地を持つ貴族の娘と結婚したいな」


「余生は海の見える所に屋敷を構えてゆっくり過ごす」


俺も「良いなぁ、お爺ちゃんになって海の見えるアトリエで画家が出来るなんて最高じゃないか」と頷いた。

やがて時間になり上官がやってきた。中庭にいた人達にピリッとした緊張感が走る。

皆一斉に姿勢を整え胸を張って真っ直ぐ立つ。もちろん俺も姿勢を正す。

上官は軽く今後についての事務的な話をする。その後


「私は君たちと同じような歳で騎士団に入り今でも生きてここに立っている。不安かもしれないがしっかりと立ち続け今日の緊張を忘れずに過ごしてほしい。この仕事は生き続ける限り偉くなれるからだ」


そんな話で締めた。

俺は壇上から降りていく上官を眺める。突如、俺の周りでザワリと響めきが起きた。見ると壇上の反対側から登ってきたのは騎士団団長だった。団長は黒い立派なコートを靡かせながら軍服の上から分かる程がっしりとした筋骨隆々の体で胸を張り堂々と歩いている。

俺は騎士団団長の横顔を見ながら「…初めて見た」と思わず声に出していた。周囲の人々が団長の登場に息を呑んだのが分かる。登場しただけで身動きが取れないほどの威圧感があった。なにしろ俺たちとって団長は殆どおとぎ話の住人や伝説上の人物に近い存在だ。

団長は舞台に上がった後ハッキリとした大きな声で熱く語り出す。


「君たちはきっと今日という日を老人になっても忘れない。それどころか利子を付けて覚え続ける事だろう。戦場は過酷だ。だが栄誉の剣を携えた君たちはきっと困難を乗り越え、その先にある多くの偉業を成し遂げるであろう。君たちが守るこの城塞都市ドレェスダンスが存在する限り君たちの活躍は未来永劫、君たちの子供のその子供にまで語り継がれることになる。君たちの作る伝説。その第一歩を刻んだのは今日というこの日だ!再び私は宣言する!君たちはきっと今日という日を老人になっても忘れないであろう!今、剣を持ち、立ち上がれ英雄達!この都市に君達の名を残すのだ!!」


周りからはワッと歓声が上がり、俺は手を叩いて笑顔で「はい!!」と強く叫んだ。友達はもう既に泣いている。それから共に肩を抱き合い顔を見合わせ歓声を上げて握った手を震わす。叫ぶ友達の顔は熱くなり過ぎて赤くなっていた。多分俺もそうなっている。今この瞬間から俺の人生が始まった。ここまでは全て退屈なプロローグに過ぎなかったのだとすら思えた。

その後、俺たちは落ち着いてから上官に案内され騎士団の建物に入った。


「実物はもっとカッコよかったなぁ団長」

「あの人の下でこれから働けるのか」


俺は「あぁ」と頷き通された広い部屋を見渡した。天井にはシャンデリア、壁には歴代の騎士団団長の似顔絵が飾られていた。

「今日から騎士団所属だぜ俺たち」言って部屋に入るときに渡された軍服を見る。高級そうな襟付きの暗い紫色のコートに白いシャツ、黒いズボンと黒いブーツ。これぞ俺たちの見知った軍服と言った服の一式があった。


「後は虫のように湧き出てくる憎きゴブリンを狩り続ける!そうすれば「「貴族!!」」」


俺たちは声を合わせて叫ぶ。


「毎日お城でパーティー!!」


ガッツポーズして浮かれた調子でそう叫ぶ。


「我ら貴族たれー!!」


「「おー!!」」


そんな声が部屋中に響いた。

その後、外へと出る。日は高く空は澄んで輝いて見えた。吸い込んだ空気もなんだか爽やかな気分だ。

門の外では見送りだろうか、家族の人と話している軍服姿の人がちらほら見えた。俺たちはその間を通り抜け市場へと向かう。

活気付いた市場で野菜パイを揚げたものを俺たちは買った。手のひら位の黄金色をしたパイは手を交互に離さないといけないほどまだ熱い。そうしながら冷えるのを待っていると薄く塗られた蜂蜜と中の野菜だろうか甘い香りが鼻先に漂ってきた。


「当分これも食べ納めか」


俺は湯気の立つパイを見ながらそうこぼす。


「まぁな。ただ帰ってきたら食い飽きるくらい買えるさ」


「あぁ給料、比べものにならない位高いしよ」


そうだな、と頷き齧り付く。噛んだ瞬間ザクッと気持ちのいい音がなりジュワッと染み出した油と野菜の旨味に頬が綻んだ。


「やっぱうめぇわ」


俺は頷きながらそう言ってもう一口と齧り付く。

その後、俺たちは喋りつつ町を適当に歩いた。目的地は門の所にあったがまだ時間があったので当分の間、お別れになる町をブラブラと歩く事にする。多分、舗装された石畳の道なんてものも当分見れないのだろう。そう思うと今この瞬間すら少し特別なものに感じた。


「あー」


そんな声が道の反対側からした。

そちらを向くと女の人に連れられた小さな男の子が胸の下あたりに拳を置いて剣を掲げるポーズをしていた。騎士の挨拶だ。俺たちは笑顔で彼に手を振って返す。その後、道を進みながら俺も昔やったわ、とそんな話をして笑いあった。

ふと、俺は一つの建物を見上げて立ち止まる。


「悪い、後で合流する」


そんな言葉を残して俺は教会へと足を運んだ。

中は白色の多い落ち着いた雰囲気のある内装をしている。その中で椅子に座り聖職者の方達が静かに仕事をしていた。ただそれ以外の一般的な信者は今日も見当たらない。この町の教会は宗教的な面より聖職者達が古代の神聖や魔術を解析する研究所としての役割が大きい。その為か町の人からは少し距離を置かれていた。俺としては静かな方がいいのでありがたい。

俺は足早に教会内を進み箱に突っ込むように金を入れ寄付をした後、目的である寄贈された宗教画の飾られているスペースへと向かう。そこには十枚ほどの様々な宗教画があった。

また俺は『ビスカヤ』と名前を付けられた絵画の前で立ち止まる。前にきた時も同じように目を奪われた。


(…相変わらず)


混ぜ合い濁った絵の具で描かれた人や馬、炎、家が飛び散るように伸びて描かれていた。まるで地獄のような絵。一体誰からそんな技法を教わったのだろうか。しばらくその後も俺は満足するまでその絵を眺め続けた。


「あの」


背後からそんな声がして俺は振り返る。

そこには昨日見たヒカリが立っていた。俺は頭を下げながら「あぁヒカリ様でしたか。昨夜ぶりですね」と話しかける。今日は白い髪と真反対の黒いドレス姿をしていて目を引いた。


「その服…」


と、呟くように言った。どうやら俺の着ている服に気がついたらしい。

俺は鼻高々に頷き「ええ今日から軍人になりました」とハッキリ言った。


「そうなんですね」


俺はそう言ったヒカリの表情を見て目を疑った。悲しげな表情でジッと軍服を見ながら眉尻を下げ目を細めているからだ。口元もキュッとキツく結んでいる。

どうして、と言いかけ喉の奥に押し込む。聞かない方がいい事もあるものだ。特に権力者については聞いた所でどうしようも無いどころか巻き込まれでもすればただの平民なんてイチコロだ。

なんとか笑顔を作り気がついていないふりをする。


「…ヒカリ様はどうして教会にいらっしゃったのですか?」


「ここならばお父様の監視が無いので」


そんな返答に俺は頬が引き攣る。そのお父様上は今日から俺の上官にあたるのだけれど。


「軍人は寂しいものですよ」


ヒカリはそんな言葉を残し祭壇の方へと歩いていった。

時間になり俺は平原を走る馬車に揺られる。腕の中では配られた腕くらいの長さのズッシリとした両刃の片手剣を抱えている。道中ヒカリの言ったその言葉がずっと頭から離れなかった。

やがて大きく揺れていた馬車が何もない平原で止まる。俺達が首を傾げていると、上官が鬼のような表情で走ってきて馬車の荷台を叩き


「さっさと各自馬車にいたメンバーでそこに一列に並べ!」


そう怒鳴りながら言った。

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