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その光に泣く時  作者: 夏草枯々
四章
13/15

1

激しい風が吹く中で団長はただ一言「分かった」と言った。もっと何か渋られるかと思っていたけれど存外あっさりと決まった。

俺は深く頭を下げて礼をする。

顔を上げると団長が街の方を見下ろしていた。


「ゴブリンとか彷徨いてるし大丈夫かなぁ」


「さっきからずっとそれ!嫁さんの心配しすぎ!大丈夫だって!」


「でもさー!」


城壁の下から言い合う声が聞こえてくる。


「この雨だろ?川が突然氾濫して流されたり橋が沈んで立ち往生とか。昔も雨の日に子供が川で流された事があったじゃん」


「もーわかった。その話も今日で三度聞いたから。(にわとり)でも覚えられる。コノアメダロって喋り出すさ」


「おい!真面目に聞けって」


「一回目は超真面目に聞いただろ!気が狂いそうだ」


俺も団長と同じように声のする方向を見た。

中々激しく言い争いをしているが大丈夫だろうか。


「君は農民の生まれかね」


再び話しかけられて俺は視線を団長に戻す。


「はい。街から東の方にある村で生まれました」


「そうか。出世したな」


団長は淡々とそう言った。表情を一切変えない為、言葉の意味を読み取りづらい。けれど多分、褒めているのだろう。


「はい。家族も手紙で喜んでいました」


と、俺は微笑みながら言う。

団長は短く「良かったな」と言った後


「私は騎士になる為に生まれて騎士になるよう育てられて騎士になった」


「もちろん存じております。騎士の由緒正しいお家柄で」


「騎士団団長として生きていく、その生き方に不満はない」


はっきりとそう言い切った。

俺は頷く。

ヒカリが言っていた通りだ。団長はどこまでいっても騎士らしい、と思った俺を裏切るような若干曇った表情を団長は「ただ」と呟きながら見せた。


「それ以外の生き方を知らないから、その生き方しか娘に教えられなかった」


それは…と言って言葉に詰まった。


「だから西の国へ養子に行くと娘の選んだ選択がいいものであるように祈っている。もちろん、まずは家内と娘が無事に辿り着けるように、と息子がこの戦いで生き残る事も」


団長はそう言いながら先程二人が言い合いをしていた方を見た。もう二人の声は聞こえない。

もしかすると団長も城壁の下で嫁さんを心配していた彼のように内心穏やかではなかったのかもしれない。淡々としていて読みづらいけれど、ちゃんと家族への愛情があるのだろう。


「ゴブリンキング討伐は明後日だ。その頃にはゴブリン共が本格的に街を覆い尽くしているだろう」


俺は「はっ!」と短く返事をした。その後、去っていく団長を見送り家に帰る。

部屋に入ってキャンバスの縁を撫でた後、椅子に座って絵を眺めた。作業は後半分程度残っている。絵は完成するのだろうか。

ーー絵の心配なんてしてる暇ないだろ。

ハァ、と息を吐き出して窓を開ける。

外はどんよりと暗く激しい雨が続いていた。


「大丈夫かな、ヒカリ」


その日から野営地で暮らしていた頃のような延々とゴブリンを狩る日々に戻った。

壁に張り付いてくるゴブリンを上から叩き、門を叩くオークを狩る。

ゴブリンキング討伐が明日になった日の昼、その日も生憎の大雨だった。俺は雨に打たれながら昨日に引き続き城壁からゴブリンを叩き落す作業を繰り返す。その頃にはやはりゴブリンの本隊というだけあって見知らぬゴブリン達を見かけるようになっていた。


「おっ知り合いいた。久しぶりだな。カゲル」


俺が頭を低くし城壁の淵に隠れている中で片手を上げた同期の新兵が階段を登って城壁の上にやってきた。


「おい!伏せろ!」


城壁の上にいた誰もが彼に叫ぶ。

え?と言葉を発しながら彼は城壁の下に飛んでいった。彼が落ちていく中で城壁にパコンと音が響く。彼のいた場所に人の顔ほどの石が落ちた。石の縁には彼の血がついている。

俺はくっそ、と呟き顔を手で覆った。


「馬鹿野郎」


誰かのそんな呟きが聞こえてきた。

石打ちゴブリン、両腕だけが異常に発達したゴブリンが地面を掘り返しては石を城壁の上へと投げてくる。


「アッツ」


その時、壁につけていた頬の辺りに痛みが走った。

魔術師ゴブリンが雨の中、一瞬で消える火の玉を飛ばしてくる。その蒸気が頬にあたったらしい。今はただの嫌がらせでも晴れると途端に石以上の脅威になるのが見えていた。

俺は少し城壁から顔を出す。

視界いっぱいに濁った緑色のゴブリン共の頭が揺れていた。所々に茶色の大きな体躯をしたオークも混じっている。

ーーこんなの多少減らしたって意味ないな。

まぁ言ったってしかないか、と鼻で笑って作業に戻った。


それから翌日、ゴブリンキング討伐の日、天気は久しぶりの快晴になった。


「以上で作戦説明を終える」


「「「はっ!」」」


ドレェスダンスの錚々たるメンバーがゴブリンキング討伐隊に集った。団長、副団長、上官、団長の息子さん、勲章持ちのエリート。そんな人々の中で俺だけが明らかに浮いていてかなり気まずい。

そんな事を思う余裕があるくらいには不思議と緊張が無かった。


「今回の作戦はここから私も見てますよ!」


ふと手を打つ音が響く。騎士団内では聞いた事がない高い男性の声がしたので、声の方を見る。

ドレェスダンスの領主様がいた。白いタイツに赤色の服、首元に白いリボンをつけて、これから食事会にでも出るつもりなのだろうか。その腰に刺した細い剣ではゴブリン一匹倒すのすら難しそうだ。


「これはドレェスダンスの危機、ひいては我が皇国の危機ですから、皆さま騎士の誇りと命を賭して守りなさい!」


言いながら尻上がりに語気が強くなっていく。顔を見ると赤く握った手が震えている。大丈夫だろうか。


「「「はっ!」」」


上官達がみな声を揃えて返事をする。


「ドレェスダンス侯爵に剣を!」


一斉に上官達が片膝をついて剣を前に置いて頭を下げた。

俺も慌てて合わせておく。新兵の頃、何度か学んでいたけれど初めて実践する。この時、しっかりと首を切れるように(うなじ)を見せるよう頭を下げるのだと教わった。


「忠誠確かに受け取った。再び、剣を持って我の為に戦え」


「「「はっ!」」」


声を揃えて、剣を持って立ち上がる。

今はただのゴブリン狩り集団になっているけれど、そういえば本来もっと格式高く俺たちが憧れの眼差しを向けていた人たちだった事を思い出した。


「カゲルは私の後ろだ」


「ありがとうございます」


馬に乗れない俺は上官の後ろに乗ってドレェスダンスを出た。先頭の騎士が大槍を構えたままゴブリンを薙ぎ払っているのが見える。水を切るようにゴブリン達が勢いよく左右に飛ばされていく。開かれた道に沿って俺たちは進んだ。


「見えたぞ」


道中、何名かの脱落が出たもののゴブリンキングが控える辺りまでやってきた。

所々に白い岩が飛び出ている平野だ。見た所、通常のゴブリンの数はかなり少ない。

その分、オークが何匹もいて石打ちゴブリンや魔術師ゴブリンも控えている。


「散開!予定通り削れ!」


そんな号令が戦場に響く。


「カゲル。いざとなれば馬にしがみつけよ」


俺は馬から降りながら「はい!」と返事をする。

俺を乗せてくれた上官はそれを見て頷いてから剣を構え馬に乗って突撃していった。


「さてさて」


俺が剣を抜くと同時に石が俺の元に降り注いだ。頭を下げて前に駆け抜けて躱す。

それに混じって炎が近くの地面に当たりその後、揺らいで消えていくのが見えた。

石も炎の魔法も辛うじて目で見て躱せる程度の速さだ。


「まず一匹!」


俺は手前にいた石打ちゴブリンの首に目掛けて剣を下ろす。

違和感は剣から伝わってきた。


「は?」


切れたと思ったゴブリンの首は真っ赤に膨れ上がった丸太のように太い腕に阻まれ切れていない。ゴブリンは腕に俺の刃を深く食い込ませたまま、体を回した。俺は剣を離すまいとしがみついた結果、振り回され地面に叩きつけられた。その拍子に剣が抜ける。

尻を硬い岩肌で強打し顔を顰めた時、ふと、視界に影が映る。

石打ちゴブリンの太い腕を活かした拳が頭上から迫っていた。

なんとか地面に転がって躱す。ズドンと音が背後から響き俺の尻を打った岩がゴブリンの攻撃でひび割れているのを見ながら起き上がると同時にゴブリンの首を刎ねた。

攻撃は受けられないものと考えた方がいいな、と戦闘を振り返りながら頷く。


ようやく一匹倒したにも関わらず、すぐさま何十発もの石や炎が降り注いでくる。倒しても倒してもキリが無かった。

辺りを見渡しながらキングを探して走る。そこら中で騎士達が束になってゴブリンに突撃を繰り返していた。

やはり騎士は馬に乗ってこそだな、としみじみ思う。

それに馬による突撃作戦も順調そうに見えた。確実に魔術師ゴブリンと石打ちゴブリンの数を減らしている。雨のように降り注ぐ攻撃が止めば後はオークを倒してチェックメイトだ。


「俺は先にオークか…」


その後、しばらく走っているうちにオークが並んでいる所を見つけた。俺からは崖の前を囲うようにしているように見える。

ーー多分キングがそこにいる!

立ち止まりグッと拳を握る。ただ俺があそこに真っ直ぐ突っ込めばタコ殴りされて終わりだ。


どうしようか、と迷った瞬間、背後からキツい獣の匂いがした。

俺は直感に任せて横に飛ぶ。と、ほぼ同時に背後の足元から地響きが起きた。

振り返ると前見た時よりもさらにでかいオークがいた。ただデカいだけじゃない。石で作られた大きなハンマーの先にどこかの国の紋章が入った紺色のカイトシールドと太い曲剣が縫い付けられている。よく見ればオークの体にはボロボロの赤い布がマントのように首から背中に伸びていた。


「それは…誰の物だ!」


俺は声を荒げながらオークを睨み剣を強く握って構えた。

このオークは少なくとも見える限り三点の遺品を持っている。それだけで充分に狩る価値があると思えた。

フーフーッと荒い鼻息が聞こえて、赤く鋭い瞳が俺を見下ろしてくる。

オークが一瞬の動作で俺に目掛けてハンマーを振り下ろす。守るはずの盾もその質量で殴らられば立派な武器だ。

ギリギリで躱した背後を振り返ると攻撃した地面が砕かれて凹み、周りが皿のように盛り上がっている。ドッと汗が噴き出た。


「やばいな」


唯一幸いな事と言えば、他のオークやゴブリン共が連携を取ってこないため一対一の状況になっている事だ。流石にゴブリンでも味方もろとも石や炎で倒す事はしないらしい。


「ウゴオオオオオ!!」


オークの雄叫びがビリビリと俺の体の芯に響き鼓膜を震わした。すぐさまオークがハンマーを地面に振り下ろす。


「それはもう知ってる」


地面を舐めるような低姿勢で頭上を飛んでいく石の弾丸を躱し、オークの腕を裂く。肉を切り裂く感触、剣先がオークの骨をなぞっている。

ーー次は足。

流れるような動作で屈み、体の割には細い足に狙いをつけた。

オークはその瞬間、片足を引いて躱した。


「え!?」


引かれた足がそのまま前に振り抜かれ、咄嗟に剣で防いだものの俺は宙へ打ち上げられた。

一瞬、太陽に目が眩み、半回転ほどしながら地面に落ちて転がる。全身を強く打った。

ーー鼻血が…

俺は鼻から滴る血を指で拭いながら起き上がる。


「ッツ!?」


オークがハンマーを天に振り翳しながら空を飛んでいた。思わず目を疑う。あの巨体で跳んだのだ。

俺はまた全身を打ちながら、倒れ込むようにとりあえず着地地点から離れた。

地面が揺れて、倒れ込んだ俺の体が跳ねた。


「嘘だろ」


その強さに度肝を抜かれる。これまで戦ってきたどのオークよりも強い。それも数倍ほど。

荒い息を吐きながら剣を構える。全身が痛んだ。

オークがハンマーを構えて横薙ぎに振る。

体を引いて躱す。俺が踏み込んだ瞬間、恐らくオークは振ったハンマーを力任せに止めて引き戻したのだろう。

そう分かったのは、地面をまた跳ねていた時だった。

内臓が振り回されたのを感じながら起き上がり、ふと、気がつく。右手に力が入らない。

肩を揺らすとプランと右手が動く。右肩の辺りに違和感があった。

ーー肩が外れたな。

もうヤケクソでフッと笑みが出た。俺の利き手はもうこの戦闘中、使えない。

落ちている剣を左手で拾い上げて持ち直し構える。違和感が凄いけれどやるしか無かった。


「あー!チクショウ!」


ぼやきながら左腕で止まらない鼻血を強く擦る。

再びオークがハンマーを構え…こちらに突っ込んで来る。ハンマーに走った分の速度を乗せて俺を終わらせる気らしい。目を開けていられないほどの風と共に死の瞬間が迫ってくる。

ーー多分さ。

そのハンマーにつけられた盾も剣もお前が巻いてる布も大切な物なんだよ。

英雄に憧れ道半ばで(つい)えたのか、友達に置いて行かれまいと背伸びをしたのか。


「まぁどっちでもお前にそんな使われ方されたら報われないよな」


オークの頭上へと飛んで体を捻りながら骨と骨の隙間を縫うように剣を入れて振り抜く。俺の剣がオークの骨に挟まれる。俺はその衝撃で剣から手を離し、そのまま地面へ腹から落ちた。

首に剣が刺さったままのオークが俺の視界の端に倒れ込んできた。と同時に地面がドスンと鳴って揺れる。


「ヨシッ!」


なんとかなった、と倒れたまま左手でガッツポーズする。その後、俺は服の汚れをはらって立ち上がり動けなくなったオークの首から剣を抜いて周りを見渡した。どこもかしこも戦闘が発生している。


ふと、見えた光景に唖然とした。

ちょうど視界の先、団長が一撃でオークを真っ二つに切り裂いていた。強さの格が違う。

団長は続けて大剣を持ったまま高く跳びオークへ頭上から斬りかかる。横へ振り抜けばオークの頭が上へと飛んだ。


「…え」


オークとオークの隙間の先にある洞窟でゴブリンキングの姿が見えた。濁った緑色の皮がブヨブヨと横に伸びて全体的に丸い。特に顔なんかは皮が垂れてしわくちゃだ。手には宝石のついた棒を持っている。それで王笏のつもりだろうか。


ーーもしかしたら今なら…

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