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「あいつの家が壊れたから直す材料を取りに行ったんだよな」
「荷が重くないか?」
もしかすると暑い、暑いと言い合い笑っていたのは三人だったかもしれない。覚えていないが一人は青ざめた顔で歩いていたのだろう。
「まっでも、森に入ってすぐ沢があったから俺らは遊びだして」
「めっちゃ楽しそうじゃん」
炎天下の中歩いた先、木陰の下で川のせせらぎを聞きながら冷たい水に入って遊ぶ。
森に入っているのでグッと太陽の熱もマシになっているはずだ。すごく夏らしい。
「あいつだけジッと川見つめてて怖かったわ」
「…あいつには悪いことしたな」
そこで唐突にカイちゃんが「あいつらの墓参りに行こうか」と言い出した。もちろん、と俺は頷き椅子から立ち上がる。
その後、市場で花を買ってから街の外にある共同墓地へと足を運んだ。ご丁寧に二つ並んだ墓石に一つずつしゃがんで花を添える。
「花はやっぱり両手で添えるものだな。もっと早く来るべきだったよ」
先に花を置いていたカイちゃんが背後で言った声が聞こえた。
「あいつはそこら辺気にしないだろ」
「それもそうか」
俺は立ち上がり辺りを見渡す。
その日の墓地には人が多いように見えた。談笑している人もいる。街から離れる人たちが別れの挨拶に集っているのかもしれない。
「ここじゃ、ゴブリンに掘り返されないか」
と、カイちゃんは険しい表情で墓を見つめていた。
常時でさえ野犬や墓荒らしの被害もたまに聞こえてくる。それ以上の数、ゴブリン達がこの辺りを囲うのだ。街の外の墓場が大丈夫とは思えない。ただ…
「どこも安全じゃないだろ」
カイちゃんは「それもそうだな」と鼻で笑った。
「カイちゃんはさ、騎士を続けるのか?」
「いや、辞める手続きをするつもり。今ならまだ移動できるだろうし、ここで学んだ事を活かして軍事顧問か兵器開発に行こうかな、なんて考えてる。元々騎士を続けるかは悩んでたし」
右腕はこうなったし、と曇った表情で包帯で巻かれた腕を叩く。
「良いな」
と、頷いた。
俺の素直な感想だった。右腕は残念だったがカイちゃんは元々騎士として前で戦う方ではないだろう。そっちの方がなんとなくあっていそうだ。
「カゲルも行くか?どっかの傭兵団にでも入ったらどうだ?」
俺はその提案に目を丸くする。少し考えてから
「…いや。残るよ」
と、せっかくの誘いだったが首を横に振る。カイちゃんは「そっか」と少し寂しげな表情で小さく頷いた後「ご執心のヒカリ様がいるもんな」と揶揄ってくる。
「そんなのじゃねぇよ」
俺は笑いながら肩を小突いた。
それから数日後の事、言っていた通りカイちゃん一家の引っ越し作業が行われるらしい。
俺は頼まれてちょうど休日だったこともあり二つ返事で手伝いを了承していた。
引っ越し作業の手伝い、その当日の朝のことだ。
ちょうど出ようとしていた時、ヒカリが家にやってきた。これから引っ越しの手伝いなんだ、と説明すると
「私も行って良いかな?」
「本当に?」
「うん。カゲルの友達の引っ越しなんでしょ。手伝うよ」
ヒカリはそう言った後、真っ直ぐ俺を見ていた。俺は少し考えてから「まぁフードを被れば大丈夫か」と呟いた。
その後、久々にカイちゃんの家へとやってきてカイちゃんの両親に挨拶をする。既に家の片付けは大方終わっているらしく後は荷物を出して軽く掃除をするだけらしい。家の前には荷台付きの馬車が止まっている。ヒカリはあっさりとカイちゃんの両親と仲良くなって俺とカイちゃんの昔話を楽しそうに頷きながら聞いていた。
「おいカゲル」
カイちゃんがぎこちない笑みを浮かべながら俺を呼び止めた。
俺と一緒にきたフードを被った謎の女性の正体に一眼見て気がついたらしい。まずい、と逃げようとした俺の肩をカイちゃんが掴む。
「じょーだんだろ!?」
カイちゃんは掴んだ俺の肩を揺らしながら声を抑えて言った。
「大丈夫、バレないって!」
俺はグッと拳を握りながら強く頷く。
「お前がそう言った時は大体バレてるんだよなぁ!?」
過去の出来事を思い出したのかカイちゃんは声を荒げている。
確か言われてみればそんな気がした。
「カイ!遊んでないで早く荷物持っていきなさい!」
結局、そんなこんなで引っ越しの準備が終わったのは昼過ぎになった。もう少し早めに終わる予定だったものの一緒に昼飯を食べたり思い出話に花を咲かせたりとしていたからだ。こんな機会だし久々にカイちゃんの両親ともゆっくりと話せてよかった。
「これで当分お別れか」
俺はそう言いながら手についた埃を払う。既に馬車の荷台には所狭しと置かれた家具がしっかりと固定されている。
隣に立つカイちゃんは「あぁ」と言った後
「俺の友達はいつの間にか一人だけになってたからさ、生きてくれよ」
「珍しい」
と、俺は隣を見る。カイちゃんは「当分のお別れだしな」と顔を逸らしていた。
最後にカイちゃんのお母さんが「まぁまた戻ってこれるよ。カイは残念だったけど他の先輩騎士様達がドレェスダンスに残ってくれるんだもの安心して行けるさ」と言って馬車を出した。
カイちゃんは「やめてくれ」と顔を顰めながらお母さんを諫めている。
「期待されてるね」
「困ったね」
そう去っていくカイちゃん達を見送った後、俺とヒカリは苦笑いしながら顔を見合わせた。
「カゲルは騎士になってよかった?」
あれから二人でヒカリの屋敷の庭で剣の修練をしていた時だった。ヒカリが唐突にそんな質問をしてきて、俺は剣を振る動きを止めてヒカリの方を見た。ヒカリはこちらを見ながら両手剣を振り続けている。額に汗が滲んでいるけれど止める気配はない。
俺も剣を振る動作を再開しつつ「どうだろう」と答えた。
「なってよかったって実感はないけど、ヒカリと会えたしまぁ結果よかったんじゃないかな」
「そっか…ありがとう。ちなみにさ、騎士にならなかったらどうしてたの?」
俺は眉を顰め何度か瞬きをしてうーんと唸る。どうしていただろうか。
「カイちゃんとかと楽しくやってたんじゃない?」
「良いね。友達と楽しく暮らすって」
「まぁこうなっちゃったけどね」
と、俺は肩をすくめた。
すぐに貴族だと勇んでいた時の俺は何処へやら。現実はそう甘くない、と浮かれていたあの頃の俺に言ってやりたいものだ。
「まぁ今は良いか悪いかというより騎士をやるしかないって感じ」
「ゴブリンも来てるし?」
俺はその問いにすぐに答えが出なかった。うーん、としばらく渋った後
「まぁそうだね。ドレェスダンスや街の人たちを守りたいって思うよ」
と、言っておく。その気持ちは嘘ではなかった、けれど真実でもない気がした。
あの日、ヒカリと共にこの街を去ろうと提案したことも事実としてある。
「お父様みたいなこと言ってる」
ヒカリはそう言って少し表情を曇らせた。
「騎士団団長?」
「お父様はどこまでいっても騎士だから」
「そんな気がする」
俺は頷く。今でも思い出せるあの日の演説。確かに俺はあの日を忘れていない。見方を変えれば友達達もこの地に騎士として名前を残した事になるのだろう。でも、墓に入ってしまっては意味がないような気がする。どうだろう、あいつらは騎士として生きた最後に満足したのだろうか。
ーー分からない。
それから俺たちはしばらく黙って剣を振った。周りでは常にメイド達が遠巻きに佇んでいて監視されている気分だ。迂闊に手を抜けない。
「カゲル、軽く模擬戦しない?木剣あるからさ」
「良いよ。やろう」
俺が頷くとヒカリはメイドを呼んですぐに木剣を用意させていた。
木剣を受け取ってみると重さから長さまでほとんど違和感なくいつも使っている騎士団の剣だ。
「ところでカゲルって人同士の戦闘訓練ってしてるの?今回の新兵はゴブリン用に急いで訓練されてるはずなんだけど、大丈夫?」
「まぁ一応模擬戦はした事あるよ」
数回だけど。
「じゃあいっか。カゲル動けてたし大丈夫でしょう」
そう言って軽く体を伸ばした後、ヒカリの顔つきが変わった。目つきが鋭くなり力の入り方がいつもと違う。
「まずは軽く」
剣を構えながらヒカリはニヤリと笑って言った。俺があぁと頷いて剣を構える。と同時にヒカリは滑らかな動作でこちらに斬りかかってきた。ヒカリの武器は実戦と変わらない両手剣で俺の剣とは剣身の長さや重さから違う。受け止めるだけで手がジーンと痛んだ。
「動き固いよ」
と、ヒカリの攻撃は続く。
俺は左右からの流れるような一連の攻撃を歯を食いしばりながら必死に受け止め続ける。反撃の隙はなく一方的な技量の差があった。
だから…
ーー賭けた。
ヒカリの剣を受けると同時に持っていた剣から手を離す。俺の剣は勢いよくどこかに飛ばされていった。そのまま一歩踏み出してヒカリの白く柔らかい腕を握る。両手剣はこれでもう振れない。手を抑えている分、俺に分があるはずだ。
「どう!?」
ヒカリはえっ、と小さく驚いたような声を出して顔を上げた。水色の目がジッと俺を見ている。
「んーズルいかな」
「ズルい?」
「だから反則でカゲルの負け」
「えぇ」
俺は剣を手放すのがルール的にダメだったのだろうかと、首を傾げる。ちょうどその時、ヒカリの元へメイドが駆け寄ってきた。そして「お嬢様、少しよろしいですか。お客様が」と耳打ちをする。
しばらくヒカリはやってきたメイドと会話をした後
「カゲル申し訳ないんだけど今日はこれでお開きにしよう。ちょっと用事が出来ちゃって。多分長引きそう」
ヒカリの表情から察するにどうやら何か良くない用事のようだ。またお見合いか、現状差し迫るゴブリンの脅威に関する問題か何かなのだろう。
「明日の朝、伝えるから待ってて」
「分かった。待ってる」
俺は頷いて屋敷を後にした。家への帰り道、屋敷に戻っていくヒカリの後ろ姿にはどこかこれから大舞台に望むような雰囲気があった事を思い出す。
こういう時、何もできない俺は無力だ。ハァと夜空にため息を吐き出す。見上げた空には厚い雲が星を閉ざしていた。
翌日、やってきたヒカリは開口一番こう言った。
「私、ドレェスダンスを出て西の国に行くことになった」




