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今日、俺たちは世界中の誰よりも笑った。そんな自信が俺にはある。
少し歩いて灯りのついている店を見つけては酒を呷って軽く摘み便所に寄ってまた歩く。それを今日は何度も繰り返している。くだらない話でよく笑い、フラフラの足取りだったので肩を組んで互いに支え合い夜道を進んだ。戦場から帰ってきた今日の主役であるカイちゃんはそんな俺たちを後ろから眺め「明日大丈夫かよ」と呆れた様な声を零していた。
「落ちんなよー」
「階段キッツい」
「しんどいわぁ」
そんな事を俺たちはダラダラと言いながら薄暗い階段を登っていく。やがて、この城塞都市を囲うレンガ作りの城壁の上に来ていた。町中を歩き回った後の体に勾配のキツい階段は流石に堪えた。俺は膝に手をつき荒い息を吐く。
視界の端で友達が通路に尻をつけて座り込み篝火の支えにしがみついている。壁に体を預けて外に身を投げ出す友達の背中も見えた。18歳になり成人の儀も終えた男たちとは思えない情けない姿にまた笑い声を上げて手を叩く。
しばらく笑った後、俺は大きく息を吸って夜空を見上げ息を吐き出す。大粒の星が暗い空に散らばって灰色のレンガの塔が視界の端に映っている。サァーッと流れた初夏の風が俺の少し伸びてきた黒い髪を触り遊ぶ、そんな夜だった。
「カゲル、今日何杯飲んだか分かる?」
紺色の髪に少し丸い体のカイちゃんが顔を顰めながら俺を見て言う。
まずは初めの酒場でひーふーみー、そんな声が近くから聞こえてくる。俺は「さぁー」と言いながら首を傾げた。思い返してみればカイちゃんのお祝いの席だったはずなのに、俺たちの席には他の席に比べて明らかにおかしい数の酒瓶が並んでいる。それもそのはずで、俺たちはお祝いの席だった事を開始早々に忘れ酒場にある酒の全種をコンプリートする勢いで飲んだからだ。
周りから引かれていたけれど俺は楽しかったので別に良いや、と思い悩まず流した。こんなに楽しい事も滅多にないのだから。
「落ちんなよ」
そんな声に俺たちは「あーい」と口々に答えた後、互いに顔を見合わせ無意味にまた笑いあう。
しばらくすると無言のうちに四人並んで城壁に手を乗せ明るい街を眺めだしていた。オレンジ色をした傾斜の急な三角屋根に白い壁の家が並んでいる。そんな見慣れた街の姿が見える。あの家々の黄色い灯り一つ一つがそれぞれの生活をしているのだと思うと無性に物悲しい。俺は自然と小さく息を吐き出し鼻を啜っていた。
「こんな綺麗な夜景なのによぉ!野郎ばっかでさぁ!」
友達の一人が声を上げた。
俺は先ほどの気持ちを吹き飛ばすように「いっつもそう!」と声を張り上げ拳を天に突き出す。街の方を背にして外を眺める。そこには暗く飲み込まれそうな夜の闇が広がっていた。
「あーやばいションベンやぁ!」
一人の友人が突然そう言い出す。
そう言われると俺もなんだか急に尿意に襲われる。
唯一飲んでいないカイちゃんだけが「降りれるか?」と冷静に声をかけたものの俺たちは「無理無理!!」と口々に叫びながら股間を押さえて首を横に振った。
「しゃーねぇ、やっちまえ」
そう言われるまでもなく俺たちは我先にとズボンを下ろして外に向けて三人並んでいた。一瞬、夜の静寂の後、滝のような打つ音が響く。背後から「ほんと馬鹿だ」と呆れた声と大きなため息の音がした。遠くの方で暗闇の中、赤い二つの点がユラユラと蠢いていて何かがこちらを見ているみたいに見えた。野生の動物かもしれない。ここら辺ならキツネだろうか…いや、醜く不快で薄汚い小鬼であるゴブリンかもしれない。ただ今は相手が何であろうとションベンが止まらないので目を逸らすくらいしか出来ないのが残念だ。
「あーあ、明日からはこんな事出来ないんだよな」
隣からそんなぼやきが聞こえてくる。
言われてみれば確かにそうだ。再びこんなに飲めるのは当分先だろう。そう思うと自然とため息が出て宵闇に消えていった。
「何してんのー」
唐突に背後から明るく高い声がした。
カイちゃんが少し浮かれた調子で「ハンケツ三人衆と徘徊、そっちは?」と返事をする。俺たちは慌ててズボンを上げて声の方へと向かう。
すぐに「こっちも飲んでるし次の店で合流しない?」とお誘いがあって、俺たちは城壁から顔をだし「もちろーん!」と答えて笑顔で手を振った。