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 通された奥の間は北向きで、日陰の庭の水場から涼やかな風が吹いている錯覚すら起こしそうだった。

 まだ屋敷の主の気配がしないのをいいことに、屋敷に不似合いな浪人のような風貌の男は、旅装束のままでごろりと板の間に転がる。

 特別暑さに弱いわけではないが、京の暑さは噂以上だった。ひんやりとした木の感触が、衣を通って火照った肌まで染み渡ってゆく。

「永井様は、この暑さ平気なんだろうか…」

 つぶやく程の独り言に、

「三河もなかなかに夏は暑い土地だったからな、割と平気で過ごせるようだ」

 開け放したままだった襖から、お盆を持った屋敷の主――京都町奉行の一人、永井崇行(ながい たかゆき)が入って来た。

 慌てて起き上がる男に、寝ててもいいぞ、と意地悪く笑いながら、お盆ごと茶を差し出す。その面差しが見知ったものよりやつれて見える。尊王攘夷を掲げた武士が暴れる京は、思ったよりも穏やかに見えながら、やはり常ではない状態なのだと肝が冷える。

 居ずまいを正して、男――村垣則正(むらがき のりまさ)は深く叩頭した。

「お忙しい中お時間をいただきましたのに、無作法をお見せいたしまして誠に申し訳ございません」

「今更だろう。息災でなにより。それにしても、長崎からここまで随分急がされたな」

「江戸に戻る期日が決まっておりましたが、急にひと仕事こなせと指示が来まして」

一色(いっしき)殿か? 相変わらずだな」

 かつての同僚の変わらぬ様子に、永井は笑いながらその部下に冷茶をすすめてねぎらう。

「慢性的に人手が足りないのは、永井様の頃から変わっておりませんよ。なので、一人連れてこいと私が出向くことになりました」

 ぐいっと杯をあおって、村垣は喉に落ちる冷たさに、ほうと息をついた。

「役に立ちそうなのがいるのか? ここに?」

「はい。イギリス帰りの変わり種が一人」

「変わり種、とは?」

「陰陽師ですよ。今は、イギリスで学んだ技を使うので、魔術師と言ったほうがいいかもしれませんが。再三江戸に来いと言っているのですが、幕府の要請だと言っても無視するもんで、一色様がしびれを切らしまして」

 大きな背を丸め、村垣はわざとらしい困り顔をして見せる。

「面倒そうだな」

 その様子に、永井も声色を固くする。

 京の御所は表立って幕府に歯向かうことはない。今はお互いの出方を見ながら、穏便に収める術を探っている。

 ただ、京には天皇と同等の力を持つ者がいる。

 政には関わらないが、何らかの意志を持って天皇はもちろん、幕府にも物言う者。それが、陰陽師も傘下に置く賀茂神社の生き神と言われる、賀茂斎院。

「陰陽師の半数は、賀茂斎院の管理下ですからね。魔術師、小野光誠(おの みつたか)がそちらに属している場合、幕府のいち役人の私が会うことができるかも実はまだわからない状態で…」

「賀茂斎院、媛宮様か。それで、上洛早々ここへ来たのか」

「ご助力いただけますでしょうか?」

 幕府はもちろん、天皇の意向さえ気にかけない賀茂の生き神は、京の庶民には心を砕く。その治安を預かる町奉行の言葉なら聞き入れてくれるのでは。一色の提案に乗って永井を訪ねたものの、村垣はこの縁はあまり当てにはしていなかった。

 それでも手段は多い方がいい。

「紹介を一筆くらいしかできないが?」

「構いません。ありがたい!」

「明後日、いや、明日の朝、家の者に預けておこう」

 意外な対応の速さに、村垣はもう一度頭を下げた。

「ご配慮いただきありがとうございます。ですがその、大丈夫ですか?」

「ん?」

「お忙しいのでは?」

 村垣の問いかけに、永井は腕を組んで目を閉じる。

 忙しい。正確には、人手が足りなくて手が回らないことが多すぎる。

 それを気にかけてくるのならば、空いた時間を所望することくらいは許されるか?

「では、交換としよう。明日渡す手紙でその陰陽師と会えたなら、今の京で安全な場所を聞いてくれるか? 候補は手紙と一緒に渡そう」

「奴に頼めるかはわかりませんが?」

「むしろその者より、他に信頼のおける者がいるのならば誰でも構わんよ。こちらからも陰陽寮に問い合わせてはいるが、誰かの思惑が入り込むのは避けたいのでな」

 永井はそこで一旦言葉を切ると、村垣を手招いた。

 恐る恐る近づく村垣の、その耳元に口を寄せ、

「おそらく近々、会津の藩主殿が上洛なされる」

 早口で囁いた。

 それを聞いて、村垣が目をむく。

「会津…松平様が、京に!?」

 かろうじて小声で返した村垣に、永井は頷いて答えた。

「幕府は町奉行の上に、さらに強固な監視者を置く気でいる。でなければ、これからの京は守りきれないと考えているのだろう。その為の占いだ。京を守るためには、松平様の御身はお守りしなくてはならない。事情は明かさず、なるべく公平な立場の者からの結果が聞きたい」

 この国の行く末が見えない限り、尊王攘夷を掲げ上洛する武士は、国のいたるところから集まり続ける。

 皆、国を思うが故に。

「お役目、承りました」

 村垣が、深く叩頭する。

 夏の暑さが、募る思いの熱量のように日陰の部屋にさえ満ちていた。

はじめまして。

そして、『姫陰陽師、なる!』の方をお読みいただいた方にはご無沙汰しております。

やっと、第二話の触りだけですが公開できそうになりました。

と言っても、肝心の琳子はまだ待機中ですが。

第二話は、幕末京都の様子を多く書くことになりそうなので、下準備を合間をみながらやっておりました。

それでも、詳しい方から見れば、甘いところも多くあるかと思います。

この物語はある意味「異世界日本幕末風味」ということで。

お付き合いいただければ幸いです。


今回は私自身も混乱しそうなので、登場した人物、用語のメモ[2024.10.18改]載せます。

ご参考になるかな?


【永井崇行】モデルは永井尚志ながい なおゆき。幕末から明治にかけて活躍した実在の役人。

【村垣則正】モデルは村垣範正むらがき のりまさ。幕末から明治にかけて活躍した実在の役人。万延元年遣米使節の一人。年齢など変更。


※2024.10.18 実名表記を修正しました。

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