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平和の思考

作者: ずんたこす

ギラギラと容赦なく照りつける太陽。アスファルトからの照り返し。


八月某日、正午をやや過ぎたあたり。

雲一つない快晴の、その頂点に居座る太陽は、今日も絶好調のようだ。


炎天下の下歩く人たちは、連日の猛暑に辟易とした表情で歩みを進めている。

その光景は、さながら亡者の行進のようだった。


できれば私も、この暑い中わざわざ出かけたくはなかったのだが、かつての恩師の訃報と聞けば無視などできるはずもない。


しかし、情けないかな。私はいわゆる方向音痴というやつで、旧友に道案内を頼み、今はその待ち合わせ中というわけだ。


昨夜のメールでのやり取りを見返し、時間などを確認していると、駅前ロータリーの一角がやにわにざわめき始めた。


よくよく目を(すが)めてみると、そこには一台の街宣車が停まっていた。

のぼりなどを見てみると、どうやらお偉い政治家先生様が終戦記念日に合わせて、ありがたい演説を一席打いっせきぶってくれるらしい。


スタッフらしき若者が数名で急造の舞台を設置し始め、準備が終わるやいなや、小難しい顔をした中年男性がマイクをにぎり、小難しい話をこねくり回しはじめる。 


周りにできた人だかりの中にも、神妙な表情で頷いているのが数人。

サクラも居るのだろうか。平日の正午に駅前には、いささか違和感のあるスーツ姿が複数人。


その人だかりの後ろを、興味なさげに通り過ぎていく無数の人々。


聞くでもなく鼓膜を揺らす、上滑りしているその演説を、なんとはなしに流していると、ふと。


ーー仮面だ。


と、そう思ってしまった。


マイクを握る政治家は、悲劇を語る詩人の仮面を。聴衆は同情をかたどった仮面を。流れて行く人たちは、無関心の仮面を。


それぞれ身につけている。

その場限りの仮面を。


私の仮面は一体どれなのだろう。

戦争の悲惨さを訴える講演の輪に入るでもなく、意味深に喪服姿で遠巻きに見ている私の仮面は。

どれでもないなら、それこそ性質(たち)が悪いのかもしれない。



唐突に、数年前に観た終戦記念の特番を思い出す。


キャスターや専門家が語った言葉や講演会のVTRよりも、数分しか語られなかった戦争経験者の老人の言葉が妙に印象に残っていた。


穏やかな表情で、まとまらない言葉をそれでも並べる、その凛とした姿勢にひどく心を打たれた。

そこには確かに当時の息遣いがあった。


調べればすぐに見つかる記号的な言葉などはなく、老人の語るそれは、ただひたすらに、どうしようもなく一人の人間の歩んできた道だった。


戦争は確かに多くの悲劇を産むが、悪い面ばかりではない。

医療や技術、そういったものの発展にも多いに貢献している。


などとその番組では言っていたが、それならば、その発展のための礎となった人たちの、犠牲になった人たちの心は、魂はどこに行くというのか。


片道分の燃料しか積まず敵艦隊に玉砕した、若き兵士が。

上空から突如降り注いできた死に、なす術も無く理不尽に奪われていった数多の命たちが。


まさに未来を閉ざされた人々が、その瞬間にはるか未来の事など思えるはずもない。


望まずに今の生活の土台にされた人たちの想いは、土足で踏みにじって良いものでは決してない。


『戦争があったから』

言い換えれば『戦争があったおかげで』なんて、その場にいなかったからこそ言えることだ。


……おっと。昔の記憶に触発されて、少々熱くなってしまったようだ。


軽く息をつき街宣車の方を見やると、ちょうど演説が終わったのだろう。まばらな拍手が聞こえてきた。


三々五々に散っていく元・聴衆たちと、汗まみれで撤収作業を始めるスタッフたちを、なんとも言えない気持ちでぼんやりと見つめる。

どこまで行っても当事者ではない私には、このやるせなさと無力感は解消などできはしない。



戦争は何も産まない。

しかし、人が人である限り、争いというものは無くなりはしないのだろう。


今この瞬間にも、世界のどこかではきっと争いは起こっていて、でもそれは私たちの暮らす平和な生活とは紙一重の向こう側なのだ。



と、そこでスマートフォンがメッセージを受信し、振動した。


画面に視線を落とすと、たった今私を発見したとのこと。

相変わらず時間通りだ。


キョロキョロとあたりを見渡すと、日傘をさしてのんきに歩いてくる懐かしい顔が見える。


軽く手を振ってやると日傘とスーツケースに占領された両手を交互に見て、困ったような笑みを浮かべていた。


再会の挨拶もほどほどに礼と労いとを伝え、並び立って目的地へ。


冷房のきいた電車内では互いの近況報告から始まり、思い出話にも花が咲いたが、ふとした沈黙に車窓の景色が流れて行く。


ものすごい速度で電車の後方、過去へと流れて行く風景が、時間の流れの無常さに重なった。


思考がまた、数分前まで巻き戻る。


戦争を知らない私には、過去を真に伝える術はない。

きっと心に届かせることはできない。


でも、届かせようとする努力ならできる。

それは忘れないこと、考え続けること、伝え続けること。


争いをなくすことなんて、きっと誰にもできやしない。

でも、一人でも多くの人の心に訴えかけることができたのなら。

あるいは、それは平和への足がかりになりうるのかも知れない。



車内アナウンスが目的地を知らせる声に我にかえる。


目の前に友人の怪訝そうな顔があった。

急に神妙な表情で黙り込んだ私を、心配してくれたのだろう。


それに愛想笑いで『なんでもない』と返し、斎場までのルートを地図アプリで確認する。

改札を抜け他愛もない会話を交わしつつ、二人で地図を辿る。


しかし、今日は思いがけず色々と考える日になった。

ほんの些細な偶然ながら、間違いなく私の人生観を揺さぶる出来事だった。


もしかしたらこれは、恩師の最後の導きだったのかも知れない。

いたずら好きな人だったから、多いにありうる話だ。


まったく。敵わないなぁ。



私は覚悟を決めて、天国にいるであろう彼の人に誓いを立てる。


先生、私はあなたのように、あの番組の老人のように、凛とありたい。


どうか見守っていてください。

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