溶け込む音と、色付く光と
前話、ちょっとだけ修正しました。
今章終了、読んでくれてありがとう! 次章もよろしく!
合宿三日目。
そう、三日目だ。
あの後、二日目に何があったのか……吹き飛ぶ肉体、視界一面に広がる大空、後、着水……ウッ、頭が……。
一番記憶に残っているのは、浮き輪で揺られながら非常に呆れた様子で俺を見る、ネア姉の表情である。
いや、そもそも、二日目など存在していないではないか。
我々は元々、二泊三日の予定で行動しており、海水浴などしていない。
時空は歪み、二つと分かたれ、世界線は移動した。
我々が生きる世界は、多元に別れたユニバースにて極々小さな可能性の塊に過ぎず、個の選択によって全は変化し、全の変化によって個は変化するのだ。
そう、つまり……マルチバースは常に我らと共にある。
まあ冗談はさておき――いや吹っ飛ばされたのは事実なのだが、事故なのは向こうもわかってくれていたので、土下座し続けたら許してくれた。
フッ、俺の頭も安くなったもんだぜ……いや本当に。人生で二度も土下座することが、しかもこんな短期間にあるだろうか。三回目もありそうで少々恐ろしく思っている。
あと、ネア姉が取り成してくれたおかげで処分が軽くなったのはあるだろう。
彼女が「事故? じゃあ、一発ずつぶっ飛ばしたら許してやんな」と手をヒラヒラさせながら言ってくれたおかげで、そこまで後に引かなかったのだ。
いや、嘘。俺とレイハとシノンはちょっと気にしていたが、しかし気にしないフリをすることが出来るようになった。
思い出すとお互い気まずくなり、恥ずかしさでまともに顔が見られなくなりそうであったため、俺達の中で二日目は無かったことにし、それによって平静さを保っていた感じだ。
何事も無く無難に過ぎ、今日が訪れたのだ。
俺は波に足を取られて転んでなどいないし、二人のほぼ全裸など見ていない。ましてや己に回復魔法など使っていない。
結構本格的に、『ヒール』ではなく『ハイヒール』を発動してはいないのだ。
……とにかく、そういう訳で、二日目の残りはご機嫌取りで一日が終わり、三日目が始まる。
ちなみに全然関係無い話だが、寝る時に布団を敷く順番を変えてもらい、レイハの隣にネア姉とシノンが来る形にしてもらっていたのだが、やはり二人とも抱き枕にされたようだ。
朝起きた時、レイハの綺麗な寝顔がすぐ横にあって、シノンがテンパっていた。
笑いそうになったが、今の俺は著しく人権が低いため、顔を逸らして見なかったことにした。
――三日目の予定は、モンスター狩りだ。
一日目に行ったのと同じエリアに向かい、弁当を用意して朝から昼過ぎまでレベリングである。
ただ、一日目に付近のを間引き過ぎたからか、一時間の休憩を挟んだ計五時間で、四十体程度しか狩ることが出来なかった。
奥に入り過ぎたせいで強いモンスターもポツポツと現れていたため、経験値効率はそこまで悪くなかったとは思うが……どうだろうか。
一つ言えるのは、一戦一戦が濃くなったため、今日の方が確実に疲れたな。合宿っぽくはあるかもしれないが。
ナヴェル邸に戻った時にはシノンは疲労困憊で、一日目と同じように風呂に入って一時間程度仮眠を取っていた。
彼女が起きて来たところで、晩飯の買い出しに全員で出掛け――俺達の耳に届く、何か、お祭りのような音。
導かれるようにして、皆で向かった先にあったのは、人込みと熱気。
そこでは、神社――そう、まんま神社のような建造物がある周りで、幾つもの屋台が並び、縁日さながらの祭りが行われていた。
多分、地元で有名な催しなのだろう。かなりの人の量で、混雑と共に一定の秩序がある。
この辺りは、本当に日本風のエリアなんだな。
違いと言えば、日本人みたいな顔立ちをした人もいれば、そうじゃない人もおり、そもそも種族すらも混在しているという点だろう。
この国が人間の国であるため、やはり大多数は人間であるものの、恐らく三割程は他種族だと思われる。
そしてそれが、当たり前のものとして受け入れられ、風景に馴染んでいる。
俺が……この世界が好きな理由の、一つだ。
「おぉ……しっかり祭りだな」
「……そういや、朝の食堂にポスター出てたな。日にちまで確認してなかったが、今日だったのか」
「あー……そう言われると、そんなポスターも出てた気がするね。提灯と花火の奴?」
「そう、それだ」
「マジで? 全然見てなかったわ」
「…………」
そう話す俺達の横で、一人、無言で祭りに見入っているレイハ。
「……レイハ、夏祭りは初めてか?」
言葉無く、コクリと頷く。
その様子に、三人で顔を見合わせた。
「そんじゃあ……ちょうど良いし、合宿の締めは祭りにすっか!」
ネア姉の言葉に、否は出なかった。
明日はもう、片付けをして帰るだけ。
そのため、実質的な合宿の活動は、今日が最後だと言えるだろう。
「気付けば、早い三日間……いや、二日間だったね。ね? ヒナタ」
「はい、二日間です」
笑顔でこちらを見るシノンに、条件反射でそう答える俺。
「……お前ら、昨日一日で二度と覆せねぇ力関係が確定したな」
「昨日? はは、何を言ってるのかわからないな。シノンがとても素敵で魅力的な女性というだけです」
「そうだよね、ヒナタ。ヒナタの自発的な意思だよね」
「はい、その通りです。シノンはとても素敵で魅力的な女性というだけです」
「ん。メジャーアーティストの水着をひん剝いたんなら、それ相応に責任は取ってもらわないと」
「……そうかい。お前らが幸せそうで何よりだ」
そう、横で俺達が冗談を交わすも、レイハだけは参加せず。
どこか、心ここにあらずといった様子で、ぼんやりと人々の様子を眺めている。
「よし、レイハ! お前、何やってみたい?」
「……わからないわ。来たこと……ないから」
「それなら――」
俺は、一旦横にあったお面の屋台に行くと、四枚分別々のものを買い、皆の下に戻る。
「ほら、レイハ。どれがいい――いや、お前はこのキャラクターのお面だな。ネア姉はこれ、シノンはこれだ。俺の独断と偏見で決めたので文句は受け付けません」
「あはは、私、お面って初めてかも」
「あたしもだ」
「おう、実は俺も。レイハ、お前と一緒だな?」
「…………」
レイハは、まじまじとプラスチックのお面を眺めた後、俺達の真似をして、頭の横にそれを付ける。
「……ありがとう」
「おうよ。じゃ、どれから回る?」
「お祭り初めてなら、やっぱり定番のものから見ていくのが良いんじゃないかな」
「そうすっか。ほら来い、レイハ。お前、ボーっとしてっから、はぐれんなよ」
「どちらかと言うと、ちっこいんだし、ネア姉こそはぐれんなよ。迷子センターにネア姉いたら、俺爆笑する自信あるわ」
「それは私も爆笑する」
「ぶっ飛ばすぞお前ら」
◇ ◇ ◇
それから、どれくらい遊んでいただろうか。
ヨーヨー釣りと金魚すくい、スーパーボールすくい。
射的や型抜き、くじ引きに輪投げ。
食べ物の屋台もしっかり巡り、焼きそばや綿あめ、たこ焼き、じゃがバタ、フランクフルトにかき氷など、定番のラインナップのものは大体全て買い、炭水化物に偏りまくりでちょっと困ったものだと笑いながら、食事も楽しむ。
正直、こんなにしっかりと屋台を回るのは、俺も初めてだ。見て回ったりはしても、片っ端から遊ぶ経験は今までに無く、こんなに楽しいとは思わなかった。
まだ陽のある内に祭りに参加していたはずだが、いつの間にか空は夕闇のオレンジ色に染まり、もう少しすれば完全に夜になるだろう。
時間が経つにつれ、人の数も増え――ただ、今、人の多さに薄暗くなってきたことが相まって、一つだけ問題が発生していた。
「……本当にはぐれちまったな」
「……えぇ」
俺とレイハは、ネア姉とシノンと、ものの見事にはぐれていた。
辺りを見渡すも、彼女らの姿は見当たらない。
まあ、人の数こそ多いが、場所がそこまで広い訳ではないので、ゆっくりしていてもすぐに見つかることだろう。
そう焦って合流する必要も無いはずだ。
あっちの二人が、一緒にいたところまでは確認出来ているしな。だから今、二と二で分かれているはずだ。
「ま、いいか。はは、それにしてもお前、お面にヨーヨーにうちわに、お祭りっぽいフォルムになったな。急だったから、浴衣じゃないことがちょっと残念なくらいだぜ」
「浴衣?」
「あぁ。ほら、あの人らが着てるような奴だ。ま、それは来年の楽しみだな」
「来年……」
と、話していたその時、人込みに押されたレイハがちょっとだけよろけ、その腕を取って支える。
「おっと」
「……ありがと」
「おう」
俺は、彼女から手を離し――だが、レイハは。
一瞬、離れる俺の手を掴もうとし、しかしその途中で、躊躇したかのように動きを止める。
「……レイハ?」
「いえ……」
何でもないかのように振る舞うレイハだが、その表情に浮かぶのは、いつか、彼女の家で見た顔。
寂しがり屋なレイハの、だがそれを出すまいとしているような。
無表情の奥に感情を押し隠そうとし、しかしそれに失敗したかのような。
…………。
「あー……オホン、人が多いから、はぐれないようにしないとな。ほ、ほら」
頭をワシャワシャと掻き、それから俺は、少し照れ臭い気分で片手を差し出した。
レイハは、こちらを見る。
俺の顔を見て、差し出された手を見て。
「……えぇ。はぐれないように……」
そう言って、彼女もまたこちらに手を差し出す。
少しだけ、互いに遠慮するように。
おずおずと、だが、しっかりと――俺達は、手を繋いだ。
早くなる鼓動。
それと同時に感じられる、安心感。
指先から伝わる熱と、感情。
ただ、手のひらを合わせただけ。
肌を重ね合わせただけ。
わかることと言えば、互いの温度のみであるはずで――だが、そこには確かに、それ以上の情報があった。
熱に、己の思いが、じんわりと溶けて流れ出すかのような。
ふと、レイハが口を開く。
「……ヒナタはやっぱりむっつりだし、すけこましだし、変態」
「お、お前、何だ急に……そ、そこまで言わなくてもいいだろ」
「私のおっぱい、しっかり見たのに?」
「みっ……見てねぇ」
「そう?」
「……見ました。昨日は本当にすみませんでした」
「ん、よろしい。……でも、ヒナタ」
「あぁ」
「私……ね。お祭りに、来てみたかった。でも、実際に来たことは無かった。きっと……一人きりで、寂しくなるだけだと思ったから」
「……あぁ」
「だから……ありがとう」
そう言って、彼女は。
今まで俺が見たことのないような、満開の華のような笑顔を浮かべた。
この煌びやかな祭りに一切負けぬ、何よりも美しい笑顔。
一瞬、意識が吸い込まれ、呆けるように魅入ってしまった俺は、誤魔化すように顔を逸らし、ポリポリと頬を掻く。
「……何度でも連れて来てやるよ。これからは」
「ん……楽しみにしてる」
レイハは、俺の手をきゅっと強く、だが優しく握った。
――祭囃子。
生まれ、消えていき、そして再び生じる音。
夕闇を染め上げる、淡い光。
どこか、雑踏が遠くなっていく。
時間と空間が、ゆっくりと流れ始め、『色』が世界に満ちていく感覚。
繋がれた手は、最後まで、離れなかった。




