王の墳墓《1》
そして、約束の日が訪れる。
陽が頂点にある時間帯。
待ち合わせ場所は、俺の地元の街の外れ。
人気の少ない、大きな公園だ。
そこに、人目を憚るようにして、猫耳の少女はいた。
「ありがとう、来てくれて」
「おう、仕事だからな。マスターが受けるって決めたなら、来るさ」
そのナヴェルのじいちゃんの方はいないが、別の仕事が忙しいため動けない、ということを予め聞いているので、問題ない。
本音を言うと、二人ともいた方が攻略は楽になったがな。ただ、俺はお願いを聞いてもらっている立場だし、本来は一人で突っ込むつもりだったのだ。
ネアが来てくれただけで御の字というものである。
「そういや、まだ直接自己紹介はしてなかったな。あたしはネア=グラハルだ。よろしく」
「俺はヒナタ=アルヴァー。よろしく、ネア姉」
「……ね、ネア姉?」
「? 何?」
「……いや、何でもねぇ」
ネアは、何故か少し照れたように頬を掻き、それから気を取り直したように口を開く。
「それより! ヒナタ、お前本当にその装備で行くのか?」
「え、うん、俺、子供だから防具とか持ってないし。親にバレないよう出て来てるから、買ってとかも言えないし」
ネアは、動きやすいようところどころに工夫がされていることがわかる鎧に、腰に双剣、ハンドガンも一丁ずつの計二丁を太もものホルスターに下げ、万全の態勢と言った様子。
それに対し俺は、動きやすい服装に身を包んでいると言っても、防具は一つも着けていない普段着で、木剣を腰に一本。
攻略のため、ここまで貯めた金の全てを注ぎ込んで買ったアイテムを入れ、パンパンになっているリュックはあるが、これならダンジョン攻略というよりハイキングに行く、と言った方がピッタリ来る様相だろうと自分でも思う。
いや、それでも木剣が浮いているのだが。
俺の返答を聞き、わかりやすく呆れたような表情になるネアである。
「……あのなぁ、ヒナタ。あたしら、今からダンジョンに入るんだろ? にもかかわらず、何でそんな軽装なんだ。いや、動きやすさの観点からして、百歩譲って防具は良いとしても、せめて武器は刃の付いたモン持って来いよ。木剣って何だ、木剣て。どうやって戦うんだ、それで」
「そう言われても、俺みたいな子供が持てる武器なんてそうそう売ってないし、そもそも買えないって。まあ、安心してよ。俺もちゃんと、これで戦える、っていう算段があって来てるからさ」
流石に俺も、他のダンジョンならば鉄剣をどうにか用意しようと考えただろうが、これから俺達が向かう先にあるダンジョン――『王の墳墓』という地下遺跡型ダンジョンでは、武器に関しては木剣で十分なのだ。
出現するモンスターが、『墳墓』などという命名がされているように、全て『アンデッド』だからである。
というのも、『蒼焔』スキルはアンデッドに対し、聖属性魔法並の抜群な効果があるのだ。
そもそも相手が生物ではない以上、刃物がどうの、というのはあまり関係がなく、鉄剣でも木剣でも大して違いがない。
いや、嘘だ。流石に鉄剣の方が倍は強い。
ただ、蒼焔で強化しておけば、斬れ味自体もバカみたいに上がるしな。
ちなみに、双剣にハンドガン二丁用意しているところから見て、ネアのクラスは恐らくゲーム本編と一緒の『ブレイドダンサー』だろう。
通常では取得出来ないユニーク職業で、ネアか主人公だけが就くことが可能なものだ。俺も取得出来ない。
まだ本編開始の五年前だが、この時点でもうその職業に就いてるんだな。
「……なら、クラスは? 剣士か?」
「わかんない。確認手段がまだないから。でも多分、ネア姉の言う通りかな?」
ほぼ剣しか使ってないからな。
もしくは、『付術士』だろうか。
未だ、この世界のクラスシステムがどうなっているのかわかっていないところがあるのだが、どうやらゲームとは違って、特定のスキルを使っていたり、特定の戦い方をしていれば、自然とそのクラスに就いていることがあるらしい。
クラスがあると、例えば剣士ならば、剣を振ったりする時の魔力の扱いがやりやすくなり――つまり、ゲームみたいに補正が入る訳だ。どういう理屈かは知らん。
全く戦闘の心得がない一般人はクラス無しだったりすることもあるようだが、何度もモンスター狩りを行っている以上、流石に俺も何かしらの初期クラスには就いているはずだ。就いててほしいなぁ。
どう見てもダンジョン攻略を甘く見てるだろ、と言わんばかりの俺の態度に、ネアは大きくため息を吐く。
気持ちはわかる。だからと言って、どうしようもないんだけど。
「……ハァ。安請け合いしたのは間違いだったか」
「悪いけど、付き合ってよ。――よし、着いた」
会話しながら俺達が向かった先は、先程までいた公園の、すぐ隣にあった森である。
街の中にある森なので、最低限の人の手は入っているようだが、しかし完全に管理されているという訳でもないのだろう。
眼前に現れるのは、発掘途中で放棄されたような、石造りの朽ちた廃墟だった。
何があったのか壁に造られた足場なども一切片付けられておらず、破れかけのブルーシートが風に揺れ、全体に緑が蔓延っている。
ぐるっと外周を囲うように巻かれている、『立ち入り禁止』のテープ。
まるで忘れ去られたかのような趣のその廃墟の中へ、俺はネアを連れて入り――。
「あった。ここだ」
そう言って俺は、朽ちた床の一部を木刀で殴った。
次の瞬間、発動していた魔法が解除され、先程までなかったはずの地下へ降りる階段が、音もなくその場に現れる。
「へぇ? よく見つけたな、ヒナタ」
「たまたまね」
そんな訳がないことは彼女もわかっていただろうが、深くは追及して来ず、俺はただ肩を竦めて地下へ降りる準備を始める。
「『トーチ』」
この二年で覚えた初級魔法スキルを発動すると、ボワリと俺達の周囲に出現する、柔らかな光の塊。
「お。ヒナタ、もう魔法使えんのな。……なるほど、武器がそれでも良いってのは、魔法主体で戦うからか?」
「え? いや、俺は剣術主体だけど。さっきも言ったように、まだ確認してないからわかんないけど、クラスに就いてるなら恐らく『剣士』だろうし」
「…………」
「言いたいことあるなら聞くよ? ネア姉」
「それだけで小一時間経ちそうだからやめとくわ」
彼女の言葉に俺は笑い、そのまま俺達は、石畳の階段を下りて行った。
――『王の墳墓』、攻略開始。
◇ ◇ ◇
カビた臭い。
ピチョン、ピチョンと水の滴る音が聞こえるが、それ以外の音は、俺達が出すもの以外一切存在しない。
二人分の呼吸音と、石畳を歩くカツン、カツン、という音。
あるのは、デカいカタコンベ。
土や岩を繰り抜いて形成したような通路や壁に、崩れかけの棺桶が収められ、柱を髑髏が飾っている。
天井や壁を伝う木の根や苔。
忘れ去られ、死んだ世界。
うーん、ホラー。
ゲームだったら別に何も思わないが、現実だったら流石に雰囲気あるな。
と、先導して歩いていた俺だったが、その時俺の肩を後ろのネアが掴む。
「シッ、魔物だ。この音からして、骨どもだな。右の通路に五体いやがる。あたしらの行き先は?」
ピコピコと動く耳。音の方向を探っているようだ。
「左」
「よし、回避するぞ。静かに行け」
「おー、すごい。流石」
「ま、これくらいはな」
俺の言葉に、再びピク、ピク、と動く耳。
口では何でもないように答えているが、内心では褒められて満更でもないようだ。
「…………」
「? 何だ?」
耳を凝視していたせいか、怪訝そうに彼女はこちらを見る。
「いや、ネア姉の耳、随分可愛いなって思って」
「んなっ、何言ってんだ、急に!?」
と、ネアの声が響き渡った次の瞬間、右の通路からガシャンガシャンという音が聞こえ始め、真っすぐにこちらへ向かって近付いてくる。
「ちょっ、ネア姉、大声出さないでよ!?」
「あたしのせいか、これ!?」
やがて姿を現したのは、ネアの予想通り五体のスケルトン。
どいつもボロボロの剣とボロボロの盾を持っており、一丁前に陣形を組んでいる。
俺は、即座に二つの『蒼焔』スキルを発動して自身と木剣を強化し、迎撃の構えを――というところで、いつの間にか腰の双剣を引き抜いていたネアが、俺より先に五匹の只中へと飛び込んでいた。
「シッ――!」
まるで、踊るように。
刃の煌めきが縦横無尽に駆け巡り、スケルトンどもが面白いくらい簡単に身体の部位を削ぎ落としていく。
一撃一撃は軽く、だがスピードと、正確さを突き詰めた双剣術だ。
おー、すげぇ。
あのしなやかな動きは……そうか、猫の獣人だから、猫の肉体のしなやかさがあるんだな、この人には。ゲームで見た時より動きが綺麗だ。
「っと、一体俺に反応したか」
「ヒナタ、気ぃ付けろ!」
変に援護しようと手出しするより、任せた方が良いかもしれないと思った俺だったが、五体の内の一体が彼女の横をすり抜け、こちらに向かってくる。
威嚇でもしているつもりなのか、カタカタと顎を揺すりながら剣を振り上げ、俺のど頭をかち割らんと振り下ろす。
しかし、所詮は骨。そこに技などなく、脅威にも感じない。
よく見て引き付けてから、その一撃を前に踏み込んで回避し、返しの一閃。
「フッ――」
懐に入られたせいで、スケルトンはロクに防御も出来ずに木剣の一撃を受け――粉砕。
ゲームと同じように、『蒼焔』の特殊属性が作用したのだ。
文字通りバラバラに砕け散った骨は、まるで水に溶けるかのように崩れていき、最後には剣と盾も含め、何もなくなった。
この世界で、『魔化』と呼ばれる現象だ。
おぉ……野生で見るモンスターと、ダンジョンで見るモンスターは別物だっていう知識は持ってたが、本当にゲームみたいに消えるんだな。
生み出される法則が、もはや違うのだろう。何しろこっちは、ドロップアイテムも存在しているようだからな。
レアドロ狩り……無限周回……ウッ、頭が……。
「その青い炎……なるほど、嫌に自信があったのも、それが理由か」
どうやらとっくに残り四体の解体作業は終えていたようで、ネアは物珍しげな様子でこちらを見ていた。
「内緒にしてね」
「わかってるって、こういう情報は互いに黙っておくのが礼儀ってモンだ。覚えときな、ヒナタ」
「ん、わかった。ネア姉も、ダンジョンで大声出しちゃダメだからね」
「ぐっ……確かにうるさくしたのはあたしだから、何も言えねぇ……」