看板の無い店《2》
「まずは自己紹介でもしましょうか。私はこの店の経営者、ナヴェル。先程の子は、アルバイトのネア=グラハル。どうぞお見知りおきを」
「どうも、ナヴェルさん。俺はヒナタ=アルヴァー。家族には黙ってここに来てるので、内緒にしといてください」
「ふむ、アルヴァー家と言うと、確か隣街の貴族の方でしたか?」
「えぇ、そのアルヴァーです」
俺はコクリと頷き、言葉を続ける。
「俺の目的は、とある未発掘ダンジョンの攻略です。ですが、俺一人だと厳しいため、共に攻略してくれる仲間を、というのが理由でここに来ました」
「ギルドに調査をお願いしては?」
「諸事情で、俺自身が攻略に参加したいと思っています。ですが、ギルドに話を持って行ったら、それは不可能でしょう。そもそも『未発掘ダンジョンを見つけた』なんて俺が言っても、信じてもらえる気がしないですし」
実際には、攻略さえしてもらえれば何でも良いんだがな。が、その可能性が一番高くなるのは、内部構造を把握している俺が共に行くことだろう。
それに、知りたいこともある。
「……なるほど、確かに厳しいかもしれませんな。少なくとも我々に対してならば、少年の本気度をこちらに伝えられる、という訳ですか」
知るはずのないことを知っていて、怪しまれることを理解しながら、それを伝える。
少なくとも冷やかしに来た訳でないことは、伝わるだろう。
「あなた方に求めるものは、二つ。ダンジョンの完全攻略。そしてそこに、俺を連れて行くこと。報酬は、未発掘ダンジョンで得た全てのアイテム、ってところでどうですかね」
「全て? 中にあるアイテムが目的で探索をする訳ではないと?」
怪訝そうに眉を動かすナヴェルのじいちゃん。
この世界でダンジョンを探索する最大の目的は、ダンジョンが生み出すアイテムの数々である。時代が進んでいるこの世界でも、技術的に再現不可能なオーパーツみたいなアイテムが見つかることがあるからだ。
故に、アイテムがいらないなどと言われれば、そういう反応にもなるだろう。
「今も言いましたが、俺の目的は攻略です。攻略さえ完了して、ダンジョンが崩壊すれば、他は何でもいい」
すると彼は、しばしの間押し黙る。
きっと、その脳裏では様々なことを考え、慎重に検証しているのだろう。
「……必要とする戦力は?」
「多ければ勿論良いですが、ダンジョン攻略の心得のある戦闘要員が、もう一人。それで何とかなると思っています。勿論、未発掘ダンジョンなので、断言は出来ませんし、その証拠も出せませんが」
「……ふむ」
しばしの沈黙を保っていた彼は、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「――わかりました、お受けしましょう」
よし!
心の中でガッツポーズし、それから俺は、彼と詳細を詰めていき――。
◇ ◇ ◇
ヒナタが店を去った後。
ナヴェルは、カウンターに置いてある小さな鈴をチリンチリンと鳴らした。
音は小さく、大して響きもしていないが、しかしこれで十分であることをナヴェルは知っている。
少しして、店の奥からこちらへと戻ってくるのは、猫耳の少女。
「何だよマスター、まだ仕込みなら終わってねーぞ――って、あれ。アイツ、もう帰ったのか?」
「ネア、仕事です。今回の依頼は、あなたが対応を」
「仕事? ……え、やっぱアイツ、裏の客だったのか!?」
「そのようです。どういう訳か、合言葉も知っていました。内容も……まあ、犯罪ではありませんが、確かに表の者では受けてもらえないだろうな、というものでしたね」
意外、という感情を顔に浮かべながら、ネアは問い掛ける。
「へぇ……内容は?」
「自分を連れてダンジョン攻略を、とのことでした。完全攻略が目的らしいので、ダンジョンの主を倒すところまでが仕事です」
「は? 子供連れてボス討伐すんのか?」
「えぇ」
「……よくそんな面倒な依頼受けたな。そんだけ報酬が良かったのかよ。随分綺麗な顔と身なりしてやがったし、どっかのボンボンとかか?」
「いえ、まあ、『アルヴァー家』という貴族家の子供ではあるようでしたし、掲示していただいた報酬も多かったですが……今回に関しては、それがゼロでもお受けしたでしょうね」
ネアは、自身の雇い主を見る。
「……随分気に入ったんだな、マスター。アンタがそう言うってことは、それだけのタマだったってことか」
「交わした言葉は短いですが、興味が湧いたことは確かですね。何より、依頼を断った場合、あの少年は恐らく単身でもダンジョンに突入したでしょう。事情はわかりませんが、それだけの意志と覚悟が瞳に宿っていました。単に金銭や名誉が欲しい、などという浅い理由ではないようです」
「あー……なるほどな。アンタなら、そりゃ見捨てらんねぇか」
「子供を手助けするのは大人の役目。と言っても、あなたに任せなければならないのが心苦しいのですが……」
「いいよ、わかってる、マスター。アンタが今手一杯なのはな」
「頼みます。給料は弾みますので」
「そうでなきゃやってらんないね」
ネアは、ため息を溢す。
――『紅月の死神』。
裏社会で死ぬ程恐れられる、ナヴェルの通り名。
だがその当人は、結構なお人好しであることをネアは、そしてヒナタも知っていた。
「いったい何者かね、アイツ」
「さて、少なくともアルヴァー家に関して私が詳しいことを知らないということは、善良なのか、とんでもない悪党であるかの二択ですが……あの少年の様子からすると、後者の可能性は低いでしょう」
「じゃあ尚更わかんねーな」
「えぇ。それに彼は、恐らくかなり強いですね。冒険者ならば、中堅どころの実力はあるでしょう。あの歳で、大したものです」
「……そこまでだったのか? 威勢が良いし、随分魔力が強いなとは最初会った時に思ったが……」
「精進が足りませんね、ネア。魔力の質を感じ取れるようになったのならば、その動きにまで注目なさい。彼の魔力は、何があっても対応出来るよう、静かに、そしてゆっくりと巡っていました。戦闘の心得がある者の特徴です」
「アンタに言われちゃ形無しだ、精々努力するよ」
「そうしなさい。――約束は来週です。準備を」
「へいへい、りょーかい。ダンジョン攻略なら、完全装備?」
「えぇ、それで構いません」
ヒナタと関わりを持ったことで、二人の『ストーリー』もまた、変化していく――。