初戦闘
俺が前世の記憶とでも言うべきものを思い出してから、早いもので一週間が経った。
この間で粗方の検証は終え、自らの持つ手札も大体理解した。
この世界が現実になったことによる、ゲームとの差異も理解しつつある。
特に、俺の命綱とも言える『蒼焔』スキルに関しては、ほぼ仕様を把握し終えたと言っても良いだろう。
その証拠に、初期スキルたる『蒼焔:武器強化』から一つ成長し、次の『蒼焔:身体強化』までが使えるようになった。
二つ目のこれは、字面からわかるように自己バフ効果のある、いわゆる『身体強化魔法』と呼ばれる類の魔法スキルだ。
効果はかなり強力で、試してみたところ、俺のような子供が回し蹴りで木を粉砕出来たし、上手く走れず何回も転びかけたが、車みたいな速度で走ることが出来た。
なお、その後にMP――魔力が尽きたようでぶっ倒れ掛け、大分焦った。貧血で倒れた時のようにフラッと身体から力が抜け、動けなくなってしまったのだ。
三十分くらいその場で蹲っていたら、どうやら多少魔力が自然回復したらしく、何とか動けるようにはなったがな。
ゲームでMPが切れても、ただゲージが空になるだけだったが、現実だと下手すれば昏倒するというのは、これから気を付けなきゃいけない点だろうな。この時点でわかって良かったわ。
あと、翌日は筋肉痛で死ぬかと思った。筋肉を酷使し過ぎたのだろう。
一歩踏み出すだけでジンジンと痛みまくり、子供の身体に引っ張られてわんわん泣きそうになった。意地で耐えたが。
不審に思われて「病院行かなくていいの? 本当に大丈夫?」と母に心配されまくり、心配かけて申し訳なかったと思っている。
とにかく、レベルアップしていないのに一つ先のスキルが使えるようになる、というのは、大きな発見だろう。
本来なら、ヒナタの『蒼焔』スキルツリーが解放されるのはストーリーの中盤以降からだし、故にこんな段階から自己バフが使えるようになるのはとんでもないアドバンテージだ。
ゲームのヒナタは、その才能が自身に眠っていることを知らなかったが……俺は、知っている。
俺は、自らのラスボスとしての才能を信じている。
だからこそ今――結界柱のない領域、つまりモンスターが出没する領域に、足を踏み入れていた。
こんなことをしているとバレたら、両親から大目玉を食らうだろうが、これは必要なことであるため躊躇はない。
両親が死ぬまでに残された時間は、多いようで少ない。足踏みをしている暇はないのだ。
舗装されていない、人の手が入っていない大自然。
子供の身体では、これが本当に歩き辛く、余計に体力を消耗する。
何より――人のいる場所から数キロ離れた程度であるにもかかわらず、ここがすでに人外魔境の地であるということがわかる。
結界柱の効果というのは、本当に絶大なのだろう。
それから外れた領域に入って間もなく、俺の目の前には一匹のモンスターが出現していた。
「グルルルゥ……」
牙を剥き出しにし、ヨダレをダラダラと垂らして唸っているのは、狼。
スローターウルフ。
ゲームでは雑魚として出て来る敵だったが……その瞳から放たれる殺意。
明確に俺を『餌』として見ており、どう齧り付けば美味いかとでも考えていそうな憎らしい顔だ。
――これが、リアルか。
だが、俺は、こんな獣如きでビビッてはいられないのだ。
すでに、『蒼焔:武器強化』と『蒼焔;身体強化』の両方ともを発動している。きっと今の俺は、他者から見れば青いオーラに包まれているように見えることだろう。
「おら、来い、全然可愛くない犬っころ。相手してやる」
自らを鼓舞するために、意識して相手を嘲る笑みを浮かべ――次の瞬間、四肢を躍動させ、低い姿勢から一気にこちらへ飛び掛かってくる狼。
それに対し、俺は合わせるように、木剣を振るう。
そう、木剣をだ。鉄剣なんて持ってないので。
にもかかわらず、まるで豆腐でも斬るかの如く。
軽い感触。
血が爆ぜる。
俺の木剣は、スローターウルフの頭部から胴までを水平に斬り裂き、空に抜けた。
スローターウルフは、断末魔など一切あげず、後ろの木々にドシャリと内臓をぶち撒け、二度と動かなくなった。
俺は、戦いに勝利した。
「……おっ?」
何かが身体に流れ込む感触。
ともすれば勘違いだと思ってしまう程に微々たるもので、残心していなければ気付けなかっただろうが……何かが今、確かに俺の中へと入ってきた。
なるほど、恐らくこれが、経験値か。
ドロップアイテムなんぞは当然無し。だが経験値があるなら問題はないな。
武器バフに、身体強化バフ。この二つがあれば、今の俺なら油断さえしなければコイツくらいなら何とかなるか。
というか、やっぱりこのスキル、反則だわ。
木剣でこれだ、俺が知っている伝説級の剣なんかを持って戦ったら、それこそ盾でも鉄でもコンクリートでも、何でも斬り裂けるのではなかろうか。
「……ま、手札が多いのは、良いことだ」
これで、ダンジョン攻略の目途が立つ。
◇ ◇ ◇
それからしばらく、モンスター狩りの日々が続く。
遊びに行ってくると言って出掛け、剣と魔法の修練をある程度行ってから、すぐ逃げられるよう結界柱より少しだけ離れた浅い領域に入り、モンスターをシバいてレベル上げを行う。
スローターウルフ、ゴブリン、スライム、コボルト等々。
ゲームにおける雑魚モンスターばかりだが、今の俺ではこの辺りが精々だろう。
『蒼焔』スキルのおかげで、火力だけは十分にあるんだが……やっぱり身体が小さくリーチが短いせいで、剣の届く間合いが狭いのがな。
戦闘において、身体が小さいことはデメリットだ。そのことを痛感した。
ちなみに、俺が経験値と思っていたものは、この世界では『魔素』と呼ばれているようだ。
魔素は、本質的には魔力と同じものであるそうだが、生物の体内にあると魔力、それ以外の、例えば水や空気中にあると、魔素と呼ばれるようだ。
水が、温度によって『水蒸気』、『水』、『氷』と名称が分けられているのと同じ理屈だな。
生物が死んだ際、肉体から解き放たれた魔力が空気中に拡散されて魔素となり、それが近くにいた者の魔力と結び付いて、力となる。
それが、この世界における『経験値を得てレベルアップする』という概念だ。
レベルとは、肉体に蓄積された魔素の量ってことだな。
ゲームではそこまで深く説明されていなかったが、現実となった以上は、そういう現象も全て研究がされているのだろう。
完全に体感でしかわからないので、はっきりしたことは言えないのだが……恐らく今俺は、『レベル:8』くらいだろうか?
少なくとも、五分程度ならば武器強化と身体強化の両方を発動しっ放しに出来るようになったので、レベルアップしていることだけは間違いない。
そして、実はこのレベルを確認する方法は、この世界にも存在していた。
細かいステータスなんてものは流石にわからないようだが、どれだけモンスターを倒し、魔素を吸い込んだのかということを計測出来るだけの技術はすでに生み出されているらしい。
早いところ、それを確認したいのだが……しばらくは無理だろうなぁ。
というのも、モンスター狩りを仕事にしている冒険者達、それを総括する組織――『冒険者互助組合』に登録すれば確認出来るようなのだが、未成年の、しかも子供が登録のためギルドに来た、となったら、流石に調査が入って親に連絡が行くだろうことが目に見えているからだ。
中世世界じゃないのだ、戸籍管理は一人一人しっかりされているため、それを誤魔化すことは普通に無理である。そもそも普通に年齢で弾かれる。
いたずらをバレたくない子供みたいな理由だが、こうしてモンスター狩りを行っていることが親にバレるのは、俺にとって致命的だからな。
今は少しでも、レベル上げをしなければならない。両親に怒られて行動が制限される、なんてマヌケ過ぎる時間を過ごす訳にはいかないのだ。
まあ、何が何でも現在のレベルを知らなきゃならないという理由はないため、それはもう少し大きくなって、行動の自由が増えるまで我慢するとしよう。超気になるがな。
「あとは、どれだけ自己鍛錬に時間を費やすか、か」
「ギギィッ!?」
襲ってきたゴブリンを返り討ちにしながら、そう呟く。
俺が攻略を目指しているダンジョンの難易度は、高い。
タイムリミットが存在している以上、なるべく余裕を持って行動に移りたいが、パーティを組めるゲームとは違って一人で攻略しないといけないため、どれだけやってもレベル上げが足りないなんてことはなく――。
「……いや、待て。考えてみれば、必ずしも一人で攻略する必要はない、か?」
ふと、そこで思い直す。
手を借りると言えば、やはり最初に思い浮かぶのは、ギルドだ。そういうものの専門だからな。
しかし、今の俺が「ダンジョン攻略したいから手を貸してください!」なんて言っても、いたずらと思われてロクに対応されない可能性は非常に高く、それこそさっきの想像通り、親に連絡が行きそうだ。
だから、一人で攻略しなければならないと思い込んでいたが……考えてみれば、俺にはそれ以外のツテがあった。
いや、向こうはこちらを知らず、俺が一方的に存在を知っているだけだが、そこならば色々事情を隠したままでも力を貸してくれる可能性がある。
「……ま、何はともあれ、今は訓練だな」
俺は木剣を手に、さらに森の奥へと入って行った。