学園長《2》
「ふむ、その表情……どうやら、私にそれを明かした意味を理解しているようだな」
「火薬庫で火遊びする趣味は無いんですよ。本当なら俺だって、あなたにこんな話はしたくなかったくらいだ」
「で、あろうな。私とて、まさか生徒とこんな会話を交わすハメになるとは思わなかった。貴様は、いったい、何を知っている?」
鋭い、こちらの真意を探ろうとする視線を、俺は真っ向から見返し、答える。
「俺はその問いに答えることは出来ません。ですが、あなたと協力は出来ると思っています」
「そのような戯言を、私が聞き入れるとでも?」
「さあ、わかりませんが。ただ、一つ言えることとしては――その程度で、俺を抑え込めると思わないでほしいですね」
その瞬間、俺は『蒼焔:身体強化』を発動。
外に対する魔法は、恐らく学園長の魔力によって弾かれる。
だが、内に対して作用するものなら、話は別だ。
青い炎が俺の肉体を包み込んでいき、それを見た学園長の表情に、少なくない驚愕が走る。
「っ、それは……まさか……ッ!」
目を見開き、息を呑む学園長。
数秒程その表情で呆けていた後、彼は言葉を続ける。
「……貴様はそれが、何なのかを知っているのか」
「己の力です。どんな効果か、どんな由来か、調べるのは至極当然の話でしょう」
いや、まあ、嘘なのだが。
別に調べてないし。
ただ、知っている。それだけだ。
「……そうか。ではその力で、私に抗ってみるかね」
「出来れば、『トリックスター』を相手にはしたくないですがね。仮にそれしか選択肢が無いとなれば、抵抗せざるを得ないでしょう」
「私のことも知っている、と。にもかかわらず、その余裕。なるほど、『抵抗せざるを得ない』と言いつつ、やる気満々ではないか」
「やる気満々で生徒を威圧するジジィが――失礼、クソジジィが目の前にいるのでね」
「クク、そうか。私としては、己の判断が正しかったと思うばかりであるがな」
そのまま、しばし無言で俺達は対峙する。
緊迫する空気。
どれだけそうしていたのかはわからないが……やがて学園長は、何かしらの結論を頭の中で出したらしく、空間に満ちさせていた魔力を一旦解く。
話を聞く、という姿勢だろう。
俺もまた『蒼焔』を解き、すると、学園長は傍らのPCで何かしらのデータの閲覧を始める。
「……ヒナタ=アルヴァー。アルヴァー男爵家の長男。成績は中の上、だが学園ダンジョン十階層をジェイク=ゴルダル、レイハ=リィトと共にわずか一回で攻略。妹、ユヅキ=アルヴァーは成績優秀であり生徒会所属……なるほど、優秀な兄妹であることだ。どうやら貴様の方は、このデータではあまりにも不備が多過ぎるようだが」
そして学園長は、PCから顔を上げ、俺を見る。
「いいだろう、話を聞こうか。求めるものは?」
「レイハの安全。俺が求めるのはこれだけです。一度襲撃があった以上、二度目がないとは言えないでしょう。いや、むしろ必ずあると考えておいた方がいいでしょうね」
「続けたまえ」
「アイツの生活の場はここです。寮と、学園。この場所を他の誰よりも掌握しているのは、あなたを除いて他にいないでしょう。それに、学園長の手腕ならば、この区自体に警戒網を張ることも可能なはずです」
「出来るか出来ないかで言えば、出来るな。だが、何故私がそれをしなければならない?」
「惚けないでください。レイハの価値をあなたはわかっているはずだ。だからあなたは、アイツをこの学園に入れたんでしょう。一つを除いて、何のスキルも覚えていない、剣すら握ったことの無かったアイツを」
少し考える素振りを見せる学園長。
「……ふむ。ま、いいだろう。というより、生徒の身の安全の保障は、元々私の仕事。襲われたという事実に対し、必ず対策は打つ。それはすでに決定事項だ。『勇焔』の存在を知られた可能性も考慮し、私が考えていたものの倍の警戒網は張ろう」
良し!
これで、レイハのみならず、シノン先輩の方の安全も多少は増すだろう。少なくとも、学園があるこの区での襲撃はほぼ起きないと考えていいはずだ。
……つか、このジジィ、最初からそのつもりだったんじゃねぇか。
何が「何故私がそれをしなければならない?」だ。俺を揺さぶるためだけに、しれっと否定しやがって。
なんて、俺が胸中で思っていると、学園長は理解が出来ないとでも言いたげな表情を浮かべる。
「だが、一つ……わからんな。先程の貴様の『青き力』が、私の思っている通りのものならば……それは、貴様にとって命綱と言うべきものであるはずだ。文字通りの生命線であろう。それをこのタイミングで明かすとは。何故かね?」
「言ったでしょう、あなたとは協力出来ると思っていると。学園長としても、俺がこれを使えると知っていることは、大きな情報アドバンテージになるはずだ。……それに俺は、この学園が好きなんですよ」
「ほう?」
「あなたのような化け物に目を付けられそうなことだけは、如何ともしがたいですがね。それ以外は、良い環境ですよ、ここは。友人がいて、勉強もそれなり楽しくて。だからその日常を……俺は壊したくない。ただそれだけです」
誰がシリアス展開なんざ望むのか。
レイハがいて、ネア姉がいて、ジェイクなどの友人らがいて。
この日常を守るために、俺はずっと動いているのだから。
「そうか、学園での生活を楽しんでいるようで何よりだ。では、貴様は守らないで良いのかね。てっきり私は、それも要求してくるのかと思っていたが。襲われた際、あの少女と共にいたのならば、先程の青き力も見られたのではないのかね?」
「俺はいいです。自衛しますんで」
むしろレイハではなく、俺の方に来るなら万々歳だ。是非ともそうなってほしいものである。
「……よろしい。状況は理解した。貴様という異物の存在も理解した。私に己の正体を明かす必要があると判断し、一枚手札を切ってみせたことも、理解した。先程も言ったが、学園と付近の防備は、必ず今以上に整えよう。他にはまだあるかね?」
「いえ、ありません。ありがとうございます、よろしくお願いします」
「結構。レイハ君にもよろしく言っておいてくれたまえ」
「えぇ、アイツにも幾らかは話しておきます。――では、失礼します」
その会話を最後に、俺は踵を返して執務室の出入り口へと向かい――その瞬間だった。
グニャリと、視界が歪む。
前後左右の感覚が消失し、自分が立っているのか、座っているのか、倒れているのか、何もわからなくなる。
見えているのに見えなくなり、まるで白昼夢の中にいるような、世界が意味不明に変化していく。
――クソジジィ……ッ!
俺がこれを食らうのは初めて。
だが、知識として何かは知っている。
精神干渉系魔法『ファントム』。
学園長の得意魔法の一つであり、外から浸食した魔力でもって他者の魔力の制御を奪い、その奪った魔力を使って勝手に魔法を発動し、対象に幻影を見せるのだ。
食らうまで、発動に気付けなかった。それが、奴の真骨頂である。
魔力の動きを相手に悟らせず、気付かれぬ内に魔法を発動し、その気になれば一切の痕跡すら残さず他者を排除することが可能なのだ。
もしかしすると、この執務室を魔力で支配下に置き、そしてそれを一旦引っ込めてみせたところまで、コイツの仕込みだったのかもしれない。
俺はもう、学園長にその気が無いと判断してしまっていたのだから。
――ふざけるな、これは俺の魔力だ。勝手に使ってんじゃねぇ!
俺は、強引に己の魔力を動かす。
雁字搦めに身体を縛る縄を、ブチブチと引き千切るように、力任せに。
今まで感じたことのない強い抵抗が体内で発生するが……俺の魔力は、俺のものだ。
俺以上に扱える者など、他には存在しない。
次の瞬間、体内の魔力が正常に回り始め、歪んでいた視界が嘘のように元に戻る。
五感が正常に機能し、立っている、という感覚が戻ってくる。
俺は、荒らげたい声を抑え、至って冷静に学園長へと問い掛けた。
「まだ、何か?」
「いや何、その青き力を持つ者が、クソ生意気な口だけの若造なのかどうか、確認だけはしなければと思ってな。どうやら、最低限の能力はある若造であるようで安心した」
「そうですか。……一つだけ言わせていただいても?」
「何かね」
俺は、言った。
「くたばれクソジジィ」
「クク、敬老精神溢れた言葉をありがとう、長生きするよ」
本当に、アンタは長生きするだろうよ。
――俺と学園長の話し合いは、こうして終了した。
◇ ◇ ◇
【部活の暇潰し場】
ネア:つー訳で、レイハの体調は特に問題ねぇ。多少貧血気味だから、飯食ってよく寝ろってのが大まかな診断結果だ
ヒナタ:二人はまだ病院なんだな。そうか……それなら良かった。こっちも学園への説明は終わったところだ。学園長が手を回してくれるようだから、学園付近だったら、もう襲撃とかは起きないはずだ
レイハ:二人には、本当に……助けられたわ。ありがとう
ネア:おう、レイハ。感謝の気持ちはよく伝わるが、携帯端末の前でお辞儀しても、あたししか見えねぇぜ?
ヒナタ:……レイハ、お前は本当に可愛いな
レイハ:うけこ1p
ヒナタ:? どうした?
ネア:やべぇ
ネア:笑ってあたしもまともに文字が打てねぇ
ネア:今こっちで起こったこと、教えてやろうか
ヒナタ:何だ何だ
ネア:お前の返信見た瞬間、動揺したレイハが病院のソファに足引っ掛けて、頭から
ネア:おっと、悪いなヒナタ。顔真っ赤にしたレイハがあんまり必死だから、あたしに言えるのはここまでだ
レイハ:何も起きてない
ヒナタ:えーっと……
レイハ:何も起きてない
ヒナタ:そ、そっすか。お前の真っ赤な顔が見たいところだが、何も無かったのか
レイハ:真っ赤じゃない
ネア:そうだな。真っ赤じゃないな。リンゴみてぇな色になってやがるが
ヒナタ:リンゴみたいな色なのか
レイハ:リンゴじゃない