学園の日常《2》
学園での一日を過ごす。
広い校内にも慣れ、どこに何があるのかは大体わかるようになった。
と言っても、相当な広さのある学園なので、まだまだ知らない場所も多い。前にネア姉も言っていたが、多分卒業まで行かない場所なんてのもあることだろう。
時折ある、普段ほとんど使わないような特別教室等へ授業で移動しないといけない時に、「え、どこ?」「誰かわかるか?」「俺そこなら使ったことあるぜ!」「よっしゃ案内しろ。間違えたら全員の前で一発芸な」「これ俺、お前らを見捨てて一人で向かった方が良いのでは?」なんて会話をクラスメイトと一通り繰り広げるのがもうお決まりになっている。
なお、それで実際に一発芸をさせられた奴がおり、しらーっとした空気が教室に流れたのは記憶に新しい。
レイハの、心底不思議そうな「……? 今のは、何?」という言葉がトドメだったな。
とまあ、クラスメイトともそれなりに仲良くやっており、魔法学園にも馴染んできたのだが……この人とは、まだ全然馴染めていない。
「こんにちは、ヒナタさん」
「は、はぁ、どうも、ミシュア先輩」
眼前にいるのは、この学園の生徒会長。
ミシュア=ハーランド。
特別教室での授業が終わり、いつもの教室に戻る途中で、突然ぬっと彼女が現れたのだ。
しかも、何故か知らないが、様子を見ていた限り俺をピンポイントで探していたらしい。
「え、えーっと……何か俺に用でしょうか?」
「いえ、特に用という訳ではないのですが、ヒナタさんのパーティが、学園最速でヴェルダ古跡の十階層を攻略したと聞きましたから。おめでとうございます」
ニコニコしながら、そう言うミシュア先輩。
俺とこの人には、初日以来今のところ接点はないのだが……。
「……あ、ありがとうございます。えーっと、ユヅキの方も、先輩がいてくれたおかげで無事に初のダンジョン攻略を終えられたって聞きました。アイツの面倒を見てくれて、感謝してます」
「いえいえ、ユヅキさんは大切な後輩ですから。それに、彼女は一年生の中では特に実力がある方ですし、非常に賢い子なので、面倒を見ると言っても楽なものでした。あぁ、ヒナタさんも、私にとっては大切な後輩ですから、何か困ったことがあれば言ってくださいね?」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「これからの活躍も期待していますよ? では、また」
それだけを言って、彼女は去って行った。
……な、何だったんだ? 本当に「おめでとう」を言いに来ただけだったのか?
……こう、言っちゃ悪いのだが、ネア姉があの人を苦手だというのも正直わかるな。
妹なんかは、馬が合って意外と上手くやれているようだが……。
「……兄さん、アホ面で何やってるの?」
「うおっ!?」
なんて、そんなことを考えていると、いつの間にかユヅキ当人が近くに立っていた。
その横には友達らしい子もおり、どうやら一緒に通路の向こうから歩いて来たところだったらしい。
って、こっちの子は……。
「い、いや、別に。今の、見てたのか?」
「んーん、今そっちから来ただけ」
「そ、そうか」
「私が見たのは、兄さんがミシュア先輩を相手にタジタジになってたとこだけ」
「全部見てたんじゃねぇか」
何が「今そっちから来ただけ」だ。
「何、兄さん今度はミシュア先輩に手を出すつもりなの?」
「今度はって何だ、今度はって。違うわ、お前は兄を何だと思ってやがる。なんか……何故か声掛けられただけだ。本当によくわからなかったんだが、お前何か知らないか?」
「ふぅん……? ミシュア先輩、兄さんのとこの部活に興味があるみたいだけど、それかな? まあでも、何だろね?」
「さあ」
そう、二人で首を傾げていると、クスクスと笑う声。
「あっ、ごめんなさい。しぐさがそっくりで、やっぱりご兄妹だなぁって思って」
そう言ってユヅキの隣にいた子は、楽しそうに笑みを浮かべた。
――ソフィア=エンヴィール。
ゲームでも出て来た少女で、ユヅキが生徒会の同級生とパーティを組んだと聞いた時、もしかしたらと思っていた。
羊のような捻じれ角が側頭部から前に向かって伸びており、種族は『羊角の一族』という魔族。
背丈はユヅキとほとんど変わらず、またユヅキと変わらないくらいの童顔で、それ故に妹キャラっぽく見える。
いや、というか、ユヅキは人間の中で二歳若いので、実際他の生徒よりも幼い訳だが、つまりこの子の方が童顔なのだ。
「……まあ、兄妹だからな」
「兄妹だからね。あ、兄さん、この子は私の友達のソフィア=エンヴィールちゃん。私と一緒に生徒会に入った子だよ」
「へぇ、生徒会なのか。よろしく、兄のヒナタだ。ソフィアって呼んでいいか?」
「はい、大丈夫です! よろしくお願いします、お兄さん」
彼女は、礼儀正しく一礼する。
「同じ一年だろ? タメ口でいいぞ」
「あ、いえ、私のはこれ、クセになっちゃってるだけなので……」
「兄さん、ソフィアちゃんは誰が相手でもこんな感じだよ。私はお願いして敬語無しで話してもらってるけど」
ゲームでもそういうキャラだったが、やっぱりそうなのか。
「ふぅん? そうなのか……まあ、やりやすいようにやってくれればいいか。あ、もしかして、学園ダンジョンを一緒に潜ったってのも?」
「そう、ソフィアちゃん。いやすごいんだよ、この子。魔法で盾を張って、絶対に攻撃を後ろに通さないの。すごい頼もしかった」
「そんな、ユヅキちゃんが敵を倒してくれるからこそだよ。上級生にも劣らない攻撃魔法が使えるし……」
ソフィアは、魔法職でありながらタンクに適性があるという珍しいタイプだ。
シールド魔法スキルと結界魔法スキルの使い手で、それで敵の攻撃を防ぐのである。
ゲームでも唯一無二のタイプで、今はまだ違うだろうが、その内ユニーククラスも覚えることが出来るようになる。
特殊な性能なので、ゲームでも活躍させるのがちょっと難しいキャラではあったんだがな。ただその分、成長すれば非常に強い。
「私の能力なんて、成長すればその内みんな出来ることだよ。現時点の同年代では優秀かもしれないけど、それだけ。その点、ソフィアちゃんなら唯一無二って感じの性能だし、それでしっかり活躍出来てたし。私も負けないよう頑張らないと」
お、よくわかってんな、ユヅキ。
「へぇ、いいな。俺もソフィアの実力、見てみたくなったわ」
「もうすごいよ、兄さん。きっと兄さんの剣術……は、流石に無理かな。まあでも、そこらへんの同級生の攻撃程度なら、全部受けられると思うよ」
「ほほう、大したもんだ。ますます興味が湧くな」
「あ、あの……それくらいで許してください……」
俺とユヅキは同時に肩を竦め、するとそれを見たソフィアは、苦笑を溢す。
「……本当に、ご兄妹ですね」
「兄妹だからな」
「兄妹だからね」




