検証
それから、三時間程。
「……なる、ほど」
大体感触を確かめ終えた後、一人呟く。
まず行ったのは、今俺が覚えているスキルの確認。
まだ俺が九歳だからか、使えたのはたった一つ。
それは、『ファイアーボール』。初期も初期で、学園に入学する生徒ならばほぼ全員使えるだろうという魔法攻撃スキルである。
実際に自分が魔法を使えた感動もそこそこに、この初期魔法スキルを利用して検証を行った。
ゲームでは対応したボタンを押せば魔法が発動した訳だが、現実となったこの世界でそんなのどうすりゃいいんだとちょっと悩んでいたところ、そう言えばゲームで技名を叫ぶシーンがあったなと思い出し、「ファイアーボール!」と叫んだら出た。
それ以外の魔法は叫んでも発動しなかったので、覚えていないのだろう。
で、色々試した結果、別に発声しなくても発動することがわかった。
要は、スキルが求める通りに動き、スキルを使用するという意思があれば、発動するのだ。
一つ驚いたのは、その形を変えることも出来れば、大きさを変えることも出来たことだ。
ゲームならば、ファイアーボールは全てただのファイアーボールで、威力が術者の能力や装備によって変わるくらいである。
しかし色々試してみたところ、鳥の形のファイアーボールや、超ちっさい豆粒大のファイアーボールなんかを放つことが出来たのだ。
変な力の使い方をしたせいか、なんか身体からごっそり力を奪われたような感覚が――恐らく『MP』を消費したのだろうが、やり方如何でスキルの効力が変化するというのは、覚えておくべきポイントだろう。
これは面白いな。
この世界が大好きだった身としては、是非とも全ての魔法の変化具合を確かめてみたいものだ。
「ちなみに剣の武器スキルは……やっぱり覚えてないか」
そこらへんに落ちていたただの木の棒を拾い、初期クラス『剣士』で覚えられる初期スキル全ての動きを見様見真似でやってみるが、何も起きない。
ゲーム内に『木の棒』という最弱武器は存在していたので、スキルを覚えているならこれで発動すると思うのだが、ファイアーボールを使った時のような体内のMPが消費される感覚はない。
MP切れ? いや、体感的に、まだそれは残っているはずだ。
こう、言葉にしにくい感覚なのだが……MP、つまり『魔力』という未知の力が、肉体に備わっていることが今の俺にはわかるのだ。
だから、魔力自体はまだ残っている。それは間違いない。
となると、やり方が悪かったという可能性もあるが……まあ、そう難しく考えなくても、十中八九俺がスキルを覚えていないだな。
動きは知っていても、『習得』していなければ使えない、ということか。
ゲームと違って現実であるこの世界で、スキルの習得方法というのがどうなっているのか。これも要確認だろう。
あと、今の俺はクラスには就いているのだろうか。ファイアーボールは覚えていたようだし、もしかして初期クラスの一つ、『魔法士』か?
ゲームならステータス画面を開けばすぐにわかるが、この世界にそんなものは存在しないし――。
「……待て」
そう言えばまだ、試していないものがあった。
俺はラスボスとして、ゲームでは『灯の魔王』と呼ばれていた。
この『灯』とは、味方からは導く光。皆を先導する明かり。
敵からは、冥府へ誘う灯。
そんな、二重の意味が込められたものだった。
じゃあ何故、灯なんて言葉が使われたのかと言うと――。
「――『蒼焔』」
次の瞬間、ボワリと俺の手のひらに、青い炎が出現する。
温かく、淡く煌めく青。
「はは……本当に発動したよ」
なるほど、俺には……子供の時からこの力があったんだな。
どうりで魔法スキルの中で、ファイアーボールだけは覚えていた訳だ。火に対する適性だけは抜群に高い、と。
やはりこの肉体には、ラスボスになることが可能なだけのスペックが備わっているのだ。
――魔法スキル、『蒼焔』。
スキルそのものの名称であり、スキルツリー全体を表す名称でもある。
これは、一見すると攻撃魔法のように見えるが、実は支援魔法である。
自身や味方に、バフを掛けるための魔法なのだ。
今発動したこれは、『蒼焔』スキルツリーの中での初期スキル『蒼焔:武器強化』であるため、己の武器に青の炎を纏わせることしか出来ないが、ここから成長を重ねて行けば、軍団すら丸ごと強化出来る程の性能に化けることになる。
さらに、ゲーム中のヒナタは剣の才能があったため、自分で自分に最強のバフを掛け、敵に斬り込んでいき、主人公と対等に張り合える一騎当千と化すのである。
支援魔法使いのラスボスなんて、他にはあまりいないのではなかろうか。
こうなってくると、ファイアーボールの形状が変えられたことも少し話が変わってくるな。
火以外の魔法スキルだったら、同じ結果にはならないかもしれない。追々検証しなければ。
まあただ、この世界においての俺は、魔王なんぞになるつもりはない。普通に学園を満喫したいし。
鬱展開が自分に降りかかるとか、まっぴらごめんだ。この高いスペックを持つ肉体とゲームで得た知識を活かし、鍛えに鍛えて襲い来る全てを返り討ちにしてやる。
これは、挑戦だ。自身に訪れるはずの運命に対する。
いいね、楽しくなってきた。『彼方へ紡ぐ』を愛した者として、全てハッピーエンドに持って行ってやろうではないか。
「おにぃー!」
なんて、今後のことに思いを馳せていると、こちらに近付いてくる、とてとてと小さな歩幅の足音。
振り返ると、そこにいたのは我が妹、ユヅキ。
「ユヅキか、どうした?」
「お暇だから、おにぃ遊ぼー!」
どうやら遊びに来たらしい。
ちなみに、俺と妹が二歳違いであるにもかかわらず、本編では主人公の同級生として俺とユヅキの二人ともが描かれている訳だが、それはユヅキの方が飛び級したからだ。
この世界は、人間だけではない色んな種族がいる世界なので、つまりそれぞれで寿命が違い成人年齢等も違うため、学年を年齢で揃える、なんてことはしないのだ。
故に、その種族における成人以下であれば、本編の学園に通うことは許されている、という設定だったはず。
勿論飛び級で入学するには、それ相応の実力が必要なのだが……まあ、こう言ってはアレだが、ラスボスたるヒナタの妹である。
才能が無い訳ないのだ。
「兄は今そこまで暇じゃないんだけどな……」
「えー、うそだー! だって、一人でこんなところにいたって、面白くないもん! ――って、何だかちょっと、こげくさいね?」
「あぁ、魔法の練習してたんだよ」
「まほー! おにぃ、もうまほー使えるの? すごーい!」
両手を万歳させ、すごいすごいと無邪気に喜ぶユヅキ。
うーん、可愛い。
俺の妹、可愛いんだけど。
後に、「……ちょっと、邪魔しないでくれますか?」「は? 何言ってるの?」とか、他人を冷たくあしらうセリフを言うようになるとはとても思えない。
……いや、この子も、両親の死と、そしてそれによって降りかかる苦難が無ければ、こうして無邪気なまま成長出来たのかもしれない。
「じゃあおにぃ、わたしにまほー教えてよ!」
「いや、むしろ俺の方が教えてほしいんだが。ユヅキ、確か水の魔法スキル覚えてたよな? 見せてくれないか?」
火の魔法が得意な俺と対を為すように、ユヅキには水の魔法に才能があった。
今の俺の記憶を探る限り、現時点でも妹は、それが使えたはずだ。にもかかわらず、兄の魔法を見て無邪気にすごいと喜ぶ妹。可愛い。
「え? いいよ! じゃあ……はい!」
ユヅキがそう言うと同時、彼女の前にポンと水の塊が現れる。
「これは……あー、これは、何の魔法だ?」
本当に、ただの水の塊だ。
ユヅキも覚えているのは初期魔法スキルくらいのはずだが、こんな、水の塊だけを出すものは存在しない。
「え? うぉーたーらんす、の魔法だよ?」
「ランスというか、スライムって感じだけど」
これをぶつけられても、ただ濡れるだけだろうな。殺傷能力は皆無である。
「うん、トゲトゲしてたら、痛そうだから、丸くしたの!」
「……そうか。ユヅキは才能豊かで、思いやりがあって良い子だなぁ」
「えへへぇ」
俺が頭を撫でると、にへら、と顔を綻ばせ、嬉しそうにする我が妹。
……この顔を見ることが出来た時点で、この世界にやって来て良かったと思えるな。