エピローグ
――あの後、少し騒ぎになった。
俺とレイハとジェイクのパーティは、やはり学園最速で十階層を攻略していたようだ。
まさか初日で攻略し終えるとは流石に教師陣も予想していなかったようで、不正を疑う、なんて言うと言葉が悪いが、何度も確認が行われ、その結果真っ当に攻略したという事実がしっかりと周知された。
なお、その調査には各々が持つ携帯端末の情報が主に使われたのだが、俺は一度ネア姉に協力してもらって三十階層に足を踏み入れており、その記録がしっかり残っていたので、ボス戦の際に壊れたことにし、携帯端末を提出しなかった。
実際、俺の服が破れた状態でダンジョンから出て来たところは教師達も見ていたので、特に不審には思われず後日新しいのを用意してもらえることになった。自腹だが。
一個目は学園が支給するが、二個目はそうもいかないらしい。ぐぬぬ……。
そういう訳で、俺達の記録は大きく学園に広まり、しばらくの間周囲が騒がしかった。
嬉しいのは嬉しいのだが、例の黒いヒト型石像のことを他者に知られる訳にはいかないので、何も知らない二人が、何も知らないままポロッと口に出すのを防ぐのが少々大変だった。
と言っても、レイハは勿論、ジェイクも自分から手柄を誇るタイプではないから、「あんまりボス戦のことは口にしない方がいいかもな。一年はまだ攻略してない人がほとんどだし」と軽く誤魔化すだけで、何とかなったがな。
ちなみに完全に存在を忘れていたが、攻略直前に絡んできた貴族何某君が、結果を知って悔しそうに地団駄を踏んでいた。
彼は「次だ! この程度で僕が諦めると思うなよ! お前達、特訓だ!」と取り巻きと共に去って行った。
うん、頑張れ。応援してるわ。いやマジで。
また、そうして俺達のことが話題になったのと同時に、教師の一人が行方不明になったことも、少し学園で話題になった。
勿論、腐れメガネのことだ。
封印に誰かの手が加えられた、ということに気付かれぬよう、奴は三十階層に足を踏み入れた記録を残す訳にはいかなかった。だから、自分自身でその痕跡を消してくれていた。
故に、唐突な行方不明者の完成である。
警察の捜査も入ったようだが、本当に唐突過ぎて事件性も判断出来ないとして、失踪扱いで処理されたと後日ネア姉に教えてもらった。
俺達としては、大助かりである。仮にも、人一人を社会から消し去った訳だしな。
そんな、ちょっと騒がしい日々を過ごし――今。
「……ネア姉、俺、もう食えないんだけど」
「……男だろ、そんくらい食え」
俺とネア姉は、揃って学生食堂のテーブルに、突っ伏していた。
いつもは混んでいるここだが、今は昼時から大分ズレているため、利用者は少ない。
だから、俺達の様子を不審に思うような他の生徒もいなかったが、今が書き入れ時ならば、きっと奇異の目線で見られまくったことだろう。
「いやけど、食べてみたいって言ったの、あなたなんですが? 俺より食ってないのはどういうことなんすかね?」
「……うっせぇ。あたし、そこまで甘いもの好きじゃねぇんだわ」
「じゃあ何故頼んだよ」
「今一番あたしがそれを後悔してる」
ぐったりとする俺とネア姉の前に、でーんと鎮座しているのは、食べかけのパフェ。
ネア姉に奢ると約束した、例のデラックスパフェである。
改めて見て、その異様さに圧倒されたのか「……ひ、ヒナタ。お前も一緒に食っていいぞ。ほら」とネア姉に促され、奢りとかもう関係なく二人で同時に食べ始めたのだが……彼女は、俺が思っていたよりも小食だった。
そしてデラックスパフェは、俺が思っていたよりもデラックスだった。
これを、パフェと呼んではならない。山脈と呼ぶべきである。
そこらのちんけな小山ではなく、エベレストとか、チョモランマとか、そういうド級の奴だ。つか、学食のメニューの写真と比べて、大きさ違い過ぎである。
現時点で登頂開始から三十分は経過しているのだが、その雄大な山脈は挑戦者の存在など意に介さず、揺らぐことなく屹立し続けている。
所詮はパフェと……タカを括っていたことを、今俺達は猛烈に後悔している。
これは決して、二人で挑戦するものではなかった。もっと大人数で、パーティを組んで討伐すべき相手だったのだ。
準備不足。油断。それが死に直結することを、俺はよく知っていたはずなのに。
結果は、二人が戦闘不能一歩手前。まだ戦えはするが、無理をすれば死は免れ得ない。胃袋が弾けて。もしくは胸やけで。
まさに、絶体絶命のピンチだったが――その時、救いの手がもたらされる。
「……何してるの、二人とも?」
こ、この声は!
「き、来てくれたか、我らが救世主……!」
「じ、地獄に仏たぁ、このことか……!」
俺達の呼び出しで現れたのは、レイハ。
乏しい表情の中で、若干引き気味なのがわかるが、俺達はそれを気にすることが可能な状況ではなかった。
「レ、レイハ、頼む。力を貸してくれ。俺達にこの相手は辛かった。二人で倒すべき敵じゃなかったんだ」
「……残り、食べればいいの?」
強敵の存在を彼女も感じ取ってくれたらしい。
チラッとパフェの残りを見て、そう言うレイハ。
「あぁ、頼む! 俺達はもう無理だ……」
「あたしには今、レイハが女神に見えるぜ……!」
「……残せば良かったんじゃ?」
「意気揚々と頼んどいて、残すのはちょっと……」
「あたしが食いたいっつったもんだからな……残すのはちょっと」
レイハは微かに苦笑を溢すと、俺の隣に腰を下ろし、スプーンを手に取ってパフェを崩し始めた。
――それからは、圧巻だった。
まだまだ残っていたパフェは、しかしどんどんと攻略が進み。
二人での登頂で小揺るぎもしなかったその山脈が、レイハたった一人の手によって……いや手と言うか、口によって、崩されていく。
怒涛の波状攻撃に対し、一歩も引かず立ち向かうその姿は、まさに勇者の如し。
す、すごい……これが主人公の力、という訳か。
今俺は、英雄譚の最中にいるのかもしれない。お前の胃袋どうなってんだ。
やがて彼女は、満足そうな様子で、カランとスプーンを置いた。
デラックスパフェ、討伐完了。所要時間、わずか五分。
「ん……美味しかった」
「な、何て奴だ……俺は今、伝説の一幕を目撃したのか……?」
「あ、あぁ……あたしとしても、認めざるを得ねぇ。コイツは、とんでもねぇ英雄だ……!」
「……二人とも、今日は何でそんなにテンションが高いの?」
恐れ戦く俺とネア姉に、わかりやすく怪訝そうな顔をするレイハだった。
――俺は、この日常が好きだ。
好きだった世界で、好きだったキャラ達とふざけ、明日には忘れてしまいそうな、くだらないやり取りで過ごす時間。
それが、いったいどれだけ俺に、充足感を与えてくれていることか。
だから……今後も俺は、この生活を続けられるように動くつもりだ。
この、平和で愉快な世界が、そのままで変わらぬように。
そこまで考えたところで、俺はふと気が付く。
――あぁ、そうか。
「俺が彼方に紡ぐのは……この日々か」
「あん? 何か言ったか、ヒナタ?」
「何にも。それにしてもネア姉、見た目通り胃袋小っさいんだな。本当に、何でそれでデラックスパフェ食おうと思ったんだ」
「う、うっせぇ。気になるだろうがよ、メニューにあんだから……あたしもこの学園生活三年目になるが、今まで食ったことなかったし」
「いやまあ、気持ちはわかるが。流石に、ここまでの写真詐欺だとは思わなかったし。考案して、しかもメニューに入れた奴はバカなんじゃないか? ……レイハさん、どうしてそこで首を傾げるので?」
「普通に、一人で食べられる量よ?」
「俺今、お前の食生活がちょっと心配になってきた」
「……レイハ、お前の胃袋どうなってんだ……? 空間魔法でも発動してんのか……?」
俺は、そのまま二人とダラダラ話し、笑い――。




