慣れた日々《1》
入学式から、早くも一週間と少しが経った。
授業はなかなか面白い。
数学とか現代文とか、前世と変わらない授業は……まあ、うん、って感じだが、大真面目に魔法の授業を受けるのは、少し笑ってしまいそうになる。
大体お互いを知り得たためか、クラスで共につるむ顔ぶれも少しずつ固まり始め、まだ慣れていないところもあるものの、浮ついた空気は全体的に収まってきている。
俺もまた、レイハやネア姉以外に幾らか友人が出来た。
今目の前にいる相手も、そうである。
「それにしてもヒナタ、お前大した奴だよなぁ」
剣術の授業にて、共に柔軟体操をしている男子生徒が、そう口を開く。
――ジェイク=ゴルダル。
主人公がパーティを組む可能性のある一人で、魔族の同級生だ。
頭から角が生え、浅黒い肌の肉体はゴツい。
背も高いので若干威圧感があるのだが、しかし顔立ちには愛嬌があり、性格もサッパリしていて付き合いやすいタイプだ。
面倒見が良いので、ゲームでも兄貴分といったような立ち位置だった。
レイハ以外だと、ここんところ俺が最もつるんでいる相手である。
「何がよ」
「いや、あのレイハちゃん相手に果敢に話に行って、しかもなんか普通に会話成立してるからさ」
「会話ってか、俺が一方的に話してるだけだけどな」
「けど、レイハちゃんの方もちゃんとお前見て相槌とか打ってるだろ? 俺が話し掛けた時なんざ、一言二言言葉が返ってくるくらいだったぜ」
あぁ……。
「レイハは、パッと見だとボーっとしてるだけに見えるが、ちゃんと話は聞いてるぞ。無表情の質も変わるしな」
「おう、その質の差を感じ取れるのがすごいって話よ。いやはや、そのナンパ技術、見習いたいもんだわ」
「ナンパ技術言うな。そんな下心があって……いや、下心はあるか。下心あったわ」
「あんじゃねぇか」
よく考えたら、下心ありありで仲良くなろうとしてんだった。
「オホン、それより! ほら、剣術の授業なんだから、模擬戦すんぞ。お前のそのデカい図体を、小さく縮こまらせてやろう!」
「ほぉ、言ったな? いいぜ、勝負だヒナタ!」
柔軟体操を終えた俺達は、木剣を手に取って向かい合った。
この剣術の授業だが、必修ではなく選択授業の一つで、他に似たようなものとして『槍術』、『弓術』などがあり、うわゲームっぽいと思ったものである。
ただまあ、正直に言って、ネア姉と模擬戦している方が実りはあるだろうな。そんなこと言ってもしょうがないのだが。
ジェイクの実力にも興味があるし、今は授業に集中するとしよう。
――次のシナリオ。
いや、本編が始まった、最初のシナリオと言うべきか。
それは、学園が管理しているダンジョンの攻略授業である。
攻略のパーティは三人。ゲームでは主人公と俺は確定だが、もう一人をプレイヤーが選択可能で、声を掛けて誘うことになる。
だから、その流れを踏襲するなら、誰かパーティに入れる必要があり……まず第一候補が、コイツ。ジェイク。
適性はタンク。
盾役として非常に優秀な能力をしており、コイツが一人いるだけで戦闘は大分安定するし、最後までパーティに入れ続けても問題ないくらいの成長性がある。
何より、良い奴だ。口が裂けても本人には言わんが、俺は男キャラの中ではコイツが一番好きだった。
というか、プレイヤーの中でジェイクが嫌いな奴はいないだろうな。それくらいのド定番の選択肢である。
第二候補は、ウチの妹。ユヅキ。
魔法戦闘を基本とする、中後衛タイプ。
まだまだ弱いが、俺とレイハがいるとなると足りないのは盾か後衛か、といった感じなので、それを補うことが可能だ。
が……俺の心情的に、ユヅキをパーティには入れたくない。
色々起こることがわかっている以上、あんまり妹を巻き込みたくはないのだ。
その点、レイハは俺がどうこうしなくても問題が向こうからやって来るし、ジェイクもまあ……レイハと近しい位置にいるキャラである以上、放っといても何かしら厄介ごとに巻き込まれるだろうからな。そういう意味ではあんまり良心も痛まん。
ただ、危険があるとわかっている以上もっと安全策を採るべき、という考え方もあり、そして今の俺なら、ゲームには無かった選択肢を取ることも可能だ。
ネア姉だ。
ダンジョン攻略は、危険だ。
学園が管理しているものは、低層に関しては戦闘の素人が入っても問題ないくらいの難易度しかないが、それでも危険性がゼロという訳ではない。
故に、攻略のパーティに上級生に入ってもらうというのも、最初の内は許されているのである。
むしろ、初回攻略は上級生を一人入れることが推奨されており、知り合いの少ない新入生の状況でも組めるよう、学園の方で上級生を用意してくれたりするそうだ。
ゲームではなく、ここが現実世界であるからこそ、そういう措置が講じられているのだろう。
上級生がいる場合、後程再度自分達だけで同じ階層を攻略しなければならない、という縛りが生まれるが、それでもネア姉がいて俺がいれば、最悪龍種が出て来ようが対処出来るだろうという算段が付くため、安全策を採るならそれもアリだろう。
……ま、何をどうするにしろ、まずはレイハに声を掛けるのが先だな。
そもそもアイツとパーティが組めなかったら、どんだけ策を練っても全部無駄だし。
「隙有りだッ!」
「そんな隙は無ぇ」
「ぐっ!?」
ジェイクの木剣を回避し、バチコンとその頭部をぶっ叩く。
一本。
ジェイクは殴られたところを抑えながら、ハァと一つため息を吐いた。
「痛ぇ……ヒナタ、随分強ぇなあ。ちょっと自信無くしそうだぜ」
「俺は剣を主体にして戦うが、お前はそれが本職じゃないだろ? それで負けてたら、むしろ情けないってもんだ」
今のところ、俺が三戦三勝。ジェイクは手を変え品を変え攻撃してくるが、まだまだ俺が対処可能な範囲内である。
言っちゃ悪いが、同級生とはレベル差がある。
多分ではなく、間違いなく俺が一番強い。何なら、教師より俺の方が強い。偉そうだから口にはしないが。
レイハという可能性の化け物がいるため先はわからないが、今の段階で同級生に負ける訳にはいかないのだ。
……まあ、ネア姉が相手だと、そんなレベル差があるにもかかわらず、あの手この手で負かされそうになるのだが。
あの人、ゲーム時代とは比べものにならないくらい強くなってるからな……油断してると普通に模擬戦でボコボコにされるのだ。
と、俺の言葉を聞き、少し驚いたような顔をするジェイク。
「へぇ……俺が剣主体じゃないって、よくわかったな?」
……そう言えば、まだ盾持って戦う姿を、俺に見せたことは無かったか。
「動きを見てればな。基本的にジェイクは、武器持ってる右半身を後ろに下げて、無手の左半身を前に出して構えてるだろ? となると、盾とか持って戦うのが身に付いてんだろうなって思ってさ。確か模擬戦用の盾もあったはずだから、持って来てもいいぞ」
「いや、今は実戦じゃない授業の時間だ。お前とやんのはハードだがしっかり訓練になるから、このままでいい。――へへ、よく人を見てんだな、ヒナタ」
「褒めても剣しか出ないぞ」
「出て来るモンの中じゃあ、最悪の類だな」
違いない。




