魔宴杯開始《2》
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スタッフの腕章を付け、会場通路を歩いている男。
一見すると、ただ忙しくしているだけのスタッフに見えるが――その視線の動き。
今は非常に忙しい時間帯だ。ただのスタッフならば、己の仕事に手一杯になっているはずで、だがあの男は、それとなく周囲の視線を気にし続けているのがわかる。
そう、客や選手自体を気にするのではなく、その視線の向いている先を気にし、警備などに気取られない場所を選んで歩いているのだ。
あまりの人の多さで、てんてこ舞いになっているタイミングを選んで入り込んで来たのか。
「イブキ、アイツだな?」
『クゥ』
イブキは、肯定する。
……それにしても、こんだけ人がいる中で、よく正確に敵を見分けることが出来たな。俺もネア姉も、言われるまで全然気付けなかったぞ。
空間魔法とは、そこにあってそこに無い。そこに無いがそこにある。
そういう状況を生み出す魔法なので、ブレスレットの中にいても外の世界を認識出来ていることは知っているのだが……やはり、殺気や魔力を感じ取る能力などは、俺達より遥かに上なのだろう。
ナヴェルのじいちゃんなら、同じ条件で敵に気付けただろうか。
「よし、ヤバいと思ったら遠慮なく出て来てくれ。行くぞ」
俺は、ブレスレットから瞬時にイブキを引き抜けるよう準備しながら、バレないように男の数メートル後ろを歩く。
何かを仕掛けようとでもしているのか、どんどんと人気の無い通路へと入っていく奴を追い、タイミングを見計らい――だが、それは無駄となった。
――俺の目の前で、突如男の顔面がガシッと掴まれ、そのまま頭部が粉砕せんばかりの勢いで壁に叩き付けられたからだ。
「ガッ――!?」
「寝てろ、賊め。……フン、やはり這入り込んでおったか。全く、ザルな警備もあったものだ。上は何をしているのだか」
そこにいたのは、学生服を身に纏った、だがおよそ学生とは思えないような筋骨隆々の、巌のような顔付きをした魔族の男。
例の近衛騎士団長と比べても、遜色ない身体付きである。
彼は、たったの一撃で意識を失ったらしい不審者を無造作に放り捨て、というところで俺に気付いたらしく、眉を動かす。
「む? 貴様は……前夜祭で見た顔だ。ヴァーミリアの生徒だな」
「ども。ウチの生徒会長と話していた、ドルマ総合魔法学園の生徒会長さんですね」
ゲオルグ=アンデルス。
ゲームにも登場していた魔族で、ゴツい見た目通り大剣を主武器としている、超パワーファイターである。
レイハの仲間にはならないが、場合によってはパーティに参加するような、そういう立ち位置にいるキャラだ。
戦うのが大好きで、魔宴杯でレイハと当たってガチンコの勝負を繰り広げるのだが、それで彼女の強さに感心して関わりが出来る訳だ。
この世界で、それがどうなるかはわからないけどな。
「貴様も、この賊の気配を感じ取ったのか。大したものだな」
「たまたまですよ。先に気付いたのも、生徒会長さんの方だったみたいですし」
「俺は慣れているだけだ。立場柄な。……ふむ」
まじまじと、こちらを見て来るゲオルグ。
「? 何です?」
「いや何、少々興味が湧いただけだ」
俺は、怪訝な表情を浮かべ――!?
顔面に迫る裏拳。
考えるよりも先に、身体が勝手に反応する。
俺の顔面を潰さんと迫るそれを、上体を逸らすことで回避し――今のは囮かッ!
裏拳にこちらの意識を集中させた上で放たれたのは、回し蹴り。
丸太のようなぶっといその足を、食らう寸前にギリギリ手のひらで受け止め、腕をつっかえ棒にすることでそのまま己の肉体ごと後ろに下がり、間合いを取る。
両者の間に出来る空間。
「……何だ、突然。頭湧いてんのか」
語気が荒くなる俺に対し、ゲオルグは。
楽しそうに、笑う。
「クク、貴様、そちらが本性だな。――なるほど、クラウスが言っていた秘密兵器とやらは、やはり貴様か」
「…………」
「良い動きだ。一年とは思えん場慣れっぷりだな。なるほど、知らぬまま対峙していては、その意外性にやられていた可能性は無きにしも非ず、といったところか」
「……それを確かめるために襲ってきたのか?」
「こんなものは、ただの児戯だ。そうだろう?」
ニヤリと笑みを浮かべるゲオルグ。
……あぁ、そうだろうな。
今の攻撃、鋭さはあったが、恐らく寸止めしようと思えば出来るであろう力加減だった。
コイツ、想像以上に冷静だ。
そう言えば、そうだった。コイツは、ゴツい見た目のクセに、かなりの切れ者なのだ。
いや、仮にも『生徒会長』という肩書を持っている男だ。頭が回って、当然と言うべきか。
「俺は、ゲオルグ=アンデルス。貴様の名は?」
「……ヒナタ=アルヴァーだ」
「そうか、ヒナタ。本戦で貴様と戦える時を楽しみにしているぞ。――もう開幕式が始まる。貴様もさっさと己の学園の待機室に戻ることだ」
そう言ってゲオルグは、気絶して転がっている男を肩に担ぎ上げると、この場を去って行った。
……後始末してくれるのは助かるが、厄介なのに目を付けられた気がするな。
全く、こういうのは本来、レイハの役目だというのに。
まあいい、俺に注目しといてもらって、レイハの方で度肝を抜いてもらうとしよう。
アイツにも、是非とも頑張ってもらわないとな。
『クゥ』
「あぁ……戻るか」
チラリと携帯端末で時間を確認すると、本当にあと少しで開幕式の始まる時間となっていたため、俺は急いで来た道を戻っていった。
◇ ◇ ◇
「ハァ、全く……出来ることなら、私も皆さんの競技をしっかりと観ていたいのですがね」
「き、貴様……ッ!!」
「本来ならば、あなた方のような者は縊り殺すのが常ですが、死体処理が面倒ですので半殺しで済ませてあげましょう。己の命がまだ残っていることに、日々感謝しながら生きることです」
ナヴェルの前で、ゆっくりと敵が崩れ落ちていく。
普段ならば、クロと断定した時点で彼から『容赦』の二文字は吹き飛んで消えるが、今だけは別だ。
魔宴杯開始前ならばどうとでもなったため、死体の山を築き上げることに何ら躊躇などしていなかったのだが、当日である今日に問題を起こすと、ヒナタ達の競技の方にも迷惑が掛かる可能性が高いので、半殺しにして生死を彷徨うであろう程度の対応で済ませているのである。
生死を彷徨う程度、というのが彼にとって手加減である辺りが、『紅月の死神』が恐れられる所以であろう。
――ナヴェルは、悪を許さない。
しかし、己が為している所業もまた、悪であると考えている。
断じて己は正義などというものではなく、だからこそ出来ればネアには、自分の道には進まないで欲しいというのが正直な思いだ。
だが、それでも――己が悪に染まり、世人に蔑まれ、糾弾されようとも、為さねばならぬものがある。
己の汚れたこの両手であるからこそ、潰せる悪がある。
ナヴェルはそれを知っているからこそ、その信念だけは、決して揺るがないのだ。
彼は、会場裏からフィールドの方を見る。
現在行われているのは、魔宴杯開幕式。
子供達が並び、緊張と高揚を表情に見せ、そして戦意を漲らせてる様子。
見ていて微笑ましく、老人の身としては若者の未来というものはいつでも心躍るものであり、だからこそこれを壊そうとする者は、たとえそこにどんな思いがあろうが、ナヴェルにとっては決定的な悪である。
どんなお題目を並べ立てたところで、子供を巻き込んで良い理由には、絶対にならないのだから。
――事前に粗方排除したと思っていましたが、恐らく増援が来ましたか。これは、ペースを上げていかなければなりませんね。
ナヴェルは、今後の算段を脳裏で立てながら、言った。
「して……こんなところまで、よくお越しになられましたな。――ラウラ陛下」
「うむ、ちと同族の気配を感じたのでな。こちらで正解であったか」
奥からゆっくりと現れたのは、アールヴ法国女王。
ラウラ=ドルー。
供も連れておらず、たった一人きり。
エルフの民族衣装を基にした、品のあるドレスを身に付けているが、何かの魔法を使用しているらしくその存在感は極限まで薄くされており、戦闘で感覚を研ぎ澄ませていた状態でなければナヴェルでも気付くことは難しかったであろう。
ただ、それは、ナヴェルの方も同様であった。
「ほう、この老骨の気配を感じ取りますか。流石ですな」
「何、女王たるならば、同族の存在くらいは気付けねばなるまいよ。のう――『紅月の死神』よ」
ナヴェルは、誤魔化さなかった。
「……親善パーティでは、ロクにお話も出来ませんでしたからね。私に、何か聞きたいことでもおありで?」
「うむ、一つだけ聞かせてほしい。――『エンジュ』の最後は、どうであったか、じゃ」
出て来た名前に、ナヴェルは珍しい驚愕の表情を浮かべる。
「よく、その名をご存じですな」
「妾の一族の者じゃ。ならば知らぬ道理もあるまい」
ラウラの言葉に、ナヴェルの眉がピクリと動く。
「……なるほど、彼女の生まれは王家でしたか」
「何じゃ、知らなんだか?」
「えぇ。師匠は、最後まで己の出自に関しては教えてくれませんでしたから」
ナヴェルが浮かべるのは、何かを思い出すかのような、遥か彼方を見ているかのような眼差し。
遠く、遠く、だが決して色褪せぬ記憶。
己に、『紅月の死神』という名を、継がせてくれた者。
ナヴェルという男の生き様に、決定的な影響を与えてくれた女性。
「師匠の最期は、戦場です。命が尽きるその時まで、人のために戦い……そして、人を庇って死にました」
「そう、であるか……彼女は、本望のままに死ねたのじゃな?」
「えぇ、それは間違いありません。師匠は、己が出来ることを出来る限りでやり遂げました」
「……感謝する。我が一族の墓前で、良い報告が出来そうじゃ」
「いえ、私としましても、師匠と所縁のある方にお伝え出来て何よりです」
二人は、故人を思うようにしばしの間押し黙り……それから、ラウラは声音を変え、殊更に軽い調子で口を開く。
「ところで、手伝いは必要かの? これでも国を率いる身故、その気になればネズミ退治も手伝えると思うぞ? 他国故、大っぴらに動かすことは出来んから、少数部隊の展開にはなるじゃろうが」
ナヴェルは、少し考える素振りを見せ、そして言った。
「では、一つだけお願いしたく。――シュレイア王国第一王女を、守ってあげてください」
「ほう……? 狙われておるのか?」
「恐らく、としか言えませんが。ここまで見掛けた敵の中に、シュレイア王国の者がおりました」
ラウラは、表情を少し険しくする。
「……リーゼル王女が来よったのは、お忍びじゃぞ? それも、かなり急な来訪の決定だと聞いておるが」
「えぇ、私もそのように伺っております。にもかかわらず、シュレイア王国の者がいた。あの国の内情を考えると、警戒に値する点かと」
「……うむ、わかった。幸い、彼女とはこの魔宴杯の間、共に観戦することになっておる。それとなく気に掛けておこう」
「助かります、私ではそこまで手が回りませんから」
ラウラは、一つコクリと頷く。
「他にも、何かあったら頼って来るが良い。ヌシの活動のことは、多少は知っておるつもりじゃ。妾で力になれることがあれば、協力しよう。――そうそう、そう言えば、あのヒナタ少年。親善パーティでも一緒におったが、もしやヌシの弟子か?」
「いえ、幾度か面倒を見てあげたことはありますが、弟子という程ではありませんね。彼は、初めて出会った時から、しっかりとした実力がありましたよ」
「カカ、そうか。うむ、やはり彼の試合が楽しみじゃな! 若者の可能性には、いつでも心躍らされるものじゃ」
「全くです」
そう言って、二人の大人は笑った。
なお、傍らに生死の境を彷徨うような重体の男が倒れていても、欠片も気にした素振りが無い辺り、ラウラもまたそれなり以上には、修羅場に慣れているのだった。




