表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方へ紡ぐ  作者: 流優
チュートリアル
2/256

目が覚めたらラスボスになってた《2》


 俺が好きだった学園ファンタジーRPG、『彼方へ紡ぐ』。


 剣と魔法、加えて銃器もあり、ファンタジー調ながらSF風味もあるような世界観。


 現代と同じくらいの文明力があり、具体的には街にビルがあり、車が走り、ネットも存在しているが、それらの技術の基盤に科学と魔法の両方がある、という感じの世界観である。


 基本的には王道なストーリーであるものの、大きなどんでん返しもあり、謎を解き明かす推理要素もあり、キャラとの恋愛要素もあるような、盛りに盛られながらも、決して中途半端な出来にはなっていない神シナリオ。


 ちょっとしたキャラ同士の掛け合いも面白く、記憶に残る名言なども数多くあって、それらも高い評価を得ていた理由の一つだろう。


 そして『彼方へ紡ぐ』には、プレイヤーが操作する主人公と、対を為すような重要なキャラクターがいた。


 主人公の最初の友で、やがてラスボスとなる存在であり、それが――ヒナタ=アルヴァー。


 つまり俺である。


「…………」


 スプーンを握っている、自身の手を見る。


 小さな手。短い指。


 それもそうだろう、俺は今、九歳のはずだ。


 当然こんな子供の姿でラスボスをやっていた訳ではなく、本編では高校生くらいの見た目で描かれていたので、今は本編前の時間軸と考えるべきだろう。


 手をグーパーさせると、思い通りに動き、全く違和感もない。


 そう、違和感がない。


 俺には、日本人として生きた記憶がある。

 だが、同時に自分がヒナタ=アルヴァーであるという感覚もまた、確かに存在しているのだ。


 この肉体で、今の歳になるまでこの世界を生きてきた、という感覚が。


 だから、何と言うか……前世が日本人で、今日たまたまそのことを思い出した、みたいな、そういう感じがあるのだ。


 ……いや、実際にそうなのかもしれない。


 何があったかわからんが、前世の俺は死に、このヒナタに転生したのかもしれない。


 俺の中に、混乱はあってもあまり焦りがないのは、他人の身体に転生したような感覚が一切なく、俺こそがヒナタであるという自意識がしっかり存在するが故なのだろう。


「……けど、よりにもよって、ヒナタに転生か」


 主人公ではなく、他のサブキャラでもなく、ヒナタへの転生。


 その場合、大きな問題が一つある。


 ――ヒナタの人生、メッチャ辛い(・・・・・・)ということである。


 ヒナタというキャラクターは、物語の舞台となる学園に通い、主人公パーティの一員となるものの、色んな出来事が原因で主人公サイドとは袂を分かつことになり、そのまま中退することになる。


 そして、決意と覚悟を胸に『灯の魔王』として軍――『魔王軍』を率い、この国と周辺各国の連合軍に対し戦争を起こすことになるのだ。


 ただ、紆余曲折を経て、最終的には主人公と共闘することになり、もっと大きな敵と立ち向かう、というのが大まかなヒナタの人生だ。


 まあ、ラスボスなのは間違いないので、最後に主人公と一対一で決闘をするんだがな。


 決闘し、勝敗がついた後に二人が大地に転がりながら笑い合って、そしてエンディングへと入っていくあの流れは……今思い出しても泣ける。


 ただ、そのラスボスになる過程で起こる『色んな出来事』というのが問題で……例えば、すでに仕事に出ている父親と、早々に朝食を食べ終えてベランダに布団を干し始めた母親。


 カフウ=アルヴァーと、エンリ=アルヴァー。


 俺の両親は、しかしゲーム中に語られることは、ほとんどない。


 脇役も脇役なのでキャラクターとして出す必要がないという理由もあるだろうが、それよりも単純に、ヒナタが十三になる時両親の(・・・)どちらもが死ぬ(・・・・・・・)からだ。


 故に二人とも、テキストとしてしか情報が存在しないキャラなのである。


 ヒナタが魔王として国と敵対する、原因の一つである。


 ゲームだったら「うわ可哀想やな……」というくらいの感想で済むが、今から自分にそれが降りかかるなど、(たま)ったもんじゃない。


「で、俺が男ってことは……主人公は、女か」


 『彼方へ紡ぐ』は、主人公が男か女か選べるタイプのゲームだったのだが、ヒナタは主人公と対を為す存在であるため、主人公が男なら女キャラ、主人公が女なら男キャラ、という風に性別が変化する。


 俺の『ヒナタ』という、どちらにも取れそうな名前は、それが理由の一つなのかもしれない。


 なので、どこぞの画像サイトでは腐の組み合わせと百合の組み合わせの絵がいっぱい――オホン。


 ……けど、どうだろうな。ゲームとは違って、もしかすると主人公も男の可能性はあるだろう。


 ここは、現実だ。


 音、臭い、色。

 朝食の味、物の質感と手触り。


 五感から感じる情報が、ここが現実であるということを明確に伝えている。


 これで夢など、あり得ない。


 だが、俺がやっていたのは、あくまでゲームなのだ。この差は頭に入れておくべきだろう。


「どうしたの、おにぃ? さっきからブツブツ言ってるけど。ゲームのお話?」


「ん、そんなところだ」


 俺の独り言に反応したのは、隣で同じように朝食を食べている幼女。


 美しい碧色の瞳。


 綺麗なロングの黒髪で、人形みたいな整った顔立ちをしており、将来はさぞ美人になるだろうな、ということが今から窺える相貌だ。


 名前は、ユヅキ=アルヴァー。


 俺の妹で、二歳年下の現在七歳。


 この子は、ヒナタと同じく両親が死した時の災禍から生き延びることができ、その後のヒナタの精神性に大きく影響を及ぼすキャラクターだ。


 ヒロイン格で、プレイヤーが選ぶことが可能なパーティ候補の一人でもある。


 ちなみに妹の容姿は、女であった場合のヒナタとそっくりだ。


 俺の両目が赤で、コイツの両目が青、という大きな違い以外だと、顔立ちに幼さが残るかどうかといったくらいの差異だった。


 で、まだ幼い今の俺は、男でありながらコイツといる時に姉妹と見られる時がある。女の子に間違えられ、イラっとした経験が記憶の中に残っている。


 成長すれば、そんなことも無くなるだろうが……。


 あと、『彼方へ紡ぐ』は主要キャラと恋愛をすることが可能で、それが理由で人気でもあったのだが、ヒロイン格の妹は成長した時のビジュアルが超美少女であるため、恋人として選ぶプレイヤーは多かった。ネットの人気ランキングでも常に五番以内に入っていたくらいだ。


 俺はあのゲームをトロコンまでやっているので、当然そのルートもプレイしているのだが……。


「……うん、やっぱりお前は、俺の妹だ。今はもう、それ以外の何者にも思えないな」


「? そうだよ? 何言ってるの、おにぃ」


「現状把握だよ、現状把握。あとユヅキ、ちゃんとそのトマトも食べな」


「おにぃ、トマト好きだったよね。おにぃの好物だから、私のあげる!」


「アホ」


「あー! 人にアホって言ったー! おにぃ、お口わるーい! お口わるわる星人だ!」


「ちょっと響きが可愛いな、それ」


 俺を指差し、子供みたいなことを言うユヅキ。いや、子供そのものだったわ。


 コイツ、ゲームだと割とクール系美少女だったはずなんだが……お前この頃はまだそんななのな。


 主人公とはだんだん仲良くなっていくが、初対面だと「……何ですか? 大した用がないなら話しかけないでください」とか、辛辣に言い放つタイプだったのに。


 ――あぁ、俺は、本当にヒナタなんだな。


 妹と何気ない会話を交わす中で、沸々と、胸の内からそんな思いが湧き上がってくる。


 ……色々と、わからないことだらけ。


 考えなければならないことは山積みで、頭がパンクしそうな状況だ。


 だが――とりあえず、今日から何をすべきかは決まった。


 俺は、ゲームのヒナタのような、辛い思いはごめんだ。


 幸いなことに、俺の頭の中には膨大な攻略情報が存在する。夢中になって攻略したことで、自然と頭に染み付いた情報が。


「なーに、おにぃ。そんな、まじめ~な顔して。あっ、このたまご焼きはあげないよ! わたし、たまごは好きだから!」


「はいはい。わかったから早く食べな」


 妹とそう話しながら、俺の胸には一つの覚悟が浮かんでいた。




 まずは、四年後に迫る両親の死の回避。


 それを目標に、行動するとしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここだったのか…お口わるわる星人 すっかり忘れちゃって…探したわ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ