魔宴杯に向けて《1》
新章開始!
――魔宴杯。
第一回開催から、すでに百五十年程が経ち、開催国は毎年変更される。
参加校は、全部で三十にも及び、各国から数校ずつトップの学園が集められるため、競技のレベルは非常に高い。
テレビ中継も参加した各国で大々的に行われ、そのため世界的にファンの数が非常に多く、魔宴杯を見て魔法学園に入学したいと考える子供は少なくないのだ。
そして、今年の開催は、レガドール魔帝国。
故に、魔帝国では今、その準備のために様々な者が、右へ左へと動き回っていた。
その中で、最も忙しいのが――魔帝、ウラル=ヴォルヒム=レガドールである。
レガドール魔帝国という、周辺各国の中で頭一つ抜けた超大国の、国家元首。
魔帝国は魔族の国であるが、一口に魔族と言っても、その内部には様々な種がいるため、人間とエルフ、人間と獣人などといったように、全く異なった特徴に、全く異なった文化を持っていることが決して珍しくなく、故にその軋轢もまた多い。
そもそも、レガドール魔帝国は貪欲に他国を侵略して出来上がった国家である。
今の形となり、すでに百数十年が経過しているが、魔族は寿命が長い。エルフ並ではなくとも、二百年くらいならば普通に生きる種ばかりであり、故に国土を奪われた時の記憶は、まだまだ残っているのだ。
そんな成り立ちであるため、当然ながら問題は山積みで、百年掛かっても解決は不可能だろうという根深いものも数多く存在しているが――魔帝ウラルは、ただその手腕で以て、国を十全に回していた。
国内政治、国際政治共に明るく、不満があれば収め、反乱分子が出れば根こそぎ刈り取り、そして着実に経済を回すことで、支持者を増やしていく。
利で以て、皆を従わせているのである。
歴代の魔帝よりも厄介だという評価はここにあり、先代までならば、国内に不満が溜まれば他国へ侵略することで矛先を逸らし、領土を獲得することで人心を慰撫してきた。
だが当然、拡張には限界が存在し、このまま『領土拡張主義』を推し進めるのは不可能だと判断した現魔帝は、先代より方針転換。
暴発寸前で、国土が割れかねなかった国内の問題を一つ一つ対処していき、国体を維持。
限界であったはずのレガドール魔帝国は、ついぞ分裂すること無く、現在にまで至っている。
その政治手腕だけで、もはや英雄と呼ばれてもおかしくない程に、現魔帝の能力は本物であった。
そして今回、魔宴杯がレガドール魔帝国で行われるとあって、彼もまたその準備に尽力していたが……その表情は、決して優れなかった。
「……フン、厄介な年にホスト国になってしまったな」
ウラルは、報告書に視線を滑らせながら、思考する。
そこに書かれている内容は、ヴァーミリア王立魔法学園にて発生した、親善パーティの襲撃事件に関する報告。
息子、アルフレートからも詳しい話は聞いているが……どうやら、何か良くないものが動き出したらしい。
襲撃事件に巻き込まれた国による、秘密協定の話は届き、協力することはすでに決めている。
息子が参加したパーティが襲撃されたことに関して、ヴァーミリア王立魔法学園の失態を糾弾し、国益に活かしても良かったが……ウラルは今回、それをしなかった。
そんなことをしている場合ではないと判断したからだ。
だからこそ、その件については『敵を許さない』という見解を示すだけにして協力体制を築くことにし、魔帝国の情報機関でも情報収集を開始している。
――それでも、何も敵の情報が得られぬというところが、この問題の頭の痛い点ではあるのだが。
ウラルにとっては、舌打ちをしたい思いであった。
何故、このタイミングなのか。言いたいことは、それに尽きる。
彼が懸念しているのは、やはり、魔宴杯である。
ホスト国となった以上は、自国の学園の活躍がどうの、というより、各国の生徒達をしっかりと歓待して、この催しを無事に遂行するということの方が重要となる。
安全を確保する。そんなのは、当たり前にこなさなければならないのだ。
だが、レガドール魔帝国の面子を潰すために、魔宴杯を失敗させようとする勢力は数知れず、さらにはこの、暗躍する謎の組織だ。
いや、ただの反乱分子だけが相手ならば、どうとでもなるのだ。敵の目星も付いているため、根切りにすればいい。
しかし、王達がいようが、構わず襲撃を敢行する組織が存在し、しかもその敵組織の詳しいところが、今になってもわかっていない。
そんな者達が、仮に魔宴杯に介入してきたらと考えると、頭が痛いどころではない。
しかもその可能性は、決して低くは無い。ウラルは、そう見ている。
何か国内にて、捉え切れぬ『影』が見え隠れしているのを、彼の鋭敏な感覚が感じ取っているからだ。
届く報告の数々を繋ぎ合わせていくことで、不審なものが浮かび上がってくるのである。
「……全く、面倒な」
彼は険しい表情のまま、次々と情報を処理していった。
◇ ◇ ◇
魔宴杯へ向けて、本格的な準備が開始した。
出場選手は確定したようで、全学年合わせて四十人程度。生徒会等のスタッフを合わせると、さらにプラス十五人程だ。
まあ、生徒会の面々は実力があるので、半分くらいは選手も兼ねているようだが。
俺の友人らで選手になったのは、ゲームと同じ。
俺、レイハ、ネア姉、ジェイク、ユヅキ、ソフィア、アマネ。あと、ミシュア先輩もか。
……知り合いでないところでは、糸目もいた。
奴に関しては、少し考えているものがあるので、とりあえず今は放置だ。学園の先輩として、ただ仕事をしてもらうとしよう。
魔宴杯に関する説明会もまた、学園の講堂に関係者全員が集められて行われ、今後の流れ、練習日程、競技のルール説明等がされ、その日の内に出る競技ごとに別れて練習が開始。
一年生には、数人ごとに一人三年生が付いて直接教えてくれることになり――そして、学園の一角に、俺達もまた集まっていた。
「つー訳で、お前らはあたしが面倒見てやる。……まあ、何つーか、面白みの無ぇ面子ではあるが」
そう話すのは、ネア姉。
俺達のグループは、俺、レイハ、ジェイク。で、教導役がネア姉である。
彼女の言う通り、いつものメンツ、という感じである。ジェイクとネア姉は初対面ではあるが。
「お前は……確か、ヒナタとレイハの友人だったな?」
「うっす、ジェイクです。ネア先輩のことは二人から聞いてます。よろしくお願いします」
そう、挨拶を交わす二人。
「おう、よろしくな。お前は盾持ちだったか?」
「はい、いつも『タンク』としてやらせてもらっています」
「だったら、体力はあるだろうな。となると、お前が本番までに身に付けるべきは、敵を効率良くぶっ殺すための技だろう。得てしてタンクは、足が止まりがちだ。本番までに、乱戦を切り抜けるための技術を練習した方がいい」
「わかりました、そうします」
「で、次は……レイハだな。レイハは、ジェイクと同じく乱戦での立ち回り方を覚えんのと、長時間の戦闘でバテねぇ立ち回り方を覚えねぇとな。これはあたしにも言えることだが、『ボックス・ガーデン』は一対一が勝てりゃいいって競技じゃねぇ。長く戦う技術が必要だ」
「ん、わかったわ」
「最後に、ヒナタ。お前は知らねぇ。自分で何とかしろ」
「ネア姉、俺だけテキトー過ぎないか?」
「ルールや、注意事項はちゃんと教えてやる。が、どう動くべきかは自分で考えろ。お前はもうそんくらい出来んだろ」
「ジェイク、これがネア姉だ。大分扱かれるだろうが、頑張れよ」
「余計なこと言うな、アホ」
「いてっ」
「はは、おう、とりあえず二人が仲が良いことはよくわかったわ。いつもこんな感じなのか?」
「いつもこんな感じよ、ジェイク。その内慣れるわ」
――『ボックス・ガーデン』。
俺達が出る競技。
新人戦――つまり、一年だけが出場可能な試合と、基本的には二、三年が出る本戦の二つが存在するが、俺達が出るのは、全員本戦の方である。
これは、学園の模擬戦ランキングの順位が参照され、俺達は全員その順位が良いからだ。
ボックス・ガーデンは、用意された専用のフィールドにて『仮想体』を用いて行われるバトルロイヤルであり、単純な強さに加えて、継戦能力が求められる。
ネア姉が言っていたように、一対一で強いからと言って、優勝出来る程甘い競技ではない。
他の生徒を落とした撃破ポイントに加えて、生存順位によるポイントもまた加算されるからだ。
極端な話、数人だけ落としてあとは潜伏し、試合時間ギリギリまで生き残れば、それだけで上位に入ることが可能だったりする。
まあ、潜伏ばかりになるのを防ぐために、一定時間で各々の現在地がわかる仕掛けになっているようなのだが。
フィールドの上空にドデカい専用モニターがあって、そこに現在位置が映されるようになるのだそうだ。
そのフィールドに関してだが、直径で二キロにも及ぶ巨大フィールドの中に『砂漠エリア』、『市街地エリア』、『森林エリア』、『廃工場エリア』など、幾つかの区画が存在しているようで、場所によっては非常に入り組んでいるため、ちゃんと索敵が出来ないと一方的に負けることがあるようだ。
どんな区画のフィールドになるのかは、毎年変更されるらしく、ただ魔宴杯の開催国によって、ある程度傾向は出るらしい。
「いいか。今年の開催地は『レガドール魔帝国』だ。傾向的には、遮蔽物少なめ、だな。隠れられる場所もあるが、基本的にはどこでも射線が通る。戦ってる最中でも後ろを気にしねぇと、事故が起こりかねねぇ」
そう、つらつらとネア姉が説明を続ける。
相変わらずこの人は、物を教えるのが上手い。スッと言葉が、頭に入ってくるのだ。
「レガドール魔帝国か……ジェイクんところの国だな」
「あぁ。遮蔽物が少ないフィールドになんのは、ウチの国の奴らが、血の気が多いからだろうな。隠れてばっかだと盛り上がんねぇって思ってるんだろうよ」
レガドール魔帝国は、ジェイクの国であり、あとアホ皇子――アルフレート=レガドールの国でもある。
征服征服ゥ! って感じで国土を拡張してきた国なので、その気質が未だに残っているのだろう。
「ネア先輩は、去年、どういう感じだったの?」
「あたしは、この前言った通り魔力切れで負けたな。序中盤で結構他の生徒を落としたんだが、終盤で囲まれて、対処し切れなくなってって感じだ。あたしも今年は、その点を踏まえて戦うつもりだが、お前らも次を考えて戦わねぇと、そうなるぜ」
「ネア姉、同じ学園の生徒で協力すんのは、アリなのか?」
「全然アリだ。何なら、他校と組んで一校を潰しに掛かるのすらアリだ。で、ウチの学園は、例年成績が良い。総合順位で一位を取った数も多いから、目の敵にされてるぜ。まあ、ボックス・ガーデンは結局個人競技だから、仮に同学園の奴と協力しても、最終的には潰し合うことになるんだがな」
魔宴杯は、個人の成績は勿論、学園対抗という面もあるので、それぞれの競技で得たポイントを加算し、学園ごとの総合順位でも競うことになる。
だから、ボックス・ガーデンならまず優勝候補を潰す、という戦術も普通に行われるようだ。
……いいね、普通に燃える。
いつものように、俺には魔宴杯という大きなシナリオにて、やらなきゃいけないことがある。
だが、それでも……競技で活躍したいという思いもまた、己の内にはあるのだ。
俺は、密かに闘志を漲らせながら、ネア姉の説明を聞き続けた。




