本編開始《2》
俺がストーリー中盤で魔王になり、各国に宣戦布告した時のレベルが『55』。
ストーリー終盤で黒幕が明らかになり、主人公と共闘を始める頃のレベルが『80』。
最後の勝負で、主人公と戦う時が『90』である。
だから一応言っておくと、レベルはまだ低い。俺が俺として何者にも害されないようにするためには、最低でもあと二十くらいはプラスで欲しいのだが……。
なお、この国で最も強いとされる、『近衛騎士団長』のレベルが『78』だ。そのくらいになると、世界最強格である龍種と単体で張り合えるようになってくる。
今の俺より強い、正真正銘の化け物だな。
クラスの『魔剣士』は、ゲームでは初期クラスの一つである『剣士』から、二次クラス『剣兵』と来て、次が二種類に派生するのだが、その片方だ。
ユニークではないが、三次クラス。ゲームでもこの世界でも、上位クラスとして扱われている。
確か、冒険者や軍人等を合わせたこの国の戦闘員の中で、三次クラスを取得しているのは十パーセントにも満たなかったはずだ。
学園の生徒も、大半が一次クラスのまま卒業し、二次クラスを取得出来るだけの練度を持つ者は五十人いるかどうかって話だ。主人公とその周りはポンポン上位クラスを取得していくが。
何か特別、上位クラスを欲してダンジョン攻略などはやっていなかったのだが、気付いたらそうなっていた。恐らくレベル上げの過程で、条件を満たしていたのだと思われる。
ぶっちゃけ、俺もこの携帯端末のアプリで確認して、初めて知ったくらいである。
大量にあるスキルは、ほとんどが魔法スキルと剣術スキル。
ちょっと手を出した槍術スキル、弓術スキル、銃術スキルもあるが、これらはお試しで覚えてみただけなので、訓練以外ではあまり使っていない。数だけはあって立派に見えるが、という良い例だ。
あと、恐らくこの世界の表ではまだ一度も確認されたことのないスキルであるため、やはりここには『蒼焔』系統のスキルが表示されていないが、今俺が使えるのは四つ。
・『蒼焔:武器強化』
・『蒼焔:身体強化』
・『蒼焔:魔法強化』
・『蒼焔:対象指定』
これらだ。
俺の命綱であるため、これらは他のスキル群と比べてかなり時間を掛けて訓練を行っているので、練度は相応に高くなっている。
ただ、それでもまだ、俺が使えない『蒼焔』系統のスキルは三つある。完全解放は先になりそうだ。
何があっても対処出来るよう頑張ったし、ゲーム知識を最大限に生かして効率良く動いてはいても、かなり努力もしたが……うん。
ちょっとやり過ぎたかもしれない。
……ま、まあ、自分が強い分には取れる選択肢も増えるから、良しということにしておこう。もうこれ、人には安易に教えられないステータスになってしまったが。効率厨万歳。
家族にすら、いや家族だからこそ、気軽に言えなくなってしまった。こっそり危ないことをしまくっていたことがバレてしまう。
いやぁ、実際死ぬかと思ったこと、数回あったしな……ここはゲームではなく現実なのだということを胸に刻んで、安全マージンを確保して行動はしていたのだが、それでも思い通りに行かないことは数知れず、不運も重なってヤバい目にあった経験は多い。
そのおかげで、大抵の相手ならば今の段階で戦うことが出来るようになったが、我ながら無茶をしたという思いはぶっちゃけある。
ちなみに、隣にいるユヅキのステータスが、こうだ。
名:ユヅキ=アルヴァー
Lv:16
クラス:魔法士
魔法スキル
・『ウォーターランス』
・『ウォーターバリア』
・『ウォーターカッター』
・『アイスバレット』
・『ファイアーボール』
・『アースウォール』
武器スキル
・『回転斬り』
・『流水の太刀』
新入生としては優秀も優秀、どこでも引っ張りだこの逸材だ。やっぱり、水の適正が随分高いな。
今では剣術も多少覚え、スキルも使えるようになっている。流石俺の妹って感じだ。
「全く、兄さんは昔から秘密主義なんだから……あ、兄さん、駅次だよ。降りる準備しなきゃ」
「そうするか」
俺達は、他の乗客の流れに混じりながら、魔法列車を降りた。
◇ ◇ ◇
ヴァーミリア王立魔法学園。
ヴァーミリア王国の首都、『ヴェルダ』の郊外にドンと居を構える学園で、非常に広い敷地を誇っている。
校舎は四つ、体育館は二つに校庭は大きいのが一つ、中くらいのが二つ、小さいのが二つある。訓練場もあるが、目的ごとで細分化されていていっぱいあるようなので、どれだけあるのかはちょっと把握出来ていない。
コンサートなども行える、全校生徒を収容可能な広さのホールすらあり、さらには森と山、川まで敷地内にあるというのだから驚きだ。
その他にも大小様々な施設があり、魔法の訓練のため色んな環境が必要なので用意されたようだが、確か全体で半径二キロはあるんだったか。
ちなみに、寮は敷地に含まれていないので、そこまで含めるともっとデカい。俺達は学園に魔法列車で通うので、そっちは関係ないのだが、主人公は寮暮らしをすることになる。
……いや、本来は俺とユヅキも寮暮らしだった。街が壊滅しなかったため、家から通えるのだ。
ん……やっぱ、頑張った甲斐はあったな。
入学式の開始時刻よりまだ一時間くらい早いのだが、結構な数の学生がすでに登校しているようで、大分賑やかだ。
俺達のような明らかに新入生っぽい生徒達の他にも、在校生がプラカードを持って練り歩いていたり、何かパフォーマンスをしながら新入生に声を掛けたりしている様子が窺える。
あぁ、部活勧誘か。
この学園には、部活がある。ダンジョン攻略部とか、魔法研究部とか、ファンタジーっぽいものもあれば、吹奏楽部や陸上部などの、前世にもあったような部活もあるようだ。
ゲームでは入学式後に部活勧誘イベントがあったが、こんな朝からやってたんだな。
「うわ、すごい賑やかだね、兄さん」
「本当にな。ユヅキ、どっか入りたい部活とかはあるのか?」
「んー、まだ考え中。兄さんは?」
「今んところは特にないなぁ」
部活に時間を取られると困るので、多分入んないだろうな。面白そうなのがあったら考えるが。
入試で訪れて以来の、二度目となる学園の敷地内を物珍しげに二人で歩いていると、こちらに掛けられる声。
「――おー、来たかよ、ヒナタ!」
それは、よく見知った相手の声だった。
「! ネア姉!」
俺達に向かって軽く手を振る、制服を着た猫耳の少女。
ネア=グラハル。
改め、ネア姉。
ネア姉は、主人公のパーティに入る可能性のあるキャラだ。
だから当然、この学園にも在籍している。
ちょうど、俺と一緒にダンジョンを攻略した年にここに入っているはずだ。
ネア姉とは、携帯端末の連絡先を交換していたので、定期的に連絡を取り合っていた。
そのため、俺が学園に来るということは彼女も知っていたのだが、こうして実際に顔を合わせること自体は結構久しぶりである。
「っと、これからはネア姉じゃなくて、ネア先輩って呼ぶべきか」
「はは、いいよ別に、ネア姉で。今更ヒナタに畏まって話されたくもねぇ」
「そうか? それじゃあ、遠慮なく。――改めてネア姉、久しぶり」
「おうおう、久しぶりだ。……お前、ちょっと見ねぇ内に随分デカくなったなぁ」
少々感慨深い様子で、こちらを見上げてくるネア姉。
初めて会った頃は俺が少しだけ見上げていたが、流石にもう彼女の背は、とっくに超えている。
「ネア姉は前と変わらず、小っさくて可愛いな」
「小さいは余計だ! ったく、生意気なのは変わんねぇか、お前。態度のデカさに図体のデカさが追い付いたって感じか?」
「え、いや、そんな生意気言ってるつもりはないんだが……」
「よく言うぜ」
腰に手を当てて苦笑し、やれやれと言いたげな様子のネア姉。
何故かその時、周囲がこちらを見ながらザワザワとしていたが、俺はその原因が何だかわからず、不思議に思いながらも無視して彼女と会話を続ける。
「ナヴェルさんは元気?」
「元気も元気、あたしよりも元気だな。この前もカチコミ――おっと、これは言っちゃダメだったわ。聞かなかったことにしろ」
「へい」
悪党をシバいて来たんですね、わかります。
と、その時、話に入れない妹が、俺の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「兄さん、知り合い?」
「あ、悪い。そうだ、全然そんな風に見えないが、三年生の先輩だ」
「一言多いぞ、ヒナタ。――前に話してた、アンタの妹か?」
「そう、妹のユヅキ。ユヅキ、こっちはネア姉……ネア=グラハル先輩だ。俺がかなり世話になってる人だから、失礼のないようにな」
「兄さんとは違うから。そんな失礼なんてしない」
「おっ、流石ヒナタの妹。兄貴のことをよくわかってんな」
それはどういう意味だ、君達。
不服な俺を無視し、ユヅキは小さく一礼する。
「ユヅキ=アルヴァーです。兄がこうやって言うってことは、多分相当お世話になっているんだと思います。兄に代わって、感謝を」
「おう、ご丁寧にどうも。ま、アンタの兄貴とは持ちつ持たれつだ。一方的じゃねぇから、安心しな」
あのダンジョン攻略後も、時々一緒にモンスター狩りをやったり、彼女らの活動に対して、俺の知っている範囲で助言したりはあったからな。
ただまあ、客観的に見ても、俺の方が世話になっている割合は大きいだろう。どうしても得たいスキルオーブなどがあった時に、協力してもらったこともあった。
ここ一年ちょいは受験などで忙しくて全然会っておらず、携帯端末で連絡を取っていたくらいなんだがな。
そこでネア姉が、少し不思議そうな顔をする。
「って、兄妹なのに同じ学年なんだな?」
「あぁ、ユヅキが優秀で、飛び級したんだ。今年の新入生で、最優秀! 兄としても鼻が高いわ」
そう、新入生で最優秀である。ユヅキ。
素晴らしいね。家族で三回くらい祝った。
「ほー、この学園に来る奴の中で、一番か。そりゃ大したモンだ。すげーな、ユヅキ」
「……いえ、ありがとうございます、先輩」
そうネア姉に答えながらも、少し含みのある様子で俺を見てくるユヅキ。
「? 何だよ」
「何にも。兄さんに、学園の知り合いがいるなんて知らなかった」
「そりゃまあ、言ってなかったからな」
「……兄さんって、昔からそうだよね」
「な、何がだよ」
「何にも」
曖昧に答えるユヅキ。よくわからない妹である。
昔はあんなにわかりやすかったんだが……。
「ははは、あのヒナタも、妹にゃあ頭が上がらねぇってか。――よっしゃ、そんじゃあヒナタとの事前の約束通り、あたしが校内案内してやるよ。付いて来な、アルヴァー兄妹」
「ありがとう、ネア姉。頼むよ」
「ありがとうございます、先輩」
そうして、歩き出そうとした時だった。
「――ネアさん、少し待ってくださるかしら」
こちらにやって来る、気品のある女子生徒と、その取り巻き。
初対面でありながら、俺にとって見覚えのある顔。
――え。
ちょっと待て。この人……何でここにいるんだ。
彼女の姿を見て、ネア姉の顔に浮かぶのは、多少の警戒。
「……何だ、生徒会長。見ての通り、あたしは今から知り合いの後輩を案内するとこなんだが?」
「それは構わないのですが、少しそのご兄妹に用事がありまして。出来れば、朝の内にお時間をいただけると嬉しいのですが……」
ミシュア=ハーランド。
この国、ヴァーミリア王国の公爵家の娘であり、ヴァーミリア王立魔法学園の生徒会長。
俺達のような、ほとんど平民と変わらない貴族とは違い、ハーランド家は今もまだしっかりと権威を有している。
公爵家という、王の血族だからな。とても一般人とは言えない。
彼女自身は、氷のような、という形容詞が似合う美人で、ゲームでの登場人物の一人でもある。氷と言っても、愛想はとても良く物腰も柔らかなので、そう冷たい印象は受けないのだが。
主人公のパーティに入れることも可能だが、その条件が結構難しく、本編では初登場もストーリーが多少進行してからである。
そう、多少進行してから。つまり、本来ならば今日ここにいないはずなのだ。家の事情で。
だから、入学式の挨拶をするのも生徒会副会長で、それを不審に思うようなテキストがあったことを、よく覚えている。
バタフライエフェクト。
どこかのタイミングで、何かがあって、彼女の行動が変化したのだ。
……ま、まあ、いいか。
なるべくシナリオ通りで行こうって計画が初日で揺らいだが、別に生徒会長が入学式に出ていようが、出ていなかろうが、そこまで大した違いは起きないだろう。
多分。
「アンタが直接会いに来るってこたぁ、それなりの用事なんだろうが、それならちゃんと相手の予定を確かめてからにしたらどうだ。仮にも生徒会長ともあろうお人がよ」
「なっ、君ねぇ!」
お世辞にも態度が良いとは言えないネア姉の言葉に、声を荒らげる取り巻きの生徒会役員っぽい男子生徒だったが、それを生徒会長自身が止める。
「この程度で一々食って掛からないでください。――あなたに正論を言われると、私も少々思うところがあるのですが……確かにそうですね。失礼しました。では、一つだけお聞かせ願えればと」
そう言って彼女は、俺達に向き直る。
「こんにちは、私は生徒会長ミシュア=ハーランドです。ヒナタ=アルヴァーさん、ユヅキ=アルヴァーさん。あなた達二人とも――生徒会に入りませんか?」
「……待ってください。ユヅキはわかります。けど、俺もですか?」
「はい。ご兄妹お二人で。どうでしょうか?」
ニコッと笑って、彼女はそう俺達に問い掛けた。
……ユヅキは、ゲームでも生徒会に誘われる。入学試験で、同じように最優秀成績を収めていたからだ。
が、俺は、生徒会に誘われない。成績は良い方だったが、ゲーム中も実力を隠していたため、飛び抜けたものがなかったからだ。
ネア姉と生徒会長の軽い言い争いに、生徒会への勧誘。
色々変化しているせいで、気付くのに遅れたが……俺はここで、ようやく理解する。
――これ……後で主人公に起きるはずのイベントでは?