再びの模擬戦ランキング《3》
ジェイクは、ジッと見る。
彼の視線の先にあるのは、ヒナタ。
その戦闘だ。
上級生が相手であろうが、全く意に介さず、鎧袖一触で次々とぶっ飛ばしていく彼の姿。
皆が、負けてもあまり悔しさを見せずに納得したような姿を見せるのは、それだけの実力差を彼らも肌で感じ取っているからに他ならないだろう。
己の師に負けて、悔しさを覚えるか。そういうことだ。
「…………」
夏前の模擬戦ランキングでは、彼に挑むつもりにはなれなかった。
あの時の己では、練習相手にもなれないだろうと思ったからだ。
だが、今ならば。
あのとんでもない友人と、『戦う』ことは出来ると考えている。
と言っても、己の実力がヒナタに匹敵すると思う程、自惚れてはいない。
依然として自分は格下だ。それも、圧倒的な。
もう、ヒナタという存在の『異物』さは理解しているため――それこそ、この場にいる誰よりも、ヒナタを一番見ているレイハよりも一面ではそのことを理解しているため、己と彼との実力差は痛感しているのだ。
――思い出すのは、王魔祭最終日で起こった、親善パーティでの戦い。
あの時、己は完全に足手纏いだった。
最後の数十秒だけ、『守る』という仕事はさせてくれていたが、あれは全て周りのお膳立てがあったからこそである。
盾持ちとは、己一人で何かが出来る職ではない。
誰かを守ることは可能でも、己で積極的に敵を倒すことは出来ない。
……いや、それも言い訳か。
同じ『タンク』であっても、この国の近衛騎士団長は、敵を圧倒していた。つまりは、己の実力が足りていないだけだ。
対してヒナタは、あの場でもしっかりと動き、戦力になっていた。敵の主力と、対等以上に斬り合っていた。
彼も彼で、あの時は焦りがあったようだが、それでも誰よりも事件の中心に存在し、皆が彼を見て動いていた。
それだけの強さを持つ、並の戦士ならば足元にも及ばない、本物の猛者。
じゃあ、そんなとんでもない同級生に対し、実力で劣る己はただ「敵わないなぁ」で、苦笑して終わりなのか。
いいや、違うだろう。
上を見て、努力をやめる必要がどこにある。
届かぬ頂を見て、手を伸ばすのをやめる必要がどこにある。
高く、遠い目標に挑戦するからこそ、奮い立つのだろう。
男ならば、挑戦しなければ、嘘だ。
幸いにも、こんな近くの、じっくりと観察出来る位置に、ヒナタはいてくれているのだから。
――その時、目が合う。
赤き、燃え上がるような瞳。
強き意志と、鋼の精神を持つ同級生。
「おう、ヒナタ。肩慣らしは終わったかよ」
「十分だ。待たせたな」
「そうか。んじゃあ、レイハちゃんの機嫌を取るのは終わったかよ」
「……じゅ、十分だ」
鋼の精神でも女関係では揺らぐらしい。
ヒナタにあるわかりやすい弱点は、あの銀髪の少女だろう。
ジェイクはからからと笑い、訓練用の武器を手に、ヒナタが待つフィールドへ向かう。
彼の対面に立ち、構える。
「全力で挑戦させてもらうぜ、ジェイク」
「来いよ、返り討ちにしてやる」
わかっている。本当の挑戦者が、どちらなのかは。
だがそれでも、ジェイクは不敵に笑い――そして、模擬戦が始まった。
◇ ◇ ◇
――ヒナタの武器は、その『観察眼』だ。
ジェイクは、そう考える。
ヒナタは、本能だけで戦うようなタイプではない。
相手を見て、動きを分析し、そこから行動を取るのだ。
不用意に技を見せれば、予備動作の段階でこちらの意図を察してしまい、それを利用して反撃を行ってくるのである。
だから、言わば……『カウンタータイプ』、だろうか。
相手に流れを押し付けて圧倒するのではなく、相手の流れに乗って、そこから己の流れに相手を誘導するのだ。
と言っても、生半可な実力では、流れに乗るとかそういうのと何も関係なく、力技で圧倒されるだけに終わるのだが。
そして、己もまた、『タンク』故にどちらかと言えばカウンタータイプになるだろう。
まず攻撃を受けることが前提で、そこから勝機を見出していく戦い方である。
ヒナタとは、剣術の授業でもよく組んでやっているため、そのことは彼も重々理解している。
互いの戦闘スタイルは、互いに完全に把握し合っていると言えるだろう。
だからこそ――攻める。
前に出て、己から仕掛ける。
「!」
いつものように受けに回ってくるだろうと予測していたらしいヒナタは、少し意外そうな顔をしながらも、ジェイクの攻勢を受け止め、反撃を放ってくる。
食らったら、ひとたまりもないであろう力が込められた、鉄すら両断してしまえそうな鋭い斬撃。
だが、ジェイクは知っている。
ヒナタにとってこれは、ただのジャブの意味合いしかない攻撃なのだと。
様子見の牽制が必殺の威力を持っている辺り、ふざけんなと言いたくなるところではあるが、ヒナタのようなビックリ人間に勝つためには、この程度は見切って受け切らなければならない。
内心冷や汗ダラダラであるが、それでも焦りを見せてはならないとジェイクは好戦的な笑みを浮かべ、決して流れを渡してはならぬと苛烈に攻撃を続ける。
普段とは違う彼の行動に対し、ヒナタは分析のための様子見に動き――そこに、好機が訪れる。
隙とも呼べぬ、だが確かにヒナタが『思考』のために一呼吸を置いた刹那の間を逃さず、ジェイクは魔力を操作し、スキルを発動。
使ったのは、スキル『雷霆斬り』。
稲妻が走るような音と共に、必殺の一撃を放つ攻撃。
それを覚えることが出来るというだけで、実力があると見なされるような、高難易度スキルの一つだ。
誰にも見せたことのない、訓練でも使ったことのない、ジェイクの切り札。
ヒナタは驚きを顔に見せながらも、まだ予備動作の段階でこちらが使おうとしているスキルを看破したらしく、防御の動きを見せる。
訓練用の剣程度、叩き折る自信がジェイクにもあるが、ヒナタならば絶妙な力加減で刃を逸らし、受け流して反撃を入れてくることだろう。
――ハハッ、そうだよなッ、お前なら対処してくるよなッ!!
ヒナタならば、そうする。ジェイクは知っていた。
だからその瞬間、彼の剣の軌道が変化した。
スキルキャンセル。
一度、ヒナタに見せてもらった時から、ずっと練習していた。
この技術は必ず習得しなければならないと、学園が終わり、部活が終わった後も、練習し続けていたのだ。
ジェイクが『雷霆斬り』の代わりに発動したのは――スキル『無閃』。
こちらもまた、ヒナタに見せてもらい、こっそりと訓練を重ね、習得したもの。
いったいこの国に、それが使える戦士が何人いるのかと思わんばかりの、『雷霆斬り』以上に習得が難しいスキルであったが……ジェイクの才能もまた、本物であった。
剣閃すら見えぬ速度で振るわれた剣は、ヒナタの防御をすり抜け、その肉体を――斬らなかった。
空振る。
何も斬らぬまま、刃が空を抜ける。
「……おいおい、マジかよ」
「悪いな。今のは、ほとんど勘だ」
嘘つけ。
この至近距離で、完全に『無閃』を避け切ったヒナタは、剣を振るう。
決めの一撃を躱されて動けぬジェイクの首に、的確に刃が叩き込まれ――その瞬間、彼はフィールド外に立っていた。
急所を穿たれたことで、たったの一撃で『仮想体』のHPがゼロになったのだ。
「はは、ったく……今のでもダメかよ。しゃあねぇ、次の作戦を考えねぇとな」
隠し続けてきた手札を切っても、全くダメージを与えられなかったという事実に、胸中に浮かぶ強い悔しさ。
だが、ジェイクは、笑っていた。
自分が、憧れた男だ。
これくらいはやってもらわなきゃ、困る。
――ったく、高過ぎる頂もあったもんだぜ。
やれやれという気分ながらも、どことなく清々しい思いでジェイクは、フィールドから出て来るヒナタの方へと向かったのだった。
もう31日か……早いなぁ。
大体半年くらい、お付き合いいただきありがとうございます!
読んでいただける読者の方がいるからこそ、作品を書くことが出来ています。
来年もよろしくな!




