勉強会
俺は、しばらくは学園生活の方を楽しもうと決めた。
気付けば、入学してからすでに半年以上が経過している。
一年生という期間も、もう折り返しに入っており、つまりは三年生であるネア姉が学園にいる期間も、残すところ半年も無いということだ。
まあ、学園卒業後もあの人とはどうせつるむんだろうが、この学園にいる間の思い出も……もっと、作っておきたいものである。
ネア姉の学生服姿が見られなくなるのは、寂しいからな。と言っても、あの身長であの顔立ちなので、仮に五年後とかに制服を着てもらってみても、きっと全然まだまだ似合うのだろうが。
学生服のコスプレをして、キレながらも恥ずかしがって照れるネア姉……見たい。
そういう訳で、王魔祭からずっと続けて忙しくしてばかりだったが、無事にイブキをゲットしたことで少々余裕が出て来たので、学園生活を楽しみながら、今の内に色んな雑事を済ましておくことにしようと思う。
――そう、勉強とかの。
「さあ、ヒナタ。わからないところがあったら、言ってね」
「あぁ、頼むわ」
部室にて、ソファの隣に腰掛けたレイハが、家庭教師みたいなちょっと気合いの入った面持ちでそう言う。
一週間。二日は休日だったので、正確には五日。
イブキを取りに行くために学園を休んだため、今の俺はその分だけ勉強が遅れている。
教科によっては、すでに追い付けているものもあるが、なかなか気合が乗らない面倒くさい奴とかになると、これがもう辛い。
数学とか。
あと、そう……数学とか。
俺、数字、嫌い。
……レイハが、綺麗な字で俺の分のノートまでしっかり取ってくれているので、頑張るかという気にはなるが、そうじゃなかったらすでに投げ出していたかもしれない。
ハァ……ま、やるしかないな。
「……とりあえず、一つだけ言わせてくれ」
俺は、レイハと反対側の隣を見る。
そこに座っているのは――シノン。
「……シノン、何でいんだ?」
「ん? それは勿論、私がここの部員だからだけど」
「そうか。んじゃ、言い方を変えよう。……何で教師コスをしてんだ?」
教師コスと言っても、スーツを着ていたりする訳ではなく、普通に制服姿だ。
だが、いつもの伊達メガネが、なんかこう教師チックな感じのもので、そして片手に指示棒みたいなものが握られている。
こんな軽い変装具合なのに、しっかり「あ、教師のつもりなんだな」とわかるのがすごい。特徴を捉えられている。
こういうところで、シノンのセンスの良さというものがよくわかるものである。
「ヒナタの勉強会するって聞いてたからね。だったら私も、それらしい恰好をしないとって思って」
「……そうか。つまり、俺に勉強を教えてくれるってことか?」
「ううん、教えない。私も数学、嫌いだから。公式とか見ると、中指を立てたくなるね。だから、横から茶化すだけ」
なかなか極まった数学アンチである。
てか、茶化すだけって。暇人じゃねぇか。
……いや、誰よりも暇人じゃないはずなんだがな、この人。
「ほら、集中しなよ。せっかくレイハが教えてくれてるんでしょ?」
「……そうする。レイハ、これなんだけど――」
ツンツン。
「ん、それは、この式を使って、ここに数字を代入して――」
ツンツン。
「おー、なるほどな。んじゃあ、こっちのは?」
ツンツン。
「そっちのは、これをこうして、こう――」
ツンツン。
「シノン」
「何?」
「指示棒で突いてくるの、やめてくんない?」
「えー」
えー、じゃない、えーじゃ。
……なんか最近、シノンの性格が変わってきたような気がする。
俺達に気を許してくれるようになったからなのか、それとも俺達と関わっている内に、だんだんと緩くなってきたのか。
もっとこう、しっかりした感じの人だった気がするのだが……いやまあ、これはこれで可愛いから全然いいんだが。
「おいレイハ、お前も何か言ってやれ」
「ヒナタ、集中しないと、メッ」
「え、俺が注意されんの?」
「ヒナタは、いつも私達に、心配させるわ。だから、それくらいは甘んじて受け入れるべきね」
……それを言われると、何にも反論出来ないんだが。
「だって、ヒナタ。二対一だね?」
ニヤッと、楽しそうに笑うシノン。
「……わ、わかったよ。好きにしろ」
「おっ、言ったね? よーし、それじゃあヒナタ、今から何をしても反応しちゃダメね。反応したら負けだから」
「負けって何だ、負けって」
「負けたら、罰ゲームね」
「シノン先輩、いい案」
「あの、俺に勉強させようって気持ち、あります?」
「勿論、あるわ」
「私はあんまり無いかな」
言い切りやがった。
「だって、せっかく今日は仕事もレッスンも無いから、部活に息抜きに来たのに、二人は勉強なんてしてるし。で、こういう日に限ってネア先輩は来ないし。だったらもう、ヒナタにちょっかいを出すしか選択肢が無いでしょ」
「大人しく菓子を食べてるって選択肢は?」
「んー、じゃあそうしてる。はい、ヒナタ。あーん」
口元に持って来られたそれを、俺は気恥ずかしさから一瞬躊躇ったものの、パクリと食べる。
「…………」
「ヒナタ、美味しい?」
「……美味しい」
素直にそう答えると、シノンは笑う。
「あはは、うん、いいね。ヒナタのその、何とも言えないちょっと恥ずかしそうな顔。それを見ると私、この部活入って良かったって思えるんだ」
「いやそんな理由でウチの部活に満足してんの?」
「日々の疲れを、今この瞬間に癒してるよね」
「そうかい。シノンの役に立てたんなら何よりだと思っておくよ」
「ん、いい心がけだね。ほら、レイハも。遠慮しないでいいんだよ。好きなように、ヒナタにちょっかい出して」
「遠慮しないでって、それシノンが言う言葉じゃないよな?」
「……それじゃあ、私も。ヒナタ、あーん」
「…………」
「美味しい?」
「……美味しい」
二人は、笑っていた。
――その後も俺は、彼女らにちょっかいを出され続けながらも、どうにか勉強を続けたのだった。
シノンは、完全に俺のことをおもちゃだと思っている気がしなくもないが……まあ、こんな日も、いいもんだ。




