紡ぐもの
えー、昨日普通に間に合いませんでした。
なので、今日もう一本投稿します。
「フー……」
残心し、後、構えを解く。
吹き抜ける風が、火照った俺の肉体を冷ましていく。
――ここに封印されていた不死王は、元々は一人の剣士だった。
本来は魔法職のはずの不死王が、刀を装備していたのは、それが理由である。
だが、力に溺れ、血を求めて人斬りになり、戦士達を夜な夜な襲うようになる。
まあ、どれだけ強くとも、そんなイカれた殺人鬼が長生き出来る訳もなく、イブキとイブキの主を中心として組まれた討伐隊により、死亡。
が――イカれた殺人鬼は、蘇る。
人を斬り続けた恨みが、奴に乗っかっていたからか。
奴自身が持つ怨恨が、そこまで深かったのか。
理由はともあれ、イカれた剣士は死後『不死王』となり、災厄と死を振り撒く怪物と化した。
肉体の死を超越したことで、生前よりもさらに強い力を獲得し、国の一つが奴によって滅亡。
再度組まれた討伐隊は返り討ちに遭い、壊滅。
その中で、イブキの主はイブキと共に最後まで果敢に立ち向かうも、敗北。
そこで、生涯を終えた。
だが、不死王もまた弱っており、その隙を突いてイブキが封印に成功。
その場所――封印塔は隔離され、かくして『天空封印塔』は生み出されたのだ。
これが、ゲームでの説明だ。
ゲームの時は、「へー、そうなんや」くらいの感想で説明文を読んだものだが……今の俺には、重要な部分だ。
忘れてはならないだろう。
そんな、テキストだけなら強キャラの不死王だが――イブキがいれば、こんな簡単にぶっ殺すことが出来る。
やはり、イブキは強い。
よく手に馴染む、最高の感触だ。流石、DLC産。
相性最高の敵だったとはいえ、不死王をこれだけ一方的にぶっ殺せる強さを得られたのならば、学園を休んで一週間も泊まり込み、血反吐を吐きながら百回近く死んだ甲斐があったというものである。
ちなみに、不死王のドロップアイテムは、まず奴の刀。
性能は、やはりDLC産ボスが落とす武器なので、普通に最高級品なのだが、これはいらない。俺にはもうイブキがある。
それでもゲーム時代ならインベントリに入れておいただろうが、持ってると割とマジで呪われそうだったので、イブキで真っ二つにし、海に捨てた。
売ったら結構な金にはなるだろうが……まあ、刀身を折って捨てた時に、イブキもフンスフンスといった感じで満足していたしな。
彼女の鬱憤が晴らせて良かったということにしておこう。
そして、もう一つ。
大きめの宝石が嵌まった、細やかな装飾の入った――金の指輪。
その名も、『王のリング』。
これも不死王の落としたアイテムではあるが、こっちは確か、奴由来のものではないので、まあこれまで捨てなくてもいいだろう。
滅亡させた国の王から、奪い取ったものだったはずだからな。
何より、これもなかなかのぶっ壊れアクセサリーなので、普通に使いたい。
効果は、HPの五割上昇と、筋力の三割上昇に、俊敏性の三割上昇。
シンプルで、それ故にバカ強い効果だ。ゲームでは、縛りプレイや魔法ビルドでないのならば、必ず装備する一品である。
この世界でのHP上昇の効果だが、どうも、単純に肉体が強くなるようだ。
魔力が作用しているようなのだが、斬られたりしても深傷を負い辛くなり、スタミナが向上する効果があるという。あとで実験してみよう。
前世と違い、致命傷を食らえばそのまま死ぬ可能性が高い世界である以上、死に難くなることは非常に重要だ。
俺も使うが、場合によってはレイハかネア姉に持たせてもいいだろうな。
と、アイテムの確認をしていると、分身ではなく、イブキの本体がその場に現れ、俺の隣にストンと座る。
「おう、お疲れ。どうだった、因縁の相手をぶっ殺せて」
「クゥ」
イブキは、「最高の気分」とでも言いたげな様子で鳴き、礼を言うように小さく頭を下げる。
「気にすんな、俺の事情でもあるからな」
そう言って、ワシャワシャと彼女を撫でる。
戦っていた時は、この毛並みに刃を阻まれ、鬱憤が溜まったものだが……うーむ、この最高の触り心地。
イブキの強さに加えて、これだよ、これ。
素晴らしい。
「クゥ?」
「あぁ。俺は、やらなきゃいけないことがある。そのためには力が必要で、だからお前を求めたんだ。手伝ってくれるか?」
イブキは、ジッと俺を見て。
鳴く。
「――クゥ」
己の楔を抜いたのは、あなただ。
己に名を与えたのは、あなただ。
もう自分は、あなたの刀。
あなたの刃として、敵を斬ろう、と。
信念を感じさせる、強き意志の瞳で、俺を見るのだ。
「……あぁ。ありがとう、頼む。イブキの、前の主程、頼もしくいられるかはわからないが……お前に愛想を尽かされんように、俺も頑張るよ」
「クゥ」
安心してください、前の主は、結構アレだったので。ある程度は我慢しましょう。
そんなことを言う彼女に、俺は笑う。
「はは、そうかい。そりゃ何よりだ。……お前の前の主にも、会ってみたかったもんだ」
「……クゥ」
イブキは、どこか郷愁を感じさせるような、寂しさを感じさせるような、複雑な思いが籠っているのであろう鳴き声を溢す。
そんな彼女を、俺はポンポンと撫で――その時、どこか遠くから、ローターの音が聞こえてくる。
そちらに顔を向けると、遠くに点が見え、だんだんとそれが大きくなっていく。
ナヴェルのじいちゃんの、帰りのヘリだ。
いつの間にか、もう約束の時間になっていたらしい。
見慣れぬものを見て、一瞬イブキが「グルル……」と警戒し始めるが、俺は笑って「安心しろ、あれは味方だ」と声を掛ける。
そうか……数百年か、それ以上かはわからないが、イブキはずっとこの場所にいたんだもんな。外の世界の発展具合は、当然ながら何も知らないことだろう。
色々、教えてあげないとか。
手を振って呼ぶと、ヘリは塔の天辺のこちらに近付き、やがてゆっくりと着陸する。
――乗っていたのは、運転手のナヴェルのじいちゃんの他に、レイハと、ネア姉と、シノン。
二人も、来てくれたのか……ネア姉が、呼んでくれたのだろうか。
「ヒナタ!」
「あの狼は……なるほど、上手くやったんだな」
「ヒナタ」
三人は、ローターが止まらぬ内に降りると、こちらに駆け寄ってくる。
その姿を見た瞬間、込み上げてくるものから、どうしようもなくなった俺は、彼女らに近付き――ギュッと、三人の身体を抱き締めていた。
「あっ……」
「はは、おう、何だ。流石にお前でも、キツかったか?」
「ん……よしよし。お疲れ、ヒナタ」
一瞬驚くような素振りを見せるも、彼女らは俺を受け入れ、背中に腕を回し、頭を撫でてくる。
温もり。
安心出来る、彼女らの匂い。
それらを感じるのと同時、心が安らいでいくのを感じる。
――あぁ。
俺が生きる意味は、ここにある。
俺が、この世界で戦い、歯を食い縛って意地を張る理由は、彼女らなのだ。
彼女らがいてくれるからこそ、俺は、立つことが出来るのだ。
「……っと、わ、悪い、急に。それに俺、今綺麗じゃねぇんだった。みんなが汚れちまうな」
そう言って離れようとするも――だが、三人は。
互いに顔を見合わせ、それから笑って、俺のことを向こうから抱き締める。
「今日だけは、甘やかしてやるさ」
「そんなこと言って、ネア先輩は結構いつもヒナタを甘やかしてるでしょ」
「そ、そんなことはねぇっての!」
「ん……お疲れ様、ヒナタ」
「まあ、ヒナタがこんなに消耗してるの、私も初めて見たかも。よっぽど大変だったんだね」
そう言われ、俺は、改めて自分の疲労を自覚する。
一週間戦い続けた疲労は勿論、今日も今日とて濃い戦闘だったしな。イブキと不死王と連戦だったし。
不死王も、そう苦労せずぶっ殺せたとはいえ、油断したら普通に死ぬ戦いだったことは間違いない。
……いや、それよりも大変だったのは、寝床だったかもしれない。簡易テントで、野宿ではなくともお世辞にも快適とは言えない状況だった。
一週間のテント生活は、結構なストレスだった。シノンの歌と、美味い飯がそれを和らげてくれていた。
「……クゥ」
と、そんな俺達の様子を見て、微妙に生温かいような鳴き声を溢しながら、イブキがクイクイ、と俺の服を軽く噛む。
「あ、悪い、イブキ。――みんな、コイツはイブキ。俺の新しい武器だ。仲良くしてやってくれ」
俺の言葉に、まず反応を示すのは、興味深そうな顔のネア姉。
「へぇ……精霊剣か。初めて見たぜ。なるほど、お前がわざわざあんな準備して、泊まり込みで取りに行く訳だ」
「おー……凛々しくて、賢そうな子だね」
「モフモフ……」
レイハとシノンは、恐る恐るといった感じで手を伸ばし、イブキを撫でる。
「クゥ」
我が刀はそれを受け入れ、そして挨拶するかのように――「主の番ですね。よろしくお願いします」と鳴いた。
思わず俺は、ブッと吹き出す。
「ち、違う。違うから、イブキ。変な誤解すんな」
「クゥ?」
「そうだ、違う。そんなんじゃない」
「あん? 何だって、その狼」
「い、いや、何でもない。――それより! 帰ろう、みんな。俺はもう、疲れた。本当に……疲れた。風呂に入りたい」
「オーケーオーケー、しゃあねぇ、聞きたいことはそれはもうたくさんあるが、後にしてやるよ」
「膝枕してあげよっか、ヒナタ。膝枕」
「すごい魅力的な提案だが、今はマジで汚いから、遠慮しておくよ」
「気にしなくていいのに」
「……私も、気にしない。膝枕、ヒナタが望むなら……するわ」
「あはは、いやぁ、ヒナタは贅沢者だねぇ。ネア先輩は? 膝枕してあげないの?」
「……ま、まあ、いいぜ? 今日は甘やかしてやるって言っちまったしな」
「……いいから、帰ろう。ほら、イブキ、こっちだ」
「クゥ」
俺は、照れ隠しのようにそう言って、イブキを伴い、微笑ましそうに笑みを浮かべているナヴェルのじいちゃんのヘリに乗り込んだ。
――イブキの、前の主。
俺は、アンタのことをテキストでしか知らない。
文字での情報しか、持っていない。
だが、この世界では……確かに生き、無念の中で死んだのだろう。
アンタの仇は討った。アンタが残したイブキも、自由になった。
だから、悪いが、アンタの刀は貰っていくぜ。俺には、彼女の力が必要なんだ。
アンタが持っていた矜持と、思いは……イブキと一緒に、俺が紡いでいこう。
アンタの死の意味は、俺が彼方へ紡ごう。
それが――この世界での、俺の役割なのだろう。




